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「……!」

 釘宮はすこし表情がこわばった。

「阿蘇山がじきに大噴火をする、とでもいうのか」

「そんなところだ。知らなかったのか」

「何が、だ?」

「……少し、レクチャーが必要だな」

 村上は眼で合図すると、卓上にホログラフ投影機が取り出された。


 画像が空間に投影される。

 火山周囲における重力異常の精密調査と、宇宙線に含まれるミュー粒子による測定によって明らかになった、マグマだまりの挙動だ。

 九州の地図がホログラフィーに表示される。九州島内に存在するいくつもの火山が色分けされていた。雲仙岳、霧島山、桜島、開聞岳……そのほぼ中央部には阿蘇山――阿蘇カルデラがある。

 つづいて、阿蘇山地下の地殻からマントル内部までの断面図が表示された

すぐ下部には、山体とほぼ同じ大きさの色が変わった部分がある。村上はその部分をポインターでさして、こういった。

「マグマだまりだ。阿蘇カルデラ直下は、大量のマグマを溜めやすい構造になっている。直下には巨大なマグマだまりが存在する。それが今、少しずつ、上昇しているんだ。年間にしておよそ100メートル」

「今回の噴火で、それが噴き出したというのか」

「いや、今回の噴火で流れ出た溶岩は、地球内部から上昇しているマグマが地殻の岩盤を溶かして作られた、二次的なものだ。いわば、露払い。横綱はこれからやってくる」


「横綱か……どれくらいの強さなんだ」

「今回の噴火は、ふんどし担ぎくらいのものだよ。

 地下に控えるマグマだまりは、阿蘇カルデラと同じくらいの直径、体積は数千立方キロ。メートルじゃない、キロだ。一立方キロは1000×1000×1000で10億倍。水なら10億トンだよ。わかりやすく言えば、このマグマだまりは琵琶湖10杯分の体積だ。それが、一年に数百メートルの割合でまるごと上昇している。そいつが地表に達したら……」

「どうなる?」

「この日本列島を火砕流と火山灰で覆い尽くす、巨大噴火が起きるのさ」

 村上は事もなげにいった。

「映像の続きを見ろ」


 マグマだまりが地殻の中を上昇していき、地表に達すると、阿蘇カルデラの各所に割れ目が生じ、そこから煙が噴き上がる

 数万メートルに達する巨大な雲の柱になり、それが崩れ落ちる。火砕流だ。

 火砕流は阿蘇カルデラから円形に拡がっていく。熊本、大分、別府を呑み込み、福岡や鹿児島に迫る。

 映像は日本地図に切り替わり、阿蘇山を中心とした円が描かれる。その円の内側は九州島内のかなりの部分が入っていて、鹿児島県全域と宮崎県の南部、それに長崎県の一部しか、外れたところはない。

「この円の内側には、現在600万人が住んでいる。火砕流が流れてきたら焼き尽くされる地域だ。住民はもう助からない。火砕流はさらに大規模になる可能性もあるし、その場合は九州だけではなく、豊予海峡沿岸の四国や山口県の瀬戸内海沿岸にも達する可能性を考慮しないといけない」


 地図は近畿地方に切り替わり、画面は都市のCG映像に変わる。

「次は火山灰の被害だ」

 大阪の街に火山灰が降り積もり、埋め尽くされる。電線がショートし、スパークする。太陽光発電は役に立たない。

 画面に表示されている、四国と中国地方の全域、それに近畿地方の大半と紀伊半島を囲む楕円は、50センチ以上の火山灰が積もっている領域である。

 関東地方にも20センチ。この範囲に含まれる人口は8500万人に達する。

 下北半島と津軽半島以外の本州は、10センチの、札幌を含む道南と日高地域までの北海道は5センチ以上降灰することが予想される。

つまりはほぼ日本全域。逃れられるのは北海道の道北道東と沖縄、小笠原。ここの人口は現在150万人しかいない。

 日本中の都市機能は麻痺し、救出活動も困難を極めるだろう。火山灰が降り積もっている地域では鉄道もトラックも運行できず、生活物資を輸送することは極めて困難だ。最悪の場合、この地域ほとんどの住民、一億人近くが命を落とす。

 この噴火で噴出物の総量は600立方キロを超えると言われている。


「これは前回――9万年前の噴火と同規模だと仮定した場合のシミュレーションだ。

 阿蘇山は過去30万年に四回、巨大噴火を起こしている。いちばん最近に起きたのが、9万年前の噴火だ。地層に残っている四番目の巨大噴火だから、阿蘇4と呼ばれている。


 釘宮は、それが起きたときどういう事態になるか、とっさに思い浮かばなかった。大惨事であることは理解出来るが、その具体的なディテールについては想像が及ばなかったのだ。

 しかし、映像を見せつけられると、否が応でも頭に刻み込まれずにはいられない。

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