12.ルンルンスキップ
何とそこには、おびただしい数の人の波。
ざっと数百人はいるであろうか。
中には日本の国旗やアメリカの国旗を振っている人までもいる。
まるで天皇陛下を歓迎する沿道の市民のようである。
恐る恐るその市民たちに近づくが、人が多くて誰が機体を誘導するマーシャラーだかわからない。
ほぼ全員がマーシャラーの動きをしているので、とりあえずそれに従いストップの合図で機体を停止させた。
エンジンを止めキャノピーを開けると「うわ〜!!」と盛大なお出迎え。
まさしくトップガンのエンディングである。
用意されたハシゴを降り地上に降り立つと、「ようこそ!パールハーバー・ヒッカム統合基地へ!」と中年の男性。
俺に手を差し伸べる。
俺はその男性とガッチリ握手。
「基地司令のマツモトです」と自己紹介をされ、日系4世だと言う事を知らされた。
マツモト司令はアメリカ国籍なのだが、血筋は日本人純血なのだそう。
見た目も思い切り日本人なので、いきなり親近感が湧いてきた。
「これがあの機体ですか・・・」と感慨深く俺の機体を見て司令。
機体に描かれた【楽しいお買い物はスーパーダイジュへ!】のロゴを見て、
「これが世界的に放送されたので、お店は大変な事になってると聞きまして・・・」と、何故か俺たちの店の事まで心配してくれている。
「スクラムジェットエンジンとロケットエンジンも拝見したかったですなあ」と言う司令に対して、スクラムジェットエンジンは重量過多になり燃費の関係で持ってこられなかった事と、ロケットエンジンは海に投棄してしまった事などを説明する。
隣のシズコに目をやると、若い男たちから写真責めにあっているし、その向こうではナタリーが、同僚と久しぶりの再会を喜び共に抱き合っている。
「こちらへどうぞ!」と正面から若い男性。
俺に向かって建物の方へと指し示す。
俺はシズコとナタリーを呼び寄せ、その男の後へとついて行く。
その男はダニエルという名前で、俺たちのハワイ滞在中のお世話をしてくれるらしい。
「ダニエル君って結構イケメンね!」といきなりシズコ。
それを聞いて「そっ!そんな事初めて言われましたよ!」と照れてダニエル君。
「照れるところも結構可愛いじゃん!」とシズコは出会ったばかりのダニエル君を、いきなり手玉に取っている。
エアコンの効いた快適な部屋へと案内される。
「お疲れでしょうから、シャワーでも浴びてゆっくりして下さい」とダニエル君。
俺たちをそれぞれシャワールームへと案内する。
「着替えはシャワールームに置いておきますので・・・」とダニエル君はものすごく気が利いている。
「じゃあね〜」と女子用へと向かうシズコとナタリーと別れて、男子用シャワールームへと向かう。
個室に入り耐Gスーツやフライトスーツなどを脱ぎ捨て、熱いシャワーを浴びる。
「ふう〜」とひと息。
長距離フライトの疲れが湯気と共に抜けていく感じがする。
シャンプー後の頭をドライヤーで乾かした後に、用意された着替えを手に取る。
俺はその着替えを見て、一瞬我が目を疑った。
何とそれは高級紳士服であるポールスミスのスーツである。
シズコから散々ブランド話を聞かされたおかげで、俺も随分ブランド物に詳しくなった。
今までユニクロやしまむらの服しか着たことがない俺にとっては初体験である。
日本を出発する前に何故か体型をメジャーで測られていたが、これで謎が判明した。
俺の体型に合わせてオーダーされているのか、パンツの丈やウエスト、そして胸回りなどもピッタリである。
そしてこれもサイズがピッタリなサルヴァトーレ・フェラガモの革靴を履いて元の部屋へと戻る。
そこへダニエル君が飲み物やスウィーツなどを手に入ってきた。
「この服って・・・?」と焦る俺に向かって
「シマタニさん達は今回国賓扱いですから・・・」とダニエル君。
いかにも高そうなカップ&ソーサーにコーヒーを注いでいる。
今まで見たこともないような高級スウィーツに圧倒されながら
「国賓・・・?」と俺。
何の事だかさっぱりわからない。
そこへシズコが戻ってきて、俺は再度ビックリする。
「ドルチェ&ガッバーナの服って初めて着たけどいい感じ〜」とシズコ。
いかにも高そうなワンピースを身につけ、ドヤ顔で部屋へと入ってきた。
胸には金のペンダントまで付けている。
「このサンローランのスーツもいいわよ」と言いながら、後からナタリーも部屋へと戻ってきた。
「私は国賓扱いじゃないけど、ついでだから・・・」とナタリー。
俺を見ながら少々はにかんでいる。
さすがにナタリーが高級ブランドを身につけると、あたかもパリコレの会場かファッション誌の撮影現場のようである。
モデル顔負けのナタリーは俺を見て「何だか髪型がイマイチじゃない?」とチクリ。
ダニエル君と何やら相談をしている。
ナタリーの指摘どおり、寝ぐせポンコツ頭の俺の髪型は、シャンプー後に乾かしただけで何の高級感もない。
ダニエル君はすかさず、ヘアスタイリストらしき人を部屋に呼び、そのらしき人は俺の頭に早速ヘアワックスのような物を付け始めた。
ヘアスタイリストらしき人と一緒に俺の髪型を整えていたナタリーが
「これでいいわね」と納得した様子。
そして「まるでどこかの王子様じゃない?」と俺を正面から見てナタリー。
俺の事をからかっているようである。
それを聞いて「本当だ〜ポンコツ王子だ〜」とシズコ。
ナタリーと共にクスクスと笑っている。
俺は「何がポンコツだ!」とシズコに怒鳴るも
「ねえねえポンコツ王子〜これからどこへ行く〜?」とシズコには全く威嚇が効いていない。
俺は「ちょっと、ひと眠りしないか?」とシズコに言うと、すかさず横から
「それでは先にホテルへとご案内いたします」とダニエル君。
シズコと違ってダニエル君は本当に俺の事を気遣ってくれている。
早く遊びたいとギャーギャーうるさいシズコを押し黙らせ、ホテルへと向かう車に案内される。
案内された先には何と真っ白なリムジンが鎮座していた。
俺とシズコは言葉を失い、ナタリーは手を叩いて喜んでいる。
車内に案内され、さらに度肝を抜かれた。
いかにも高級そうなシートにバーカウンターまでしつらえてある。
さすがのシズコも驚き過ぎたのか、目を丸くして車内を見回している。
最後に乗り込んだダニエル君が「飲み物でもいかがですか?」と言いながら車内の冷蔵庫を開ける。
「えっ・・・?」「はぁ・・・?」と混乱している俺とシズコの前にそれぞれビールが置かれた。
ダニエル君によると、ハワイの代表的なクラフトビールであるコナビールとの事。
瓶からグラスへと注ぎ俺たちに勧める。
さすがに朝からビールは躊躇したが、グラスに注がれてしまったビールを断るわけにもいかず、グラスを一気に飲み干した。
シズコも珍しくビールをゴクゴクと飲んでいる。
ナタリーはというと、さすがに気が引けたのかアイスティをストローで飲んでいる。
俺とシズコだけビールで何だか悪い気がした。
ダニエル君によると基地からホテルまでは車で30分くらいとの事。
ヤシの木だらけのハワイの風景を、リムジンから眺めながらビールを飲みくつろいでいると、
「あそこがアラモアナセンターよ!」とシズコに向かってナタリー。
もうすぐホテルだというのに余計なひと言を言っている。
案の定、「たいちょー!行ってみよ!」とデカい声でシズコ。
ダニエル君にアラモアナセンターに立ち寄るよう指示をしている。
ダニエル君は俺に向かって目配せするが、俺はうなずくしか術がない。
歯をむき出しにして目を輝かせているシズコは、もはや制御不能なのである。
リムジンは華麗に進路変更してアラモアナセンターの駐車場へと滑り込み停止。
もう待ちきれないといった感じのシズコがリムジンを飛び出し、店の入り口へと走っていく。
続けて降りたナタリーが「そんなに走ると転ぶわよ!」とシズコに向かって叫んでいるが、シズコは一向にお構いなしである。
まるで子供と、その母親のようである。
俺とダニエル君もリムジンから降り、シズコとナタリーを小走りで追う。
ナタリーの案内でエスカレーターで2階へと上がると、そこにはグッチ、シャネル、プラダ、ルイヴィトンなどのブランドショップがぎっしりと軒を連ねていた。
「う゛〜・・・」と妙なうめき声のシズコ。
興奮し過ぎて頭の回路がショート寸前である。
俺もこんな光景は初めてなので、シズコと同様興奮していると、
「新作のバッグが入荷しましたよ」とか
「お客様にお似合いのジャケットがございますよ」
などと、あちこちの店から俺に声をかけてくる。
以前、俺とタカシがシズコに連れられて都会のブランドショップに立ち寄ったことがあった。
その時、俺はパーカーにジーンズといういでたちで、タカシは赤のカーディガンに変な光沢のあるスラックスという格好だったので、そこの店員から冷たくあしらわれた経験がある。
身なりが違うと店員の態度がここまで変わるものかと肌で感じる。
プラダの店でジャケットを試着しているシズコをヒヤヒヤしながら見ていると、
「これにしよっ!」とあっけらかんとシズコ。
俺はそのジャケットの値札を見て目が飛び出る。
「お前・・・この値段・・・」と慌てる俺に向かって
「店長からクレジットカード借りてきたもーん」とシズコ。
アメックスのカードを財布から取り出す。
シズコによると、おかえりなさい作戦のご褒美に、一点だけ好きなものを買って良いとゴキからカードを預かってきたらしい。
「たいちょーも買って良いって言ってたよ!」と俺に向かってシズコ。
俺はそれを聞いて、思わずガッツポーズする。
そんな俺を見て「予算は二人で30万円なんだって」とシズコ。
俺はふと我に返り、シズコが手にしているジャケットの値札を再度確認する。
「25万円ってお前・・・」と慌てる俺に向かって
「私が25万円使ったから、たいちょーは残り5万円ね」と何も悪びれることなくシズコ。
「5万円?!」と俺。
思わずその場で転けそうになった。
「5万円あればゲームソフトが5個は買えるじゃん」とシズコ。
俺の買い物するアイテムまで、すでに決めつけている。
隣のティファニーではペンダントを物色しているナタリーに、店員はおろか通りかかった男性客までもが群がっている。
「これってどう思う?」とペンダントを試着して、離れている俺に向かってナタリー。
一斉に群衆の視線が俺に集まる。
当たり前だが友好的な視線ではないことは確かだ。
俺は首を縦に振って何とかその場をかわすしか方法がなかった。
その後、アップルストアで最新機種を物色している俺に向かって
「たいちょーホテルへ行くよ」とシズコ。
自分の気が済んだので、さっさと引き上げるところはいつもの事である。
「おい!ちょっと待てよ!」と俺は食い下がるが、
「5万円じゃ大したことない機種しか買えないし」とシズコはバッサリ。
俺の怒りは頂点を突き抜けた。
ホテルへと向かうリムジンの車内ではシズコとナタリーがお互いに買ったアイテムを見せ合っていた。
ナタリーは俺に気遣って5万円のペンダントをティファニーで購入したらしい。
この気遣いを少しはシズコに分けてやって欲しいくらいである。
程なくしてホテルの車止めに到着。
ドアマンがリムジンのドアを開け、俺たちはホテルのロビーへと案内された。
国賓扱いなのかフロントをスルーしてベルボーイの後についてエレベーターホールへと向かう。
エレベーターで行き着いたのは、何と最上階の20階。
廊下を通りベルボーイが部屋のドアを開けたら、思わず俺たちは「おー!」と感嘆の声を上げた。
何とその部屋は、とてつもない広さで、リビングやベッドルームが独立しているのはもちろん、専用のロビーまである。
「こちらのロイヤルスウィートでは飲み物や食事などが全て無料となっております」とベルボーイ。
「キャ〜!」と言いながらシズコとナタリーは部屋の中へと駆け込んでいく。
「ここを俺たち3人で?」と慌てる俺に向かって
「シズコさんとナタリーさんには別のお部屋をご用意しております」とダニエル君。
二人と別の部屋とは誤解を招かずひと安心だが、
ふと我に返り「ここを俺ひとりで?!」と俺は再度慌てふためく。
ダニエル君は微笑みながら「もちろんです」とひと言。
「お荷物はこちらに届いておりますので・・・」と言いながら部屋の外へと向かって歩いていく。
「じゃあね〜」とシズコとナタリー。
ダニエル君やベルボーイと共に部屋の外へと出て行った。
「パタン・・・」とドアの閉まる音。
賑やかな喧騒から一瞬で静寂な空間となる。
だだっ広い部屋にポツンと俺ひとり。
聞こえるのは波の音と、かすかな風の音だけである。
ひとりきりになり急に眠気が襲ってきた。
ベッドルームへ移動し、ポールスミスのスーツのままキングサイズのベッドへとダイブ。
俺は一瞬で昇天した。
黄昏時のスウィートルーム。
部屋の窓からは、海面をも染めた真っ赤な夕焼けがパノラマサイズで広がっている。
まさしく絵に描いたような絶景である。
そこへインターホンの音。
ドアを開けるとそこにはホテルの客室スタッフとおぼしき人が数人立っていた。
「ルームサービスでございます」と言いながら、料理を乗せたワゴンと共にツカツカと部屋へと入ってくる。
ダイニングテーブルに手慣れた手つきで料理を並べているスタッフを、目をパチクリしながら見ていると
「それではどうぞ、ごゆっくり・・・」と言いながら料理を並び終えたスタッフ達が一斉に引き上げていった。
唖然としながらスタッフ達が立ち去った方を見ていると
「どうぞこちらへ・・・」と言う声でビックリする。
声の聞こえた方を見ると、身なりをきちんと整えたウェイターがダイニングの椅子を俺に勧めている。
全員部屋から出て行ったと思っていたら、一人だけ残っていたようである。
部屋が広過ぎて全然気づかなかった。
勧められるがまま椅子へと座り、お品書きとおぼしき物を指し示される。
何とそこにはサーロインステーキのフォアグラ添えとやらロブスターのクリームソース煮などの一流料理の品々が・・・。
テーブルの上を確認すると厚さが5センチくらいはあると思われるステーキに、丸ごと一匹のロブスターがドンと据え置かれていた。
しかもその周りにはオードブルと思わしき料理と、色とりどりのデザートまで並んでいる。
ウェイターがロゼのワインをグラスに注いでくれたので早速手に取り飲もうとしたら
「たいちょー!」と、どこからかシズコの声。
ビックリして辺りを見回すがシズコは見当たらない。
不思議に思い再度飲もうとしたら
「テツヤー!」と今度はナタリーの声。
再度驚き入念に部屋を見回すが、部屋にいるのは俺とウェイターだけである。
そして次の瞬間、誰かが猛烈に俺の体を揺さぶり始める。
と、同時に目の前の視界が急に真っ白になる。
気がつくと俺の目の前にはシズコとナタリーの顔。
「あっ!起きた!起きた!」とシズコ。
「思い切り爆睡してたわね〜」とナタリー。
俺を見てクスクスと笑っている。
俺はいちばん良いところで夢から覚めたので
「何でお前はいつもそうなんだ!」と体を起こしながらシズコに詰め寄る。
何故ならば以前ジョージ・ワシントンの艦内で、シズコから同じような目にあったからである。
シズコはナタリーとお互いの顔を見ながら目をパチクリさせ首を傾げている。
当たり前だが・・・。
二人に急かされるまま、強引に出かける準備をさせられる。
シズコはドルチェ&ガッバーナから一転し、グアムで調達したペパーミントグリーンのワンピースを着ているし、ナタリーも同様にグアムで手に入れた紺のTシャツにデニムのショートパンツに着替えている。
俺は洗面所へと入り、持ってきたスポーツバッグの中を確認する。
バッグの中にはシズコとナタリーと同じく、グアムで手に入れた緑系のアロハシャツとオレンジのサーフパンツが入っていた。
手早く着替えてリビングに戻ると
「たいちょーもグアムバージョンじゃん!」とシズコ。
俺とナタリーを交互に見ながら手を叩いている。
「私たちのチーム名はグアムトリオで決まりだね!」と笑っているシズコに向かって、
「僕のTシャツとハーフパンツもグアムで買った物ですよ」と部屋にいたダニエル君。
ダニエル君も結構なイケメンなので、グレーのTシャツとアイボリーのハーフパンツが渋くきまっている。
「じゃあ、私たちのチーム名はグアムカルテットだぁ〜!」と嬉々としてシズコ。
勝手にカルテットの一員にされてしまった俺とナタリーとダニエル君は、シズコに急かされて、そそくさと部屋を後にした。
ロビーを抜けて外へ出る。
ダニエル君が指し示した先には赤色のマスタングの4人乗りのオープンカー。
これでハワイを案内してくれると言う。
「わお!」と声を揃えてシズコとナタリー。
早速、車の後部座席へと乗り込んでいく。
右側の助手席を勧められて俺が乗り込むと、ダニエル君は左側の運転席へと乗り込み、マスタングはゆっくりとホテルを出発した。
「とりあえずランチにしましょう」とダニエル君。
時間はすでに昼の12時を回っている。
日本を出発してから、あまり大した物を食べていないので、ずいぶんと腹が減っている。
「私、ロブスターが食べたい!」とシズコ。
ナタリーは「ステーキで疲れを癒したいわー」と言いながら、風になびく髪を手早くヘアゴムで束ねている。
俺は「夢でロブスターとステーキ食べるのを邪魔しやがったくせに・・・」と思いながら二人を睨んでいると
「ここでランチを調達しましょう」とダニエル君は、とある店の前に車を停めた。
車を降りて4人で店へと入る。
何とそこは日本食のお弁当屋さんである。
ハワイとは思えない日本で普通にあるテイクアウトの弁当屋だ。
のり弁当や唐揚げ弁当など、普段見慣れてるお弁当の写真が、カウンター奥に掲げられている。
「いきなり現地食でも良いですが、とりあえずお腹の調子を見ながら・・・」とダニエル君。
俺たちの体調を気遣ってくれているらしい。
早速カウンター越しに俺は好物の唐揚げ弁当を注文。
シズコはカレーライスを注文し、ナタリーは鮭弁当をチョイスした。
最後にのり弁当を注文したダニエル君が皆の弁当を受け取った後に車へと戻り、再度オープンカーを走らせる。
そしてオープンカーの着いた先は海に面した広い公園。
アラモアナ・ビーチパークと言うらしい。
道の脇に車を停めて、一面芝生の公園内へと足を踏み入れる。
公園内のあちこちにはテーブルと椅子が置かれており、俺たちは木陰のテーブルを陣取った。
早速買ってきた弁当を広げ、俺とシズコとナタリーは、バドライトの缶をプシュッと開ける。
ダニエル君は運転手なのでペプシの缶を袋から取り出している。
そして皆で乾杯!
運転手のダニエル君に詫びを入れてバドライトを一気に流し込む。
南国の雰囲気も相まって、格別にうまい。
ハワイでは屋外での飲酒は禁止のようだが、このような公園では誰も文句を言わないらしい。
唐揚げを無造作に口に放り込んでいると、目の前のナタリーがソテーした鮭に悪戦苦闘している。
どうやら箸の使い方が今ひとつ得意ではないらしい。
見かねたシズコがナタリーから箸を受け取り、鮭の身を丁寧にほぐしながらナタリーに食べさせている。
先程とは打って変わって母親と子供が入れ替わっているようである。
「こういう所へは、やっぱり恋人などと一緒に来たいわね〜」と鮭を食べさせてもらいながらナタリー。
それを聞いて「ナタリーなら相手は選び放題でしょ?」とシズコ。
何度も言うが、ナタリーはパリコレモデル級の美女である。
「そうでもないのよねー」と言いながらナタリーはバドライトの缶を口に当てる。
「たまに良いなーって思う人は、すでに素敵な奥様やパートナーがいるんだよね〜」とため息をつく。
そして「テツヤみたいにね!」と俺に向かってウィンク。
俺は言葉に詰まり目を泳がせていると
「冗談よ!テツヤ!」とナタリーは大笑い。
「あなたって可愛いわね〜」と俺をからかっている。
斜め前にいるシズコと横に座っているダニエル君も俺を見てニヤニヤしている。
「ところでテツヤと奥様の馴れ初めはどうだったの?」と急にナタリー。
「えっ?」と俺が言葉に詰まっていると
「私、知ってるし〜」と横からシズコが割り込んできた。
「二人は運命の出会いをしたんだよね〜」とシズコ。
カレーライスをスプーンですくいながら、上目遣いで俺を見る。
シズコの言う通り、俺とミユキは運命ではなかろうかという程の経緯がある。
当時、東京の大学に通っていた大学2年生だった俺が、夏休みを利用して東京の親戚の家へ遊びにいく途中の、当時高校1年生だったミユキと東京駅でバッタリ出会ったのが事の発端である。
ミユキとは以前から顔見知りだったので、お互い軽く挨拶をしてその場で別れたが、なんと3日後に新宿駅で偶然再会。
さすがにお互いビックリしたが、俺とミユキも友達や従姉妹と一緒という事もあり、近況を報告しあって再び別れた。
しかしその2日後に原宿の竹下通りでまたまた鉢合わせし、この時ばかりは運命を感じ得ずにはいられなかった思い出がある。
「それから交際が始まったのよね〜」とシズコ。
俺を見て、ほお杖をつきながらニコニコしている。
ナタリーが「テツヤはどんなふうに女子高生を口説いたの〜?」と怪しい目つきで俺を睨むと
「ミユキさんから猛アタックされたみたいだよ」とシズコ。
シズコの言う通りその後ミユキが東京にいる間中、ストーカーのように付きまとわれた記憶がある。
「それで、たいちょーの気持ちも動いたんだって」とカレーを口に運びながらシズコ。
それを聞いて「へえ〜・・・」とナタリー。
俺を睨む目が幾分和らぐ。
そして「私もそんな運命的な出会いがないかしら〜?」と空を仰ぎ見た。
すると「でも二人が一番最初に出会った時は、実は私もそこにいたんだよ」とシズコ。
ナタリーとダニエル君は「はぁ?」と一斉に口をそろえた。
シズコの言葉通り、俺とミユキが初めて出会ったのは夏休みの林間学校である。
中野市では毎年、夏休みに市内の小中学生を対象にした林間学校を開催している。
場所は中野市郊外のキャンプ場で2泊3日の日程で行われる。
俺が高校2年生の時に、引率兼世話係のボランティアで参加したのだが、その時に当時中学1年生だったミユキと小学3年生だったシズコが参加していた。
「私が川で溺れているところをたいちょーが助けてくれたんだよねー」といきなりシズコ。
川遊びで深みにハマり、離れてしまった浮き輪と共に流されていくシズコを、俺は服を着たまま飛び込んで助けた覚えがある。
「その時にたいちょーと一緒に、ギャン泣きした私を介抱してくれたのがミユキさんだったんだ〜」と黒歴史にもかかわらずシズコは平然とカレーを頬ばっている。
「その後から私はたいちょーやミユキさんの後をついて回ってたんだよねー」とシズコ。
バドライトをひとくちゴクリと飲み込む。
シズコは幸いにも大事には至らず、その後も引き続き林間学校に参加した。
俺は森の探検隊の隊長という肩書きで参加したので、その後からシズコは「たいちょー!」「たいちょー!」と、せわしなく俺のそばに付きまとっていた。
「あの時はお前も可愛かったよな〜」と笑いながら俺。
「可愛かったなんて過去形になってるしー」と得意の膨れっ面でシズコ。
俺は軽く詫びを入れながら唐揚げ弁当をシズコに差し出すと、シズコは「わぁ!」と目を丸くして、一番デカい唐揚げを指で摘んで持っていった。
「その時からテツヤはシズコにとって隊長なんだ」とナタリー。
シズコを横目で見てクスッと笑う。
シズコは指に摘んだ唐揚げをかじりながら「キャンプの夜に、たいちょーがパイロットになるって話をしてくれたんだ〜」と満面の笑み。
「それがきっかけで私もパイロットに興味を持ったんだ〜」と打ち明ける。
「だからたいちょーは命の恩人でもあり、人生の師匠でもあるんだよ」とドヤ顔でシズコ。
俺は照れくさくなり「そんな大げさな・・・」と返すと
「だって、そうなんだもーん!」とシズコは思い切り身を乗り出した。
「わかった・・・わかった・・・」と慌てて俺。
シズコは椅子に座り直しながら
「まさか、たいちょーとミユキさんがその後、結婚する事になるとはね〜」と、指に付いた唐揚げの油を舐めながら笑っている。
ひと通り食事が終わり、しばらく海を眺めながらボーっとしていると
「そろそろ次へ行きましょうか?」とダニエル君。
弁当の空容器を片付けながら「とっておきのビーチへご案内しますよ」と満面の笑み。
それを聞いて「わ〜い!ビーチだ〜!」とシズコ。
突然車に向かって走り出す。
見かねたナタリーが先程と同様「そんなに走ると転ぶわよ!」と言うか言い終わらないうちに、シズコは芝生に足を取られて前のめりに思い切り転倒した。
「大丈夫かよ?」とキン肉マン顔負けの見事な転び方をしたシズコに、半分笑いながら手を差し伸べる。
俺が笑ったのが気に入らないのか「たいちょーおんぶして!」と俺を睨みながらシズコ。
「大丈夫なの!?」と慌てるナタリーをなだめながら、俺はシズコに背中を向けて渋々腰を下ろした。
シズコは何か事が起きると大泣きになるので、おんぶをせがむ場合は大抵大丈夫な時なのである。
シズコが俺の首に手を回し、背中に体重が乗ったのを確認して「よっこいしょ!」とシズコを背負って立ち上がる。
車へ向かって歩きながら「お前、この前より少し重くなったぞ」と俺。
この前とはシズコ墜落炎上タヌキ顔事故のことである。
それを聞いて「えっー!やっぱりー!」とデカい声でシズコ。
「最近合コンが多くて食べ過ぎたからかな〜」と俺の背中でつぶやいている。
そんなシズコに「合コンって何?」とナタリー。
背中のシズコに聞いている。
聞くところによると、アメリカでは合コンというカテゴリーは存在しないらしい。
日本と違って家が広いアメリカでは、大人数でパーティーするのが主流との事。
そんなナタリーにシズコが合コンの醍醐味を熱く語っている。
シズコをおんぶした俺は、まるで背中に合コン女王を乗せた馬のようである。
オープンカーに戻り車は再び走り出す。
車はホノルルの市街地を離れ、内陸部へと入っていく。
住宅地からひと気のない道となり、トンネルを経由して再び住宅地へと入っていく。
そしてパッと視界が開けた海沿いの駐車場へとダニエル君は車を滑り込ませた。
「わあっ!」とビーチを眺めながら声を揃えてナタリーとシズコ。
車を降りてビーチへ行こうとする俺たちに向かって
「目的地はここから徒歩で更に15分くらいです」とダニエル君。
「え〜!」と先程、キン肉マン転びをしたシズコ。
俺とナタリーと共に、渋々ダニエル君のそばに歩み寄る。
車のトランクから、おびただしい量の荷物を、ダニエル君は折り畳みのキャリーカートへと積み込んでいる。
「では行きましょう!」とダニエル君。
荷物満載のキャリーカートを引っ張りながら歩き出した。
見かねた俺はダニエル君を手伝いながら共に歩き出す。
なだらかな登りと下りを経て、住宅地の間の小道を抜けた先には何と絶景のビーチが出現。
俺とシズコとナタリーは、声をあげることも忘れてしばし呆然とする。
「ここがラニカイビーチです」とダニエル君。
適当な場所を陣取り荷物を下ろしながら「ラニカイとはハワイの言葉で、天国の海という意味です」と俺たちに説明する。
「ベストビーチで全米No.1に選ばれたこともあるんですよ!」と自信満々に話しながら、ダニエル君はキャリーカートから降ろした簡易テントのような物を組み立てている。
「それなーに?」とそれを見てシズコ。
ダニエル君は笑いながら「簡易トイレと更衣室です」と説明。
見ると組み立てられたふたつのテントは人がちょうどひとり入られるくらいの大きさで、片方には簡易トイレが設置されている。
「ここにはシャワーやトイレなどの施設がないので、これを使って下さい」とダニエル君。
風でテントが飛ばないように、周りを石で固定している。
まさにVIP待遇的な扱いに少々ビビりながら、ありがたくそれを使わせていただく事にする。
「キャ〜!」と水着に着替えたシズコ。
シュノーケルの装備を身につけ、一目散に海へと走っていく。
俺たちに用意された水着も事前に体のサイズがわかっているため、ジャストサイズになっている。
しかも数種類から好きなものを現地で選べるなど、至れり尽くせりである。
俺はハイビスカスなどのトロピカルフラワーがプリントされた、ちょっと派手目なサーフパンツをチョイス。
シズコは動きやすいスポーツタイプのセパレート水着を選び、ナタリーはセクシーなビキニを選んだ。
シズコやナタリーと共に年甲斐もなく海で大はしゃぎした後、用意されたパラソルの下のデッキチェアでしばし休憩をとる。
パラソルは2本並んで立てられ、一方はパラソルを挟んでシズコとナタリーが並んで横たわり、もう一方は俺とダニエル君が寝そべっている。
ビーチを歩く男たちが遠目にナタリーとシズコをうかがっているが、俺とダニエル君が隣にいるので誰も声をかける者などいない。
しかしダニエル君が用意してくれたパイナップルジュースを飲みながらくつろいでいると、何やら怪しい男二人組がシズコとナタリーに近づいてきた。
ひとりは腕にサソリのタトゥーを入れた太った男で、もう片方はマッチョな体を見せびらかしている残念な顔の男である。
早速ナタリーに向かって「俺たちと遊ばない?」とサソリデブ。
ブサメンマッチョは「こんな男たちより俺たちといる方が楽しいぜ!」と、俺とダニエル君をチラチラ見ながらシズコに声をかけている。
半分涙目になっているシズコを見かねて俺が立ちあがろうとすると、すかさずダニエル君が制止した。
そこへ巨漢の男と強面の男の二人が登場。
ナタリーとシズコと男たちとの間に割って入る。
「なっ!何なんだお前らは?」とサソリデブ。
「俺たちの邪魔をするんじゃねえ!」とブサメンマッチョが巨漢男の襟首を掴もうとする。
巨漢男は慣れた手つきでブサメンマッチョの腕を払い、背中に回って後ろ手に腕を捻じ上げた。
「ううっ・・・!」とうめくブサメンマッチョにサソリデブが助け舟を出そうとするが、強面男に制止され大人しくなる。
「俺たちの大事なお客に近づかないでくれないか?」と強面男。
鋭い眼光でサソリとブサメンを睨む。
睨まれた二人はヘビに睨まれたカエルの如く、そそくさと俺たちから離れていった。
サソリとブサメンを退治したのは俺たちのボディガードだとダニエル君から紹介される。
国賓扱いなのでボディガードが付くのも当然かもしれないが、アラモアナ・ビーチパークにも二人はいたので以前から気にはなってはいた。
二人はビーチに寝そべるマットを持っていたり、土産物を入れる紙袋を持っていたりと、思い切り観光客のいでたちをしてカモフラージュしているが、足元はビーサンではなく素早く動けるスニーカーを履いている。
「どうもロバートです」と俺に向かって巨漢男。
サングラスを取り俺と握手する。
もう一人の強面男はチャーリーという名前で、笑うといきなり愛くるしい表情となった。
「ろばぁ〜と〜!早く投げてー!」とロバートに向かってシズコ。
二人はフライングディスクの投げ合いをしている。
シズコは元々巨漢男は苦手だったが、ジョージ・ワシントンのサミーのおかげか巨漢男に対して耐性ができたようである。
かたやナタリーとチャーリーも「キャハハ!ワハハ!」と笑いながら、バトミントンを楽しんでいる。
二人のボディガードのおかげで、その後は事なくラニカイビーチを満喫できた。
日が西に傾きだしたので、そろそろ撤収となる。
用意されたシャワーで手早く海水を洗い流し、簡易テントで素早く衣服に着替え直す。
周りの観光客たちは豪華な俺たちの装備を羨望の眼差しで見ている。
俺も手伝いながらキャリーカートへ次々と荷物を積み込み、ラニカイビーチを後にした。
車でホノルルに戻った頃には夕闇が迫りつつある時間で、ホテルの部屋に戻った時は窓一面に見事な夕焼けが広がっていた。
まるで昼間見た夢のような光景に圧倒されていると
「お風呂でもいかがですか?」とダニエル君。
バルコニーにあるジャグジーを俺に勧める。
ここは日本ではないのでさすがに素っ裸というわけにもいかず、サーフパンツに着替え直してジャグジーに浸かった。
傍らのテーブルにはダニエル君が用意してくれたビールまで置いてある。
最高の景色に心地良いジャグジー。
そして美味いビールと今までで最上級の条件での入浴を堪能していると
「まるでお殿様気分ですねぇ〜」と水を差す言葉。
振り返ると綺麗に着飾ったナタリーが髪をかきあげながら俺を見て笑っている。
「お殿様というよりポンコツ王子でしょ!」と隣にいるシズコ。
シズコも可憐なドレスで着飾って、先程までとは見違えるようである。
俺は笑いながらビールの入ったグラスを高々と掲げた後、それを一気に飲み干した。
ジャグジーから上がり何故か身なりと髪型を整えられ、隣のダイニングへシズコとナタリー共々案内される。
ダイニングへ入るとそこにはダンディーな男性がひとり、お供とおぼしき男二人と俺たちを出迎えていた。
「ようこそハワイへ!」と、そのダンディーな男性。
聞くとハワイの州知事との事。
今夜は州知事主催の晩餐会との事で、国賓扱いともなると、出てくる人間も違ってくる。
しかもこちらから出向く事なく、向こうからわざわざ出向いてくれている。
「どっ!どうも・・・」と焦って俺。
州知事が差し出した右手にガッチリ握手する。
シズコとナタリーもそれぞれ軽く握手した。
俺たち3人はテーブル奥の上座へと座らされる。
俺の左手にはダニエル君が座り、右手にはシズコと、その奥にはナタリーが座った。
俺たちが入ってきたダイニングの入り口には、ボディーガードのロバートとチャーリーが堂々とした姿勢で立っている。
先程とは打って変わり、二人とも黒のスーツに身を包んでいる。
サングラスをかければ、まるで映画のメン・イン・ブラックかブルース・ブラザーズのようである。
「それではお願いします」とウェイターに向かって州知事。
テーブルを挟んだ俺の正面に座っている。
その両脇にはお供とおぼしき二人が、それぞれ行儀良く鎮座している。
州知事からの言葉を受けて「承知いたしました」とウェイター。
周囲に目配せし、大量のワゴンがダイニングへと運び込まれてきた。
何とそのワゴンには、俺が夢にまで見た丸ごとのロブスターや厚切りステーキなどのご馳走が所狭しと並んでいる。
そのご馳走をウェイター達は手際よくテーブルへと並べていく。
「わぁ!」と目を丸くしてシズコ。
並べられていく料理を手を叩きながら目で追っている。
この会食はフランス料理のようにオードブルからメインディッシュ、そしてデザートへと、ちまちまと料理を提供するのではなく、最初からオードブルからデザートまでを一気に出す、わんぱくスタイルのようである。
その方が食べる側も食べる順番に気を取られる事なく、自由に食事を楽しむことができる。
「それではいただきましょうか?」と州知事。
それを聞いて「いただきます!」とシズコ。
行儀良く手を合わせている。
シズコは意外にも、親のしつけがよかったのか肝心なところではしっかりとしている。
それを見て州知事が感心していると、シズコはおもむろにデザートの皿からバナナを一本素手で手に取った。
シズコがデザートから食べるのはいつもの事なので黙って見過ごしていると、何と猿が食べるかの如く、手でバナナを剥いて頭から頬ばり始めた。
俺はテーブルマナーにあまり詳しくはないが、シズコが食べているスタイルがマナー違反だという事は明らかにわかる。
シズコの向こうでもナタリーが大慌てで制止しようとしている。
そんな事などお構いなしにシズコは「これメチャウマ!」と食べているバナナを見つめて驚いている。
「たいちょーも食べてみてよ!」と、俺に向かってシズコ。
俺は州知事のご機嫌を伺うが、州知事は「今日はリラックスしていきましょう」と寛大な言葉。
俺はその言葉に甘えて、シズコ同様お猿さんスタイルでバナナをひと口頬ばった。
「えっ?これってバナナ?」と思わず俺。
日本で食べているバナナとは全くの別物である。
日本では植物検疫の関係でバナナは青いまま収穫したものしか輸入できない。
植物の病害虫がその植物に付着して日本国内に侵入しないようにする措置である。
したがって青いまま輸入したバナナは、日本国内の専用の施設で熟されてから店頭に並ぶわけである。
かたや今食べているバナナは樹上で完熟してから収穫している。
そのため、甘みやコクが断然違う。
思わずお猿さんスタイルのまま一気食いしてしまった。
そんな俺とシズコを見て
「パイナップルもいかがですか?」と州知事。
勧められるがまま、綺麗にカットしてあるパインをフォークで突き刺して頬ばってみる。
これも日本で食べるパイナップルとは全くの別物である。
シズコの向こうではパリコレモデル顔負けのナタリーでさえ、俺たちに誘発されてお猿さんスタイルでバナナを食べ始めた。
州知事の果物推しに釣られて、パパイヤやマンゴー、パッションフルーツなど、次々と完食していく。
おかげで果物だけで腹がいっぱいになってしまい、せっかくのロブスターや厚切りステーキを食べる隙間がなってしまった。
俺と同様、果物で腹一杯のシズコが、
「ろばぁ〜と〜お肉食べる〜?」と厚切りステーキをボディーガードのロバートに勧めている。
ロバートが慌てて手のひらを横に振り遠慮すると、
「ちゃぁりぃ〜は?」と今度はチャーリーにシズコ。
当然チャーリーも遠慮する。
すると「私のおすすめを何故食べないの〜?」と高圧的にシズコ。
まるでブラック企業のパワハラ上司である。
それを見かねてダニエル君が、シズコの言う事に従うよう、ロバートとチャーリーに促している。
そそくさとシズコに駆け寄り分けてもらった肉を頬ばり、「ウマッ!」「こりゃたまらん!」とロバートとチャーリー。
二人とも空腹だったのか一瞬でシズコの厚切りステーキを完食した。
俺とナタリーも食べきれない程の料理をロバートとチャーリーに手伝ってもらっていると、
「ひとつご相談が・・・」と、唐突に州知事。
州知事から相談とは光栄な事だが、聞くとハワイの観光業拡大を後押しして欲しいとの事。
俺はビックリして「俺たちは戦術航空団ですよ!」と大慌て。
「観光業とは真逆の仕事ですから無理だと思います」ときっぱりお断りする。
そんな俺たちに「おたくは現在、ジャンボジェット機を所有されているのでは?」と州知事。
言われてみればその通りである。
観光業とは真逆の仕事と言っておきながら、観光に思い切り使う大型旅客機を俺たちの航空団は所有している。
「現在、日本からハワイへの直行便は羽田や成田をはじめ、関西や名古屋など、太平洋沿岸の主要都市からの運行が主となっております」と州知事。
「それで今回、内陸部の地方都市からも直行便を誘致したいと思い、お願いに上がった次第です」と俺たちに頭を下げる。
俺は現在、ジャンボジェット機は羽田空港に駐機してままである事と、構造上俺たちの基地ではジャンボジェット機は離着陸できない事などを州知事に告げる。
それを聞いたナタリーが「でも近くに松本空港や富山空港があるじゃない?」と余計なひと言。
「タナカさんに頼めば中野基地でも離着陸できるようになるんじゃないかなぁ?」とシズコがさらに追い打ちをかける。
それを聞いて「ぜひ前向きにご検討を!」と州知事。
お供と共にガバッと立ち上がる。
俺は夕食をご馳走になった手前、思い切り断ることができなくなってしまった。
また頭痛の種が増えそうである。
ひと通りの食事と歓談が終わり、晩餐会はお開きとなる。
州知事達を見送った後、ダイニングでは俺たちだけで二次会が始まった。
まだまだ食べ足りないロバートとチャーリーはシズコに勧められ、残っている料理を食べあさっている。
右手にステーキで左手にロブスターと、まさしくわんぱくスタイルの真骨頂である。
そんな二人を見て笑いながら、ハワイの夜はふけていった。
翌日午前8時。
俺のスウィートルームでシズコとナタリー&ダニエル君とロバート、チャーリー達と豪華な朝食を摂っていると、ウェイターが一通のメッセージを俺に届けた。
見るとアメリカ大統領府からの書簡で、大統領のスケジュール変更に伴い、本日朝10時にホノルルを立って、サンディエゴのノースアイランド海軍航空基地に向かって欲しいとの事。
俺たちは国賓扱いだが、「何故、大統領までもが俺たちに?」と思いながら、その書簡をダニエル君に手渡す。
ダニエル君は書簡を見て「承知しました」と、ひとこと言い残し部屋を出て行った。
「えーっ!なんでー!」とデカい声でシズコ。
案の定、ハワイ滞在が短くなった事で大ブーイングである。
「最初の予定では出発は明日でしょ!」と、眉毛を吊り上げ
「今日はお洒落なカフェに行ったり、お土産買おうと思っていたのにー」と、得意の膨れっ面である。
そんなシズコをなだめながら手早く朝食を済ませ、出発する準備に取り掛かる。
準備といっても俺は適当に着替えて、ミユキに用意してもらった洗面具や着替えをスポーツバッグに詰め込むだけである。
「おーい!まだかー?」とシズコとナタリーの部屋のインターホンに向かって俺。
ホノルルを出発する時間が迫っているので少々イライラしている。
「もうちょっと待って〜!」とインターホンの向こうからシズコ。
部屋の中で大急ぎで準備している様子が聞き取れる。
その5分後、「お待たせ!」と部屋のドアを開けながらシズコとナタリー。
俺は二人を見てビックリする。
なんと二人とも既にフライトスーツや耐Gスーツなどの装備を身に付けて準備万全である。
かたや俺はハワイで購入したアロハシャツとサーフパンツ姿で、おまけにビーサンを履いて麦わら帽子までかぶっている。
そんな俺を見てシズコとナタリーは大激怒。
「早く準備しろって言った割に何ですか?その格好は!」と怒った顔でシズコ。
「テツヤはその格好でF- 15に乗るらしいわよ」とシズコに向かってナタリー。
俺の頭の先からつま先までを見回しながらイヤミを言っている。
二人の冷たい視線におののき、俺は部屋に戻って素早くフライトジャケットや耐Gスーツなどの装備に着替え直した。
そのままの格好でロビーへと降りる。
ロビーにいた観光客達は俺たちの格好を見て一同騒然としている。
当たり前だが、このような場所でパイロットの装備を身に付けた者などまずいない。
中には二度見や三度見までしている観光客もいる。
そんな視線を掻い潜りながらロビーを通り過ぎ、外へと出る。
車寄せには迎えの車が待ち構えていた。
さすがに今日はリムジンやオープンカーではなく、どこにでも見かけるミニバンである。
車に乗り込みホテルを後にする。
今回の運転手はパールハーバー・ヒッカム統合基地の職員との事。
「ダニエル君はどこ〜?」「ロバートとチャーリーは?」とシズコ。
後ろの席でガタガタとうるさい。
「ダニエル君達は俺たちがハワイにいる間の担当だから、もう撤収したのさ」と俺。
それを聞いて「お別れも言わずに何だか味気ないわねぇ」とナタリー。
俺たちは最後のハワイの景色を眺めつつ、車は30分ほどで基地に到着した。
出発時間が迫っているので早速機体へと向かう。
俺たちのF-15は既に燃料を入れられ兵装も装着し、準備万全のようである。
見送りに来ているマツモト司令たちに礼を言い、機体に乗り込みエンジンを始動する。
いつも通りの心地良いエンジン音で計器類も全く異常なしである。
大勢の見送りの中、キャノピーを閉めて俺たちは滑走路へ向けてタキシングを開始した。
今回使用する滑走路は8Lなので、基地を出てすぐの場所から離陸できる。
ここへ到着した時とは全く逆である。
瞬く間に滑走路入り口へと到着し、着陸機があるとの事で、それをやり過ごしてからの離陸となる。
典型的な南国のスカイブルーの空から着陸灯が徐々に近づいてくる。
翼にぶら下がる4基のエンジン。
ジャンボジェット機かと思いきや、何と総2階建ての旅客機エアバスA380である。
「あっ!フライングホヌだ!」とシズコ。
見ると機体に描かれたウミガメのイラストが見て取れる。
日本の成田空港を夜に出発して朝にホノルルへ到着する、全日空のハワイ便専用の機体である。
その巨大なウミガメは俺たちのすぐ近くをかすめ飛んだ後、滑走路にドシンと降り立った。
「今度はあれでハワイへ来たいな〜」とウミガメを見てシズコ。
それを聞いて「やっぱり外観が目立つから気分いいよな」と俺。
ナタリーは初めてフライングホヌの存在を知ったらしく
「でも機内に入ったら外観なんて見えないから、どの航空機でも一緒でしょ?」と現実的なコメント。
俺は返す言葉が見つからず沈黙となった。
ウミガメが滑走路から誘導路へ入ったところで俺たちに離陸の許可が出た。
スラストレバーでエンジン出力を少し上げ、ブレーキを解除すると機体がゆっくりと動き出した。
滑走路に3機が出揃ったところで一旦停止。
シズコとナタリーに合図を出し、俺はスラストレバーをめいっぱい倒し、アフターバーナーに点火する。
轟音と共に体がシートに吸い寄せられる程の急加速だが、いつもカタパルト発進している身からすると少々かったるい。
左手に見える旅客ターミナルが飛ぶように後方へと過ぎ去っていく。
離陸速度に達したところで操縦桿を手前に引くと機体はふわりと宙に浮いた。
必要無くなったギアを格納し、高度をどんどん上げていく。
後方には無事に離陸したシズコとナタリーが俺を追いかけてくる。
「バイバイ!ハワイ〜!」とシズコ。
「また来るからね〜!」と続けてナタリー。
俺は「今度はミユキを連れて来たいなあ」と、眼下に見えるマウイ島を見ながらひとり思った。
ホノルルからカリフォルニアのサンディエゴまでは約5時間30分のフライトとなる。
ホノルルとサンディエゴは2時間の時差があるので、到着時間は現地時間の夕方5時30分頃になる予定だ。
早速、シズコとナタリーはハワイの土産話で盛り上がる。
キティちゃんグッズのハワイ限定品を買い損なったやら、ラニカイビーチはスゴい感動したなど、ふたりのおしゃべりはとどまる事なく続けられる。
離陸してから2時間30分くらいした頃、突然「あっー!」とシズコのデカい声。
少し眠気がしていたのだが、ビックリして、おかげですっかり目が覚めた。
「何だよ急にデカい声出して!」と少しムッとして俺。
シズコは息せき切って「たいちょー!燃料がほとんどありません!」と更にデカい声。
「何だって!?」と慌てて俺。
聞くと残量が10%くらいだと言う。
それを聞いて「どうするのよ!!!?」と半分パニックでナタリー。
現在位置は、ホノルルとサンディエゴのほぼ中間地点なので、行くも引き返すも、どちらも燃料が足りない。
このままでは太平洋に着水となる。
振り返ってシズコの機体を見ると、翼の付け根付近から何やら霧のようなものが出ている。
恐らく燃料漏れだ。
「なんで今まで気づかなかったんだ!」とシズコを叱責するも
「私が横を飛んでいながら、おしゃべりに夢中になってしまってごめんなさい」とナタリー。
シズコも「たいちょー、本当にごめんなさい・・・」と半分涙声である。
そんなふたりをこれ以上とがめても仕方ないので
「仕方ないなぁ、これにつかまっていけ」と俺。
機体後部より牽引フック付きのロープを後方に伸ばし始める。
「えっ!何?」と慌ててナタリー。
ナタリーにはこの装置の事を話していない。
この装置はタナカさんが開発した、画期的な燃料節約装置である。
画期的と言っても車が故障した際に牽引するがごとく、単純に航空機を牽引するだけの装置である。
こんな所で役に立つとは思ってもみなかった。
この装置は、おかえりなさい作戦で使用したミサイルアンカーと同じく、カーボンナノチューブを使用して、その先端のアンカーの代わりに牽引用のフックが取り付けてある。
そのフックを牽引される航空機がつかみ取って牽引される手筈となる。
シズコの機体よりフックをつかみ取るステーが機首下方より伸びてくる。
「たいちょー、お願いします〜」と珍しく謙虚なシズコ。
「わかったよ。うまくつかみ取れ」と俺。
後方のカメラで確認しつつ、シズコのステーへ徐々にフックを近づけていく。
シズコは難なくフックをキャッチ。
一度も訓練していないのに、大した腕前である。
しばらくシズコの燃料は持ちそうなので、ロープをたるませたままのランデブー飛行となる。
燃料が漏れたままのシズコと、それを牽引している俺に向かって
「何だか、お漏らししたシズコをテツヤが手を引いてトイレに連れていくみたいよね」とナタリー。
それを聞いて「もう!ナタリーってば!」とシズコ。
ナタリーの例えが絶妙で、俺は思わず膝を打った。
サンディエゴまで残り1500Km付近でシズコの右エンジンが停止。
そして1400Km手前で左エンジンが停止。
シズコの機体は完全に推力を失った。
それと同時にシズコの機体の重みが俺の機体にのしかかる。
エンジン出力を上げて速度を維持しようとするが、なかなか思うようにはいかない。
燃料節約装置のはずが、結局、俺の燃料を余計に使うので、どれくらいの効果があるのか疑問になってきた。
何とかシズコの機体共々、飛行を安定させてサンディエゴへと急ぐ。
シズコを牽引し始めてから2時間30分後、アメリカ本土の西海岸が見えてきた。
当初の予定ではトラブル発生時より2時間後にノースアイランド海軍航空基地に到着であったが、シズコを引っ張っていたので速度が遅くなり、大幅に遅れが出ている。
基地の管制に着陸許可を取ると同時に、今の俺たちの現状を報告する。
するとたちまち管制側がパニックになって、大慌てになっている様子がうかがえる。
「何で、そんなに大慌てになってるのかしら?」とナタリー。
現在、俺とシズコの状況を見れば大慌てになっても不思議ではないが、2時間以上もそんな状況を見続けたせいか、ナタリーの感覚が麻痺しているようである。
湾内にある半島の先端に滑走路が見えてきた。
ノースアイランド海軍航空基地である。
シズコ共々ランディングギアを出して速度調整をしながら着陸に備える。
「俺に追突するんじゃないぞ!」と後ろのシズコに向かって注意すると、
「たいちょー!今大事なところだから、余計な事は言わないで!」と怒り口調でシズコ。
先程までの謙虚さはどこへやらである。
今回の着陸は俺がタッチ&ゴーの要領で滑走路へと侵入し、俺の機体に続けてシズコの機体が接地したと同時に牽引フックを切り離して、俺が再び離陸上昇する。
そしてシズコがブレーキをかけて着陸完了という段取りである。
万が一の事が起こって滑走路を塞ぐ事態に備え、ナタリーを先に着陸させる。
ナタリーは俺とシズコの前に出てアプローチを開始する。
エアブレーキをかけながら徐々に速度を落とし、難なく着陸成功。
誘導路に入ったのを見届けてから、推進力の全くないシズコをいよいよ着陸させる事にする。
アプローチラインに乗り、後ろのシズコを気にしながら徐々に減速していく。
急に減速するとシズコに追突されるかもしれず、そうなると2機共一巻の終わりである。
後ろの航空機に追突されるかもと恐怖におののきながらの着陸は、当たり前だが初めての体験である。
滑走路周辺では赤や青の回転灯が見て取れる。
恐らく消防車両などの緊急車両であろう。
着陸まで残り500mとなる。
滑走路周辺の状況もはっきりと見えてくる。
残り100mとなり、後ろのシズコを意識して、滑走路の少し奥へとランディングギアを落とす。
そしてスラストレバーを全開にして再度離陸を試みる。
と同時にシズコが牽引フックを切り離してブレーキをかける頃であるが、何故か切り離す兆候がない。
そこへ「たいちょー!牽引フックが切り離せません!」とシズコ。
それを聞いて「何ぃー!」と俺。
出力全開で離陸しかけているので、今更離陸を止めることなどできない。
ここで離陸をやめたら完全に滑走路をオーバーランである。
仕方なくアフターバーナーを全開にして、シズコ諸共離陸する。
シズコを牽引してきたせいで燃料が残り少なくなっており、そこへ燃料を大量に使うアフターバーナーである。
この調子だと着陸にトライできるのは、あと一回程度だろう。
着陸をやり直そうとしている俺たちに向かって
「スカイウォーカーダイジュ!何かトラブルでも?!」と、焦った声で航空管制。
それを受けて「トラブルって程のことじゃないけど、牽引フックが外れなくなったんだよね〜」と俺。
それを聞いて「えーっ!それって重大なトラブルだと思いますよ!大丈夫ですか?!」と航空管制はデカい声。
修羅場を掻い潜り過ぎたせいで俺の感覚が麻痺しているのか、航空管制が慎重すぎるのかよくわからないが、普通にヤバい状況なのは確かなようである。
俺はシズコを引っ張ったまま旋回し、再度着陸を試みる。
トライはやはり1回のみしかできないと思うので、今度は俺とシズコの同時着陸でいこうと思う。
航空管制にその事を伝えると「マッ!マジっすか?!」と急に大慌て。
無線の奥ではドヤドヤと人や物が入り乱れている様子が聞き取れる。
ふと空港脇を見ると、野次馬やらマスコミやらが滑走路が見渡せる場所を陣取っている。
俺が思っている以上に事が大げさになってきた。
再度、アプローチに入る。
俺とシズコの距離はカーボンナノチューブの長さである50m程しか離れていない。
普通に着陸するのなら50m程度は何ら問題はないが、今回はシズコが燃料切れで推力0である。
それを牽引しての着陸は恐らく前代未聞であろう。
着陸まで500mとなる。
シズコに追突だけは気をつけるよう指示を出すが、
「わっ!・・・わかってるわよ!」と珍しく緊張のシズコ。
追突したら、一番ヤバいのは自分だとわかっているようである。
残り100mとなる。
「80m・・・70m・・・60m・・・」
操縦桿を少し手前に引き、機首を少し上げる。
「50m・・・40m・・・30m・・・20m・・・10m・・・」
軽い衝撃と共にランディングギアが接地する。
シズコも何とか接地したようだ。
後ろのシズコを確認しながら徐々にブレーキをかけ始めるが、
「わっ!わっ!うわー!」とデカい声でシズコ。
次の瞬間「ガツン!」と鈍い音。
と、同時に前に押し出される衝撃が走る。
どうやらシズコが追突したようだ。
「おっ!おい!大丈夫か?!」と慌てて俺。
その直後に「ごめんなさ〜い」とシズコ。
「たいちょーの右のエンジンにぶつかっちゃった〜」と珍しく恐縮している。
火災などが起きたらヤバいので、慌てて右エンジンを停止し、
「怪我はないか?」とシズコに尋ねてみる。
「私は大丈夫だけど、私のF-15が大怪我してるー」と半泣き状態のシズコ。
振り返ってキャノピー越しに見ると、シズコのF-15のノーズ付近が大破しているのが確認できる。
2機共滑走路上で停止すると、けたたましくサイレンを鳴らした緊急車両が駆けつけてきた。
急いで左エンジンも停止させキャノピーを開ける。
走ってきた救急隊員が「大丈夫ですか?!」と俺に声をかけてくる。
俺は頷きながら親指を立てて、大丈夫だとゼスチャーで合図した。
すると救急隊員は機体が炎上する恐れもあるため、至急機外へ退避するようにとの事。
用意されたハシゴを使って機体を降り、走って滑走路脇へと退避する。
シズコも機体から降りて、俺のそばに駆け寄ってきた。
俺たちのF-15は念の為に消火剤を撒かれ、あたりは白く煙っている。
そこへ1台の車が到着。
助手席からは一足早く着陸したナタリーが降りてきて「二人とも大丈夫なの?!」と大慌てで俺とシズコに駆け寄ってくる。
そこへおむむろに運転席のドアが開き、見覚えのある男が登場。
何とトップガンへ栄転したジャックである。
「お前には普通って事がないのかよ!普通って事がよ!・・・」と呆れた言い方でジャック。
俺に向かって歩きながら「前回はゾンビみたいに小汚い格好をした乗客を乗せたジャンボ機で登場したり、今回は燃料切れしたF-15を引っ張ってきたりとかさ〜」と以前、アナザースカイで沖縄へ行った時の事を言っている。
俺は「似合わないスーツを着込んでニヤけてるようなヤツには言われたくないね〜」とジャックの服装を見ながら言ってやる。
今回のジャックは海軍の制服ではなく、仕立ての良さそうなスーツでビシッと決めている。
俺はそんなスーツなど気にも留めず、汗と埃まみれのフライトスーツのまま笑顔で両手を広げたジャックを思い切りハグしてやる。
そしてお互いの背中を叩き合いながら再会を喜ぶ。
シズコも久々のジャックに歯をむき出しにして満面の笑みだ。
「しかし派手にぶつけたなー」と俺とシズコの機体を見てジャック。
「でも、シズコちゃんだから許しちゃうピョ〜ン」と、シズコに向かってジャックが言うと
「キャ〜!ウレピ〜」と、それに応えてシズコ。
相変わらずのバカップルぶりは健在である。
「この機体では今日飛ぶのは無理だな」と当たり前の事をジャック。
「仕方がないから代わりの機体を借りるか?」と振り返り、
「おーい!F-18を貸してくれい!」と車に同乗してきた海軍らしき男に叫んでいる。
まるで自転車でも借りるような気軽さだ。
「これからまたどこかへ行くの?」と不思議そうなシズコに向かって、
「これからラスベガスへ行ってパ〜っと遊ぶんだよ!」とジャックは満面の笑み。
それを聞いて「うぉ!マジでぇ〜!」と思わず俺。
さすが国賓待遇だけあって、アメリカ本土へ上陸してすぐに高待遇である。
そこへ「念のため診療所へどうぞ」とジャックと共に車に同乗してきた海軍らしき男。
これだけの事故なので医者に診てもらうのは当然と言えば当然である。
それを聞いて「絶対にヤダ!」とデカい声でシズコ。
恐らく注射の恐怖におののいているのだろう。
以前のシズコ墜落炎上タヌキ顔事故での出来事を思い出した。
俺は「注射はしないよう医者に言っておくから心配するな」とシズコに向かって言うと、
「本当に?・・・」とか細い声でシズコ。
百戦錬磨の男まさりのパイロットが、注射ひとつでこれとは情けない。
かく言う俺もゴキブリが大の苦手ではあるが・・・
ジャック達と共に車で基地の診療所へと向かう。
この基地は独自の警察や消防署まであり、一つの街に相当する施設・機能を備えている。
食堂や住居はもちろん、クラブや映画館、ゴルフコース、テニスコート、ボウリング場や公園までもある。
基地から一歩も出なくとも、しばらく生活には困らないような感じがする。
俺たちは建物内の一角にある診療所へと案内される。
当たり前だが、きちんとしたドクターとナースが俺たちを丁寧に出迎えてくれた。
俺が先に診てもらい、後のシズコが大の注射恐怖症だとドクターに伝えると「今どきやたらと注射は打ちませんよ」とドクターは苦笑い。
診断結果は二人ともおおむね大丈夫との事でひと安心である。
シズコに追突された俺は一応ムチ打ちの症状が出るといけないので、首の後ろに軽く湿布をしてもらった。
診療所の建物から出て再び車に乗り、今度は基地の本丸らしき建物に到着。
俺たちの中野基地は自転車があれば十分事足りる広さだが、ここは車がなくては困るくらい広大だ。
本丸の入口には、にこやかに微笑む中年の男性が立っていた。
車から降り立った俺とシズコに向かって「ようこそノースアイランド海軍航空基地へ!」と、その男性。
後から降りたジャックから基地のワトソン司令だと紹介される。
まずは俺と司令ががっちり握手。
続けてシズコとも握手する。
「こんな可愛いお嬢さんが、あんな凄いことをやってのけるとは・・・」とワトソン司令。
俺たちのおかえりなさい作戦の事を言っているのだろう。
シズコのアイドル的な佇まいを見て驚愕している。
シズコは「初めましてぇ〜」と思い切り猫なで声。
ワトソン司令はタジタジである。
そこへ「私もその作戦に参加したんですけどー」とナタリー。
何だか機嫌が悪そうである。
聞くとワトソン司令とナタリーは旧知の中との事。
ナタリーが初めて海軍に入隊した時の直属の上官だったらしい。
ワトソン司令は「ナッ!ナタリーもよくやった!えらいぞ!」と何故か慌てふためきその場を取り繕っている。
後で聞いたがワトソン司令はナタリーのような美形より、シズコのような可愛い系に弱いらしい。
ワトソン司令に案内され、建物内へと入っていく。
すると、「F-18の準備が整いました!」と、突如、若き整備士と思われる男性が走り込んでくる。
「よし!それじゃあ行こうか?」とジャック。
それを聞いて「その前にお茶でもいかがかな?」とワトソン司令。
シズコをチラ見しながら言っている。
ワトソン司令はどうしてもシズコとおしゃべりがしたいようである。
それを察知してか「司令、いい加減にして下さい」とナタリー。
鼻の下を伸ばしたワトソン司令に呆れている。
俺は中野基地のゴキと似ているなと思い、何だか親近感が湧いてきた。
俺はシズコに「ラスベガスから戻ったらワトソン司令にちゃんとお付き合いするんだぞ」と、釘を刺すと
「ワトソン司令〜、帰ったら一緒にお菓子食べよ!」とシズコ。
ワトソン司令は瞬時にフニャフニャになった。
若き整備士に案内され外へ出る。
そこにはF-18が2機、鎮座していた。
2機共、二人乗り仕様なので、F-18でも複座型のF/A-18Fだろう。
俺はF-18など操縦した事がないので戸惑っていると、
「俺はシズコちゃんを乗せていってあげるピョ〜ン」と上機嫌でジャック。
すると「じゃあ、私はテツヤを乗せていくわ」とナタリー。
F-18に向かってスタスタと歩いて行った。
俺はどう反応して良いかわからずナタリーの後をトボトボとついて行く。
俺の心情を察してか「私の後ろじゃ不安なんでしょ?」とナタリー。
俺は心中をズバリ見抜かれたので「そっ!そんなことないよ!」と大慌て。
「F/A-18Fは後部座席からも操縦できるから心配しないで・・・」とナタリー。
「いざとなったら代わってもらうから・・・」と俺に向かって微笑みかけた。
ナタリーが機体の外部点検を終えたところで「お待たせ!」とジャック。
仕立ての良いスーツから何の変哲もないフライトスーツへと着替えて、ニヤけながらこちらへ向かって歩いて来る。
シズコを後部座席に乗せて一緒に飛ぶのがよほど楽しみなのだろう。
ワトソン司令とジャックがシズコに対してこんな事では、これから先が少々不安である。
ナタリーに促されてF/A-18Fの後部座席へと乗り込む。
当たり前だが初めての体験である。
ナタリーの言った通り、後部座席にも操縦桿をはじめ、各種操縦装置が備わっているが、前方の視界はすこぶる悪い。
通常の滑走路はもとより、空母への着艦は至難の業だと思う。
ナタリーがエンジンを始動し機体からは「キュイ〜ン」と音が鳴り響きだす。
シズコを乗せたジャックが先導し、滑走路へと向かう。
ここからラスベガスまでは約1時間のフライトだとナタリー。
現在時刻が午後6時30分なので、ラスベガスへの到着は午後7時30分くらいになるとの事。
日も沈んで基地の辺りは夜の帳が下りようとしている。
滑走路へ到着し、先にジャックが離陸を開始。
それに続いてナタリーもエンジンの出力を上げ始める。
アフターバーナーの音と共にF/A-18Fは加速を開始。
瞬く間に離陸速度に達し、機体は滑走路から離れた。
「シズコちゃんと同じ機体に乗るのは初めてだよな!」と、ご機嫌のジャック。
「私もF-18の後部座席に乗るのは初めてだよぉ〜!」と、こちらもご機嫌のシズコ。
二人でワチャワチャと訳のわからない会話を楽しんでいる。
かたやこちらは重苦しい雰囲気の俺とナタリー。
ナタリーが俺に気を使っているのをひしひしと肌で感じる。
俺は場を和ますため「ナタリー、スムーズな離陸だったねえ・・・」とわざとらしいセリフ。
それを聞いてナタリーは「無理に会話しなくてもいいのよテツヤ」と冷たい塩対応。
俺とナタリーは、ますます重苦しい雰囲気になってしまった。
しかし離陸から20分後、その雰囲気は一変する。
「えっ?何?」「一体どうなってるの?」と独り言のようにナタリー。
俺は不安になり前席を覗き込むと、焦った感じのナタリーが、操縦桿やスラストレバーなどを、しきりと細かく操作している。
だが操作している割には機体の挙動は全く見られない。
俺は気を遣いながら「どうしたんだ?」とナタリーにそれとなく尋ねてみる。
すると「操縦系統が全く反応しなくなったのよ!」と急にデカい声でナタリー。
俺は「何だって?!」と大慌て。
先ほどのシズコに続いて今日はトラブル2回目である。
すかさずジャックに今の状況を説明すると「マジかよ?!」とジャックも大慌て。
シズコとの楽しいピクニックが、いきなり南極犬ぞり縦断の旅に切り替わったという感じである。
「ジャックさんに牽引してもらったら?」とナタリーに向かって能天気なシズコ。
当たり前だが俺たちのF-15のような牽引装置がF-18に備わっているはずもなく、事態は最悪の様相を呈してきた。
あたりは日も暮れて漆黒の闇に包まれはじめている。
そこへ「テツヤ側の操縦系統はどうなんだ?」と急にジャック。
ナタリーに俺の方へ操縦を切り替えるよう指示している。
それを聞いた俺はさらに大慌て。
もちろんF-18の操縦は一度も経験がない。
しかも後部座席で夜間飛行という最悪の条件である。
だが、黙って傍観していても事態は解決しないので、ナタリーから渋々操縦を受け取る事にする。
「これでダメなら緊急脱出しかないな」とジャック。
俺たちの横に機体を近づけて、キャノピー越しにつぶやいている。
ナタリーが俺に操縦を切り替える。
恐る恐る操縦桿を操作すると意外にも機体は正常に反応。
後部座席の操縦系統は正常のようである。
ジャックから計器類の見方やスイッチの位置などのレクチャーを軽く受けるが、「フォードだろうがトヨタだろうが運転の仕方は皆同じだろ?それと一緒だよ」と、相変わらず無責任な言い回し。
しかしジャックのいい加減なレクチャーでも5分ほどで操縦のコツが何となくわかってきた。
さすがに後席なので視界はよくないが、操縦系統が備わっているだけあって、何とか前方を視認できるレベルではある。
例えて言うならリアシートに座って車を運転するようなものだろう。
ジャックの後について飛行を続ける事30分、遠くに街の光が見えてきた。
「あれがラスベガスだ」とジャック。
噂通り、荒野の真ん中に忽然と佇む不夜城である。
周りは漆黒の闇なのに、そこだけが際立って光り輝いている。
その真ん中に今回着陸するハリーリード国際空港があるらしい。
ジャックが管制と交信し俺たちの現状を説明すると、たちまち最優先で着陸許可が下りた。
07R/25L滑走路へ向かうようにと管制官からの返答。
今回の事案はそれほど緊急性はないのであろうが、F-18初心者が後席で操縦しているという事で大騒ぎになっているようである。
しかも初めての空港で、おまけに夜間である。
空港が近づいてくるに従って事の重大さが見えてきた。
俺たちに指定された07R/25L滑走路の周りには、おびただしいほどの赤や青の回転等が点滅している。
恐らく消防車や救急車両などであろう。
俺の着陸を固唾を飲んで見守っているようである。
ジャックに続いて滑走路への最終アプローチへと入る。
侵入速度及び降下率とも正常。
前のジャックがソフトランディングした後、俺も難なく着陸に成功した。
今回はジャックが先導してくれたので難を逃れたが、単独であったらかなり苦労したはずである。
ジャックに借りを作ったのは手痛いが、後でビールでも奢ろうと思う。
が、あいつの事なので、また何か物品などを要求されるかもしれないが・・・
「さすがテツヤね!助かったわ・・・」と前席で感歎のナタリー。
対して俺は「ジャックが現れると何故か試練が多いんだよなー」とため息。
以前、ジャックに遭遇したおかげのエンマコオロギ作戦を思い出した。
滑走路を外れて誘導路へと入る。
無線の向こうから「テツヤならこれくらいのトラブルなら軽いもんだな」と、笑いながらジャック。
自分が手配したF-18のせいで俺が酷い目にあったというのに、詫びのひとつも全く感じられない。
かたや「ナタリー大丈夫だったぁ?」と、ジャックの後席からシズコ。
ナタリーの事をとやかく心配しているが、俺に対する心配は微塵もないようである。
誘導路を抜けてターミナルの建物へと向かう。
この空港は軍事基地などのない旅客専用の空港なので、他の旅客機と同じようにターミナルにある駐機場へと向かっていく。
各地から飛来した色とりどりの旅客機の間を縫うように走行し、ターミナル3のEゲートへと到着。
ターミナルの窓の向こうでは、戦闘機が飛来したのが珍しいのか、大勢の人が集まって大騒ぎになっている。
ひっきりなしにカメラのフラッシュが焚かれ、これから凱旋会見か謝罪会見が始まるみたいな様相である。
そんな事などお構いなしに「すご〜い!すご〜い!」と大騒ぎのシズコ。
カメラのフラッシュはともかく、周りの圧倒されるようなラスベガスの夜景に大興奮の様子だ。
空港のスタッフが急遽用意したのか、どこにでも見かける普通の脚立を使って恐々しながらナタリーが先に機体から降りる。
俺もナタリーに続いて機体から降りるが、グラグラした脚立の途中で足を踏み外して、思い切り地上へと転げ落ちてしまった。
「大丈夫?!テツヤ!」とそんな俺を見てナタリー。
俺は「大丈夫・・・大丈夫・・・」とスクッと立ってカッコつけるが、背中を強打して結構痛い。
隣の機体から降りたシズコが「たいちょー、おんぶしてあげようか?」とシズコ。
シズコの隣でケラケラと笑っているジャックとは、えらい違いである。
「じゃあ頼むよ」と冗談でシズコの背中に乗ろうとするも、シズコの体格で俺を背負えるはずもなく、
「じゃあ、私がおんぶしていくわ!」と急にナタリー。
俺が「えっ?あのっ!冗談だってば!」と言うか言い終わらないうちに、俺を自分の背中に抱えて、スクッと立ち上がった。
ナタリーは俺と身長がほぼ同じだが、体重は俺の方が絶対に重いはずである。
「大丈夫だよ!歩けるってば!」と慌てる俺に向かって、
「今日のお礼よ」と笑いながらナタリー。
ターミナルの客からは冷やかしの歓声や指笛などが飛び交い、俺は非常に恥ずかしい思いをした。
ターミナル内に入り、傍らに置いてある椅子に、とりあえず俺は降ろされた。
「全くお前は普通って事がないんだな」と俺に向かって呆れてジャック。
対して俺も「お前が現れると、いつもろくな事が起きないんだよな〜」と、ため息と共に返してやる。
そこへ「お待ちしてましたよ」と言う声。
声のした方を見ると、なんとハワイでお世話になったダニエル君である。
そしてダニエル君の横にはロバートとチャーリーが・・・
すかさずシズコが「ウギャ〜!」と言いながら駆け寄って満面の笑み。
そんなシズコにロバートとチャーリーはフニャフニャである。
俺は「何でここに?」とダニエル君に向かって当たり前の疑問。
「挨拶もなく姿を消したから、薄情な人だなあと思っていたのよ」とナタリー。
束ねた髪を解きながらダニエル君を睨んでいる。
そんな俺たちに向かって
「お待ちの者がおりますので、ご案内します」とダニエル君。
俺の質問に全く応えていない。
俺たちは個々に別室へと案内され、用意された服に着替えるよう促される。
スタッフに案内された部屋の中には、何と高級感丸出しのタキシードが・・・
聞くとこのタキシードはトムフォードというブランドで、映画007のジェームスボンドも着用したとの事。
俺はビックリして一瞬後ずさり。
ジェームスボンドとは似ても似付かない俺などが着たら、まるで幼稚園のお遊戯会みたいにならないか心配になってきた。
しかも何でタキシードを着なくてはならないか意味不明である。
「カジノへ入るにはドレスコードが必要ですので」とスタッフ。
妙に納得させられ渋々タキシードを着ることにする。
しかし今までタキシードなど着た事がないので、スタッフに頼んで着るのを手伝ってもらう。
それこそ幼稚園児みたいである。
髪型も服装に合わせて整えられて元の場所へと戻る。
しばらくすると肌の露出の多いイブニングドレスを着た女性がふたり、俺やダニエル君がいる場所に姿を現した。
これからどこかのパーティーにでも行くのか、ひとりはファッションモデル級の美女で、もうひとりはアイドル系の可愛い女性である。
そのファッションモデル級の美女が「お待たせしました」と俺に声をかける。
俺はビックリしてキョトンとしていると
「早く行きますよ!たいちょー!」とアイドル系の可愛い女性。
俺は2秒ほど固まったあと、「もしかしてナタリーとシズコか?!」と大慌て。
イブニングドレスに加えてメイクや髪型が様変わりしてたので全く誰だかわからなかった。
つくづく女性は怖い生き物だと痛感する。
「このヴェルサーチのイブニングドレス、ちょっと恥ずかしいな・・・」とシズコ。
肌の露出が多いのが気になるのか、シズコが周りの目をやたら気にしている。
今まで、まだまだ子供だと思っていたシズコだが、今日から見る目を変えなければならないと思う。
よく考えたらシズコはもうすぐ26歳であった。
ダニエル君に案内されてターミナルから外に出ようとすると
「たいちょー!おんぶして!」といつもの癖でシズコ。
こんな感じで、子供の頃から何度おんぶさせられたのかわからない。
さすがに逃げようとする俺に向かって「今度は私がおんぶしてもらうの!」とナタリー。
早足で俺に駆け寄ってくる。
「わ〜!きゃ〜!」言いながら執拗に俺を追いかけ回す二人から逃げようと、勢い余って俺は外へ飛び出した。
飛び出した先には何ともインパクトのあるリムジンが1台鎮座していた。
リムジンはハワイで乗ったばかりだが、ここのリムジンは全長が異常に長い。
まるでハワイのリムジンを無理やり2倍に引き伸ばした感じだ。
ダニエル君がドアを開け、俺にリムジンに乗るよう促される。
促されるままリムジンに乗り込むと、そこにはまたまたイブニングドレスの女性が3人。
後から乗り込んできたナタリーとシズコと合わせると5人である。
「それでは出発します」とダニエル君は別の車に・・・
バタンとドアが閉められ車内の男女比率は5対1である。
初対面の女性の間に座らせられてドリンクを勧められるが、オロオロしてしまって気が気でない。
そんな俺を見て「まるでハーレムだね、たいちょー」とシズコがからかっている。
ナタリーは「ビールでもどう?」と言って俺の横に座っているラスベガス美女にビールを頼んでくれた。
出されたビールにとりあえず口をつけるが、なぜか緊張してしまって味わうどころではない。
煌びやかな夜景とラスベガス美女に圧倒されながら、ビールを味わう余裕もなく10分足らずで、とある場所に到着。
リムジンから降りると目の前にはグリーンにライトアップされた巨大な建物がそびえ建っていた。
「ここがMGM・グランドホテルです」とダニエル君。
「ラスベガスで最大規模のカジノホテルです」と説明を受ける。
ラスベガス美女に両腕を抱えられて建物の中へと入っていくと、入った先にはどこかで見たことのある男性が、多くの護衛を従えて微笑みながら立っていた。
そして両脇にはロバートとチャーリーが・・・
いきなり「テツヤ君、お久しぶり!」とその男性。
俺はハッとして「もしかして大統領?」と言いかけると
「きゃ〜!」と奇声をあげてシズコ。
大統領に向かって一目散に走っていく。
意表を突かれた護衛が慌てて大統領を取り囲もうとするも、シズコはその隙を突いてタックルするように大統領に抱きついた。
恐るべしシズコの奇襲攻撃である。
不意打ちを喰らって大統領をシズコから守れなかった護衛の男性たちは、警護の不備を露呈して気まずい雰囲気になった。
そんな雰囲気など気にも留めず、シズコはジョージ・ワシントン以来、久しぶりの大統領に満面の笑みである。
抱きつかれた大統領も心得たもので、シズコに対してニコニコ微笑んでいる。
「実は私たちはアメリカ大統領護衛のシークレットサービスなんですよ」とダニエル君。
ロバートとチャーリーも俺たちに向かって一歩前に歩み出た。
ダニエル君たち3人は、俺たちが帰国するまで警護するとの命を大統領から直接受けているとの事。
ハワイで挨拶もなく姿を消したのは、急遽予定が変更になったため、俺たちより先回りする必要になったからだったとダニエル君は弁明。
ホノルルから直接ラスベガスに飛んできたとの事らしい。
ここのカジノも今日はアメリカ大統領が訪問とのことで貸切だという。
早速中へと案内され、室内のスケールの大きさに圧倒される。
壁一面に張り巡らされた大型モニターに加え、スロットマシンなどのカジノ設備が広い空間にひしめき合っている。
普段は大勢の人で賑わっているのだとは思うが今日は貸切のため、ここに居るのは大統領やその警護、そして政府関係者と俺たちだけである。
「では早速楽しみましょうか?」と大統領。
そばにあるルーレットの台へと歩いていく。
ルーレットの傍には見覚えのある男が座っていた。
何とジャックである。
俺と同じくタキシードに身を包み、ワックスで髪を固めてちゃっかりとカジノディーラーの前に座っている。
「カジノと言ったら、まずは王道のこれだよな」とジャック。
自らの隣を俺と大統領に勧める。
俺は言われるがままにジャックの隣に座ると、目の前に数十枚のチップが置かれた。
「では始めましょう」とカジノディーラー。
ルーレットを回し始め、ボールを投入する。
「ではお賭け下さい」の合図でジャックや大統領をはじめ、他の参加者も一斉にチップを賭け始める。
俺は人生ゲームのルーレットしか見た事がないので賭け方がさっぱりわからない。
訳がわからず、ひとりオロオロとしていると
「何でもいいからとりあえず賭けてみろよ」と他人事のようにジャック。
言われるがままに適当にチップを置いてみると「では締め切ります」とカジノディーラー。
その数秒後にボールが番号のポケットに落ち、勝敗が決定した。
勝ったか負けたかわからないまま、俺の賭けたチップがディーラーに全て持っていかれる。
「えっ?何?なんで?」と慌てて俺。
それを聞いて「残念だったなテツヤ」と笑いながらジャック。
俺の賭けたチップが何とジャックの前に置かれた。
その後は多少ルールがわかってきたものの、カジノ初心者の俺は絶好のカモである。
最初にもらった数十枚のチップは、あっという間になくなった。
少し離れた所に目をやると、スロットマシンを興じているシズコの周りに人だかりができている。
慌てて見に行くと、シズコのスロットマシンからド派手な演出が映し出されている。
駆けつけた俺に向かって「たいちょー見て!見て!大当たりだよ!」とシズコ。
画面下のキャッシュの欄がウナギのぼりに増えている。
「ええっ!?」と驚く俺を尻目に金額はどんどん跳ね上がり、結果1000ドル超えの大儲けとなった。
唖然とする俺に向かって「ナタリーも凄いんだよ」とシズコ。
遠くのナタリーを見てみるとトランプで何やら興じている。
近づいてみるとナタリーの前には大量のチップが山積みで、「今日はついてるわ!」と俺に向かってナタリー。
聞くとこのゲームはブラックジャックとの事で、ナタリー以外の参加者からは、ため息が漏れている。
「戦闘機乗りは運も付いてこないと生き残れないからね」とナタリー。
最初にもらったチップを一瞬で溶かした俺の運はいかがなものであろうか。
これから始まるトップガンでの日々が心配になってきた。
結局、シズコは3000ドル超えの大儲けで、ナタリーは1000ドル弱の儲けとなった。
ルーレットで出鼻をくじかれた俺は、その後はやる気が失せて、結果100ドル超えの損となった。
今回のカジノでは儲けた分はもらえるが、損した分は政府が補填してくれるという。
多分税金でまかなわれると思うが、アメリカ国民には大変申し訳ない事をしたと思う。
儲けたシズコとナタリーは飛び跳ねて喜んでいるが、シズコの儲けは恐らくブランド物に消えていくであろう。
最初は好調だったジャックも結局1000ドル超えの損となり、俺と同様アメリカ国民の血税を蝕む事になった。
対して大統領はシズコ同様3000ドル超えの大儲けで、ここでもプレジデントの存在感を遺憾なく発揮した。
その後はカジノ上層部のホテル最上階にあるレストランで、大統領同席の晩餐会となった。
今まで見た事もなく、食べた事もないような料理が次々と出されるが、俺は生まれ持った貧乏舌のせいで、どれもとびきり美味しいとは感じなかった。
この時ばかりは納豆と白いご飯が非常に恋しく思った。
翌日の午前8時、ホテルのスウィートルーム。
俺とシズコとナタリーに加え、ダニエル君とロバートとチャーリーが一堂に会して朝食を摂っている。
そこへ俺とナタリーが乗ってきたF-18の修理が完了したとジャックから連絡。
そんな連絡など電話などで済ませられると思うが、ジャックはわざわざ俺たちの部屋まで訪ねてきた。
案の定、俺たちの豪華な朝食がお目当てらしい。
しかもおこぼれを頂戴しに来るとは、いやしいジャックそのままである。
ゴマをするような手つきでまずは俺に近づくが、俺はジャックを全く無視してやる。
するとジャックはシズコの所へ・・・
シズコも豪華な朝食に目を輝かせて堪能しているので、ジャックの魂胆など気づく気配は全然ない。
あきらめきれず、次はナタリーの所へ・・・
わざとらしく咳払いをしてみるが、ナタリーもジャックの事など全く無視。
見かねた俺は笑いがこみ上げてきて、仕方なくジャックを呼び寄せてやる。
「お前にはプライドというものがないのかよ」と呆れて俺。
ジャックは「こんなデラックスな朝食など、滅多にお目に掛かれねえぜ」と相変わらずの言い訳。
渋々ダニエル君に頼んで俺の隣にジャックの席を作ってもらった。
スウィートルーム専属のウェイターが生ハムサラダやウィンナー、オムレツやパンケーキ、クロワッサンなど、次々とジャックの目の前に運んでくる。
目の前に並んだ朝食を前に、ジャックはおじさんみたいに手を擦り合わせながら「それではいただきます!」と今日は何故か行儀が良い。
その後は自分の置かれた立場などお構いなしに、俺のナイフとフォークの使い方が下手くそだと言いながら、豪華な朝食を旨そうに頬張っていた。
朝食を終えてホテルを出る準備を始める。
大統領は昨夜のうちにワシントンへと帰っていった。
帰り際にお土産を渡されたが、何故か大統領の記念コインだったので、嬉しさは微妙である。
かたやシズコは全く興味を示さず、挙げ句の果てにはどこかで無くしたとのコメントを発表。
それを聞いたダニエル君たちが、大慌てで朝から部屋中を大捜索している。
全くシズコには色々と振り回される道中である。
ホテルをチェックアウトしてエントランスへと出る。
俺たちを出迎えた車は相変わらずの胴長リムジンで、さすがに今朝はラスベガス美女は乗ってはいない。
俺とシズコとナタリーを始め、ダニエル君やロバート、チャーリーと共に、図々しくジャックも乗り込むが、胴長リムジンの車内は余裕である。
10分もしないうちに空港へと到着。
今日はサンディエゴのノースアイランド海軍航空基地へとんぼ返りをして、その後トップガンがあるネバダ州のファロン基地へ向かう行程となる。
早速、建物内に入りフライトスーツや耐Gスーツなどの装備に着替え始める。
さすがに今朝はタキシードなどは着ておらず、トレーナーに綿パンという軽装である。
シズコとナタリーも同様の服装をしてきた。
帰路の操縦もナタリーにお任せする事にして、今度こそ快適なリアシートの旅を満喫しようと思う。
が、しかし、ジャックは何とF-18の後席に収まり、シズコに操縦をさせようと企んでいる。
何だか嫌な予感が漂ってきた。
そんな俺の心配など尻目にシズコはF-18のタキシングを開始する。
「おい!大丈夫かよ?!」とシズコに向かって俺。
シズコは「平気!平気!ジャックさんに教えてもらったから」と呑気な回答。
かたやジャックは「シズコちゃんなら全然余裕だよ!」と自分の命がかかっているにも関わらず、無責任な事を言っている。
聞くとジャックは昨夜の晩餐会で食べ過ぎて、お腹の調子が悪いとの事。
それに加えて朝食も摂り過ぎたので、下痢になったと笑いながら話している。
それゆえにシズコに操縦するのを頼んだらしい。
全くジャックの図々しさも、ここまで来ればもはやプロ級である。
それを聞いて「ヒエ〜・・・ジャックさん、漏らさないでよ〜!臭いから!」とシズコは半分パニックになっている。
滑走路脇へと到着し、離陸の許可が出たのでシズコたちの機体と共に、滑走路へと侵入する。
まずはシズコが操縦するF-18が滑走を開始し、難なく離陸していった。
それに続けてナタリーと俺が乗るF-18も問題なく離陸成功。
それぞれ2機はサンディエゴに向けて旋回を始める。
「サンディエゴまで1時間か〜」と力無い声でジャック。
腹の具合を気にしているのか、話す言葉がいつもよりかなりローテンションである。
それを察知してか「漏れそうだったらすぐに教えてね!」と焦った声でシズコ。
「ヤバそうだったら途中のパームスプリングスに降りればいいんじゃない?」とナタリーは半分笑っている。
パームスプリングスとはパームスプリングス国際空港の事で、途中のカリフォルニア州にある民間機の空港である。
離陸から10分経ってもシズコとジャックは無言のままである。
ラスベガスへ来るときのハイテンションはどこへやらと言った感じである。
俺はナタリーの後ろに座り、車窓ならぬ機窓の風景を楽しみながら、水筒に持ってきたコーヒーを楽しんでいる。
そのような優雅なフライトがかき消されたのは離陸から30分後。
「オァッ!」と変な鳥の声のような奇声を上げてジャック。
それを聞いて「どうしたの?!」と大慌てでシズコ。
ジャックの体調急変を察知して「パームスプリングスに降りてみる?」とナタリー。
しばらく無言の時間が過ぎ去った後、
「ダハァ〜・・・」とジャックは深いため息をする。
何とか陣痛は抑えられたようで、パームスプリングスへ降りるのは回避できたようである。
しかしその15分後、「やっぱりマジでやばいかも?・・・」と弱々しい声でジャック。
「あと15分で到着するから何とか持ちこたえろ!」と俺は励ますが、
「ヤバい!ヤバい!!ヤバい!!!」とジャックはヤバいの連発。
ジャックの激しい息遣いが無線を通して聞こえるが、今の俺にはどうする事もできない。
いよいよ到着5分前となる。
ジャックは意識が朦朧としているのか、しばらく声が聞こえない。
俺は頭を冷やして大慌ての皆を冷静に見たら、何だか笑いがこみ上げてきた。
よく考えたらジャックが便を催しているだけで、特段他に何かトラブルが起きているわけでもない。
しかしジャック本人にしてみれば死ぬほど苦しいとは思うのだが・・・
ついにノースアイランド海軍航空基地の滑走路が見えてきた。
管制官に何故かシズコは緊急事態宣言をしている。
シズコはとびきりデカい声で「ジャックさんがウンコ漏らしそうなの!」と悲痛な叫び。
当然の事ながら「えっ?何?」」と管制官は困惑。
事をバラされてしまったジャックは「ついに発射までファイナルカウントダウンに入った!」と大慌てである。
それを聞いて「頑張れ!」「あともう少し!」とナタリーと俺。
言葉では応援しているが俺たちは半分笑っている。
しかし笑い事どころではないのがジャックと同じ機のシズコである。
決して広いとは言えないコクピットの空間に便を漏らされでもしたら、それこそ大惨事である。
そんな事を想像しただけで、俺は全身に悪寒が走った。
シズコが最終アプローチに入る。
初めて操縦する機体とは思えないくらいの安定したアプローチである。
そのシズコに続いてナタリーと俺もアプローチに入る。
シズコがジャックのためにカウントダウンを始める。
「残り100m!」「50m・・・」「40・・・30・・・20・・・10!」
シズコのF-18が滑走路に接地した。
次の瞬間「あ゛〜!!!」とジャックが断末魔の叫び。
少し間をおいて
「ウギャ〜!臭い〜!」とシズコも断末魔。
俺が思うに、機体が接地した衝撃でジャックが便を漏らしたと推測した。
ナタリーと俺は半分笑いながらそれに続くと、いきなりシズコとジャックの機体からキャノピーが吹き飛び、間髪入れずに二人は座席ごと機外に射出されてしまった。
「うわっ!!」と思わず俺。
普通に考えれば、着陸直後の機体からパイロットが脱出する事など、それこそ一大事である。
しかし便を漏らした状態で射出されたジャックを見て、俺は思わず手を叩いて大笑いしてしまった。
ナタリーも同様にクスクスと笑っている。
主人を失ったシズコとジャックのF-18がスピードを緩める事なく滑走路を疾走していく。
それを見送りながらナタリーと俺は無事に着陸。
誘導路から外れたところで一旦停止して辺りを伺う。
キャノピー越しに空を見上げると、便を漏らしたジャックと陣痛見舞いのシズコが仲良くパラシュートで空を漂っている。
滑走路の端では無人になったF-18が土煙を上げて傾きながら停止した。
それに向かって消防車などが慌ただしく走っていく。
空を漂っていたシズコとジャックが無事に滑走路脇に着地したのを見届けてから、とりあえず機体を駐機場所まで走らせる事にする。
程なく駐機場所に到着しF-18を停止させて機体を降りると、しばらくしてシズコとジャックを乗せた車両が、こちらへ向かって走ってくるのが見えた。
目を凝らして車両を見ると、どうやら屋根付きの普通の車両ではなく、屋根のないオープンな車両のようである。
便を漏らしたジャック対応車両なのか、はたまた偶然なのか、シズコとジャックが意気消沈したような表情でこちらへと向かってくる。
その後車両は俺とナタリーに程近い場所で停止したが、ジャックは用足しが済んだのか、車両に乗ったままぐったりとしている。
かたやシズコは車両から飛び降り、
「たいちょー!ナタリー!もう大変だー!」と叫びながら、こちらへと向かって走ってくる。
反射的に俺はシズコとは反対方向へ向かって走り出す。
何もシズコが便を漏らしたわけではないのだが、体が自然とそうなってしまった。
ナタリーも同様に、必死な形相をしてシズコから逃げている。
しかしシークレットサービスをも仰天させるほどのシズコの奇襲攻撃には勝てず、俺とナタリーは即座に捕まった。
「何で逃げるのよ〜」と涙目でシズコ。
俺はシズコの苦労など考えもせず、安易に笑ってしまった自分を戒めた。
後で聞いたがシズコはコクピットから臭いを追い出そうとキャノピーを開けようとしたら、誤って脱出装置を作動させてしまったとの事。
慣れない機体だったので操作を誤ったのであろう。
なぐさめついでにトップガンに着いたら、アイスクリームでも買ってやろうと思う。
その後、綺麗さっぱりとクリーニングされたジャックが、何事もなかったような顔つきでロッカールームから出てきた。
ジャックに気を使い、俺とナタリーは便の話題を避けようとしていると、
「ジャックさん!お尻洗った?」と女性用のロッカーから出てきたシズコ。
ジャックは慌てて「シズコちゃん!もう勘弁してよ〜!」と半泣きである。
「今回の事は、俺たちだけの内密にしてやるから後はよろしく!」と笑いながら俺。
ジャックに借りができたので、今後の予定が楽しみになってきた。
そこへ「シズコちゃんは大丈夫だったのかい?」とノースアイランド海軍航空基地のワトソン司令。
俺やジャック、ナタリーの事などは気にも留めず、ワトソン司令はシズコ一択である。
「ワトソンしれい〜・・・飛行機少し壊しちゃったの〜・・・ごめんね〜」と猫撫で声でシズコ。
それを聞いたワトソン司令は相変わらずのフニャフニャ状態になった。
そんなシズコのおかげで俺たちは、F-18を半壊及びウンコ臭くさせたにも関わらず、無罪放免となった。
その後程なくしてトップガンがあるネバダ州のファロン基地へ向かう準備を始める。
俺とシズコのF-15は、お互いぶつかった箇所が綺麗に修理され、元通りになっていた。
ジャックやナタリー共々出発の準備を始めるが、シズコだけはワトソン司令と椅子に座ってお菓子パーティーを楽しんでいる。
俺がラスベガスへ行く前に言った言いつけを、きちんと守っているところは感心する。
そんなシズコに「そろそろ出るぞー」と俺。
シズコは椅子から立ち上がり「それじゃあね〜ワトソンしれい〜」と手を振ってこちらへと向かってくる。
ワトソン司令は名残り押しそうにシズコを追いかけようとするが、ナタリーに睨まれて後退り。
その場で立ち尽くす。
まるでゴキのアメリカ版と言った感じの親しみやすい司令であった。
サンディエゴからファロン基地へは空路約1時間50分くらいの距離である。
俺とシズコとナタリーがF-15に搭乗していると、少し離れたところでジャックがF-18に搭乗していた。
見るとラスベガスへ行った複座型のF/A-18Fではなく、単座型のF/A-18Eである。
俺は「臭うから乗り換えたのかー?」とジャックに向かって叫ぶと、
「元々これが俺の愛機だってば!」とジャックは大慌て。
「内密だって約束はどうなってんだよ!」と俺に向かって怒っている。
離陸準備を終えて、ジャックを含む俺たち4機は基地の滑走路へと向かう。
当初の予定通り午後12時にノースアイランド海軍航空基地を離陸。
一路トップガンがあるネバダ州のファロン基地へと向かう。
今回は昼食を摂る時間がなかったので、お菓子パーティーの残りを皆で分け合い持ってきた。
しかしジャックだけは気乗りしないのか、お菓子を全部、俺たちに押し付けた。
賢明な判断だと思う。
離陸していきなり「あの基地でうまい棒が売ってるとはね〜」とシズコ。
「うまい棒はやっぱりコーンポタージュ味が最高だよね〜」と言いながら、ムシャムシャ音を立てている。
どうやらシズコはF-15を操縦しながら、うまい棒を食べているらしい。
「このハッピーターンも最高よね」と続けてナタリー。
お菓子が個包装になっていて、いかにも食べにくそうなハッピーターンを、ナタリーは器用にコクピットで食べているようである。
かたや俺もブラックサンダーを食べながら、ブラックコーヒーを楽しんではいるが・・・
離陸してから1時間後、
「たいちょー!オシッコ!」と、急にデカい声でシズコ。
俺は思わず「はぁ?!」と慌てふためく。
今回の旅はホノルルからサンディエゴのシズコ牽引事件に始まって、サンディエゴからラスベガスへのナタリー操縦不能事件。
そして帰路のジャックうんこ事故と立て続けにトラブルに見舞われているが、またもやと言った感じである。
シズコに詳しい症状を尋ねると、ワトソン司令とのお菓子パーティーで、調子に乗ってジュースを飲みすぎたらしい。
ファロン基地まで我慢できるか聞くと、何とか大丈夫との事。
今回のトラブル続きの旅に花を添えようと、皆を驚かせてみたという。
それを聞いたナタリーは「私もジャックみたいに漏らしそう!」と大笑い。
そんなシズコとナタリーに向かって「トップガンに着いたらお前らお仕置きだぁ〜!」と、おどけてジャック。
皆で大笑いとなった。
離陸から1時間40分後、まもなくトップガンがあるネバダ州のファロン基地へと到着する。
周りは広大な砂漠で緑はあまり見られない荒野である。
その中にポツンとファロン基地の滑走路が見えてきた。
「あれ?海がないよ?」と唐突にシズコ。
どうしてかと尋ねると、映画のトップガンでは海のシーンがあったとの事。
俺がトップガンの事を勉強するように釘を刺したので、家で密かに映画を見て勉強してきたらしい。
「あれは映画の中だけの世界だよ」と笑いながらジャック。
それを聞いて「せっかく水着を持ってきたのに〜」と、ふてくされてシズコ。
そんなシズコに「プールがあるから泳ぐことはできるわよ」とナタリーは慰めるが、シズコはどうしても海で泳ぎたいと一点張り。
するとジャックが「車で8時間くらい走れば海に行けるから、休日にドライブでも行こうか?」とシズコに提案するも
「ゲッ!そんなにかかるの?!」とシズコは驚愕。
結局海で泳ぐことは諦めたようである。
そんなやりとりをしている間にも基地の滑走路は徐々に近づいてくる。
基地の周りは薄茶色の砂漠で滑走路は薄いグレーという、なんとも視認性の悪い滑走路である。
着陸の順番は最初にジャックが降りて、それに続いて2番目に俺、そしてシズコにナタリーという順序である。
各々ランディングギアを下ろして着陸体制に入る。
基地の周りにはいくつかの施設が点在しているみたいだが、それ以外は全く殺風景である。
ジャックが最終アプローチに入る。
そして何の問題もなく着陸成功。
ここのところトラブル続きだったので、普通に着陸できる事自体にうっすらと感動さえ覚える。
ジャックに続いて俺も難なく着陸し、誘導路へと入る。
ついに憧れのトップガンに来たのかと思うとワクワクするが、殺風景のせいかあまり実感が湧かない。
後で映画さながらにオートバイで滑走路を疾走してみようと思うが、多分ダメだと思う。
当たり前だが・・・
ジャックの後に続いて誘導路を走行し、指定された駐機場へと向かう。
広大な駐機場には膨大な数のF-18が所狭しと並べてある。
その間を縫うように進んで、建物に程近い場所に停止した。
停止した場所には姿勢の良い中年の男性と気難しそうな小太りの男性が俺たちを待ち構えていた。
機体から降り、ジャックに二人を紹介される。
姿勢の良い中年の男性はクリスという名でトップガンの主任教官だという。
対して気難しそうな小太りの男性はジョンソンという名でファロン基地の司令との事。
俺は二人と交互に握手を交わし、続いてシズコとも握手する。
クリス教官は歴戦の勇士と言った感じでにこやかではあるが、結構な威圧感がある。
かたやジョンソン司令はノースアイランド海軍航空基地のワトソン司令とは真逆の雰囲気で、シズコを見ても全くニコリともしない。
そこへドヤドヤとパイロットとおぼしき人間が俺たちの周りを取り囲み始める。
その状況を見て「それでは後ほど・・・」とクリス教官。
ジョンソン司令と共に建物の方へと歩いて行った。
「これは一体何のキャラ?」とドヤドヤの中のひとりのパイロット。
俺のF-15に描かれたオバケのQ太郎を指さしている。
シズコのキティちゃんは世界的にメジャーなキャラクターなので誰も質問はしないが、俺のオバQを知っているのは日本でもかなりの年配者限定だと思われる。
そんなキャラなのでドヤドヤパイロット達は異常にこのキャラに食いついてくる。
おかえりなさい作戦が世界中に中継されたことで、この謎キャラの注目度が格段にアップしたらしい。
そのような理由でオバQの説明をしていると、「パラリラ♪パラリラ♪パラリラリ〜♪」とヤンキーのバイクなどから流れるエアーホーンのメロディーが遠くから聞こえ始める。
ふと気になりそちらを見ると、なんとシズコがヤンキー仕様の原付スクーターに乗って蛇行しながらこちらへと向かってくる。
まるで高校生の原付ギャングのようである。
「たいちょー!ここにこんな物があったー!」と嬉々としてシズコ。
「これで滑走路を走ってトップガンごっこしようよ!」と、俺のそばでドリフトしながら停止した。
どうやらシズコは映画でかなりトップガンを勉強してきたらしい。
「おおっ!でかしたぞシズコ!」と思わず俺。
映画のように大型バイクは無理としても原付バイクなら、せめてもの気分を味わえるかもしれない。
「もう1台あるから一緒に走ろ!」とシズコ。
シズコに案内されて、もう1台のバイクがある格納庫の一角に到着した。
するとそこには何とジャックの姿が・・・
聞くとジャックが日本からわざわざ取り寄せたらしい。
一昔前の日本の青春映画を見て気になったとの事。
早速、ヤンキースクーターにまたがりエンジンをかける。
マフラーもノーマル仕様とは異なり、エンジン音は甲高く音量も大きい。
フライトスーツや耐Gスーツなど、戦闘機の装備を付けたままで滑走路へ向かってシズコと走り出す。
「パラリラ♪パラリラ♪パラリラリ〜♪」とエアーホーンを鳴り響かせながら、F-18の間を縫うように俺とシズコはヤンキースクーターで蛇行運転を繰り返す。
そしてついに滑走路へと到着。
「シズコ!行くぞ!」とエンジンをふかしながら俺。
「OK!たいちょー!」と同じくアクセルをふかしてシズコ。
滑走路の端からアクセル全開で一気に走り出す。
しかし当然の事ながら、原付ゆえに思ったよりスピードが出ない。
仕方なく「パラリラ♪パラリラ♪パラリラリ〜♪」とエアーホーンを鳴り響かせながら蛇行運転をしてトップガン気分を盛り立てる。
そこへ後から「キーン!」というデカい音。
振り向くとF-18が今にも着陸しようと俺たちに迫ってくる。
「おわっ!!」「きゃー!!」と半分パニックで俺とシズコ。
俺は反射的に滑走路から左へ逸脱し、見事スクーターは横転した。
反対側の右側では、シズコがキン肉マンの如く見事な前のめりで、思い切り転んでいる。
そんなシズコに「大丈夫かよ?!」と慌てて俺。
シズコは砂に埋まった顔を徐々に起こし
「あー!ビックリした〜!」と半分笑っている。
俺も砂に埋もれたヤンキースクーターを掘り出しながら、なぜか笑いが込み上げてきた。
30分後、ファロン基地の司令室。
デスクに座ったジョンソン司令に俺とシズコが呼び出された。
司令の隣にはクリス教官も立っている。
そして何故か監督不行き届とかで、ジャックまでもが呼び出された。
「着任早々、困りますなぁ」と腕組みしながらジョンソン司令。
俺とシズコは一応、国賓待遇なので、ジョンソン司令は強く怒れないようである。
そんな事など気にも留めず「でも楽しかったよね〜」とシズコは俺に向かって満面の笑み。
かたやクリス教官は苦笑いをしている。
ジャックは「私が付いていながら申し訳ありませんでした!」とジョンソン司令に深く謝罪。
いくらジャックに仮があるとはいえ、さすがに体裁が悪いので、俺とシズコも深々と頭を下げて司令室を後にした。
夕方5時、基地の敷地内にあるビストロ&バー。
ジャック達が俺とシズコのために歓迎会を催してくれた。
この基地の敷地内には、このビストロ&バーの他にスーパーマーケットやスポーツジム、そして映画館や消防署などノースアイランド海軍航空基地同様、ひとつの街としての機能が揃っている。
基地の周りは広大な砂漠しかないので、基地内で生活の全てが完結するように工夫されているのである。
「とりあえずビールでいいか?」とカーキ色の海軍の制服に着替えたジャック。
ナタリーも同じく海軍の制服に着替えているが、軍人ではない俺はTシャツにジーンズという軽装で、シズコはフリルのブラウスにフレアスカート&パンプスという、いつもながらのスタイルである。
ジャックが用意してくれたビールで乾杯!
シズコがヤンキースクーターの出来事をナタリーに向かって話していると
「ずいぶん派手な登場ですね」という声。
見るとヒョロリとした背の高い男がビール片手に立っていた。
「こいつはエディだ」と俺たちにジャック。
ヒョロリ男を紹介する。
「どうも初めまして!」とエディ。
俺と握手する。
続いてシズコとも握手。
シズコは大きく目を見開いて羨望の眼差しでエディを見つめている。
どうやらシズコはエディがタイプのようである。
「それではまた後ほど・・」と言った後、エディはビリヤード台の方へと歩いていった。
「相変わらず、ああいうのがタイプなんだなあ」と言う俺に向かって
「だってクールでカッコいいじゃん」とシズコ。
シズコはどちらかと言うと物静かな男が好みなのである。
代わる代わる挨拶に来るパイロット達と談笑していると
「ジャ!ジャ!ジャ〜ン!」と女性のデカい声。
声のした方を見ると「私、キャサリンでぇ〜す!よろしくね!」と黒髪の女性。
俺たちと同じ東洋の血が少し混じっているのか陽気な感じの女性である。
「今度一緒にプールでも行かない?キャハハ!」と俺とシズコに向かってキャサリン。
まるでシズコ2号である。
ジャックは笑いながら「キャサリンはこんな感じだが一応パイロットの腕前は一流なんだよ」と俺たちに紹介する。
そんなジャックに「一応って何よ〜!」とキャサリンは膨れっ面。
ますますシズコ2号である。
そこへ「あの、おちゃらけたイラストのF-15で俺たちに勝てるのか?」と金髪をオールバックにした嫌味ったらしい男が俺とシズコに話しかける。
こちらは初めて会った時のバージルのようである。
仮にバージル2号としておこう。
そのバージル2号を「こいつはロナルドだ」とジャック。
俺たちに紹介する。
俺は手を差し伸べる事なく「よろしく・・・」とひと言。
こんなヤツと握手つもりなど毛頭ない。
シズコも同様に手を差し伸べる事なく、上目遣いで睨んでいる。
「対戦訓練が楽しみだな」とバージル2号ことロナルドはビール片手に言い残し、俺たちから離れていった。
「相変わらず嫌なやつねぇ〜」とシズコ2号のキャサリン。
立ち去っていくバージル2号のロナルドを目で追っている。
「ここでの成績が1番だから鼻にかけているのよ」とキャサリンは俺たちに向き直る。
「ところで教官は歳いくつ?」とシズコに向かって急にキャサリン。
予想だにしない質問に「もっ!もうすぐ26歳だけど・・・」と慌ててシズコ。
そんなシズコに「きゃ〜!タメ歳じゃ〜ん!」とキャサリン。
「同い年同士、仲良くしよ!」とシズコの手を両手で握りしめてブンブン腕を振り回している。
さすがのシズコもタジタジになり、俺とナタリーはシズコを上回るキャピキャピキャラの登場に苦笑いするしかなかった。
翌日、午前8時。
俺たちは基地の敷地内にある大きな一軒家を当てがわれ、そこでトップガンの期間中、共同生活することになった。
俺たちの警護をしてくれるダニエル君やロバート&チャーリーも、昨日ラスベガスからここに到着し、俺たちと生活を共にする事になっている。
一軒家はどちらかと言えば屋敷といった感じで非常に広く、俺とシズコとナタリーは、それぞれ大きな個室を与えられた。
1階にあるダイニングで全員揃って朝食を摂る。
屋敷には専属の家政婦さんもいて、おまけにスケジュール管理をしてくれる執事のような人までもいる。
普段、小市民的な生活をしている俺にとっては初めての経験で、しばらくの間はお金持ち気分を味わえそうである。
朝食を終えて身支度を整え、迎えに来た基地の車に全員で乗り込む。
今回のダニエル君らは、ビシッとスーツで決めているし、ナタリーは海軍の制服を着ている。
なのでさすがに俺とシズコは昨日のようなラフな格好はしていない。
中野基地で普段着用している制服をわざわざこちらへ持ってきた。
俺たちの制服はと言うと、スカイウォーカーダイジュのロゴやワッペンなどが付いたワインレッドのような燻んだ赤のシャツに、裾が絞ってあるカーキ色のパンツ、そして黒のショートブーツと言ったいでたちである。
なので否が応にも俺とシズコは基地の中では目立ってしまう。
そのため基地に着いたらそそくさと、指定された部屋へと駆け込んだ。
駆け込んだ部屋には既にパイロットの面々が、整然と椅子に座ってこちらを向いている。
部屋にいたクリス教官とジャックが俺たちを皆に紹介する。
俺はありきたりな言葉で短い自己紹介をする。
部屋にいるパイロットは全部で12名程であろうか。
昨夜に出会ったバージル2号のロナルドやシズコ2号のキャサリン、そしてシズコがお気に入りのエディの顔も見てとれる。
続いてシズコも自己紹介をするが、大勢の前で緊張しているのか非常におしとやかである。
続いてジャックが今日のスケジュールを発表する。
今日は俺たちの腕前が見たいとの理由で、俺たち対トップガンパイロットの対戦訓練を行うとの事。
ミサイルは使わず、バルカン砲を模したペイント弾で対戦するらしい。
ペイント弾は俺とシズコも経験豊富なのでアドバンテージは高そうだが、相手はさすがにトップガンパイロットなので油断は禁物である。
そこへ「対戦訓練で負けた場合のバツゲームはどうします?」と言う声。
見るとバージル2号のロナルドが、クチャクチャとガムを噛みながら笑っている。
「バツゲームって?」と、はてなマークの俺に向かって
「教官たちが負けたら腕立て伏せ200回ってのはどうです?」とロナルド。
まるで映画の世界である。
それを聞いたジャックが「テツヤたちはどうなんだ?」と聞き返すので言葉に詰まって困っていると、横からシズコが
「じゃあ、あなた達が負けたら、女装してルンルンしながらスキップを300mね!」とデカい声。
それを聞いてパイロット一同は驚愕する。
「でぇ〜マジで?!」とか「めっちゃ恥ずかしいやん!!」などシズコのひと言で室内は大騒ぎとなった。
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