10.スピンネーカー

「よし!何か質問は?」とタカシ。

ひと通りのレクチャーを終えタバコに火を点ける。

そこへゴキが登場。

今日は呼んでもいない人が二人目である。

「調子はどうだい?」とゴキ。

デレデレしながらまだ何も始めていないナタリーに聞いている。

「いや・・・まだ何もしていないのでなんとも・・・」とナタリーは当たり前の返答。

「何か困った事があったら遠慮なく言うように」と、困った事があっても大して何もしてくれない割にはゴキはずいぶん偉そうな事を言っている。

「質問がなければ早速空へ上がるぞ!」とタカシ。

機体の方へと歩き出す。


ハンガーには当たり前だが強面のタナカさんがいた。

「おはよう!」と普段あまり挨拶しないタナカさんが珍しく笑顔で挨拶をしている。

気持ちが悪いので遠巻きにタナカさんの脇を通り抜けようとすると、

「テツヤ!マッハ15で飛行できるエンジンの試作品が完成したぞ!」と満面の笑み。

「近いうちにテストを頼むぞ!」と笑顔で挨拶の魂胆が速攻で判明した。

苦笑いどころか今回はチラっと睨み返してハンガー奥へと進む。

ハンガー奥には俺のオバQ号とタカシのペーター号、そしてヨシミツのドラえもん号と予備機の通称、無印良品号が待機していた。

それぞれの機体へ搭乗を開始する。

まずは2本あるカタパルトへ、タカシとバージルが向かう。

離陸の順番はタカシ、バージル、ナタリー、俺の順である。

タカシが一番手で射出、続いてバージルがそれに続く。

バージルはさすがに空母乗艦のためか、カタパルト発進は手慣れたものである。

続いてナタリーが離陸。

こちらも問題なく完了。

久しぶりに見た無印良品号の勇姿である。

最後は俺が射出され、これで全員が空に出揃った。

訓練空域の日本海へと向かう。


「よし!じゃあ始めるぞ!」とタカシ。

訓練は2機対2機が対戦するチーム戦とし、俺とタカシのチームとバージル&ナタリーチームが実戦を想定した空中戦で対戦をする。

対戦方式は以前バージルとやった時と同じ方法でペイント弾を使用する。

ミサイルなしでバルカン砲のみの対戦なので、純粋に操縦能力が試される訳である。


「開始10秒前!」と俺。

「4・3・2・1・Go!」

一斉に全機が機体をひるがえす。


「!!!!!」


瞬く間に対戦終了・・・


ナタリーは20秒でタカシに撃墜され、バージルは30秒で俺が撃墜した。


「よし!基地に戻るぞ!」と俺。

「もう一回やらせて下さい!」とバージル。

「いきなりだから油断したわ。もう一度お願い」とナタリー。


それに被せるように

「何度やっても同じだぜ」とタカシ。

「燃料とペイント弾の無駄遣いになるだけだ」と更に追い討ちをかける。


「まあ初日はこんなもんだろう」と俺。

「すぐに慣れるさ!」と根拠のない言葉で二人をなだめて基地の方向へと進路を変える。


機体上部がペイント弾で真っ赤に染まったバージルと機体下部が同じく真っ赤のナタリーが何だか痛々しい。


基地に無事着陸し駐機場へと機体を滑り込ませる。

着陸はさすがに二人とも手慣れたものである。


「あーあ・・・」とタナカさん。

真っ赤になったバージルとナタリーの機体を見ながらため息。

「来たばかりのお客さんに洗わせるわけにもいかないからこちらでやっとくぜ」と珍しく優しい言葉。

ペイント弾の後処理は被弾したパイロットが行うのが通例だが、今回はナタリー効果が効いたのかなんだか気持ち悪い。

「おーい!頼むぜー!」と若い整備士に指示を出している。

結局は自分でやらないのがやっぱりタナカさんらしい。


フレアースカートをなびかせながら昔懐かしいキャンディキャンディのような走り方でシズコがこちらへと向かって来る。

「ナタリー大丈夫だった?」とシズコ。

無印良品号の不具合とナタリーの体を心配して駆け寄る。

ナタリーは無言でうなずくだけである。


昼も過ぎたので帰る準備を始める。

今日の俺は、訓練のみの午前中出勤で午後は休みの半休である。

「お昼ご飯食べにいこ!」とシズコ。

バージルとナタリーの手を引っ張っている。

二人とも今日は俺と同じ半休である。

タカシだけは午後からも仕事なので、いそいそとエプロンと長靴に着替えている。

「たいちょーもいこ!」とシズコ。

俺のスズキアルトに向かって歩き出す。

勝手に行くことにされてしまった俺は

「おい!おい!」と大慌て。

「お前の日産ノートの方が広くていいんじゃないのか?」と焦りながら駆け寄る。

シズコは「ぬいぐるみがいっぱい乗ってるから無理!」と一括。

結局シズコの思いつきに俺とバージルとナタリーが同行させられる事となった。


「狭っ!」とシズコ。

スズキアルトの後部座席に乗り込んで一言。

自分で提案しておきながらこの有様である。

足の長いナタリーは後部座席では正面を向けず、ほぼ横に向いて座っている。

バージルは助手席に乗っているが、さすがに足元は窮屈なようである。

「これって公道を走ってもいいんですか?」とバージル。

アメリカでは軽自動車の規格がないようなので随分熱心に車を見回している。


シズコの独断と偏見で郊外にあるイオンに到着。

駐車場に車を停めて店内へと向かう。

一階のフードコートには世界中どこにでもあるマクドナルドとケンタッキーフライドチキン、そしてラーメン屋とたこ焼き屋などがある。

当然の事ながらバージルはフライドチキンとコーラ。

ナタリーはチーズバーガーのセットとアイスティーである。

俺はとんこつラーメンにたこ焼きの炭水化物の重ね摂り。

シズコはテリヤキバーガーとサーティーワンアイスクリームの変な色をしたアイスを買ってきたが、溶けるからと言って先にアイスを食べている。

「何ですかそれ?」とバージル。

俺のたこ焼きを見つめて、たこ焼きのように目を丸くしている。

「うわー!美味しそう!」とナタリー。

テーブルのラーメンを見ながら満面の笑み。

どう見てもひと口食べさせろ的な二人に挟まれ仕方なく、まだ手を付けていない、たこ焼きとラーメンを二人に勧める。

「うま!」とバージル。

「うーん!!!」と手足をばたつかせながらナタリー。

結局、俺のたこ焼きとラーメンはバージルとナタリーの胃袋に全て収まってしまった。

俺はというとバージルからもらったチキン1本とナタリーから譲り受けたフライドポテトで昼飯は終了。

二階に上がってシズコとナタリーは婦人服売り場でワーキャー言いながら服を物色。

俺とバージルはオモチャ売り場でゲームを物色。

新作ゲームのカタログを見ていたらスマホから着信音。

スーパーダイジュの店内で流れている「ダイジュで始まる日曜日」という意味不明なタイトルのメロディが流れ始める。

当然の事ながら会社からの電話である。

ボタンを押して電話に出る。

電話の向こうは総務課のツヨシ。

「ちょっと大変なことを見つけちゃったんですけど・・・」と何故か小声でツヨシ。

「明日にでも本部に来てもらえませんか?」と俺に続ける。

俺はファイナルファンタジーのカタログを見ながら半分上の空で返事。

「また何かやっちまったか?」と思いながら電話を切る。

以前、青果部門のシフト計画と実働が合っていないと指導を受けたので、またそんな事だろうと思いながらため息を出す。

バージルは海洋堂のフィギアに見入っている。


翌日午後2時、会社の管理本部。

場所は中野市役所の隣にあるビルなのかプレハブなのか微妙な感じの3階建ての建物である。

入り口から階段を上って2階の総務課へと向かう。

事前にアポを取っていたのでツヨシが受付カウンターで待ち構えていた。

「すいません!急に呼び出したりして」とツヨシ。俺に深々と頭を下げる。

俺はその態度を見て

「えっ!何か苦情じゃなかったの?」と目をパチクリ。

奥の部屋へと案内される。

入った部屋は会社のコンピュータ室。

社内のデータなどを一元管理している所である。

その中でもひと際大きいモニターの前からツヨシに手招きされる。

「太陽風観測衛星のスピンネーカーが地表に落下するというニュースはご存知ですよね?」とツヨシ。

俺は食後で少し眠たくなっていたので

「そういえばそんな事言ってたな」と、あくび交じりに答える。

「ちょっとこれを見て下さい」と押し殺した声でツヨシ。

モニターの一点を指差す。

「これは?」と俺。画面を覗き込む。

「スピンネーカーの落下軌道を計算してみたんですけど・・・」とツヨシ。

顔が少し引きつっている。

ツヨシは総務課なのでコンピュータに精通しているのはもちろんだが、天文学にも何故か詳しい。

以前はハレー彗星の軌道を誰よりも早く導き出していたし、中国が打ち上げに失敗したロケットの残骸がインド洋に落下する座標と時間も正確に予測した。

「で、どうなんだ落下予測は?」と俺。

引きつった顔のツヨシを見ていたら、何だか嫌な予感がしてきた。

「落下予測地点はここです」とツヨシ。モニターに表示されている数字を指し示す。


【北緯35度41分 東経139度45分】


「ここは?」と俺。

ツヨシに向き直る。

ツヨシは小声で「東京です」と一言。

「えー!!」と俺。

思い切り体をのけぞらせる。

恐らくマトリックスよりも体をのけぞらせたはずである。

「早く誰かに知らせないと!」俺。

部屋中欽ちゃん走りしながら大慌てである。

「そんな事したって現時点では誰も信用してくれませんし、下手すればパニックになりますよ」とツヨシ。

言われてみれば、その通りである。

「で、いつなんだ?落下予測日は」と俺。

「10月23日午後4時頃です」とツヨシ。

しばらく沈黙の後、

「何だと!5日後じゃねか!」と大声で俺。

大声の俺をツヨシが慌ててなだめる。

「被害予想はどれくらいなんだ?」と、あたふたしながら俺。

ツヨシは声をひそめながら

「今回の予想では約4トンの残骸が大気で燃え尽きずに地表に衝突すると言われています。

衝突速度はマッハ25で衝撃予測はTNT換算で約16キロトンです」と俺に耳打ち。

「16キロトンって?」と俺。

しばらく考えた後

「広島型原爆とほぼ同じじゃねえか!」と俺は青ざめる。

「回避方法はあるのか?」と聞く俺に向かってツヨシは

「現段階ではありません」ときっぱり。

「でも・・・」と言葉を続ける。

「大気圏再突入前に進路を変える事ができれば一番いいのですが、現段階の技術では不可能です。

現段階の技術水準で防ぐとなれば大気圏に再突入した後に高度2万mから1万5000m付近で補足して、何らかの方法で軌道を変えるしか方法はありません」とツヨシ。

「何らかの方法って?」と聞く俺に対して

「例えば120万kgの推力で90秒間横方向に抵抗を加えれば、落下地点を100Km程ずらす事ができるはずです」とツヨシ。

「何故90秒?」と聞く俺に対して

「高度2万mから地表に到達する予測時間は180秒なので90秒が限界かと」ツヨシ。

「でもそれをやるには・・・」と言葉を濁すツヨシに対して

「で・・・何だ?」と俺。

「それにはスピンネーカーの落下速度であるマッハ25と同じ速度が出せる航空機が最低限必要です」ときっぱり。

「それに加え120万Kgの推力が必要となれば、その航空機が6機は必要かと・・・」と続ける。

俺はピン!ときて「わかった!」と言い残し部屋を出る。


午後3時30分、基地のハンガー。

タナカさんを呼び止める。

「マッハ15で飛行できるエンジンの試作品が完成したって言ってましたよね?」と俺。

「あん?」とタナカさん。

胡散臭そうに俺を見る。


10分後

「何だと!!!」と大慌てでタナカさん。

今回の事情を話したら俺と同様、欽ちゃん走りでハンガー内を走り回っている。

「マッハ25で飛行できる機体を6機かあ・・・」とタナカさん。

走り回って疲れたのか俺のそばに戻ってきた。

「それはそうとお前たちの技術でできるのか?」と聞かれ我に返る。

「だからテストしろって言ってたじゃねえか!」と痛い所を突かれる。

「わかった!明日の朝までに試作機を1機仕上げてやる」とタナカさん。

「えー!マジで!」と驚く俺に向かって

「その代わりコーヒー1杯おごれ」とニヤリ。

やっぱりタナカさんは最高の安上がり男なのである。


翌日午前9時

騒ぎを聞きつけたタカシ、ヨシミツ、シズコにバージルとナタリー、それにゴキが基地のハンガーに集結。

「ほおー・・・」と言いながら全員の目が俺の機体に釘付けになっている。

2枚ある垂直尾翼の外側根元に、それぞれ2基の外部エンジンが取り付けられている。

機体の各前縁部には熱対策として耐熱シールドが取り付けられ、大気との摩擦熱対策も万全なようである。

「これで成層圏まで上がって速度テストを行うぞ!」とタナカさん。

俺の背中をバン!と叩く。

「でもこれってマッハ15までしか出せないんじゃ?」とタカシ。

「そうよ!マッハ25まで出さないとダメなんでしょ?」とシズコが続ける。

タナカさんはニヤリと笑い

「まあ見てみろって」と自慢げな顔。

「この外部エンジンは下段がスクラムジェットエンジンで上段がロケットエンジンになっている」とタナカさん。

「ロケットエンジン!!」と俺を含めて一同驚愕する。

「このロケットエンジンは液体燃料ロケットエンジンでジェットエンジンと燃料を共有できるからな」とタナカさん。

「スクラムジェットエンジンでマッハ15まで加速して、それからロケットエンジンに点火してマッハ25まで加速するって寸法だ」と続ける。

「何ならマッハ30までは出せるから性能的には心配ない」とドヤ顔。

今度は一同が青ざめる。

「これって無事に帰って来れるんですか?」と半泣きでヨシミツ。

「さあな」と相変わらず無責任なタナカさん。

「でも、やるしかないだろ?」と俺たちに向かって睨み返す。


30分後、更衣室から出ると

「何それ!?」と俺を見て一同唖然。

装備はいつものフライトスーツやヘルメットではなく、まさしく宇宙飛行士のそれである。

完全密閉の宇宙服と宇宙飛行士用のヘルメットで内部気圧を一定にして、高機動飛行時でもスムーズに対応ができるようにとの算段である。

「こんなものがこんな田舎にあったとは・・・」とタカシ。

「まるでNASAですよね」とバージル。

ナタリーに至っては俺とタナカさんを交互に8度見くらいしている。


「じゃあ、ちょっくら行ってくる」と俺。

機体に乗り込む。

「ミユキちゃんにはこの事話したのかい?」とタカシ。

まるで俺が死んで帰ってくる前提になっているようである。

「俺に何かあったら後は頼むぜ」と何故かタカシに言い残しエンジンをスタートさせる。

今回は通常のジェットエンジンに加え、スクラムジェットエンジンとロケットエンジンが積まれているため操作がやたらややこしい。

タナカさんに最終確認のレクチャーを受けた後、カタパルトへと機体を移動させる。


グランドクルーが親指を立てる。カタパルト装着完了の合図である。

スラストレバーを倒し、徐々にジェットエンジンの出力を上げていく。

何故最初からスクラムジェットエンジンを使わないのかと言うと、スクラムジェットエンジンは静止状態からのスタートは無理なのである。


俺も親指を立てて離陸準備完了の合図。

すかさず機体が前方へと打ち出される。

操縦桿を引くが予想通りの重量過多で機体の反応がかなり鈍くなっている。

今回は燃料節約のためアフターバーナーは使えないので、ゆっくりと徐々に高度を上げていく。

「めっちゃ重いなあ」と独りでため息。

おまけに機体後部に外部エンジンを合計4基も搭載しているので重心が後ろへ移動し、慣れないせいか操縦がめちゃくちゃやりにくい。

「説明した通り高度1万5000mまで上昇したらスクラムジェットエンジンに切り替えるぞ!」と無線の向こうからタナカさん。

「了解!」と俺。

各計器の最終チェックを行う。

まもなく高度1万mに到達。速度を上げ始める。

エンジン音が大きくなりそれにつれて機体の振動も増大してくる。

程なくマッハ1に到達。更に速度を上げていく。

「現在マッハ1.5」と俺。

無線で状況を伝える。

「よし!マッハ2を超えたらスクラムジェットエンジンを始動しろ」とタナカさん。

計器に目をやる。

「マッハ1.7・・・1.8・・・1.9・・・」

計器の数字が順調に上がってくる。

機体の風切り音も最高潮に達したところでマッハ2に到達。

スクラムジェットエンジンを始動する。

始動音はジェットエンジンの音と風切り音にかき消されて確認できないが、左右のエンジン共に徐々に出力が上がってくるのが計器で確認できる。

推力が7000Kgまで上がったところで高度1万5000mに到達。

ジェットエンジンを停止しスクラムジェットエンジン単独に切り替える。

更に加速させる。

速度計はマッハ2.5を超えている。

F-15の最高速度はマッハ2.5なので、ここから先は未知の領域である。

「うおっー!」と俺。

思わず声が出る。

凄まじいGが全身を襲う。シートに体がめり込んでいくような感覚で身動きが全く取れない。

目玉が顔の中心から外へ離れていくような感覚に見舞われる。

飛行テストが終わったら半魚人のような顔になっているかもしれない。

マッハ10を超えたあたりで幾分Gが和らぐ。

周りの景色はそれこそ半分宇宙である。

地球の丸さがはっきりと見て取れ、上空に目をやると青空ではなく漆黒の闇が広がっている。

「マッハ15でロケットエンジンに点火しろ!」と無線の向こうからタナカさん。

音声がかなり聞き取りにくくなっている。

程なくマッハ15。

ここでロケットエンジンに点火する。

すぐ後ろで「ドカンッ!」と凄まじい音がする。

ミサイルに撃たれた経験は無いが、多分撃たれたらこんな感じなのかもしれない。

機体は更に加速する。

それと同時に尋常ではない振動が機体全体を襲う。

わかりやすく例えるならスズキアルトでデコボコ道を時速200Kmで走っているような感覚である。

瞬時にマッハ20に到達。速度は更に上がり続ける。

まるでスペースシャトルにでも乗っているような感覚になり気分はハイテンションになる。

このまま宇宙に行ってみたくなってきた。

そこへ水を差すように

「今回はテストだからマッハ25に達したらロケットエンジンを停止してジェットエンジンに切り替えろ!」と無線の向こうからタナカさん。

「チェッ!」っと舌打ちしながらマッハ25に到達したところで渋々ロケットエンジンのスイッチをオフにする。

が、しかし・・・

ロケットエンジンが止まらない。

それどころか機首が徐々に上を向き始め、俺の希望通り宇宙へ旅立つ段取りが整ってきた。

「ヤバい!ヤバい!」と俺。

慌てて何度もスイッチを操作するが、ロケットエンジンが止まる兆候は全く見られない。

「タナカさーん!ロケットエンジンが止まらないってば!」と半分パニックで俺。

高度がどんどん上がっていく。

「あれー、おかしいなあ?」と他人事のようにタナカさん。

「ちょっとスイッチの辺りを軽く叩いてみろ」と真空管時代の不具合解消法を俺に伝える。

が、当然のことながら直るはずがない。

超焦っている俺に向かって

「しょうがねなあ・・・」と舌打ちしながら

「左側面に外部エンジンの切り離しスイッチがあるからそれを試してみろ」とタナカさん。

見ると確かにスクラムジェットエンジンとロケットエンジンそれぞれのリリーススイッチが付いている。

すかさずロケットエンジンのリリーススイッチを操作する。

「ガンッ!」とでかい音を立ててロケットエンジンが機体から分離した。

「うおっ!やったぜ!」と思わず俺。

機体から離れた2基のロケットエンジンは放たれ自由になった鳥の如く宇宙空間へと旅立っていった。

しばらくその光景に見とれていたら、

「あーあ!」と言うタナカさんの声で我に返る。

「苦労して作った俺のロケットエンジンがパアだ!」と無線の向こうで超機嫌が悪い。

何を隠そうタナカさんはパイロットより機体や装備の方が大事なのである。


何気に計器類に目を落とす。

「ゲッ!」っと思わず声が出る。

速度がマッハ30まで上がっているのに加え、高度計は海抜3万mを指している。

「F-15の限界高度の2倍じゃねえか!」と俺。

急いで機体を反転させ急降下を試みる。

が、ロケットエンジンを切り離して推力がないのと大気が薄いので機体の反応がすこぶる悪い。

慌ててジェットエンジンの始動を試みるが、車のように瞬時に起動できるわけではない。

しかも2基のエンジンは片方ずつしか始動できないのでイライラがどんどん募ってくる。

あたふたしながら何とか2基とも始動に成功。

しかし大気の密度が低いためか推力がなかなか上がらない。

鳥の羽や枯れ葉が舞い落ちるかのごとく、ひらひらしながら徐々に高度を落としていく。

高度が2万mになったところでやっと推力が戻ってきた。

速度もマッハ10まで落ちている。

「大丈夫か?」とタナカさんの声。

音声がものすごく聞きづらくなっている。

ロケットエンジンを分離してからすでに2分が経過していた。

「何とか生きてます」と半分冗談で俺。

現在位置を確認する。

【北緯1度35分 東経103度80分】

座標を確認して「えっ!」っと思わず俺。

一瞬我が目を疑う。

「これってマレーシア上空じゃねえか!」と思わずデカい声。

基地を離陸してから15分程しか経っていないが、さすがに恐るべしロケットエンジンである。

どうりで無線の声も聞き取りにくくなっていたわけだ。

高度を更に落としていく。

遠くに港湾都市が見えてくる。

シンガポールだ。

猛烈な台風の中に訪れたのが昨日のように思えてくる。

「シンガポール空軍に連絡しておいたから燃料を補給してから帰ってこい」と無線の向こうからゴキ。

何を隠そうゴキは国際的には顔が広いのである。

燃料計に目をやると残量は20%程になっている。

日本の基地まで5000Km超はあるので当然このままでは基地まで辿り着けない。

テスト飛行に気を取られて、帰りのことなどすっかり忘れていた。

しばらくしてシンガポールの方向から航空機が1機こちらへ向かってくるのが見える。

機種はF-16のようである。

「シマタニ隊長お久しぶりです!」とどこかで聞いたことのある声。

「もしかしてテックちゃん?」と俺。

「あの時はどうも・・・」と言いながら俺の横へと滑り込んでくる。

お互い風防越しに手を振り合い再会を喜ぶ。

「では私が先導しますので・・・」とテックちゃん。

俺の斜め前へと進む。

シンガポール空軍は狭い国土にチャンギ、パヤ・レバー、センバワン、テンガーと4か所も基地があり、それぞれ3000m級の滑走路を有している。

それに比べてシンガポールより20倍くらい広い長野県にあるにも関わらず俺たちの基地は200m級の滑走路が1か所しかない。

全く羨ましい限りである。

今回はシンガポール国際空港にほど近いチャンギ基地へと案内される。

前回訪れたのは台風の最中の真夜中だったので景色は全く見えなかったが、さすがガーデン・シティと呼ばれるだけあって上空から見渡す街並みはとても綺麗である。

テックちゃんに続き俺も無事にチャンギ基地へと着陸。

指定した場所に機体を向けると建物などからドヤドヤと大勢の人が繰り出してくる。

ドヤドヤに見守られながら機体を指定された場所に停止。キャノピーを開ける。

すると一段とドヤドヤ感が増大する。

よく考えたら俺は宇宙服を身につけていた。


用意されたハシゴを使って機体から降りる。

まるで宇宙から帰還した宇宙飛行士のような歓迎ぶりである。

テックちゃんが近づいてきた。

俺と同じアジア系の好青年である。

年齢は20代半ばであろうか。

二人でがっしりと握手。

やっとお互い対面することができた。


「これ何ですか?」と機体に取り付けられた外部エンジンを見て、予想通りの質問を周りから浴びせかけられる。

「スクラムジェットエンジンのテストをしてたんですよ」と模範的な回答の俺。

ここでロケットエンジンのテストをしてたでも言おうものなら、めちゃくちゃ大騒ぎになっていたはずである。

ロケットエンジンを切り離しておいて本当に良かったと思う。


テックちゃんに案内され建物内へと入っていく。

宇宙服姿の俺を見かねてテックちゃんが着替えを用意してくれた。

さすが赤道直下での宇宙服は暑かったので、汗びっしょりである。

シャワーを借りてこざっぱりして着替える。

青系のアロハシャツに白のハーフパンツ。

足元にはビーチサンダルと、いきなりのリゾートスタイルである。

喉が渇いたので基地内のPXの場所を教えてもらい、そこでグアバジュースを買おうとしたが当然の事ながらお金の持ち合わせがない。

「僕が払いますよ!」と後ろからテックちゃんと同じ年頃の青年が俺に声をかける。

「ご無沙汰してますメンフィス3です」とその青年。

「えー!メンちゃん?」と思わず俺。

がっしりと握手を交わしメンちゃんとの再会も喜ぶ。

奢ってもらったグアバジュースをメンちゃんと外で飲んでいるとテックちゃんが遠くから手招きしているのが見える。

何事かと尋ねると、どうやら現地時間では昼時なので、昼食でもどうですか?という事らしい。

シンガポールの現地時間は日本より1時間遅いので、さすがに腹が減ってきた。


スピンネーカーの事も気がかりだが、さすがに空腹には勝てず基地内の食堂へと案内されるがままに入っていく。

扉を抜けると巨大な広い空間に圧倒される。

俺たちがいつも使用しているスーパーの狭い食堂とは雲泥の差である。

しかもビッフェ形式の食堂で、おおかた好きなものを好きなだけ食べられるシステムは感動ものである。

サラダや肉料理はもちろんの事、シンガポールのソウルフードや新鮮な果物まであり、選ぶのも非常に楽しい。

せっかくなのでテックちゃんとメンちゃんイチオシの現地のソウルフード、チキンライスを選択する。

スープで炊いたライスに蒸し鶏が乗った風味豊かな一品である。

チキンライスを堪能していると整備兵らしき隊員がこちらへと向かってくる。

聞くところによると俺の機体に微小な燃料漏れが発見されたらしい。

メチャクチャな飛行をしてきたのでやっぱりなと思ったが、機体には申し訳ない事をしたと思う。

修理のために部品を取り寄せなければならないとの事で、修理完了は明日の午前中との事。

「あちゃー!」と思わず声が出る。

すぐさま基地へ連絡するが、仕方がないので修理を待てとの返答。

スピンネーカーの事が気が気でないが、明日まで待つ事となった。

食後にそのまま食堂でテレビを見ていると「シマタニ隊長!」の声で後ろへ振り向く。

見るとメンちゃんと50代くらいと思われる男性がひとり立っている。

「基地司令のワンです」とその男性。

慌てて立ち上がりワン司令と握手する。

「色々お世話になりまして申し訳ありません」と丁寧に俺。

「いえいえあなたは我が空軍の英雄ですから」とワン司令。

極秘任務であったはずのエンマコオロギ作戦が、今ではレジェンドとなって広まっているらしい。

「時間がおありのようなので、よろしければ観光でもいかがですか?」と微笑みながらワン司令が俺に問いかける。

「私がご案内しますので是非!」とメンちゃん。

よく見るとすでに俺と同じような服装に着替えている。

日本の基地にいるメンバーには申し訳ないと思いつつも、足止めされて全く動けない状態なので、ありがたくお言葉に甘える事にした。


「えっ!?」っと俺。

基地のゲートを出たところで思わず立ち止まる。

見るとそこには自転車の横にサイドカーを取り付けた妙な乗り物が停まっている。

「これはトライショーって乗り物ですよ」とメンちゃん。

「主に観光用の移動手段なんですが、渋滞が酷い市街地ではこれが一番なんですよ」と続ける。

一台に一人しか乗れないため、俺とメンちゃんは2台のトライショーってやつに分乗して基地を後にした。


何の躊躇もなくトライショーは車道を突っ走る。

すぐ脇を車が猛スピードで追い抜いていくが運転手は平然とした顔。

ただ乗っているだけの俺はヒヤヒヤである。

「ここがあの通りですよ!」と前を走っているトライショーから振り向いてメンちゃん。

「突き当たりが例のあの病院です」と続ける。

「へえーこれが?」と俺。目線を上に向ける。

エンマコオロギ作戦で爆走した通りらしいが、当然の事ながら全く記憶のない景色である。

思っていたより意外と狭かったんだなというのが今の印象である。

トライショーを乗り継ぎながらマーライオンパークやガーデンズ・バイ・ザ・ベイという巨大な植物園、リトルインディアやアラブストリートなどの観光名所を巡った後に本日の夕食を摂るためニュートンサーカスという海鮮が美味しいと評判の屋台村へと到着。

そこでテックちゃんとヨシミツがしつこく聞いていた例の彼女が合流し、皆で夕食を摂る事となった。

時刻は現地時間で午後5時過ぎ。

夕食には少し早い時間にも関わらず屋台村はかなりの人で賑わっている。

暑くて喉がカラカラなので早速ビールを注文。

シンガポールではメジャーなタイガービールが出てきた。

皆でカチンと瓶のまま乾杯した後に一気に喉へと流し込む。

思わず「クー!」と声が出る。

その後はテックちゃんやメンちゃんが海老のバター焼きやらイカのフライ、空心菜のニンニク炒めや海鮮チャーハンなど、色々と振る舞ってくれたので片っ端から平らげていく。

俺の目の前では少し頼りなさげなテックちゃんが彼女から色々と世話を焼かれている。

もしこの二人が結婚でもしたら、俺とミユキみたいな感じになるんだろうなと思っていたら微笑ましくなってきた。

テックちゃんとメンちゃんは明日も飛行訓練だということで、そろそろお開きとなる。

車で送ってくれるとの事なので外で客待ちしているタクシーへと乗り込む。

が、乗り込んだのは俺一人だけである。

「えっ!俺だけ?」とビックリする俺に向かって

「ホテルを手配しましたので」とタクシーの運転手。

聞くとこれはタクシーではなく軍の車両との事。

タクシーと間違えたことを運転手に謝罪していると

「それではまた明日!」とテックちゃんとメンちゃん。

2人に挨拶が終わると同時に車が発車した。

車の運転手はパクという名の地上勤務の青年で、主に情報管理を受け持っているという。

10分ほどで車はとあるホテルの車止めに到着。

入口では数人の男たちが俺を待ち構えていた。

パクちゃんに礼を言い少しビビりながら車から降りる。

「ようこそおいで下さいました」とその中の初老の男性。

付き人のような男からシンガポールの首相だと紹介される。

俺は思わず「えっ!」と後退り。

首相から手を握られガッチリと握手をさせられた。

「大統領が外遊中なので私で申し訳ありません」と首相。

「おい!おい!これでも驚きだよ!」と思いながら案内されるがままにエントランスへと入っていく。

まるで国賓扱いの様相にアロハシャツにビーサン姿の俺はうろたえるばかりである。

首相と共にいた男たちはどうやら首相護衛のSPのようであった。

その中の一人の青年が俺に近づく。

「政府の外務を担当しておりますヨンと申します」と爽やかな笑顔。

「明日の朝まで私がお世話させていだきます」とそのヨン様。

首相は「それではごゆっくりお寛ぎ下さい」と言い残し、SPと共にその場から去っていった。

ヨン様に連れられエレベーターで上へと上がっていく。

降りたのは何と50階、部屋へと続く長い廊下を歩いていく。

ドアを抜け部屋へ入るや否や窓越しの眺望に圧倒される。

目の前には黄昏時のシンガポールが圧倒的パノラマモードで広がっている。

しばしバカみたいな顔で見とれていると

「屋上のプールへ行ってみませんか?」とヨン様の声で我に返る。

再度エレベーターに乗り屋上へと到着。屋外へ出る。

「おおっ!」と思わず声が出る。

目の先には巨大なプールと、それにつながっているようなシンガポールの夜景。

脇には煌びやかで、いかにも高くつきそうなレストランも見える。

地元のファミレスで値段を気にしながら注文している俺にとっては全く縁のない店である。

「そこへお掛けになってお待ちください」とヨン様。

そばにあるデッキチェアを俺に勧める。

リッチな感じの人々に混ざってデッキチェアに腰を下ろす。

全く場違いな感じで非常に居心地が悪い。

「やっぱりマリーナベイ・サンズは最高だな!」と言いながら隣のデッキチェアで高そうなカクテルを飲んでいるカップル。

ふと気になりそのマリーナ何とか?をスマホでググってみる。

「オアッ?!」と俺。

急に身を乗り出し野鳥のような声を発した俺を隣のカップルが驚いた表情で見ている。

俺が今いるのは3棟のビルの屋上に船が乗ったような、シンガポールの象徴的な例のあのビルの屋上である。

ここに来るまで全然気づかなかった。

「お待たせいたしました」と後ろからヨン様。

背の高いグラスを俺に差し出す。

俺はスマホに映し出されているマリーナ何とか?の写真を見せながら

「こんな高級な所に泊めさせてもらっていいんですか?」と慌てふためく。

しかしヨン様は笑いながら

「あなたは我が国のヒーローですから!」と相変わらずの爽やかな笑顔。

自分の身分よりかなり不相応な対応に思い切り恐縮してしまう。


ヨン様から頂いたご当地カクテルの「シンガポール・スリング」を飲みながら超絶な夜景を楽しんでいるとスマホから急に【仁義なき戦いのテーマ】が流れ始める。

妻のミユキからである。

浮かれた心を落ち着かせて電話に出る。

「あんた今どこにいるの?」と電話の向こうからミユキ。

「そんなに遠くじゃないけど今日は帰ることできないから」と平静を装いながら俺。

5000Km以上離れた彼方から見え透いた嘘でごまかす。

「ふーん」とミユキ。

「私、明日の夜ウチにいないからねー」と続ける。

「えっ何で?」と言う俺に向かって

「友達とご飯食べにいくから」と返答。

「カレー作っておくから温めて食べてねー」と言い残し電話が切れた。

夢のようなひと時から、いきなり現実に引き戻された感じである。


翌日、午前7時

ヨン様のモーニングコールで目が覚める。

手早く身支度を整えてビッフェ形式のレストランでお高そうな朝食をとり、昨日同様パクちゃんが迎えに来てくれたとのことなのでロビーへと出る。

ヨン様にお礼を言いパクちゃんの車に乗り込む。

近くのスタバでテイクアウトしたコーヒーをパクちゃんに手渡すと、お返しにドッサリのキャンディをくれた。

30分ほどでチャンギ基地へと到着。

時刻は午前9時を回っている。

ハンガーへと案内されると俺のオバQ号は絶賛修理中。

あと1時間ほどで修理が終わるとの事なのでPXでコーヒーを買い滑走路を眺めながら飲んでいると、そこへテックちゃんとメンちゃんがやってきた。

聞くとこれから二人とも飛行訓練とのこと。

テックちゃんからもらったナッツの小袋をつまみにヨシミツの話で盛り上がっているとハンガーから修理完了との連絡が入った。

シンガポールから日本へ帰るだけなのに何故か宇宙服に着替えて機体に乗り込む。

周りにはおびただしい数の人たちが俺を見送るために集まってきた。

中には俺のいでたちを見て宇宙へ旅立つと思っている人もいるかもしれないが、繰り返すが俺は普通に地球を飛んで日本に帰るだけである。

今生の別れのような盛大なお見送りを受けながら俺は滑走路へと侵入。

途中まで送ってくれるというテックちゃんとメンちゃんと共にチャンギ基地を飛び立った。

大都会のビル群を横目に見ながら俺の宇宙船はどんどん高度を上げていく。

公海上に出たところでテックちゃんとメンちゃんとはここでお別れとなる。

「今度、日本へ遊びに行ってもいいですか?」とテックちゃん。

「シマタニ隊長の基地も見てみたいし・・・」とメンちゃんが続ける。

俺は「ビックリするほどの田舎だけど蕎麦っていうジャパニーズヌードルも美味しいから是非おいでよ!」とキャノピー越しに手を振る。

「それではお気をつけて!」と二人。

機体をひるがえして俺から離れていった。

あとから思い出したのだが俺たちの基地の滑走路はたった200mしかない事を伝え忘れていた。


途中、自衛隊の那覇基地で給油させてもらい、ど田舎の中野基地へ無事到着。

時刻は午後4時を過ぎていた。

出発してから30時間ぶりの帰還である。

駐機場に機体を滑り込ませると、タカシやヨシミツ、シズコやバージル、ナタリーたちがドヤドヤと駆け寄ってくる。

「大丈夫だったのかよ?」と機体から降りた俺に向かってタカシ。

まさかシンガポールで豪遊してきたとも言えず言葉に詰まっていると、

「怖くなかったですか?」と真剣な表情でヨシミツ。

エンマコオロギ作戦では俺と同様に命をかけたヨシミツだが、俺一人だけがその恩恵に預かり国賓級の接待を受けてきたので何だか目を合わせづらい。


ハンガーに入ると他のF-15もバージョンアップのために、あちこちの外鈑が外されている。

シズコの代替機は到着したが、バージルとナタリーは一週間早く着任したため2機のうち1機しか間に合わなかったようである。

したがってナタリーには予備機の無印良品号をあてがう事になっているようである。

届いた機体をよく見るとバージルの機体の垂直尾翼には何とポパイが鎮座している。

バージルはアメリカ海軍所属なので、セーラーマンであるポパイはピッタリだと言われればピッタリである。

ナタリーにあてがう無印良品号もナタリーに合わせてアニメキャラのベティちゃんが描かれカスタマイズされていた。

ナタリーが言うには正式な名前を「ベティ・ブープ」と言うらしい。

シズコの新しい機体にも「キティちゃん」が新たに描かれていた。

こちらは何と信州リンゴバージョンに置き換わっている。

この緊急事態中に「よくこんなものを描いている暇があったなあ」と感心していると

「よし!これで全部だな」とタナカさんの声。

見るとタナカさんの視線の先には俺が投棄したロケットエンジンの代替えも含めて6機分の外部エンジンが全て仕上がっていた。

「明日までに全機体に装着しておくからな」とタナカさん。

普段は結構いい加減だが逆境には意外と頼りになるのである。

スピンネーカー落下まで、あと3日と迫っていた。


その日の夜、自宅へ帰ると案の定ミユキは外出中であり、義父と義母も出かけているようで家にいるのは俺と愛犬のガバチョだけである。

昨日ミユキに言われた通り冷蔵庫にあったカレーを温める。

ガバチョにもエサをやり、テレビを見ながらカレーを食べていると、スピンネーカーが日本付近に落下する可能性があるとマスコミ各局が報じ始めている。

急遽、特集番組に差し替える局も出てきており、にわかに世の中が騒ぎ始めた。


翌日午前8時、基地のハンガー。

全員が緊張の面持ち。

バージルとナタリーには、これが最初の任務だと思うと気の毒で仕方ない。

今回の予定は高度1万5000mまで上昇してマッハ2まで速度を上げたらスクラムジェットエンジンを始動。

その後マッハ15まで速度を上げた後ロケットエンジンに点火して、点火を確認したらすぐにロケットエンジンを停止。

速度をマッハ3まで落としたらスクラムジェットエンジンをジェットエンジンに切り替えてテスト終了という段取りである。

「えっ!そんなテストで大丈夫かよ?」とタカシ。

シズコも「何でマッハ25まで出さないの?」と続ける。

俺は昨日のようなテストをしたら俺のように遥か彼方まで飛んでいってしまい、今日中に戻って来れなくなるからと説明する。

加えてロケットエンジンは俺が昨日のテストで実証済みだからと続ける。

飛行コースは昨日と異なり今日は基地から2500Km先のマリアナ諸島にあるグアム島を往復する。

海軍提督であるバージルの親父さんの計らいで、何とグアムのアンダーセン空軍基地から支援を取り付けることに成功した。

そこで燃料補給させてもらい基地へ帰還するという段取りである。


昨日の俺と同様、全員宇宙服に着替えてゾロゾロと外へ出る。

まるでスペースシャトルに乗る前の飛行士たちの映像そのものである。

離陸はタカシ、シズコ、バージル、ナタリー、ヨシミツ、俺の順である。

機体が2機増えたので、離陸前に渋滞が発生している。

通常は一度に2機しか離陸しないので問題はないが、カタパルト増設などの対策が必要である。


俺が離陸し全員が空に出揃う。

高度1万5000mまで上昇。

マッハ2を超えたところでスクラムジェットエンジンを始動する。

徐々にスピードが上がってくる。

他の5機も順調のようである。

昨日と同じ手順でジェットエンジンを停止し、マッハ15でロケットエンジンに点火。

周りからも次々と「ドカン!」「バン!」「ズドン!」などと爆音が響き渡る。

それと同時に「うおっ!」「ゲッ!」「ヒエー!」などの声が無線越しに聞こえてきた。

一同盛り上がったところで「全機ロケットエンジン停止!」と俺。

それと同時に周りは一瞬で静寂に包まれた。

今回は皆無事にロケットエンジンが停止できたようである。

現在地を確認する。

【北緯8度60分 東経144度54分】

グアム島の南方500Km辺りの海上である。

基地からわずか20分足らずでここに到達するとは恐るべきタナカさんの魔改造である。

全機テストが成功した事を基地に伝え、俺たちはグアム島へと進路を向ける。

「このエンジンすげえな!」と驚愕のタカシ。

「もう嫌ですよこんなの・・・」と落胆のヨシミツ。

「きゃー!面白かったー!」と狂喜乱舞のシズコ。

感想は人それぞれである。

バージルとナタリーは驚き過ぎたのか声がよく聞こえない。


20分ほどでコバルトブルーの海の中に島が見えてきた。

グアム島である。

バージルが無線で着陸許可を取り付けてくれたので、全員無事にアンダーセン空軍基地に着陸。

指定された駐機場へと向かう。

次から次へと魔改造のF-15が滑り込んでくるので、駐機場一帯は大騒ぎになっている。

指定位置に機体を停めキャノピーを開けると

「ワオ!」と俺たちの宇宙服姿を見て一同は驚愕する。

「君たちは何の任務でここへ来たんだ?」とか

俺の機体のオバQを見て

「あの生き物は一体何者なのだ?」などメジャーなシズコやバージル、ナタリーなどのキャラと比べて超マイナーな俺のキャラに一同は猛烈に食いついてくる。

そこへ分け入るように偉い人と思わしき一人の男性が近づいてきた。

「ようこそ!」とその男性。

機体から降りた俺に向かって右手を差し出す。

俺も右手を差し出しガッチリ握手。

この男性はこの基地の指令で名前はジョンというらしい。

ジョン司令に案内されるがままに俺たちは近くの建物へと入っていく。

ミーティングルームのような部屋に入り長テーブルの適当な場所に各々座っていく。

バージルとナタリーはジョン司令とは面識がないようだが、さすが海軍提督の息子であるバージルの事はジョン司令も知っているらしい。

「すごい機体をお持ちですね!」とジョン司令。

外部エンジンをしこたま積んだ俺たちのF-15の事を言っているのだろう。

「まさか今度落ちてくるスピンネーカーでも落とすつもりでは?」と完全ジョークとも受け取れる言い方で続ける。

それを聞いた俺たちは一斉に動きが止まる。

その様子を見て何か勘ぐり出しているジョン司令に

「スピンネーカーの落下地点をアメリカは特定できたんですか?」と聞いてみる。

「極東地域に落下する可能性が高いと言うだけで、それ以上は現段階では不明です」とジョン司令。

そこへ「スカイウォーカーダイジュの皆さん、ちょっといいですか?」と若い整備担当と思わしき男性。

「俺たちのチームの名前は何とかならんのか」と思いながら男性に続いて外へ出る。

駐機所で燃料を補給されているタカシの機体へと案内され

「ここを見て下さい」とその男性。

指し示された主翼の付け根付近を見ると、うっすらと液体が滲み出ているのが見て取れる。

「ここから微量ですが燃料が漏れています」言われ

「えーっ!」と俺たちは一斉に声を上げる。

先回の俺とほぼ同じ場所である。

ヨシミツとバージルの機体からも同様の症状があると言われ、俺は慌てて電話を借りて日本のタナカさんへ連絡を取る。

タナカさんへ機体の症状を説明すると、急遽そちらへ見にいくと言い出して俺は更に大慌て。

慌てる俺を尻目に「行き方を検討して折り返し連絡する」と言い残し電話は切れた。


折り返し電話が入ったのは20分後。

新幹線とグアム直行便の予約が取れたとタナカさん。

「えっ!民間機で来るの?」と慌てて俺。

よく考えたらタナカさんは航空機を操縦できないし、中野基地はF-15しか離発着できない。

「午後6時にはそちらへ到着するから空港へ出迎え頼むわ」とタナカさんは言い残し電話は切れた。


「はぁ?」と一同。

俺の話を聞いて驚いている。

しばらく待機になってしまった事をジョン司令に告げると、宇宙服姿の俺たちの事を気の毒に思ったのか、PXで手頃な服を調達するようにと勧められた。

PXと呼ばれる基地の売店で適当に服を選び始める。

代金はアメリカ軍が出してくれるとの事なので、シズコは大喜びである。

「あれだ!これだ!」と宇宙服姿でナタリーと騒いでいるのを周りの人たちが驚いた顔で見ている。

服と共にお菓子やジュースなども調達しているシズコに向かって俺は一喝するも

「ジョン司令が買っていいって言ったもーん」と屈託がない。

ひと通り選び終えてロッカールームを借りて着替える。

俺は緑系のアロハシャツとオレンジのサーフパンツ。

タカシは胸元に変なプリントがされたTシャツとカーキ色のハーフパンツ。

ヨシミツに至ってはモスグリーンのTシャツに迷彩柄の短パンをはいている。

「まるで有事だな」とヨシミツの姿を見てタカシが笑っているが、今は似たような状況なので俺は素直に笑えなかった。


ちょうど昼時になったので若い女性が食堂へと案内してくれる。

シズコとナタリー達も遅れてやってきた。

シズコは相変わらずのオフスタイルで、今日はサマーバージョンである。

ノースリーブでフレアスカートになったペパーミントグリーンのワンピースがよく似合っている。

ナタリーは紺のTシャツにデニムのショートパンツである。

ブルーのTシャツにグレーのサーフパンツを合わせているバージルと並ぶと、二人はまるでファッション誌のモデルのようである。

手足が長いので、ラフなスタイルでも超キマっている。


食堂はシンガポールと同じビッフェ形式で、こちらはアメリカらしく肉がドーン、野菜がドサっといった感じでダイナミックである。

カウンターの人にスクランブルエッグを頼んだら、ものすごい量を盛り付けられたのでタカシと分け合うことにした。

まさしくアメリカンスタイルである。

長テーブルを陣取り各々トレイを置いて食事を始める。

「今回落下する人口衛星の衝撃が広島型原爆とほぼ同じって言ってたわよね」と声を押し殺してナタリー。

「広島型原爆ってどれくらいの衝撃だったんですか?」とバージル。

どうやらアメリカではさほど原爆についての教育がなされていないようである。

スクランブルエッグを食べながら

「マンハッタンなら2秒で廃墟だな」とタカシ。

「爆心地の人たちは一瞬で蒸発したらしいわよ」とシズコが続ける。

さすが被爆国の教育は充実している。

それを聞いたバージルとナタリーは「うっ・・・」と声にならないうめき声。

「もし東京に落ちた場合の被害はどれくらいなんでしょうね?」と聞いてくるヨシミツに向かって

「もしかしたら100万人規模の犠牲が出るかもな」とシュリンプのフライを口に運びながら俺。

その場は鎮痛な雰囲気となる。

しばらく黙って食事を続けていると若い男性がやってきて

「お時間があるようなら島内観光でもいかがですか?」と俺たちに声をかける。

どうやら暇を持て余している俺たちにジョン司令が気を遣ってくれたらしい。

それを聞いたシズコは「行く!行く!」と満面の笑顔。

それを諭すように

「今はそんな事やってる場合じゃないだろ!」とタカシが口調を荒げる。

そこへ割って入るように

「でもタナカさんが来るまで何もやる事がないですよね」とヨシミツ。

それを聞いて「確かに」と思わず俺。

ヨシミツもたまには的を得た事を言う。

結局、島内観光へ行くことが決まり外へ出る。

アメリカ空軍が何とレンタカーまで手配してくれた。

7人乗りの日産セレナへ皆で乗り込む。

が、運転席へは誰も座ろうとしない。

俺とタカシとヨシミツとシズコは左ハンドルに対して拒絶反応をして、4人でガヤガヤと揉め出した。

それを見かねてたバージルが

「僕が運転しますよ」と申し出てくれたので

4人で「あざーっす!」と笑顔を返した。


シズコの希望で「マイクロネシアモール」というグアムの中では最大規模のショッピングモールへ行ってみたり、恋人がいないヨシミツの希望で恋人岬へ行ったりと俺たちは棚ぼた的なグアムのバカンスを満喫する。

ナタリーのリクエストで「フィッシュアイマリンパーク」で色とりどりの熱帯魚に感激した後、少し疲れたのでタモンビーチにあるホテルのプールサイドで休憩をする。

ビールを飲みたい衝動にかられるが、夜には日本へ帰らなければならないのでグアバジュースで我慢する。

ポニーテールに髪を束ねたシズコがプールサイドでひとり佇んでいるのを見ていたら、山下達郎の「さよなら夏の日」のミュージックビデオが頭をよぎった。

ミユキと出会った頃とオーバーラップして何故か切ない気持ちになる。

感慨深くシズコを見ていたら

「あんな感じでいるとシズコって結構可愛いよな」と横からタカシ。

俺は「喋るとダメなんだけどなー」とそれに続ける。

二人でクスクス笑っていると

「何こっち見て笑ってんのよ!」とシズコ。

プールの水を手ですくって俺たちに浴びせかけた。


日も傾いてきたので空港へ出向いてタナカさんを迎え撃つ事とする。

車を駐車場に預け到着ロビーで待っていると遠くからタナカさんが歩いてくるのが見て取れる。

ポロシャツにゴルフスラックス姿で額には何とサングラスまでかけている。

おまけに右手にはキャリーバッグまで転がしているのを見て

「まるで観光客気取りじゃねえか!」

と思い切り観光してきたタカシに言われてしまったタナカさん。

俺たちを見つけて笑いながら近づいてくる。

普段ほとんど見せることのないくらいの満面の笑みを湛えたタナカさんを車に乗せ、アンダーセン空軍基地へと急ぐ。

基地へ着き早速タナカさんが機体を確認する。

「これは負荷がかかり過ぎたせいだな」と俺たちでも容易に判断できる診断結果のタナカさん。

タナカさんの指示で3機の機体を6人で手分けして応急処置を施す。

1時間程で作業が終わり離陸準備を始めようとすると

「今日は泊まっていかないのか?」とタナカさん。

俺たちは「エッ?」っと固まりタナカさんを見る。

「今から帰ったって到着するのは夜中だから結局朝まで何もやることないだろ?」とタナカさん。

「明日の朝に出れば午前中には基地へ着くから今慌てて帰る意味がない」と続ける。

どうやらこれが満面の笑みの正体のようである。

「それは言えるな」と妙に納得のタカシ。

「お腹空いたからご飯に行きたーい!」とシズコは既に泊まる気満々である。

多数決を取ったら全員一致で今夜はグアムに泊まることになったので、早速基地でホテルを手配してもらい皆で再び車に乗り込んだ。


一路市街地へと車を走らせシズコがググったロブスターとステーキの両方が味わえるというレストランへと立ち寄る。

今回はアメリカ空軍の援助はないので、事の発端のタナカさんが全額支払う事となった。

車を運転しているバージルに詫びを入れて、俺とタカシはビールを注文。

バドライトの瓶でカチンと乾杯し、乾いた喉へ一気に流し込む。

「クー!」っと思わず声が出る俺とタカシ。

隣を見ると何故かヨシミツはジンジャエールを飲んでいる。

「ビールにしないのか?」と聞く俺に向かって

「バージルに悪いから」とヨシミツ。

まるで俺とタカシが悪者のようである。

「変なところでカッコつけやがって!」とタカシ。

不機嫌そうに瓶のバドライトを一気に飲み干した。

その後はロブスターやステーキなどを皆で食べまくり、タナカさんを泣かせたのは言うまでもない。

食事を終えて車に戻る。

「これからどこへ行く?」と未だ遊ぶ気満々のタナカさんに向かって

「疲れたからもう帰ろうよー」とシズコが水を差す。

タナカさんは観光ガイド的な物を取り出し

「グアムと言ったらやっぱりストリップだよな」とひとりつぶやく。

それに反応して思わず「ストリップ!!」と俺とタカシとヨシミツ。

一斉に色めき立つ。

それを見たシズコとナタリーは冷たい視線。

バージルはひとり苦笑している。

結局ホテルへ向かうという残念な結果となり、ホテル近くのスーパーで買い出しをすることになった。

「ずいぶん安いなー」と日本では鮮魚担当のタカシ。

魚の品揃えに感心している。

ここは周囲を海で囲まれた島なので、当然と言えば当然である。

「えっ!これ食べられるの?」とシズコが少し青みがかった魚を見て驚いている。

精肉担当のヨシミツは塊肉のデカさに驚いているし、青果担当の俺は果物の種類の多さに度肝を抜かれた。

ひと通り買い物を終えて外へ出る。

ここも当然タナカさんのおごりである。

トホホ的なタナカさんに向かって「ゴチになりまーす!」と皆で挨拶をしてスーパーを後にした。


ホテルへ着くとすでに午後9時を回っている。

今回のホテルはさすがにオーシャンビューとはならず、少し内陸に入ったシティビューのB級ホテルである。

今は夜で何も見えないし、明日は早く出るので何も問題はない。

俺とタカシの部屋に皆が集まりささやかな宴会となる。

ちなみに他はヨシミツとバージルが相部屋で、当然ながらシズコとナタリーが相部屋である。

事の発端のタナカさんは贅沢にもひとり部屋だが、ホテル代も全額タナカさん持ちなので、誰も文句を言う奴はいない。

買い込んだ缶のバドワイザーをプシュッと開ける。

アメリカは酒税が安いので、ついつい多めに買い込んでしまった。

日本製のスナック菓子やナッツなどをつまみに宴会は大いに盛り上がる。

この時ばかりは明後日に東京へ人工衛星が落ちる事など俺はすっかり忘れていた。


翌日、午前8時、アンダーセン空軍基地へ到着。

離陸予定時間は午前8時だったが全員寝坊してこの有り様である。

悪い予感はしていたが、宴会が盛り上がり過ぎたことが原因である。

タナカさんは当然の事ながら民間機で帰るので、未だホテルでのんびりしていると思う。

急いで離陸準備を始める。

ジョン司令に礼を言い機体に乗り込む。

予定より30分遅れでグアムを離陸し日本を目指す。

飛行時間は3時間ほどで中野基地へ着く予定である。

グアムは民間機でも東京から4時間ほどで行くことができるし、時差も1時間なので比較的近い南国リゾートとして人気がある。

タナカさんも夕方には戻って来れるはずだ。

俺たちは適当に編隊を組んで太平洋上空を飛んでいる。

俺の右側では「バージルって意外と酒強いよなー」とヨシミツ。

それに応えて「ヨシミツは案外スケベなんだな」とバージル。

二人で「ウヒャヒャヒャ!」と笑い合っている。

後ろではナタリーがシズコに向かって

「あのグリーンのワンピース可愛かったわよ!」と言っているし、

シズコは「ナタリーのショートパンツは超セクシーだったわよ!」と、それに応えている。

「からかわないで!」と照れるナタリーとシズコが「キャッ!キャッ!」と結構うるさい。

バージルとナタリーはすっかりメンバーとも馴染んでいるようだ。

俺とタカシはというと、一週間ほど前にタカシのラジコンカーを俺が壁に激突させて壊したことがぶり返し、

「いつになったら直すんだ!?」と口調を荒げるタカシに向かって

「いい年した大人がラジコンくらいで怒るなよ!」と俺は逆ギレ。

俺たち二人は険悪な雰囲気になってしまった。


ほぼ予定通り3時間ちょっとで無事に中野基地に到着。

機体を駐機場へと滑り込ませる。

当然だが、いつも腕組みをして立っているタナカさんはまだいない。

機体を降りてロッカールームへ行き、急いで宇宙服を脱ぐ。

汗だくの体をシャワーで洗い流して外へ出ると、時刻は意外にもまだ午前11時である。

グアムとの時差で1時間こちらの方が遅いのを、すっかり忘れていた。

俺たちのF-15はタナカさんの指示で機体の総点検との事。

他にやる事のない俺たちは、とりあえず店へと歩き出す。

タカシは一人だけママチャリに乗って急いで走って行った。


青果のバックヤードへと入る。

ほぼ4日ぶりの出勤にパートのイシヅカさんから

「あらチーフお久しぶりー」とイヤミとも取れる言い方をされる。

売り場へ出るとサブチーフのカズアキが野菜の発注をしていた。

俺が留守の間の労を労いゴキのところへ出向く。

店長室へ入ると総務課のツヨシがゴキと一緒にいた。

ゴキに任務完了の報告をした後、ツヨシに近況を尋ねる。

どうやら状況は好転していないようである。

相変わらず落下予想地点は東京のままだ。


午後1時、カズアキと交代して食事に入る。

レジでシズコに昼食の会計をしてもらっていると

「こんなので足りるんですかあ?」と俺の昼食を見てシズコ。

今日の俺は、おにぎり1個とサラダだけである。

俺は「昨夜飲み過ぎてちょっと気持ち悪いんだよなー」とシズコに返すと

「いくらビールを買い過ぎたからといって全部飲むこともないでしょ!」と痛いところを突かれた。

「たいちょーはホントお酒には目がないんだから」とシズコの言葉を背中に受けながら食堂へと向かう。

食堂ではヨシミツが嬉しそうにカップラーメンを食べている。

その隣のテーブルでは食事を終えたタカシがテレビを見ている。

テレビではスピンネーカーの落下に備え、政府が緊急事態宣言を発令するかどうかの検討に入っているようである。

全国の航空自衛隊でも各部隊の慌ただしい状況が映し出され、パトリオットミサイルの準備にも入ったようだ。

嬉しそうなヨシミツの前に陣取り、おにぎりをかじり始めると

「パトリオットで撃ち落とせても、破片が広範囲に散らばるだけじゃねえか」とタカシ。

「こっちまで飛んできたら、えらい迷惑ですよね」とラーメンを食べながらヨシミツ。

事態はだんだん表沙汰になってきた。


午後4時

店内は夕方のピークを迎え慌ただしくなっている。

本日はナタリーがオレンジの試食販売をしているので、年配の男衆らがハートマークの目をして群がっている。

反対の惣菜コーナーではバージルがチキン南蛮の試食販売である。

こちらは「ワー!キャ〜」言いながら主婦でごった返している。

それに比べてタカシは刺身の柵の品出しをしているし、ヨシミツは豚肉のパックに値引きシールを貼っている。

華やかなナタリー&バージルと地味なタカシ&ヨシミツが交錯して夕方の時が過ぎていく。


午後6時

タナカさんがやっと帰ってきた。

タナカさんが買ってきたマカダミアナッツチョコを食べながら6人揃って食堂で休憩をする。

するとツヨシから一報が入ったとゴキ。

聞くと落下予想地点の詳細が判明したという。

揃って店長室へ入るなり

「落下予想地点は東京スカイツリーだ」と鎮痛な顔でゴキ。

「えー!」と一斉に俺たち。

店長室は騒然となる。

「23区が全滅じゃねえか!」とタカシ。

「被害予想は?」と聞く俺に向かって

「23区の人口は約1000万人らしいからなあ」とゴキ。

「大方避難できたとしても犠牲者は100万人規模になるかもな」と続ける。

「ちなみにパトリオットで撃ち落とした場合の被害予想は?」と焦りながら俺。

「それもツヨシがシュミレーションしてくれた」とゴキがスマホの画面を覗き込む。

「自衛隊のM901発射機では最大4発のパトリオットが発射できるらしい」とゴキ。

「その4発全てでスピンネーカーを破壊した場合は破片が半径約30Kmの範囲に拡散するという結果が出たそうだ」と渋い顔。

「と、いう事は?」という俺に向かって

「破片の大半が人口密集地に落下するという事だ」と答える。

「だから被害を防ぐには落下軌道を変えるしか方法がない」と語気を強めるゴキ。

「でもパトリオットが発射されたら一巻の終わりだろ?」というタカシに向かって

「そんなものは撃ち落とせばいい!」と後ろから声。

振り向くと先ほどグアムから帰ったばかりのタナカさんが観光帰りバリバリの服装で立っている。

「サイドワインダー4発とスパロー4発の重装備であれば6機全体で48発のミサイルが搭載できる事になる。それに加えて機関砲もあれば4発のパトリオットくらい屁でも無いだろ?」と思い切り短絡的な意見。

「そんな重装備なんかじゃスピード出せないわよ!」と騒ぐシズコと

「メチャクチャ速いミサイルに当てる事なんて無理ですよ!」と焦るヨシミツ。

「相対速度まで考えるとかなり難しいよな」とタカシは渋い顔。

「じゃあ100万人が死んでもいいわけだな?」とタナカさん。

俺たちに睨みをきかす。

「何とかみんなで考えてみようぜ!」俺はその場を取り繕うが、

「パトリオットが撃ち落とせたとしても、その後にスピンネーカーの軌道が変えられなかったら、俺たちすごい責任ですよね」とヨシミツがぽつり。

言われて見ればその通りである。

ヨシミツもたまには膝を打つ事を言う。

それを受けてゴキが

「俺の命と引き換えても責任は全て俺がとる!」とドヤ顔で明言。

ゴキの命ひとつで全ての責任が取れるはずもないのだが

「さすが司令!感動しました!」と急に大声でバージル。

「まさしく日本のサムライね!好きになっちゃうかも?」とナタリーはゴキの手を握っている。

厳しい顔つきだったゴキが一転してデレデレとだらしない顔になってしまったのは言うまでも無い。


その日の夜、午後8時

自宅へ帰り玄関を開けると2日ぶりのガバチョに盛大なお出迎えを受ける。

ガバチョにジャレつかれながらリビングへ入ると、そこには4日ぶりのミユキである。

「あんた久しぶりね」とミユキ。

「片付かないから先にご飯食べてよね」とダイニングテーブルに夕食を並べ出す。

テレビを見やすいように二人横並びでテーブルへと着く。

これがシマタニ家の食事スタイルである。

ビールを飲みながら肉じゃがをほおばる俺に向かって

「明日また私は家にいないからね」とミユキ。

何故だと聞く俺に向かって

「久しぶりにマユミと遊ぶのよねー」と続ける。

マユミとはミユキの同級生で、地元の高校を卒業後、東京の大学へと進学し、そのまま東京の会社へ就職。

そこで職場結婚をして今に至るとの事である。

ちなみにミユキは高校を卒業後、地元の短大へと進学し、その後地元の信用金庫へ就職。

義母が一時体調を崩したのをきっかけに退職して家業の喫茶店を継いだという経緯である。

「で、どこに遊びにいくんだよ?」と聞く俺に向かって

「スカイツリーに行くんだー」とミユキ。

俺は思わず「ブッ!」と飲みかけのビールを吹き出してしまった。

「何してるの!世話が焼けるわねー」とミユキ。

俺の服にこぼれたビールをテーブルふきんで拭き取っている。

「明日、人工衛星が落ちてくるかもしれないんだぞ!」と焦る俺に向かって、

「でもどこへ落ちるかわからないんでしょ?」と言いながら俺の服を拭いたついでにテーブルも拭いている。

「東京にいるマユミもまだ行ったことないって言うから楽しみなのよねー」と笑いながらミユキは春巻きを食べ始める。

テレビでは海外への避難のために主要空港へ搭乗希望客が殺到しているとの報道がされている。

いよいよスピンネーカー落下が現実味を帯びてきた。

それに加えてミユキの件も重なり、俺は相当ヤバいことになっている。


翌日、午前8時、基地のハンガー。

いよいよスピンネーカー落下予想の当日である。

ミユキは俺が止めるのも聞かず、すでに東京へと旅立ってしまった。

政府は日本全国へと緊急事態宣言を発令した。

スピンネーカー落下に備えて地下鉄や地下街、頑丈な建物などに避難するよう国民に呼びかけている。

が、中野市には地下鉄も地下街もない。

タナカさんから装備の説明を受ける。

今回の装備はパトリオットの迎撃に備え、主翼下のパイロンに4発のAIM-9サイドワインダーと、胴体下面のランチャーに4発のAIM-7スパローを装着する。

加えて装弾数が940発のM61A1機関砲と胴体中央のランチャーにはスピンネーカーを引っ張るために開発したミサイルアンカーを装着。

ミサイルアンカーとはチタン製の槍の先端のような部分をカーボンナノチューブを使って機体と連結させ、それをミサイルのように発射させて捕捉対象へ撃ち込むというタナカさん独自の装備である。

タナカさんが持っている直径1cmほどのカーボンナノチューブを見て

「そんな細いので大丈夫なの?」とシズコは驚くが

「この太さでジャンボジェット機を1機牽引できるんだぞ」と自慢げにタナカさん。

「これを3本より合わせてあるから心配するな」と笑いかける。

垂直尾翼外側にはスクラムジェットエンジンと液体燃料ロケットエンジンを各2基装着し、最高速度マッハ30を可能としている。


その後ブリーフィングルームへと移動し、ツヨシから現状の報告を受ける。

「現状では日本時間の午後4時頃にインド洋のスリランカ南方よりスピンネーカーが侵入してくる予想です」とツヨシ。

「その際の高度は約3万mで、その後約4分30秒後に東京スカイツリー付近へ落下する予想です」と続ける。

「インド洋から4分30秒で東京って超ヤバくね?」とタカシ。

「本当に僕たちにできるんですか?」とヨシミツは半泣き状態である。

その後、ツヨシに代わって今回の詳細を俺から説明する。

まずはこれから基地を離陸し、途中で自衛隊の那覇基地での燃料補給を経由して約4時間かけてシンガポールのチャンギ基地へと向かう。

そこで再度補給を行い、現地時間の午後2時にチャンギ基地を離陸して1時間後の午後3時頃にマレーシア東海上の高度2万mでスピンネーカーを捕捉するという予定である。

捕捉後はパトリオットの動向を見ながらしばらく監視を続け、高度1万5000mへ到達するまでに全機ミサイルアンカーを撃ち込み、その後90秒間にわたり方位158度へ向けてスピンネーカーを引っ張り続けるという手順である。

スピンネーカーの軌道は中野基地でツヨシが逐一監視し、落下予定地点を100Kmずらした時点でツヨシからの連絡を受けてスピンネーカーから全機離脱するという手筈だ。

「離脱した時の高度はどれくらいになってるの?」とシズコ。

「状況にもよるが予定では1万mから5000mの間だ」と俺。

「5000mを下回ると地表に激突するリスクが格段に高くなるから注意しろ」と続ける。

「5000mもあるのに何で?」と驚くヨシミツに

「なにせマッハ25だからな」とタカシ。

「地面にぶつかろうが海面にぶつかろうが痛いと思う間もなくあの世へ行けるから心配するな」とヨシミツを脅している。


俺に代わり基地司令のゴキが訓示を述べる。

「今回の作戦名は”ウェルカムバック作戦”だ」とゴキ。

ウェルカムバックとは”お帰りなさい”という意味である。

「日常の当たり前の如く、家族が無事に家に帰れるようにとの思いを込めた」とゴキが続ける。

俺は東京へ行ったミユキとも重なり、妙に心に響く。

「お前たちにも無事に帰ってきて欲しいからウェルカムバックなんだ!」と俺たちに向かってゴキ。

少し涙ぐんでいる。

それを見たヨシミツが「うっしゃー!」と急にデカい声。

こちらもゴキ同様ウルウルである。

「おいおい!ヨシミツにスイッチが入ったぞ!」とタカシ。

それを聞いて「私はスイッチじゃなくボタンだけどね!」と相変わらず的外れなシズコ。

バージルとナタリーは先程までの不安な表情とは打って変わり精悍な顔つきになっている。

「意図せぬ事で人類に嫌われてしまったスピンネーカーに対してもウェルカムバックという思いは俺の中にはある」とゴキ。

「宇宙の長旅からやっと帰ってきたと思ったらブーイングの嵐って、ちょっと可哀想ですよね」と、それを聞いてバージル。

「別にスピンネーカーが悪いわけじゃなく、コントロールできなくなった人間が悪いのにね」とナタリーが続ける。

「スピンネーカーに対しても敬意を表して任務に当たって欲しい」と最後にゴキ。

俺は「なんか今日カッコよくない?」とゴキを茶化す。

それを聞いて「そっ!そうか?」と照れるゴキ。

「実は昨夜遅くまで考えていたんだ」とあっけなく暴露する。

「そんな事で夜更かししたのかよ!」と呆れるタカシ。

一同は大爆笑となる。

一瞬で俺たちは和やかな雰囲気になった。


ブリーフィングが終わり、宇宙服に着替えて各自機体へと乗り込む。

カタパルトへ向かう俺たちに向かって整備隊や管理隊のスタッフが手を振って見送ってくれている。

俺たちは軍隊ではないので、敬礼する者などは誰もいない。

全員がカタパルトで射出されて空に出揃った。

ブルーインパルスのようにカッコ良く編隊を組んで飛んでみたいのだが、疲れるので各機適当に距離をとりながらまずは沖縄の那覇基地へと向かう。


1時間ほどで那覇基地へ到着。

駐機場に続々と現れる俺たちの魔改造F-15に周囲は騒然としている。

俺がシンガポール帰りに寄った際は、ちょうどスクランブルと重なったために割と密かにスルーできたのだが、今回は全てのパイロットたちがいるようである。

機体から降りるとアレやコレやの質問攻め。

「これで落ちてくる人工衛星でも撃ち落とすつもりなのー?」と冗談混じりで自衛隊パイロット。半分俺たちを馬鹿にしているようである。

俺はこれからまさしくそれをするとも言えず

「これから国際宇宙ステーションへ行くんですよ」と煙に巻いてやる。

宇宙服姿の俺を見て「えっ!そうなの?」とマジで捉えているのがなんだか物悲しい。

皆で集まりワイワイしている俺たちの所へ、管理職であろう超真面目そうな若者がやってきた。

「3等空尉のカトウと申しますが隊長はどなたでしょうか?」とその真面目君。

俺は「私が隊長のシマタニです」と自己紹介。

「今日はお手数をおかけします」と頭を下げる。

「隊長の階級は何でしょうか?」と急に唐突な質問をされて言葉に詰まっていると

「俺は鮮魚のチーフです!」と横からタカシ。

後ろからは「俺は精肉のサブチーフ!」とヨシミツ。

それに追い討ちをかけるように

「私はチェッカーのサブチーフでぇーす!」とシズコ。

ナタリーは「私たちはマネキンよね!」とバージルと目を合わせている。

カトウ真面目君は目をパチクリ。

俺は「私は青果のチーフです!」と答え、カトウ真面目君の息の根を止めた。


カトウ真面目君に案内され、建物内でしばしの休息。

さすが10月と言えど沖縄はまだ暑い。

宇宙服姿の俺たちはなおさらである。

トイレに行ったヨシミツがなかなか戻ってこないので見に行ってみると、用を足す際に宇宙服を脱いだらひとりで着る事ができなくなって焦っていた。

ヨシミツのせいで10分遅れで那覇基地を離陸。

一路シンガポールへと向かう。

途中ヨシミツが「そういえば隊長、この前シンガポールで何やって遊んでたんですか?」と俺が遊んできたと勝手に決めつけて聞いてくる。

シンガポールの事は何ひとつ話していないのだが恐るべき神通力である。

シンガポールのチャンギ基地にずっといたと嘘を言ってみるが、そんなはずはないとシズコにまくしたてられた。

結局、テックちゃんとメンちゃんがヨシミツに会いたがっていたぞと適当にごまかして、何とかその場を切り抜けた。

3時間ほどでシンガポールのチャンギ基地に到着。

駐機場に機体を停めるとワン指令が直々に出迎えてくれた。

「またお世話になります」と俺。ワン司令に軽く会釈する。

すると「スピンネーカーが東京に落ちるとは本当ですか?」と唐突にワン指令が尋ねてくる。

どうやらここではすでに俺たちの情報が出回っているようである。

「ウチの優秀なオペレーターが算出した軌道なので信頼性が高いかと」と俺。

「そんな優秀なオペレーターなら我が軍にも是非欲しいですな」と微笑みながらワン指令。

そこへ次々タカシとヨシミツ、シズコに続いてバージルとナタリーがやってきた。

それぞれワン指令と握手する。

キャピキャピ感満載のシズコにはワン司令は少し引いていた。

ワン指令に促されて建物内へと入っていく。

心地よくクーラーが効いている部屋に案内された。

相変わらずの快適空間である。

赤道直下での宇宙服はさすがにキツイので、俺たちは宇宙服を脱ぎ始めた。

そこへテックちゃんとメンちゃんが現れる。

思わず「おー!」と俺。

テックちゃんとメンちゃんは俺とは先日会ったばかりなので「ウィッス!」と軽く挨拶。

早速ヨシミツを紹介すると「おー!」「えー!」「マジー!?」と3人は大はしゃぎ。

お互い抱き合いながらぴょんぴょんと飛び跳ねている。

テックちゃんとメンちゃんにはお土産の信州そばを手渡した。

酒好きのワン司令には地元の吟醸酒を先ほどプレゼントしてある。

「この前、楽しかったですよねー」と急にメンちゃんが語り出す。

俺は「えっ!あっ!ちょっと!」と大慌て。

結局、先日のシンガポールでの豪遊がすっかり皆にバレてしまった。

「お前だけいいよなー」とふて腐れるタカシに

「やっぱりそうだと思ってましたよ」と見透かしたようにヨシミツ。

シズコに至っては「お土産何もなかったしー!」と思い切り俺を睨んでいる。

仕方がないので全員にランチを好きなだけご馳走するということでとりあえず和解が成立した。

こんな事もあろうかと現金を持ってきて正解であった。

現地時間ではちょうど昼時なので、皆で食堂へ向かう事とする。

食堂へ行く道すがらヨシミツはテックちゃんから彼女の写真を見せられて

「可愛いーじゃん!」「うらやましいじゃん!」と”じゃん”を連発しているし、シズコはメンちゃんに信州そばの美味しい茹で方を指南している。

食堂に入り、俺は先日食べて気に入ったチキンライスを再びチョイスする。

タカシも釣られて同じものを注文した。

エスニック料理に詳しいシズコはエビやイカが入ったホッケンミーというシンガポール流の焼きそばを注文している。

旅先ではやはり、現地でしか味わえないものがお勧めである。

しかしどこへ出かけても吉野家やガストくらいにしか入らないヨシミツは、ここに来てもハンバーグを注文している。

バージルとナタリーはそれぞれミックスグリルとチキンソテーをチョイスした。

食事をしていると地元テレビ局のCNAが日本国内にスピンネーカーが落下すると報じている。

いよいよ緊張が高まってきた。


食事を終えて外に出る。天候は晴れ、気温31度、湿度65%

典型的な熱帯雨林気候である。

シズコがナタリーが乗っている元は予備機であった無印良品号の機体をしきりに気にしている。

以前からシズコが言うには何となく反応がおかしいとの事。

それを受けて昨日俺とタナカさんとでナタリーに聞き取り調査をしてみたが、ナタリーには全く不具合は感じられないと言う。

心配ではあるが一応注意を払っておく事にする。


大勢に見送られ予定通り現地時間の午後2時にチャンギ基地を離陸した。

風速は3m/s、気圧は1007hpaと特に何も問題はない。

スピンネーカーを捕捉するマレーシア東海上の高度2万mへ向けて俺たちは徐々に高度を上げていく。

「僕も隊長みたいにマリーナベイ・サンズに泊まってみたかったなあ」と急にヨシミツ。

「あっ!それ私も思ってた!」と続いてシズコ。

これからヤバい作戦へと向かう緊張感があまり感じられない。

「高級ホテルにひとりで泊まるって何か怪しいよな」とタカシが火種を作ると

「美女に手厚い接待を受けてたかもね」とナタリーがそれに油を注いだ。

それを受けて「あそこはひとりでも十分遊べますよ!スパも充実しているしカジノもあるし」

とバージルは微妙なフォロー。

しばらくの間「そこで何を食べた?」のやら「サウナは混浴なのか?」やら「バスローブ着てブランデーでも傾けてたんだろ?」など俺に対しての誘導尋問が続いた。


チャンギ基地を離陸して40分後

予定通りスピンネーカーが軌道を離れて大気圏に再突入し始めたとツヨシから連絡が入る。

それに続けて「東京付近への衝突の恐れありと政府より正式に発表がありました」とツヨシ。

俺たちの緊張が高まる。

「東京は現在パニック状態になっているぞ!」とゴキ。

俺は東京にいるミユキの事が気がかりだが、今はそれを考えている余裕はない。

「全国のパトリオットが迎撃体制に入ったようです!」と叫ぶツヨシ。

更に緊張が高まる。


それから20分後、まもなく高度2万mへ到達するというところでツヨシから

「スピンネーカーが高度3万mまで降りてきました。まもなくインド南方を通過します」との連絡を受けスクラムジェットエンジンの始動を開始する。

レーダーを見るが、まだそれらしき飛翔体は確認できない。

6機全機の始動を確認後、最大出力で日本へと機首を向ける。

20秒後、スピンネーカーらしき飛翔体がレーダーに飛び込んでくる。

それと同時にロケットエンジンに点火。

爆音を立てながら、みるみる速度が上がっていく。

そして徐々に後ろから飛翔体が近づいてくる。

あっという間にそれは俺たちを追い抜いていった。

「あれがスピンネーカーか」とタカシ。

「意外と小さいなあ」と続けてシズコ。

スピードを上げ続ける俺たちは徐々にスピンネーカーへと近づいていく。

少しずつ外観がはっきりと見え始めてきた。

銀色の外板に所々黒く焦げた跡があり、大きさは大型バス程度であろうか。

高度1万7000mでツヨシにパトリオットの動向を確認。

特に動きはないとの事なので全機に対してミサイルアンカーの打ち込みを指示する。

速度はマッハ26まで上がっている。

ナタリーが「おかえりー!」と言いながらスピンネーカーへと近づいていく。

距離が200mくらいまで接近したところで

「ちょっと痛いけどゴメンねー」と言いながらミサイルアンカーを発射。

見事命中。

続けてヨシミツも発射。

こちらも難なく命中した。

シズコが接近して発射体制に入った時

「与那国島よりパトリオットが発射されました!」ツヨシから無線。

「何だと!」と俺。

レーダーを確認すると前方下方より、こちらへ接近する飛翔体が見て取れる。

「タカシ!シズコ!バージル!迎撃するぞ!」と俺。

「ヨシミツとナタリーは方位158度へ向かって牽引を始めてくれ!」と続ける。

瞬く間に中距離ミサイルの射程にパトリオットが飛び込んでくる。

と同時に4機から一斉にAIM-7スパローを発射。

「どうだ・・・?」と目を凝らしてつぶやく。

遠くで閃光を確認。

「よし!」と言いかけた瞬間

「1基撃ち損ねた!」とタカシ。

見るとパトリオットが1発突っ込んでくる。

「ヤバい!ヤバい!」とシズコ。

残ったAIM-9サイドワインダーで応戦するもAIM-9は熱源追尾ミサイルなので、前方からの攻撃にはすこぶる弱い。

案の定、全てかわされる。

「マジでやべえ!」とタカシ。

4機で機関砲を撃ちまくる。

「もうダメか!」と思った瞬間、スピンネーカーに着弾寸前でタカシがパトリオットを仕留めた。

「あぶねー!」とタカシ。

「さすがハギワラさん!」と感嘆のシズコ。

そこに「急いで下さい!予定より10秒遅れてます!」とツヨシ。

慌ててスピンネーカーへと戻る。

ヨシミツとナタリーが牽引し始めているが、さすが2機ではどうにもならないようである。

残る4機が次々とミサイルアンカーを発射。

難なく命中。

ヨシミツ、ナタリーと共に引っ張り始める。

が、びくとも動かない。

「えっ?何で?」とヨシミツが言いかけた時

「宮崎県の新田原基地よりパトリオットが発射されました!」とツヨシ。

「マジかよ!」と思わず俺。

「何やってくれるんだよ!」と怒りのタカシ。

シズコも「どうして邪魔ばっかりするのよ!」と怒りを隠せない。

「せっかくここまで来たのに」と落胆のヨシミツが絶望の俺たちに拍車をかける。

第一波のパトリオットが撃墜されたので第二波を発射するのも当然である。

自衛隊としては威信をかけた対応なのだろう。

俺たちとしてはスピンネーカーから離脱する事はできないし、かと言ってこのままではスピンネーカー共々、全員木っ端みじんである。

仕方なく全機離脱の指示を出そうとした時、前方にパッと光る閃光が見てとれた。

そこへ「パトリオットが消滅しました!」と大声でバージル。

レーダーを確認すると先程までの飛翔体が見事消えている。

「えーっ!」と半分混乱していると

「皆さんお久しぶり!ハワードです!」と急に無線に割り込んでくる。

「ハワード艦長!?」と一斉に俺たち。混乱に拍車がかかる。

「邪魔物は我々が引き受けるので君たちは任務に集中して下さい!」とハワード艦長。

何が起きたのか俺にはさっぱりわからない。

聞くところによると、ハワード艦長率いる空母打撃群が現在東シナ海に展開中との事。

バージルから話を聞いた海軍提督の親父さんの密命で、俺たちの行動を隠密に援護し監視していたという。

先ほどのパトリオットも空母打撃群のミサイル巡洋艦が撃ち落としたらしい。

「隠密って時代劇みたいでカッコいいじゃないですか!」とヨシミツ。

普段なら当然突っ込む所だが、今はそんな時間はない。

「ありがとうございます!」とハワード艦長に向かってありきたりのお礼。

タカシは「バージルやるじゃねえか!」とお手柄のバージルをねぎらっている。

「時間が20秒オーバーしてます!急いで!」というツヨシの声で我にかえる。

高度はすでに1万5000mを下回っている。

「全機全推力!」と俺。

しかしスピンネーカーは一向に動かない。

「何で動かねえんだよ!」とタカシ。

「何で?何で?」と動揺してシズコ。

ヨシミツに至っては

「最初から無理だったんじゃないですか?」と半分あきらめの境地である。

それを聞いて俺は

「この作戦名はウェルカムバック作戦だったろ?」と皆に向かって問いかける。

「この事案で誰ひとり死なせる事なく、無事に家族の元へ帰してやらないか?」と続ける。

そして「何としてもこの場を切り抜けねばならないから協力してくれ!」と皆に頼み込む。

するとタカシが「これって”おかえりなさい作戦”だったんだな」とポツリ。

そのひと言で皆に火がついた。

「うっしゃー!」と先ほどとは打って変わってヨシミツ。

「動けー!」と絶叫のシズコに「うぉぉぉぉー!」と雄叫びのバージル。

ナタリーは「お願い!動いてー!」とこんな時でも女性らしい。

皆の思いが通じたのか少しずつスピンネーカーの軌道が変わり始めた。

「おい!やったぜ!」と歓喜のタカシ。

だが喜ぶのはまだ早い。

高度は1万3000mを切り、地表までは2分となった。

俺たちは自衛隊のパトリオットまでも撃ち落としてしまったので、もう後がない。

失敗したらそれこそ大惨事であるし、俺たちの責任もまさしく、えらいこっちゃである。

不謹慎だが阿波踊りのお囃子が一瞬脳内を通過した。

俺の左斜め前方にはナタリーとヨシミツ、そしてタカシの機体が飛んでいる。

3機とも外部のロケットエンジンから猛烈な炎を吹き出し、非常にシュールな光景である。

シズコとバージルは俺より後ろにいるようだが、振り向いて確認する余裕はない。

「30%ほど軌道修正できました!」とツヨシ。

もの凄い爆音と振動の中で逐一報告を確認する。

高度は9000mを下回ろうとしている。

初めての雲を通過すると日本列島が眼下に迫ってきた。

「間に合いますかねえ?」と少しテンションが落ちたヨシミツに対して

「やるしかねえだろ!」とタカシがゲキを飛ばす。

そこへ「軌道修正50%に達しました!」とツヨシ。

高度は8000mに到達し、大気の密度が徐々に増えてきたがスピンネーカーはなかなか速度を落としてくれない。

高度がまもなく5000mになろうかの時

「軌道修正80%です!」とツヨシからの連絡。

それを受けて「全機離脱準備!」と俺は指示。

自らもミサイルアンカーのセーフティロックを解除する。

とりあえず東京への直撃は回避できたが、まだ予断を許さない。

進行方向からは海面が徐々に迫ってくる。

離脱高度が予定の5000mを大幅に下回るので、今度は俺たちがデンジャラスになってきた。

「軌道修正90%!」とツヨシ。

高度は4200mに迫っている。

通常ではビビるような高度ではないのだが、なにせ今はマッハ25である。

接近してくる海面の速さが半端ではない。

そこへ「100%達成です!」とツヨシの声。

それと同時に「全機離脱!」と叫ぶ俺。

高度は3500m、海面激突まで30秒である。

ミサイルアンカーを分離し機体を上昇に転じさせる。

スピンネーカーが徐々に離れていく。

すると「メーデー!メーデー!」とナタリーの声。

「ミサイルアンカーが分離できない!」と叫んでいる。

見るとナタリーの機体がスピンネーカーに引っ張られ、機体のコントロールを失いかけている。

「ヤバい!」と俺。

慌ててナタリーの機体を追い始める。

ミサイルは全て使い果たしているので機関砲をスピンネーカーに撃ち込んでミサイルアンカーの分離を試みる。

しかし残弾数が僅かだったので数秒で弾切れとなってしまった。

タカシも既に弾切れである。

そこへ横からヨシミツが登場。

ヨシミツはパトリオットを迎撃していないので武装はまだ満載である。

スピンネーカーに狙いを定める。

「頼むぞ!ヨシミツ!」と俺。

ヨシミツがミサイル発射!・・・スピンネーカーに命中するもミサイルアンカーは分離しない。

「急げ!急げ!」とタカシが猛烈に焦っている。

2発目・・・

命中!ミサイルアンカーが破片と共に見事分離した。

その瞬間、ナタリーの機体はスピンネーカーから解き放たれ、ナタリーの悲鳴と共に俺たちの後ろへ勢いよく吹き飛んでいった。

素早く「機首起こせ!!」と俺。

と同時に操縦桿を目一杯引く。

高度は2000m、海面衝突まで15秒と迫っている。

速度が速いので機体の反応がすこぶる悪い。

「ロケットエンジンを投棄しろ!」と無線で指示を出しながら投棄スイッチを操作する。

「ガン!」という音と共にロケットエンジンが機体から分離した。

タカシとヨシミツの機体からも分離したのが見て取れる。

シズコとバージル、そしてナタリーの機体は視界には入っていない。

機体が軽くなったせいか反応が幾分良くなった。

機体が激しく軋んでいるのがわかる。

凄まじい空気抵抗とGで機体が空中分解しそうだが、今はそれどころではない。

激しいGで目の前も暗くなっていく。

大きなGがかかる事により心臓より上にある脳に血液が供給できなくなるブラックアウトという症状である。

最悪の場合は完全に視野を失ってしまう。

今がまさしくそうである。

だんだん視力が奪われていくと同時に目前に海面が迫ってくる。

覚悟を決める。

「落ちた・・・」

「???」

「いや、落ちてない」

うっすらと視力が回復する。

眼前には真っ青な海。

機体が上昇に転じている。

高度はわずか300m。

「助かった!」と思わず俺。

皆の安否を確認するため周りを見渡す。

「うぉぉぉー!生き残ったぜ!」と絶叫のタカシ。

「今回はさすがに死ぬかと思いましたよ」と疲労困憊のヨシミツ。

二人とも俺の前を飛んでいる。

残る3人の安否を確認するため無線で問いかけると、

「不死身のシズコちゃん!ここに参上!」と、こんな時でもシズコはおどけている。

まさしくシズコは不死身である。

バージルは「特攻野郎Aチームでも、ここまでやらないですよ」とトホホ的な状況。

シズコとバージルの安否が確認できたがナタリーからの返答がない。

再度無線で問いかける。

すると「何とか無事よー!ありがとー!」とナタリーからの無線。

コントロールを失った機体を立て直すのにしばらく手間取っていたらしい。

全員の無事を確認し安堵する。

ナタリーからはスピンネーカーから離れた後にミサイルアンカーが投棄できたとの事。

それを聞いて「メチャクチャ反応が悪いじゃない!」とシズコが怒っている。

シズコの指摘通り悪い予感が当たってしまったが、大事に至らず何よりである。

しばらくしてバージルが「俺たち正式なメンバーになれそうですか?」と問いかけると

「まあ及第点だな」とタカシ。

結構手厳しい。

俺は「タカシのお墨付きが出たから合格だよ!」とフォローすると

「イエーい!やったねー!」とシズコ。

「これでずいぶん賑やかになりますよね」と続けてヨシミツ。

二人の加入を歓迎しているようである。

ナタリーは「でもスゴいチームに入っちゃったなーって感じ」と正直ともとれる感想を漏らしている。

基地へ戻るため進路を変更する。

帰路は東京上空を飛行するルートとなる。

「今回はヨシミツが大活躍だったな」とタカシが珍しくヨシミツを褒めている。

それを聞いてヨシミツは「えっ!あっ!あのー」とメチャクチャ照れている。

ナタリーにヨシミツがミサイルアンカーを分離させた事を告げると

「ありがとうヨシミツ、お礼に今度二人でお食事でもどう?」と妖艶な言い方でナタリー。

ヨシミツは「えー!はぁー?おー?」とぶっ壊れる寸前である。

タカシが「なんかこの二人、いい感じになってるじゃねえか!」とはやし立てていると、そこへ基地より無線が入る。

「戻ったら祝勝会やるからな、気をつけて帰ってこいよ!お疲れさん!」とゴキ。

そして「お前たちのおかげで東京は救われたよ。ありがとう!」とゴキが続ける。

そんなゴキの言葉を感慨深く聞いていると、

「宴会用にマグロの刺身をもらったからタカシあとは頼むわ」と手のひら返しのゴキ。

それを聞いて「今月の利益目標がヤベえじゃねえか!」とタカシが慌てる。

俺たちは大爆笑。

タカシの機体を見ながら笑っていると

「トマトとレタスももらったからテツヤも頼むわ」とゴキ。

思わず「そりゃないぜ!」と俺。

更に笑いが巻き起こる。

東京上空を通過する。

ミユキがいたかもしれない・・・

いや、まだいるかもしれないスカイツリーが黄昏時にシルエットで浮かび上がっている。

中野基地へ向かって旋回を始める。

バージルとナタリーの機体が夕日を反射してオレンジ色に光り輝いていた。

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