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 頻発する自然災害の脅威は地方において、より深刻だった。

 20世紀末から二一世紀初期の少子化でこの国の人口は激減し、この時点で一億人をほんのわずか上回る状況になっている。公的援助の拡充と移民の受け入れによって減少は2020年代の予想よりもいくぶんゆるやかになったが、それでも人口ピラミッドは老人が多いキノコのような形だ。


 人口減少は過疎地において著しかった。政府はインフラ整備の効率化の観点から、地方の限界集落をなるべく整理する方針を採っていた。崩壊したインフラは復旧させず、農業を集約化し、人口を地方の主要都市に集中させる。自然災害の被災地に対しても、復興するよりもより安全な地域への移転と集住が進められていた。

 北海道や九州南部――宮崎、鹿児島などでは、それが深化し、人口五万人以上のいくつかの都市以外は、ほとんど居住者のいない地域となっていた。

 おそらくここも再建されることはなく、無人の地となるだろう。


 一方、経済は2020年代までの停滞と混迷を脱し、着実に成長を続けていた。

 格差社会を生んだ、行きすぎた新自由主義的政策は改められ、高負担だが高福祉の北欧型国家へと変容を遂げていた。

 消費税の税率は大幅に上がったが、かわりに社会保険は税金で賄われ、破綻した年金制度にはベーシックインカムが取って代わった。生涯にわたって一定額が支給されるベーシックインカムは、低所得者層の生活を安定させるのに役立った。


 社会ぜんたいは、一頃よりも落ち着きと活気を取り戻していた。停滞していた大規模国土開発のいくつかを、国家プロジェクトとして推進する余裕も現れてきたのだ。

 結果として「栄えるのは大都市ばかりだ」という批判も多いのだが――。

 被災現場では、火山灰や岩塊をどかすため自動運転の重機が動いている。その周囲で見守るのは白皙の男たちだ。ロシア系かウクライナ系か。2020年代以降の、かの地の混乱を逃れてこの国にやってきて、根付いたひとびとは、この地方でも少なくなかった。


「あぶない! あしもとに きをつけましょう」

「きかいが うごいているときは ちかづかないようにしましょう」


 注意喚起の張り紙やホログラフ表示は「あたらしい日本語」で書かれている。ニューカマーの外国人や観光客に向けて、文法を簡略化し語彙を制限して可読性を高める試みである。

 21世紀初頭から同様の趣旨で用いられていた「やさしい日本語」から発展したもので、外国人向けという枠を超えて、近年では初等教育にも取り入れられつつある。

 災害発生時などの緊急時には、人工知能によるアシストに頼ることの出来ないこともあるので、誤解を来さない表現が求められる。そのため災害の現場などでも積極的に使用されているのだ。

 続いて中学校の体育館に設けられた避難所へ向かった。

 義務教育は仮想空間内で行われるようになり、「学校」に通う子供は減っていった。過疎地においてはなおさらである。

 だからこの地に「校舎」が残っていたのは幸いだった


 校庭だった場所には自衛隊の自動運転トラックが停車している。

 避難者が寝起きする体育館では、間仕切りがされてテントが並び、家族単位のプライバシーは確保されている。

 ちょうど、ボランティアがパンなどの食事を配っているところだった。

 災害被災地は現場ごとにその様相が異なる。臨機応変に人間が対処しなくてはならない。このような非常事態ではマンパワーが必要だった。

 総理は若い頃、東北の津波被災地でボランティア活動をしたことを思いだしたのだ。

 総理一行の後をマスメディア関係者が、歩いてついてくる。「ぶら下がり取材」はこの時代も続いていたが、要人が「生の声」を語ることはない。

 文書の作成、そして要職にある者の公式な発言はAIによるアシストが当然とされている。

 かつて政治家の「失言」が大きく政界を揺るがせたことがあった。少なくない政治家が自分が発した「ことば」の「責任」を問われてその地位を追われた。

 しかし「ことば」による情報、意思の伝達は宿命的に不完全だ。二十一世紀に発達した自然言語処理などの人工知能技術は、そのギャップを埋めるために使われていたのだ。


 今回のような大規模災害や事故、戦争などの非常事態では、被災地以外でも様々な情報が錯綜する。

 混乱に乗じたデマやフェイクニュースの流布、SNSなどネットメディアの混乱、それに乗じたヘイトスピーチの蔓延、などである。

 二一世紀にはオールドメディアだけではなくネットメディアなども加わることによって、これらのもたらす害悪はいっそう大きくなった。

 それらは「情報災害」と呼ばれているが、むしろ「言語災害」と呼ぶ方が実態に即しているだろう。

 その原因は畢竟、言語のディスコミュニケーションに帰せられるからだ……。


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