11.トップガン

「どうやってここから脱出するんだ?」とタカシ。

ガラス越しに外を見ながらつぶやいている。

おかえりなさい作戦の翌日、午前8時。

基地の周りには、おびただしい数の報道関係者や野次馬などがひしめき合っている。

双眼鏡で確認するとCNNやBBCなどの世界的メディアのロゴも確認できる。

人工衛星が大都市へ激突するのを片田舎の戦術航空団が単独で阻止したのだから無理もない。

「えらい騒ぎになってしまったな」と二日酔いの充血した目をこすりながらゴキ。

「今日、お店休もうよー」と昨夜のドンチャン騒ぎの片付けをしながらシズコ。

ヨシミツに至っては「今日友達とカラオケに行く約束があるのに困ったなー」と昨日、東京を救った男とは思えない程の小市民的なセリフを発している。

スーパーの開店が10時なので、そろそろ開店準備を始めないといけないが、基地から店へ安全に移動する手段が見つからず皆が路頭に迷っている。

と、そこへ「これで顔を隠していけばいいじゃねえか」と、どこで見つけてきたのか、ひょっとこのお面を手にタナカさん。

「そうか!その手があったか!」と膝を打ちながらゴキ。

奥の倉庫へと走って行った。

5分程経った頃、「皆でこれを着てここを脱出するぞ!」とゴキは何かの衣装を手に戻ってきた。

見ると毎年開催される基地祭のエンディングに、基地のメンバーと観客が入り乱れて踊る阿波踊りの衣装が皆の前で広げられる。

基地のメンバーが全員この衣装を身につけ、基地祭の終わりは阿波踊りで毎年大いに盛り上がるのである。

「これを着てお面を付けて大人数で外へ出れば、人物が特定しづらいので、安全に店へと移動できるぞ!」とドヤ顔でゴキ。

それを聞いて「どうせやるなら踊りながら移動すればいいじゃない?」とシズコ。

阿波踊りの仕草をしてみせる。

「えっー!」とシズコを除く全員の声。

一斉に難色を示したが、シズコの強烈な一点張りで踊りながらここを脱出する事が急遽決まってしまった。

中野基地の阿波踊りは単なる阿波踊りの真似事ではなく、本場徳島県より講師を招いて指導を受けた本場仕込みの阿波踊りである。

衣装も徳島県より取り寄せて、かなりの予算を投じてある。

早速、衣装に着替えようと各自準備を始めるが、「あのー・・・」と困った顔のバージルとナタリー。

よく考えたらバージルとナタリーは阿波踊りの経験がなかった。

阿波踊りは男踊りと女踊りがあり、それぞれの踊りをヨシミツとシズコが二人に指南する事となった。

「腰を思い切り落とせば何となく形にはなるから・・・」とバージルに向かってヨシミツ。

「腕を交互に高く上げるのが、とりあえずの基本だよ」と元ダンサーのナタリーに向かって自慢げにシズコ。

バージルとナタリーは戦術航空団の助っ人に来ただけなのに、スーパーで実演販売をやらされるわ阿波踊りを踊らされるわで気の毒で仕方ない。

だが俺のそんな心配事などをよそに、二人は笑顔で大いに楽しんでいるようである。

「そろそろ始めるぞー!」とゴキの声で俺たちは各々阿波踊りモードに入っていく。

浴衣に袖を通し帯を絞めていると

「ここにお面を置いておくからなー!」とタナカさん。

大きな段ボール箱を床に置く。

箱の中を見ると基地祭の屋台で売れ残った大量のお面が無造作に入っていた。

早速お面を物色し、俺はガンダムのお面をチョイス。

タカシはウルトラマンのお面を、ヨシミツは仮面ライダーのお面をそれぞれチョイスした。

シズコがキティちゃんのお面を被ろうとしていたのをゴキが見つけ出し、慌てて別のお面にするよう注意している。

当たり前だがキティちゃん号に乗っているシズコがキティちゃんのお面を被れば、私はキティちゃん号のパイロットだとアピールしているようなものである。

代わりに俺がシズコに適当なお面を見繕ってやる。

「えー!こんなのやだー!」とシズコ。

俺が選んでやったお面を見てデカい声。

「これなら絶対にシズコだとわからないよな」と納得のタカシ。

シズコは渋々俺が選んだゴジラのお面を被り始めた。

手拭いで鉢巻をしてガンダムのお面を被り準備完了。

シズコやナタリーも編笠を被ってお面を整え準備は万全である。

ちなみにバージルはひょっとこのお面でナタリーはおかめのお面である。

典型的な日本伝統のお面なので、誰もがアメリカ人だとは到底疑う余地はないであろう。

「あれってちょっとヤバくね?」と急にタカシ。

タカシの目線の先にはナタリーの姿が・・・

よく見るとナタリーのブロンドヘアーが編笠の後ろから丸見えである。

バージルに至っては鉢巻をしているだけなので思い切り金髪がはみ出ている。

俺はタカシを見て

「お前のねっとりポマード頭も目立つよな」と笑いながら言うと

「お前のポンコツ寝ぐせ頭よりはマシだぜ」と返された。

二人でいがみ合っていると

「おい早くしないか!」とゴキの声で我に返り声のした方を見ると、昔懐かしい大魔神のお面を被ったゴキらしき人物が仁王立ちしている。

「こんなものが在庫にあったとは・・・」と大魔神のお面を見てタカシが驚愕すると、

「これをチョイスするって、どういうセンスしてんだか・・・」と俺は声を押し殺して苦笑いをした。

しかしその後、俺の声が聞き取られたみたいで、大魔神ゴキからしこたま怒られたのは言うまでも無い。

結局、バージルとナタリーをカモフラージュさせるため、全員が手拭いで頬被りをして髪を隠す事に相成った。

「よし!お囃子を始めてくれ!」のゴキの掛け声で阿波踊りのお囃子が鳴り響き出した。

お囃子も単に録音されたものを流すのではなく、こちらも本場徳島県より講師を招いて指導を受けた生演奏である。

太鼓や鉦鼓(かね)、笛、三味線などの和楽器たちが先陣を切って、二拍子のリズムを奏でながら建物から出ていく。

一斉に報道関係者のカメラがそれを追い始めた。

ビデオライトやカメラのフラッシュなどが激しく光っている。

お囃子の後に続いて女踊りの踊り手が建物から出ていく。

ナタリーはシズコから簡単なレクチャーを受けただけだが、さすが元ダンサーだけあって阿波踊りの動きを完コピしている。

報道陣もまさかアメリカ人女性が踊っているとは到底思わないであろう。

女踊りに続いて俺たち男踊りも建物から出る準備を始める。

ふと振り返ると整備長のタナカさんだと思わしき、くまのプーさんのお面を被った男が目に止まる。

タナカさんの仕事は基地専属なので、スーパーに移動する必要がないはずである。

不思議に思って尋ねてみると「お前たちだけ楽しむなんてずるいぞ!」と阿波踊りをやる理由を完全に履き違えている。

店へ移動したら逆に基地へ戻ってくるのが困難になるとゴキが説得を試みるもタナカさんは一切受け入れず、結局何も関係がないタナカさんも阿波踊りに参加する事となった。

女踊りが外へ出切ったところでひと呼吸おいて、俺たち男踊り軍団も外へと出ていく。

ゴキにタナカさんやタカシ&ヨシミツは毎年何回も踊っているので、完全に阿波踊りが板に付いている。

心配していたバージルも腰を低く落としてうちわを片手に、違和感なく周りに溶け込んでいる。

こちらもアメリカ人だとは思えない卓越した動きなのでひと安心である。

「バージルうまいじゃん!」と体をくるりと翻しながら仮面ライダーヨシミツ。

ウルトラマンタカシも「初めてだとは思えねえよな!」とバージルの踊りを賞賛している。

しかし大魔神ゴキとプーさんタナカが並んで阿波踊りしているシーンは、とてもシュールな光景である。

「えらいやっちゃ、えらいやっちゃ、ヨイヨイヨイヨイ」と掛け声を出しながら阿波踊りの列は基地から店へと移動していく。

基地の外では地元の人であろうかお囃子に合わせて、俺たちと同様に阿波踊りをしている人たちも散見される。

報道陣もまさか阿波踊りを映す羽目になろうとは思ってもみなかったであろう。

各局が混乱しているのが見て取れる。

「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らな損損!」と言いながら、俺たちは無事に店へと辿り着いた。

早速、阿波踊りの衣装から作業着に着替えて店内へと入る。

頬被りをしてガンダムのお面を被ったままの俺を見て青果のメンバーが一同驚愕する。

「シマタニチーフどうしたんですか?!」とサブチーフのカズアキ。

一応俺がシマタニだという事はわかっているらしい。

「正体隠すため、今日はこれでいくからね」と俺。

ガンダムのお面を被り直す。

パートのイシヅカさんがきゅうりを並べながらクスクスと笑っている。

俺はとりあえず、そばにあったピーマンを並べ始めた。

レジの付近では基地に帰り損ねたプーさんタナカがゴジラシズコに指示をされ、雑巾片手に掃除をしている。

「開店5分前です」と店内の自動音声が響き渡る。

あらかた商品を並び終え、段ボールなどの撤収をしながら床を掃除し始める。

店内への入り口付近には報道関係者や野次馬などが、今かと開店を待ち侘びている。

そしてついに開店。

店内へ怒濤のごとく人がなだれ込んでくる。

店内は一応撮影禁止なのだが、一斉にビデオを回したりカメラで撮影し始める報道陣にスタッフ一同は大慌てである。

「店内は撮影禁止です!ご協力お願いします!」と大魔神ゴキが店内放送するも効果なく、野次馬までもがスマホなどで俺たちを撮影し始めた。

俺は慌ててバックヤードへ逃げ込むも「チーフ!特売の人参の補充をお願いします!」とパートのイシヅカさん。

スイングドアから店内を覗き込むと平台の人参の量が、早くも減ってきている。

本日の人参は定価の半額で販売されているのに加えて異常な数のお客のため、

開店から数分で品薄状態になってしまったようだ。

台車に目一杯の人参を積み、意を決して店内へと入る。

馬鹿騒ぎのおばさんたちをかき分けながら人参を並べていると

「ガンダムさん、ガンダムさん、サービスカウンターまでお越しください」と店内放送でゴキの声。

何の事だかわからずに、そのまま作業を続けていると、

「おい!サービスカウンターまで来いって言ってるのがわからんのか!」と後ろから大魔神ゴキの叫び声。

大魔神の怒った表情と相まって、俺は振り向きざまにゴキを見て飛び上がった。

よく考えたらガンダムは俺自身の事であった。

その後ゴキはタカシにも用があったらしく、隣の鮮魚売り場では案の定、俺と同様に大魔神ゴキを見たウルトラマンタカシが飛び上がっている。

そんなタカシを横目で見ながらクスクス笑っていると

「ガオー!」と後ろから急にデカい声。

振り向くとゴジラシズコが至近距離にいて俺は再度飛び上がった。

「ミニトマトのバーコードが未登録でレジを通らないんですけど!」とゴジラシズコ。

サービスカウンターに呼ばれた理由がこれで判明した。

しかし今日のゴキとシズコはお面の効果も相まって、迫力満点である。

かたやレジの向こうでは、今日は大人しいプーさんタナカが買い物カゴの後片付けで大忙しである。

精肉売り場では仮面ライダーヨシミツが変身ポーズを決めて子供達の人気をさらっているし、ひょっとこバージルとおかめナタリーはそれぞれ試食販売で、てんてこ舞いの様子である。


夕方6時過ぎ、大混乱だった店内も少しづつ落ち着きを取り戻してきた。

しかし依然、店の周りには報道関係者でごった返している。

伝票整理をするため電卓片手に食堂のドアを開けると、そこにはタカシやヨシミツ、シズコにバージル&ナタリー達が皆憔悴し切った表情でぐったりとしていた。

おかえりなさい作戦からドンチャン騒ぎへとなだれこみ、翌日朝から阿波踊りを踊って店が大忙しとなれば当然と言えば当然である。

ひょっとこバージルが売り込んでいたひょっとこ饅頭を食べながら皆でお茶を飲み休憩をしていると、プーさんタナカが崩れ落ちるように食堂へと入ってきた。

「まだいたんですか?」と言うヨシミツに向かって

「基地に帰れないんだよなー あー疲れたー・・・」と力ない声でプーさんタナカ。

「阿波踊りになんか参加するからだよ」とプーさんタナカをこき使っていたゴジラシズコが、全くねぎらいのない言葉を投げかけている。

そこへ大魔神ゴキがお面を額に被ったまま、納豆のパックとご飯のパックを手に食堂へと入ってきた。

「あー腹へったー」とゴキ。

「忙しくて昼飯、食いそびれたわー」と言いながら、パック入りのご飯をレンチンしながらおかめナタリーが売り込んでいたおかめ納豆のパックを開け始める。

「おおっ!美味そうだな」と白いご飯に納豆をかけているゴキを見ながらタカシ。

「お前達も食べるか?」と言いながらゴキは納豆のパックとご飯のパックを俺たちに勧める。

それを見て「なんかネバネバして気持ちが悪いわね」と不愉快極まりないといった表情のナタリー。

今日一日色っぽい声で、男性客へ徹底的に売り込んでおきながらこの有様である。

「やっぱり納豆は世界一の朝食ですよね!」と意味が今ひとつわからないヨシミツのひと言。

「美味しいから食べてみて!」とシズコがナタリーに納豆を手渡す。

皆が美味そうに納豆ご飯を箸でかき込んでいるのを見て、ナタリーも恐る恐る納豆を口へと運んだ。

「あら・・・意外とイケるじゃない?」とナタリー。

おもむろに納豆をご飯へかけ始め、皆と同様箸で口へとかき込み始めた。

バージルは以前から納豆が好物だったみたいで、満面の笑顔で納豆ご飯を頬張っている。


午後8時、閉店した後も報道陣が店の周りに居座っているため、俺とタカシ、ヨシミツとシズコにバージル&ナタリーの6人は店の裏手から会社のバンに乗り込み密かに脱出を試みる。

しかし案の定パパラッチなどに見つかり追跡される羽目になってしまった。

そんな事もあろうかと俺たちは作戦を立て、まずはバージルとナタリーを会社が社宅として借りているアパートへ送り届けるため、最寄りのコンビニへと立ち寄る。

それぞれ頭布を被ってお面をつけている2人が車から降りてコンビニへと入っていく。

そこで事前に待機していたバージルとナタリーと全く同じ格好をした会社のスタッフと入れ違いになり、コンビニの裏手から別の車で脱出するという手筈である。

コンビニ裏の暗がりからバージルとナタリーが無事に脱出したのを確認する。

作戦通り気付いたパパラッチは誰もいない。

バージルとナタリーに偽装したスタッフが俺たちの車に乗り込みコンビニを後にする。

騙されたとも知らずパパラッチ達が俺たちを再度追跡し始める。

こんな感じでヨシミツを弁当屋のほっともっとへ、シズコをサンリオ雑貨店へと送り届け、タカシが酒屋で降りた頃には店を出てから既に1時間近くが経過していた。

ちなみにタカシは酒を全く飲まないのだが、実は奥さんが酒豪なのである。

最後に俺がイオン中野店で降りて作戦は無事完了。

こんな単純な手で騙せるか不安ではあったが、意外と作戦はシンプルな方が成功しやすいのかもしれない。

店のスタッフが運転する車で密かにイオンを脱出し、家にたどり着いたのは店を出てから実に1時間半後のことであった。

運転してくれたスタッフの労をねぎらいイオンで購入したお茶と弁当を手渡し、家へと入る。

玄関でガバチョからいつも通りの盛大な歓迎を受け、今回も死ぬことなく無事に家へ帰り着いた安堵感で感慨深くガバチョの頭を撫でていると

「おかえりなさーい」と聞き覚えのある声。

見るとミユキの同級生マユミがニコニコしながら廊下に立っていた。

俺は慌てて「やあ、久しぶり!」とガバチョを撫でる手を止め立ち上がる。

廊下の奥では「おかえり・・・」と少しはにかんだ表情のミユキ。

無事なミユキの姿を確認したら疲れがドッと出てきた。

「どうせ昨日お風呂に入ってないんでしょ?」と俺の行動を見透かしたようにミユキ。

「お風呂沸いているから先に入ってきたら?」と言いながらマユミと共にリビングへと入っていった。

玄関から脱衣所へ直接入り、服を脱ぎ捨て風呂へと入る。

俺好みの熱い湯船にゆっくりと浸かりながら

「あー・・・極楽・・・極楽・・・」と、ひとつ間違えたら極楽浄土へ旅立っていたかもしれないのに、まるで昭和のおっさんみたいに長風呂を楽しむ。

「あー気持ちよかったー・・・」と体から湯気を出しながら俺。

洗った髪をタオルで拭きながらリビングへと入っていく。

「ずいぶん長かったわね」とミユキ。

「湯船で死んでるかもしれないと思っていたわよ」といつもの毒舌ぶりは健在である。

「またそんな事言ってー」とマユミ。

ミユキを見てなんだかニヤニヤしている。

「何よー」と冷蔵庫からビールを出して俺の前におきながらミユキ。

マユミを訝しげに見る。

ビールをグラスに注いでいる俺に向かって

「ミユキがスカイツリーで凄かったんだから・・・」とマユミ。

ミユキをチラリと見てクスッと笑う。

それを聞いて「やっぱりスカイツリーに行ったの?!」とビックリして俺。

ミユキとマユミを交互に二度見する。

「ミユキったらさあ・・・」と言いかけるマユミに向かって

「やめてよ!・・・」と照れた表情のミユキ。

「いいじゃない」と言いながらマユミは話を続ける。

聞くとスピンネーカー落下当時はスカイツリーのエレベーターがパニック状態になったので下に降りるのを諦めたとの事。

「えー!」と驚いてミユキを見る俺に向かってマユミは再び話を続ける。

「人工衛星の落ちる場所を逸らした後、テツヤさん達スカイツリーのそばを飛んでいったでしょ?」とマユミ。

俺は驚いて「なんで俺たちが逸らしたってその時に知ってたの?」と言いながらもビールを口へと運ぶ。

「スカイツリーの展望デッキでテレビ中継を見ていたのよ」と缶チューハイを飲みながらマユミ。

「テツヤさん達、凄かったよねー、すごい炎を吹き出しててさー」と俺たちのロケットエンジンの事を言っているらしい。

「で、テツヤさんたちの飛行機を見たミユキがね」とマユミ。

ミユキは覚悟を決めたのか黙りこくっている。

マユミは笑いながら「テツヤー!って大勢の人がいる中で大きく手を振って大騒ぎだったのよ」とその時のミユキを真似てみる。

「もうやめてってばー」とはにかんでミユキ。

前髪をしきりに指でいじっている。

前髪を指でいじる仕草はミユキの照れている時の癖である。

久しぶりにミユキの可愛い表情を見た気がする。

その後は今日帰省したのにも関わらず、実家ではなくウチに泊まっていくというマユミを挟んで、祝勝会第二弾で盛り上がったのは言うまでも無い。


一週間後、スーパーダイジュの店内。

相変わらず俺はガンダムのまま仕事をしている。

報道陣のあまりにものオファーに会社も根負けして、俺たちも含めて取材を受ける羽目になってしまった。

それがテレビ各局で特集として報道されたせいで全国はおろか、世界中からお客が殺到し、店内は大混雑である。

土日は開店前に長蛇の列が店の周りを取り巻いたため、入場整理券を配布するほどであった。

他の店はそれほどでもないにも関わらず、俺達がいる中野中央店だけは売上高前年比200%超えの盛況ぶりだ。

そんな状況なので当の社長はウハウハである。

「テツヤ!今年のボーナスは、うんと弾んでおくからな!」とトマトを売り場に並べている俺に近づきながらウハウハ社長。

それを聞き「えっ!マジで?!」と、俺もつい大声を出してしまった。

そんな社長と二人で「ウヒャ!ヒャ!ヒャ!」と騒いでいると

「たいちょーだけいいなー」と後ろから声。

振り向くとゴジラシズコが茄子の袋を持って立っていた。

「うわっ!」と思わず俺と社長。

「これレジに忘れてあったんですけど」と茄子の袋を俺に手渡しながらシズコ。

「私もボーナスたくさん欲しいなー」と悪びれる事なくシズコは社長に直訴している。

「も、もちろんシズコにもボーナスは弾んでおくからな」と少し焦りながら社長。

シズコは飛び上がりながら「私、シャネルのクラシック ハンドバッグが欲しいんだけどなー!」とお面の奥から上目遣いで社長を見る。

「シャネルだろうがトンネルだろうが何だって買えるぞ!」と全然面白くない親父ギャグで自慢げに社長。

シズコはスマホの画面を俺たちに見せ

「じゃあ、これくらいのボーナスはあるんだね!キャハハ!」と大喜びである。

その画面を見て俺と社長は言葉を失い、社長はそそくさとその場を離れていった。

スマホの画面にはシャネルのバッグのカタログが表示されていて、値段はなんと150万円となっていた。


午後6時、店の会議室。

俺とシズコとナタリーが横並びに座り、机を挟んだ向かいにゴキが座っている。

「なんで私たちだけ呼ばれたの?」と小声でシズコ。

「お前何かやらかした覚えはあるのか?」と俺。

声を押し殺してシズコに聞いてみる。

シズコは少し考えて

「店長が店内放送でブロッコリーをボロッコリーって言い間違えたのを大声で笑ったからかなあ?」と首を傾げる。

それを聞いて俺とナタリーは「ブッ!」っと吹き出しながら必死に笑いをこらえる。

ナタリー共々涙を流しながら耐えていると、

「ウオッホン!」とゴキの咳払い。

「何がそんなにおかしいんだ?」とゴキは訝しげに俺たちを見る。

「いっ!いやっ!別に・・・」と涙を指で拭いながら俺。

笑いが一向に治らないのでゴキを直視することができない。

「私たちに何か用なの?」とひとりだけ平静なシズコ。

俺とナタリーは会話不可能なので、ここはシズコに任せる事にする。

「お前達の活躍を見たアメリカ海軍のハワード提督から、こんな依頼状が届いた」とゴキ。

一枚の紙を机の上に置く。

ハワード提督とはハワード艦長の事である。

一般的には艦隊司令官の事を提督と呼んでいる。

「はわーどてーとくって誰?」と俺に向かってシズコ。

笑いも幾分治ったのでハワード艦長の事だとわざわざシズコに説明をしてやる。

机に置かれた紙を手に取り内容を見るや否や俺は目玉が飛び出した。

と言うか、30センチくらい目玉が飛び出た気がした。

「これって・・・?」と驚く俺に向かってゴキが話し始める。

「先日のおかえりなさい作戦の件でアメリカ海軍からオファーが届いてな」とゴキ。

「お前を教官としてトップガンへ派遣して欲しいと依頼が来た」とドヤ顔。

それを聞いて「とっぷがんって何?」とシズコ。

相変わらずこのような話題には無頓着のようである。

ナタリーは「うわー!」と俺を見て目を丸くしている。

「期間は一週間の予定でシズコにも同行してもらう」とゴキ。

それを聞いて思わず「えっ?」と声が出そうになる。

何故ならシズコと一緒だと飛んでいる間中、合コンの話やら男の話、更にはブランドの話など機関銃のように聞かされるのでたまったものではないからだ。

そんな俺を察知したのか

「今、たいちょーが、えっ?って言ったー」とシズコ。

口を尖らせる。

俺は慌てて「そんな事言ってないって!」と取り繕うが、

「小さな声で言ったもーん!私、聞こえたしー!」とシズコは随分しつこい。

それに分け入るように

「ナタリーには案内役として同行してもらうからよろしく」とゴキ。

相変わらずナタリーを見る目はハートマークである。

そしてゴキはおもむろに立ち上がり

「お前達3人をトップガンへ派遣する!」と、いきなりの険しい表情。

シズコが「なんで怒った顔なの?」とツッコミを入れると、

「これを一回言ってみたかったんだよー」とゴキは瞬時にフニャフニャになった。

その後、ゴキより今後のスケジュールが俺たちに伝えられる。

出発は一週間後で、まずは中野基地よりハワイのパールハーバー・ヒッカム統合基地へ向かうとの事。

それを聞いて「F-15で行くんですか?」と驚いて俺。

ゴキが「先方より、作戦に使ったF-15を是非見せて欲しいとの依頼があってな」と続ける。

「えー!旅客機のファーストクラスで行きたいなー」とシズコ。

ファーストクラスは無理かもしれないが、俺もシズコの要求には賛成である。

ゴキはそんなシズコの要求など軽く受け流し、

「F-15の航続距離ではハワイまでの直行は無理なので、途中で自衛隊のKC-767空中給油機で給油を行なってもらう」と言いながら地図を広げる。

「6000キロ超えの長旅になるが、頑張ってくれ」とゴキ。

俺たち3人は一斉に「えーっ!」と語気を荒げる。

「6000キロって言ったら音速で飛んでも5時間以上はかかるじゃん!」とシズコ。

ナタリーはシズコを見ながら「私たち女性はトイレとかに困るよね?」と困惑。

男の俺だってトイレ問題は同じだと言いたいところだが、グッと堪えて広げられた地図を見ながら飛行コースを確認する。

「ハワイからアメリカ本土に行くまで、中1日余裕があるからハワイで観光ができるぞ!」とデカい声でゴキ。

それを聞いて「本当に?!」とシズコが急に手のひらを返す。

ゴキはニヤニヤしながら

「何ならシズコだけファーストクラスのアメリカ直行便で行ってもいいんだがな」と意地悪く言うと

「F-15で行きま〜す!」とシズコはまるで目先の人参に釣られた馬になった。

代わりに俺がファーストクラスで行くと必死にアピールするも全く相手にされず、話はどんどん先へと進んでいく。

その後ハワイを飛び立った後は一路カリフォルニア州サンディエゴのノースアイランド海軍航空基地へと直行する。

そこで燃料補給などを行い、トップガンがあるネバダ州のファロン海軍航空基地へ向かうというのが大まかなスケジュールである。

早速「ハワイで何して遊ぶ?」とナタリーに向かって目を輝かせながらシズコ。

シズコにとってはトップガンよりハワイ観光の方が優先度が高いらしい。

俺は「少しはトップガンの事、勉強しておけよ」とシズコに釘を刺し、会議室を後にした。


閉店後、店の食堂。

「いいなー、毎晩ド派手なパーティーが楽しめて」と羨ましそうにヨシミツ。

「金髪美女と間違いなんか起こすんじゃねえぞ!」と笑いながらタカシ。

当たり前だが二人のトップガンに対するイメージは、映画の中そのままである。

「テツヤさんとジャックさんのタッグならトップガンは最強になりますよね!」とバージル。

バージルの言葉で思い出したのだが、今ジャックはトップガンの教官であった。

トップガンに異動したにも関わらず、未だ何の連絡もしてこないジャックを思い出したらだんだん腹が立ってきた。

現地で会ったらステーキとビールをたんまり奢らせようと思う。

3人に留守中に迷惑をかけることを詫び、帰宅する準備を始める。


一週間後、中野基地、午後8時。

ハワイとの時差の関係で中野基地からの出発は午後9時となった。

政府専用機のエスコートの時と同様、相変わらずシズコはデカいボストンバッグをコクピット後部に強引に押し込んでいる。

それに対してナタリーは小さなデイパックひとつだけである。

「それだけで足りるの?」と心配するシズコに向かって、

「足らないものは現地で調達すればいいから・・・」とナタリー。

空母乗務の賜物なのか、さすがにナタリーは旅慣れている。

俺はというと、ミユキに用意してもらった着替えや洗面用具などが入ったスポーツバッグをそのまま持ってきただけである。

開けてみないと何が入っているのかさっぱりわからない。

「それじゃあ、行ってくるから・・・」と俺。

留守番のタカシとヨシミツそしてバージルに声をかけ、最後にゴキに任務開始の旨を告げ、機体に乗り込む。

今回は長距離飛行のため、両翼の外部タンクに加えて胴体下部のランチャーにもデカい増槽タンクを抱えている。

いかにも重そうでカタパルト射出が難しそうな感じを受けるが、これくらいの重量は中野基地のカタパルトでは朝飯前である。

タナカさん曰く、その気になればジャンボジェット機でも離陸可能との事らしい。

グランドクルー達に見送られながら、まずはシズコが射出され、続いてナタリーがそれに続く。

最後に俺が射出され、これで3人が夜の空に出揃った。

今回はナタリーがいるのでシズコの話に付き合わされなくてラッキーだが、無線を通してシズコの声がキンキン響くので、それはそれで気が滅入る。

東京をかすめて太平洋へと出る。

イルミネーションを圧縮して思い切りぶちまけたような景色から一転し、辺りは漆黒の闇に包まれる。

遥か下に見える船舶の頼りなさげな灯が、時折過ぎ去っていくのが確認できるだけである。

シズコとナタリーは一向におしゃべりをやめる気配がない。

二人の話をポツンとひとりで聞いていたら、おかげで最近のファッション事情に随分と詳しくなった。


3時間程経った頃、航空自衛隊のKC-767空中給油機がレーダーへと入ってきた。

映画【プラダを着た悪魔】に出ているアン・ハサウェイのファッション話で盛り上がっているシズコとナタリーにその旨を伝えると、二人はピタリと押し黙った。

KC-767にコンタクトを取る。

「シマタニさんお久しぶり」と機長から返答。

それに応えて「ヒジカタさん、今回もよろしく」と俺。

ヒジカタ機長とはおよそ2年ぶりの再会である。

前回は日米共同訓練の時にシズコと共にお世話になった。

「ヒジカタさぁ〜ん」と猫なで声でシズコ。

ヒジカタ機長も事前にシズコが来ることを知っていたのか、そんなシズコに動揺する事もなく

「やあシズコちゃんもお久しぶり!」と明るく応対している。

俺が初対面のナタリーを紹介すると

「シマタニ隊長!今日は両手に花ではないですか?!」と誰かが急に無線へと割り込んでくる。

副操縦士のタケウチ君だ。

タケウチ君はヨシミツと同じ27歳で2年前は絶賛恋人募集中であった。

「タケウチく〜ん。彼女できたぁ?」とそんなタケウチ君にシズコ。

「それがまだなのさ〜」とタケウチ君は、おちゃらけながらそれに応える。

俺はシズコに向かって

「タケウチ君を彼氏にすれば?」と、ふざけて言うと

「タケウチ君は絶対無理!!」と一蹴された。

それを聞いたタケウチ君は「がちょ〜ん!」とものすごく古いギャグ。

無線の奥ではヒジカタ機長が大声で笑っている。

ナタリーは自己紹介をしようとしていたが、そんな俺たちのやりとりに少々困惑してしまったようである。

5分後、KC-767の航行灯を視認。

徐々に近づいていく。

「ではそろそろ始めましょうか?」とヒジカタ機長。

俺たちは所定の位置に機体を寄せていく。

空中給油の際は受油機が給油機の左後方へ横並びでスタンバイする。

そして1機ずつ給油機の後方真後ろへと移動し、給油が終わったら今度は右後方へと移動し次の航空機に順次場所を空けていくわけである。

給油の順番は俺が最初で続けてシズコ、そしてナタリーへとリレーされる。

俺達は徐々にKC-767へと機体を近づけていく。

俺の左側にはシズコがスタンバイし、その奥にはナタリーが飛んでいる。

給油ブームを操作するブームオペレーターにコンタクトを取る。

「どうもイガラシです」とブームオペレーター。

俺達とは初対面である。

聞くところによると3ヶ月前からKC-767に乗務し、歳はシズコと同じ25歳らしい。

「イガラシ君よろしく!」と俺。

機体の左翼付け根付近にある給油口を開け、KC-767の機体下部に示された黄色のラインに沿って機体を近づける。

機体下部には他にPDLと呼ばれる給油位置指示灯があり、その指示灯に従い機体を上昇下降させたり前進後進させたりする。

所定の位置に機体が収まりグリーンのライトが点灯した。

イガラシ君が外部カメラを確認しながら、給油ブームを俺の機体へと近づけてくる。

ある程度近づいたところで給油ブームの先端からノズルが伸びてきて、見事俺の機体の給油口にドッキングした。

「翼の付け根のあんな難しい場所なのに、よくドッキングができますね」と、あたかも俺たちが自らドッキングさせているような誤解をしている人がいるが、そんな事ができるはずがない。

イガラシ君のようなブームオペレーターの技術の結晶なのである。

「シマタニ隊長は、どんなコーヒーがお好みですか?」と急にイガラシ君。

給油が始まるや否や、突然思いもかけない質問をされ、俺は言葉に詰まる。

この件についてはアメリカ空軍が空中給油する際に、パイロットとブームオペレーターとの間で、コーヒーの話で盛り上がるとの噂が巷で広がっていると以前聞いた事がある。

噂好きのヨシミツが、ドヤ顔で話していた事を今思い出した。

そんな事をどこかで耳にし、イガラシ君も真似したくなったのであろう。

俺はそんなイガラシ君の心情を察し、

「俺はインスタントでもレギュラーでもどちらでもいいよ」と、さりげなく質問をスルーしようとするが、

「じゃあレギュラーならどんな銘柄がいいですか?」とイガラシ君は、どうしてもコーヒーの話がしたいらしい。

俺はレギュラーは詳しくないが、インスタントならブレンディが良い的な話をしているとタイミング良く給油完了の表示が点灯。

速攻でブームのロックを解除してノズルから離脱。

コーヒー話と給油場所をシズコに譲るため、軽く右に旋回をする。

シズコも空中給油は手慣れたもので、スムーズにノズルとドッキング。

案の定速攻でイガラシ君がコーヒーの話をし始める。

だがマイペースなシズコはコーヒーの話には全く関心がないようで

「私、タピオカミルクティーに最近ハマっててさー」とイガラシ君の話題に全然興味を示さない。

挙げ句の果てには「イガラシ君はどんなタピオカが好き?」とやら

「タピオカ抹茶ラテも美味しいよ!」などと完全に話の主導権を握っている。

そんなシズコにイガラシ君も観念したのか、タピオカの話をしかけたところでシズコが給油完了。

ノズルから機体を離脱させ、ナタリーに場所を譲るため俺の左側へと機体を寄せてくる。

続くナタリーもスムーズにノズルとドッキング。

イガラシ君がまたコーヒーの話をするかと思いきや、一向にその気配がない。

シズコのタピオカ攻撃で意気消沈したのかもしれないと、少し可哀想に思っていると

「イガラシ君はどこのお店のコーヒーが好きなの?」と突然ナタリー。

シズコと違ってナタリーは、さりげない気遣いができる素晴らしい女性である。

そんなナタリーにびっくりしたのか

「ぼっ!僕はスタバのカフェミストに最近ハマってるんですよ!」と嬉しそうにイガラシ君。

それに対してナタリーが

「今住んでるところの近くにスタバがないから羨ましいわー」とイガラシ君の話題に応えている。

ナタリーの言うとおり中野市は市でありながら、スタバはおろかコメダやドトールさえもない。

あるのは昔ながらの喫茶店だけである。

ナタリーが最近見つけたウインナーコーヒーが美味しい店の話をしかけたところで給油が完了。

名残惜しそうにイガラシ君は離れていくナタリーに向かって

「お気をつけて・・・」と声をかけている。

全3機のF-15が腹いっぱいになったところで空中給油は全て完了。

俺たちは軽く右に旋回しながらKC-767より徐々に離れていく。

「それではお気をつけて!」とヒジカタ機長。

続けて「シズコちゃ〜ん!今度遊ぼうよ!」とタケウチ君。

それに応えて「仕方がないから遊んでやるか・・・」と何故か上から目線のシズコ。

俺は苦笑しながら「今度また一杯やりましょう」と二人に言い残し、機首をハワイの方向に向け直す。

給油時間は1機で約5分程度なので、3機合わせて約20分ほどの時間を要した。


空中給油完了から1時間30分程経った頃、東の空が徐々に明るくなってきた。

日本時間ではまだ夜中の2時前だが、俺たちは地球の自転より速く飛んでいるため、通常よりも4時間ほど日の出が早い。

瞬く間に水平線から太陽が昇り始めたので、ヘルメットのバイザーを下ろした後、

少し水分補給する。

明るくなってきたので暗い間しばらく静かだったシズコが息を吹き返し、再びおしゃべりをし始める。

「ねえねえ、ハワイに着いたら最初にどこへ行く?」とシズコ。

俺はてっきりナタリーに話しかけていると思ったので、スポーツドリンクをストローで飲みながら現在位置を確認していると

「たいちょーに聞いてるの!」とデカい声でシズコ。

思わずドリンクを吹き出しそうになる。

俺は慌てて「今夜一睡もしてないから早速寝るよ」と答えると、

「ハワイに着いた時の現地時間は朝の9時なんでしょ?」とシズコ。

俺はその通りだと答えると、

「寝ると時差ぼけになっちゃうから、すぐに遊びに行きますよ!」とシズコはさらにデカい声。

シズコの言うことは当たってはいるが、さすがに少し眠たくなってきた。

ナタリーはそんな俺たちのやりとりを聞きながらクスクスと笑っている。


明るくなってから1時間後、やっと島らしき物が見えてきた。

ハワイ諸島である。

予定通り、中野基地を離陸してから実に6時間超えの長旅であった。

カウアイ島をかすめ飛び、その向こうに見えるオアフ島へと進んでいく。

オアフ島のパールハーバー・ヒッカム統合基地は、ホノルルのダニエル・K・イノウエ国際空港と滑走路を共有しているので、空港管制に着陸許可を申請する。

程なく4R滑走路への着陸許可が降り、4Rへ向けて俺たちは着陸体制をとり始めた。

着陸の順番は俺、シズコ、ナタリーの順となる。

海の色がコバルトブルーからエメラルドグリーンになった向こう側に4R滑走路を視認。

ランディングギアを下ろしてエアブレーキをかけながら徐々に高度を落としていく。

4R滑走路は2743mもあるので、普段200mの滑走路に着陸している俺達にとっては、まさしくVIP待遇である。

難なく滑走路に着陸し誘導路へと入る。

振り向くとシズコが今まさに着陸しようとしている。

その奥ではナタリーの着陸灯が見てとれる。

3機共無事に着陸したのち誘導路を通り、パールハーバー・ヒッカム統合基地へと向かう。

4R滑走路は基地より思いのほか遠い位置にあるので、かなりの距離を地上走行しなければならない。

途中、旅客ターミナルの前を通る事となる。

旅客ターミナルには各地から飛来した色とりどりの旅客機が数多く駐機している。

それを見て「わあ〜!」と嬉々としてシズコ。

気分はすっかり南国リゾートパラダイスのようである。

俺の気分もまんざらではない。

朝から照りつける強い日差しと真っ青な空が、南国気分を駆り立ててくれる。

しかし現地時間は朝の9時だが、俺の頭の中は徹夜明けの午前4時である。

長距離フライトの疲れも相まって、かなり眠たくなってきた。

それとは真逆にシズコはテンションマックスとなり、ナタリーにアラモアナセンターの事をあれこれ詳しく聞いている。

ナタリーは「プラダ、シャネル、グッチ、カルティエ、ルイヴィトンなどのブランドショップは全部あるわよ」とシズコに返答。

それを聞いて「うぎゃ〜!!」とシズコは狂喜乱舞。

シズコのデカい声がキンキンと鼓膜に響き、頭が少し痛くなってきた。

10分ほど誘導路を走行し、やっとパールハーバー・ヒッカム統合基地に到着。

指定された駐機場所を目視で確認したら、思わず「うわっ!」と声が出た。

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