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避難所では、地元出身の総理は、概ね好意を持って迎えられていた。
釘宮は総理の座について3年目。連立内閣の少数政党所属という難しい立場ながら、巧みにリーダーシップを発揮して、様々な政治課題に一定の方向性を打ちだし、支持率もずっと好調だった。「どうせ長続きはしない」という下馬評を覆し「長期政権」も囁かれ、次の国会で解散総選挙に打って出るのではないか、とも憶測されている。
「これから、どうなるのですか」
「いつ家へ帰れますか」
「生活再建の具体策を教えてください」
被災者たちは、訪れた首相に向かって口々に要望を訴える。
かれらは口調こそ穏やかだが、しかし、表立っては言えない不満を溜めているであろうことは、政治家になる前にいくつもの災害被災地でボランティアをした経験からも分かることだ。
体育館に集められた避難民にも、モンゴロイド系以外の顔つきをしたひとびとが散見される。
ここにいるひとびとのなかで純粋な「日本民族」は、高齢者ばかりだろう。
21世紀中盤になって、かつての閉鎖的な移民政策が改められ、外国人労働者は農業など、人手不足が深刻な分野に受け入れられていた。
総理が被災者と意見を交わしているあいだにも、SPがゆくりなく周囲を警戒する。要人警護はいくつかの苦い事件の記憶とともに経験値を積んできた。
その有様が眼に入ると、心の中で思いがわき上がる。
(最近の若い者は、やはり顔つきが違うな)
「今時の若い者は」という決まり文句を言い出せないくらい、かれらは優秀だった。おそらく「RA」も高いのだろう。
前世紀から低下の一途を辿っていた出生率が近年改善傾向にあるといわれたのも「若い者」の優秀さかもしれない。
社会のさまざまな局面に「RA」が重視されるようになって、世の中はあきらかに変わった。近年はことあるごとに、自分が旧世代の人間であることを、否応なく意識させられる。
避難所の視察を終えた釘宮総理は知事と別れて、伊沢と一緒に別府市に向かった。
別府の街中も、道ばたに除去しきれない火山灰が積み上げられている。行き交うひとびとはみな、マスクで鼻から下を覆っていた。
ワゴンは温泉街に入り、老舗の料亭旅館の玄関前に横付けされた。
「おや」
釘宮はすこし驚いた表情をする。
「ここで、会合をする予定が入っています」
端末に目を通して、秘書官は答える。
クルマを降り、通されたいちばん奥の部屋では、地球物理学者の村上優一が座敷であぐらをかいて陣取っていた。
入るなり、釘宮は表情を崩した。
「おお……」
「待ちかねたぞ」
「お前だったのか」
釘宮は上座に座った。続いて伊沢と官僚が数人入り、座敷は満員になった。
「先生、ご無沙汰しております」
入るなり、村上に向かって伊沢は深々と頭を下げた。
「大学院で研究室の担当教官だったんです。ずいぶん、しごかれました」
「いやいや、優秀な研究者でしたよ。親のあとを継いで政治家になると聞いたときは、泣きました。彼のような人材を失うのは、わが国の地球科学において多大なる損失だ」
村上は笑った。
釘宮首相と村上は中学校で同級生だった。しかし、中学を卒業したあと、ふたりは対照的な道を進んだ。
「うちの中学から東大に行ったのは、あんただけだったな」
中学を卒業してから、村上は鹿児島にある全寮制の進学校に入り、東大に進学した。そのまま研究生活に入り、地球物理学の第一人者になった。東大を定年で退官してからは、生まれ故郷に帰って、阿蘇山の研究をしていた。
村上は微苦笑して応える。
「こちらこそ、まさかお前が、総理にまでなるとはな……政治家になったときも、驚いたよ」
「人生とは、分からないものだよ」
ふたりは全く違った人生を歩んでいたはずだが、付き合いが復活したのは、釘宮が政治家になってからだ。
「料理はちょっと待ってくれ」
村上が様子をうかがう仲居に声をかけた。
ぽつりぽつりと雨音が、縁側の向こう側から聞こえてきた。数日前にこの地に降っていた、叩きつけるような豪雨とは全く違う、すべてを優しく濡らす、穏やかな雨だ。
オホーツク海高気圧が一時的に張り出したので、豪雨災害をもたらした梅雨前線は南へ下がり、気温も前日より10℃は下がった。
庭の池では雨粒が無数の同心円を作り、雨に濡れた紫陽花は庭で瑞々しく咲き誇っている。
「梅雨も、こんなだったら、風情があるのにな……子供の頃は、毎年こうだったような気がする」
庭に視線を遣って、村上はいった。
別府は国内有数の温泉地だ。温泉街の情緒に惹かれ、世界中から観光客が集まってくる保養地である。
「思えば温泉も、火山の恵みのひとつだ。おれが火山の研究なんてのに手を染めるきっかけは、やはりこの地に育ったせいかもしれないな」
村上のひとり語りを釘宮は制する。
「ところで、本題に入ってくれないか……なにか、言いたいことがあるのか。内閣府でスケジュールを調整したのも、ただ思い出話をするためじゃないだろう。率直に頼む」
その言葉に、村上の眼の色が変わる。
「察しがいいな……ならば、言おう。お前さんに、日本人すべての運命を託すことになる」
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