9.ニューフェイス
「ちょっとあんた!」とおばさんの声。
きゅうりを売場に並べている俺に向かって、大根片手に何か叫んでいる。
とりあえず、おばさんのそばに駆け寄る。
話を聞くと、大根に傷が付いているから、安くしろと言うことらしい。
この手のいちゃもんは、さほど珍しくはない。
なかには自分で傷を付けておいてから値切ろうとする、タチの悪い客もいるので少々厄介である。
大根おばさんに頭を下げ、値引きの件はやんわりと断る。
このような苦情で、いちいち値引いていたら、それこそキリがないからである。
代わりに大きめの大根を選んでやると、
「もう、いらないわよ!」とふてくされた言い方でおばさん。
大根を置いてさっさと向こうへ歩いていった。
日も傾きかけた夕方の4時過ぎ、スーパーダイジュの店内は所々混み始めている。
鮮魚売場ではアジの開きを仕入れ過ぎたのか、タカシが必死になって売り込みをかけている。
ヨシミツとシズコは防衛省の依頼で1時間程前に基地を飛び立ち、まだ帰ってきていない。
大丈夫だとは思うが、そろそろ心配になってきた。
一旦バックヤードに戻り、基地の管制室へ連絡をとる。
と、そこへ「テツヤ大変だ!」とゴキの声。
毎度のごとく慌てふためきながら、バックヤードへと駆け込んで来る。
また、お客からの苦情でもあったのかと思い、手に持った受話器を戻しながら軽く苦笑いをする。
だが何か様子が変である。
ゴキは肩で大きく息をしながら
「シ…シズコが…!」とただならぬ表情。
ビックリしてゴキのそばに駆け寄り、事態を問い詰める。
ゴキは口をパクパクさせながら
「シズコが…、やられた」とひと言ポツリ。
急いでバックヤードを飛び出し、基地へ向かって走りだす。
タカシも話を聞いたのかママチャリにまたがり、猛烈なスピードで後ろから追いかけてくる。
俺に追いついたタカシの荷台へ慌てて飛び乗り、ガタガタ道をバウンドしながら突っ走る。
「シズコがやられたって本当かよ!」とママチャリをこぎながらタカシ。
長靴にエプロン姿のまま俺を振り返って叫んでいる。
俺はジャンバー姿に作業ズボンのまま、
「まだ、詳しい事はわかっていない!とにかく管制室へ急ごう!」とタカシに向かって言葉を返す。
基地に到着しママチャリを乗り捨て、管制塔へと駆け上がっていく。
管制室に入ると、思ったよりかなり重苦しい雰囲気。
みんな沈痛な面持ちでヨシミツからの無線に聞き入っている。
「ヨシミツ!状況を詳しく報告しろ!」と無線機に向かって俺。
みんなの間に割って入る。
無線の向こうから「隊長!今世紀最大のピンチです!」とデカイ声でヨシミツ。
このような状況で、ふざけているのか真面目なのか、よくわからないヤツである。
ヨシミツは更に「シズコが被弾し、エンジンから出火しています!飛行も全く安定していません!」と俺に向かって報告を続ける。
とりあえずシズコの無事を確認し、一旦はホッとする。
だが、予断を許さない状況に変わりはない。
「ヨシミツ!現在位置は?!」と額の汗を手で拭いながら俺。
「中野基地の南南東50Km付近です!」とヨシミツの声。
「ゲッ!すぐそばまで来てるじゃねえか!」と隣にいるタカシが慌てている。
窓の外を見る。
二人の機影はまだ確認できない。
着陸用滑走路には大勢のグランドクルーと消防車が3台、待機し始めている。
「どうしてここまで帰ってきたんだ!途中で緊急着陸できる所がなかったのかよ!」
と無線機に向かって怒鳴りながら俺。
それを聞いたシズコが
「今はそんな事で怒ってる場合じゃないでしょ!」と俺を一喝する。
当たっているだけに何も言えない。
思ったより元気そうなシズコに負傷の有無を確認する。
「体は大丈夫だけど機体がダメみたい。基地までたどり着けないかも…」と珍しく弱気な声でシズコ。
俺の中で悪い予感がにわかに漂い始める。
地図を広げ、二人の位置を確認する。
右へ進路を変えれば人里の少ない山岳地帯へとシズコを誘導できる。
そこで脱出させたらどうかとタカシに向かって相談してみる。
タカシは腕組みしながら
「それしか方法がないだろうな。基地への帰還には市街地の上を飛ばなければならないし…」と冷静な意見。
早速シズコに連絡し、山岳地帯へ進路を変えるよう指示を出す。
すると「えーっ!どうしてですかー?!」とヨシミツが不満げな声。
「せっかくここまで帰ってきたのにー!」と無線の間に割り込んでくる。
俺は時間がないのにも関わらず現状を細かく説明し、物わかりの悪いヨシミツを納得させようとする。
だが、頑固なヨシミツは言うことを聞かない。
挙げ句の果てはシズコに向かって何とか基地へ着陸するよう、急き立てている始末である。
ヨシミツはエンマコオロギ作戦以来、自信過剰ぎみになっている所がある。
俺の親心作戦が裏目に出た感じだ。
そんなヨシミツとゴチャゴチャ言い合いをしていると、いつの間にやら山の向こうに2機の機影が見え始める。
もうここまで来たら山岳地帯へ進路を変える事など、到底不可能となってしまった。
「あの大バカ野郎が…!」と眉毛をつりあげながらタカシ。
無線の向こうにいるヨシミツに、怒り心頭の様子である。
双眼鏡を目にあて、二人の機体を確認する。
見ると一機からは、おびただしい程の黒煙が噴き出している。
飛行姿勢もフラフラとして、今にも墜落しそうな感じだ。
急いでヨシミツに向かい、先に着陸するよう指示を出す。
シズコを先に着陸させて滑走路をふさぐような事になれば、それこそ降りる場所がなくなるからだ。
グランドクルーの動きが慌ただしくなる。
ヨシミツはスピードを上げ、大急ぎでこちらへと向かってくる。
ランディングギアと着艦フックを下ろし、着陸体制に入り始めた。
グランドクルーも受け入れ準備を完了し、あとはヨシミツの着陸を待つばかりである。
俺の隣では「一発で決めろよ…」とエプロン姿のタカシが一人つぶやいている。
ヨシミツが着陸に失敗し、やり直しとなれば、それこそシズコの着陸に間に合わなくなるからだ。
注目のヨシミツはエアーブレーキをかけながら、どんどん高度を落としてくる。
だが、少しスピードが速いようだ。
急いでこちらへ向かったせいか、このままでは着陸の失敗は必至である。
思い余ったタカシが
「機首を大きく上げろ!」とヨシミツに向かって叫んでいる。
その声に反応したのかヨシミツの機体が大きく天を仰ぎ始める。
と、同時に機体の空気抵抗が増大し、速度が見る見るうちに落ちていく。
だが、あまり調子にのり過ぎると、それこそ機体が失速し、墜落の原因になるので要注意である。
ヨシミツは失速を防ぐため、速度の落ちた機体を瞬時に水平へと戻し、着陸に向けて姿勢を安定させる。
「あいつ、腕を上げやがったな…」とニンマリしながらタカシ。
ヨシミツの機体を眺めながらご満悦の様子である。
ヨシミツは最近、タカシからの集中特訓を休日返上で受けている。
着陸がなかなか安定しないのを、タカシが見るに見兼ねたからだ。
そのおかげか着陸時の機首上げ減速など、今までできなかった技ができるようになっている。
人間誰でもがんばれば、何かしら成果が出るという事を、ヨシミツ自らが証明しているようだ。
安定した姿勢のままヨシミツは、グランドクルーの待つ滑走路へと滑り込んでくる。
ランディングギアを地面に落とし、着艦フックを手前から3本目のワイヤーへ見事引っ掛けた。
瞬く間に機体は急停止し、グランドクルーから歓声が沸き起こる。
タカシやシズコが同じような事をやっても、大して盛り上がりに欠けるのだが、ヨシミツだけは何故か別格のようである。
まるで月から帰ってきた宇宙飛行士を出迎えるかのような盛況ぶりだ。
ヨシミツ飛行士の生還騒ぎも程々に、グランドクルーはシズコの受け入れ準備で再び慌ただしくなる。
シズコはもう市街地に入りかけているようだ。
飛行姿勢は相変わらず安定せず、まるで強風の中を翔んでいる蝶のようである。
「ヤバイぞ、これは…」と唇を噛みながらタカシ。
双眼鏡を使ってシズコの機体を食い入るように見つめている。
あの様子では、いつ墜落しても全く不思議ではない状況と言えるだろう。
万が一、市街地へ墜落しようものなら、それこそ大惨事である。
市内至る所に設置してある街頭スピーカーから突然、緊急時のサイレンが鳴り響きだす。
それと同時に市民に注意を呼び掛ける放送が街中に流れ始めた。
いよいよシズコが市街地へと突入してくる。
と、その時、シズコの機体からオレンジ色の火柱が噴き上がった。
「うわっ!」と声を揃えて俺たち。
管制室の窓へ身を乗り出す。
シズコはガクンと高度を落とし、そばにある鉄塔と接触しそうになる。
「シズコ!しっかりしろ!」と大慌てで俺。
無線機に向かって怒鳴りたてる。
そんな俺に向かって「たいちょー!あまり話しかけないで!」と半分キレたようにシズコ。
「ガタガタうるさいと気が散るでしょ!」と、このような状況において何故か怒られている。
火を噴いたシズコは鉄塔をかすめながら、尚も飛び続けている。
その時「おい!ちょっと見てみろよ!」と隣にいるタカシが、俺に双眼鏡を手渡す。
双眼鏡越しにシズコの機体を見た俺は、思わず「ゲッ!」と大きな声を出してしまった。
何と片方の車輪が出ていないのである。
2脚あるメインギアのうちの左側が故障したのか、機体に格納されたままになっているのだ。
急いでシズコに連絡する。
シズコは意外にも「そんな事わかってるわよ!」と比較的冷静な返事。
「このまま着陸するしか方法がないでしょ!」と相変わらず度胸だけは俺以上である。
それを聞いたタカシが「バカ野郎!車輪を全て格納しろ!」とシズコに向かって叫んでいる。
片輪で着陸するよりも安全な胴体着陸に切り替えるためだろう。
だが、シズコの機体はもう既に、車輪を格納する力さえ残っていないようである。
ついに事態は最悪の様相を呈してきた。
ボロボロになった機体が、どんどんこちらに向かって近づいてくる。
滑走路で待機しているグランドクルーには退避命令が出され、3台の消防車も少しずつ後ずさりを始めた。
俺の横では「うまくやれよ…」と額に汗を光らせながらタカシが一人、つぶやいている。
管制室の空気はピンと張り詰め、動こうとする者は誰一人としていない。
みんな祈るような面持ちでシズコの機体を見つめている。
シズコが最終アプローチに入った。
機体からは、おびただしい程の黒煙が噴き上がり、エンジン付近には真っ赤な炎が渦巻いている。
シズコは瀕死の機体を必死に操り、ヨロけるようにしながら滑走路へと舞い降りてくる。
次の瞬間「ドン!!」と地面を揺らすような音。
いつもより急激に接地したためか、機体を思い切り滑走路へとぶつける。
その衝撃で2本出ていた車輪が全てふき飛んだ。
エンジンが爆発し、機体は瞬く間に炎に包まれる。
「やりやがった!」と大声で俺。
急いで管制室を飛び出す。
階段を駈け降り外へ出ると、消防車3台が懸命な消火作業に当たっている。
コクピットの風防は激しい炎で覆われ、シズコの様子を確認する事はできない。
俺は走って機体に近づこうとしたが、途中で消防隊員に制止されてしまった。
「お前らじゃまだ!どけ!」と気が狂ったように俺。
制止された手を振り切ろうとする。
だが、二人の人間にしがみつかれているせいか、それ以上前に進むことができない。
仕方なく俺の左腕を掴んでいる隊員に、思わずひざ蹴りを食らわせてしまった。
と、その時「テツヤ!いい加減にしろ!」とタカシの怒鳴り声が耳に入る。
俺のあとを追って管制塔から走ってきたようだ。
タカシは意外にも落ち着いた表情をし、事態を冷静に受けとめている様子である。
俺はそんなタカシに怒られながら、何とか落ち着きを取り戻し始めた。
シズコの機体が白い煙を上げ始める。
どうやら火災が収まったようだ。
真っ黒になった機体を目のあたりにし、俺たちは言葉を失ってしまった。
ひざ蹴りを食らわせた隊員に頭を下げて詫び、とりあえず黒焦げの機体に向かって歩き始める。
滑走路を歩きながら「あの様子ではシズコはとても…、残念だが…」と俺に向かってタカシ。
俺もその事はわかっているのだが、頭の中の整理がなかなかつかない。
現実から逃れようと、見ている光景を脳が勝手に抹消しようとしているみたいだ。
夢を見ているような気分のまま、機体のそばまでたどり着く。
シズコが最期の力を振り絞ったのか、着艦フックがアレスティングワイヤーを見事捕らえていた。
「着陸だけは最期まで完璧だったな」と、それを見たタカシ。
真っ黒なコクピットに向かって優しくつぶやいている。
俺は涙をこらえながら「そうだな…」と一言ポツリ。
何か話そうにも言葉に詰まってなかなか出てこない。
無事に着陸したヨシミツが変わり果てたシズコの機体を見て、呆然と立ちすくんでいる。
あまりの急な出来事に信じられないといった様子だ。
俺たち三人は力ない足取りのまま、コクピットに向かって再び歩きだす。
俺の横にいるヨシミツが
「シズコが死ぬなんて…」と涙声でひと言。
歩く足どりもフラフラとして、今にも倒れそうな感じだ。
コクピットのそばに歩み寄り、中の様子をうかがう。
だが、真っ黒に焦げた風防と白い消火液のせいで、中を確認する事などできそうにない。
消防隊員の許可をとり、手動で風防を開ける。
黒い煙が中から立ちのぼり、うつむいた姿のシズコが目に飛び込んできた。
「うっ!」と思わず俺たち。
あまりの悲惨な状況に、我が目を疑ってしまう。
ヘルメットは薄黒く汚れ、フライトスーツなど全てが真っ黒になっている。
当たり前だがシズコはピクリとも動こうとはしない。
うつむいている頭を起こし、酸素マスクをそっとはずしてやる。
その途端「うわーん!」とシズコの大きな泣き声。
びっくりして思い切り飛び上がる。
ヨシミツはびっくりしすぎて、滑走路まで転げ落ちてしまった。
急いでストラップをはずし、ヘルメットを脱がせてやる。
その瞬間「プッ…!」と一斉に俺たち。
シズコの顔を見て思わず吹き出してしまう。
なんと目の周りだけがススで真っ黒になっているのだ。
他は酸素マスクとヘルメットに覆われていたためか、まるでマンガに出てくるタヌキのような顔をしている。
そのような顔で大泣きのシズコを狭いコクピットから引きづり出そうとするが、みんな笑いをこらえるのに必死で力が全然入っていない。
仕方なく消防隊員に向かって、シズコをコクピットから助けだしてもらうよう頼んだ。
バケツリレーのように次々手渡しされながら、シズコが滑走路へと降ろされてくる。
相変わらず口をへの字に曲げ、子供みたいに大泣き状態だ。
滑走路でへたり込んだシズコに負傷の有無を聞いてみる。
だが、うわんうわんと泣いてばかりのシズコは、何を聞いても全く答えようとしない。
まるで童謡に出てくる犬のおまわりさんになった気分だ。
見たところ目立った外傷はなさそうなので、先ずは待機していた救急車へとシズコを運ぶ事にする。
用意された担架にシズコを乗せようとするが、何が気に入らないのか、おとなしく乗ろうとしない。
腕をブンブン振り回し、救急隊員も全くのお手上げ状態だ。
仕方がないので俺が背負って、とりあえず基地の休憩室へと連れていく事にする。
黒いススと鼻水だらけのシズコを何とか背負い、タカシたちと共に管理棟へと歩き始めた。
「しかし、あの中でよく生きていられたな」と感心したようにタカシ。
シズコの頭を荒々しく撫でている。
ヨシミツもホッとしたような表情でシズコを見ながら笑っている。
当のシズコは鼻水と涙を俺の背中で拭いながら、今だしぶとく泣き続けている。
おかげで俺のジャンバーは台無しになってしまった。
管理棟に入り、売店にてシズコが大好物のチョコミントアイスを一つ買い与えてやる。
アイスクリームを手にしたとたん、シズコはピタッと泣き止んだ。
そこへ「おい!大変だ!」とまたまたゴキ。
大慌てで管理棟へと駈け込んでくる。
「こんな時に、今までどこへ行ってたんですか!」と口調を荒げてヨシミツ。
息の上がったゴキに食ってかかる。
ゴキは額の汗をハンカチで拭いながら、
「すまん、すまん」と一言。
タヌキ顔でアイスクリームを食べているシズコを見て、
「ブッ!」と吹き出しそうになったのを俺は見逃さなかった。
俺たちも笑ってしまったのでゴキをとがめる事などできるはずもなく、まずは事情を詳しく聞いてみる。
「たった今、防衛省から電話が入ってな…」と少し息を整えながらゴキ。
額を拭っていたハンカチをポケットにしまう。
それを聞いたタカシが、
「シズコの命より電話の方が大事なのかよ!」と外に聞こえるくらいにデカイ声。
汗だくのゴキに向かって急に怒りだす。
俺はそんなタカシに
「とりあえず休憩室へ行かないか?こいつも重たいし…」と、背中のシズコをチラリと見ながらやんわりと聞いてみる。
タカシはムッとした表情のまま、黙って通路の奥へと歩きだした。
休憩室に入り、シズコを椅子に降ろす。
いきなり体が軽くなり、足どりが軽やかになる。
みんなでひとつのテーブルを囲んだあと、ゴキがゆっくりと口を開き始めた。
「まずは結論から先に言っておこう」とテーブルの上で手を組んでゴキ。
何故か真剣な眼差しで俺たちを見ている。
シズコ以外の俺たちに、意味不明の緊張が走る。
シズコはというと、相変わらず無表情でアイスクリームを食べているだけである。
頭を強くぶつけてバカになったのではないかと、少し心配になってきた。
ゴキが咳払いをしながら話を続ける。
「お前たちの飛行隊に新しく二人が加入する事になった」と俺たちに向かってゴキ。
その瞬間「えーっ!」とタカシとヨシミツ。
二人揃って立ち上がる。
休憩室は二人のブーイングで大いに盛り上がり始めた。
「俺たち4人だけじゃ不満なのかよ!」
「僕何か、悪い事しましたか?」
とゴキは二人に集中砲火を浴びている。
シズコもさすがにアイスクリームを食べる手を休めてしまった。
ゴキはオロオロしながら俺たちに事情を説明し始める。
話を聞くと日米安保条約の見直しとかで、アメリカから二人の助っ人パイロットが来るらしい。
ゴキは隊内の結束が低下するのを恐れ、最初は断ったみたいだが、助っ人本人の強い希望という事で、最後は折れてしまったようである。
一週間後にはもう、配属されるという話だ。
タヌキ顔で無表情だったシズコが突然立ち上がる。
「ねえねえ、その人たちは俳優に例えたらどんなタイプ?」とアイスクリーム片手にシズコ。
俺たちの話へ急に割り込んでくる。
あまりの唐突な復活劇に一同呆然となってしまった。
「カッコイイ人がいいなー。もしかしてキアヌ・リーブスみたいだったりして…」と一人ではしゃぎながらシズコ。
俺の心配は全くの無駄だったようである。
ゴキに二人のパイロットの名前と経歴を尋ねてみる。
ゴキは首を横に振り、
「それはまだわからないんだ」と俺に向かって答える。
タカシが隣で
「気に食わねえヤツだったらすぐに追い返してやる!」と早くも意気込み始めた。
ヨシミツも同様に鼻息を荒くしている。
だがヨシミツの場合は、相手の腕前の方が上だという可能性がかなり高い。
また頭痛の種が増えそうである。
ゴキはシズコの労をねぎらった後
「じゃあ、よろしく頼む」と言い残し、休憩室から出ていった。
「本人の強い希望って言ってたけど一体、誰なんだろう?」とヨシミツ。
「ねえねえ!もしかしてジャックさんじゃない!?」と満面の笑顔でシズコ。
先程までの大泣き状態がウソのようである。
俺はふと我に返り、シズコがまだ病院へ行ってなかった事を思い出す。
シズコにその事を言うと「イヤだ!」とデカイ声で一言。
俺の親身な説得にも関わらず、何故かシズコは全く言う事を聞かない。
仕方がないので強引に連れていく事にする。
椅子やテーブルにしがみ付いているシズコを無理矢理引き剥がし、3人がかりで外へと連れ出した。
「痛っ!」「バカ野郎!」と大騒ぎで俺たち。
噛み付いたり、引っかいたりするシズコに悪戦苦闘しながらも、何とか基地の車に押し込める。
これ以上暴れないよう、ロープを使って座席にシズコをくくり付け、俺の運転で市内の病院へと車を発進させた。
幸いにもあたりは薄暗くなり、車内の様子が外からはわかりにくくなっている。
これがもし明るければ、俺たちは誘拐犯と間違われていたかもしれない。
ギャーギャーとうるさいシズコに閉口しながらも、何とか病院へと到着し、待ち構えていた医師と看護士にシズコを引き渡す。
シズコは観念したのか、おとなしく通路の奥へと消えていった。
一時間程経った頃、待合室でテレビを観ている俺たちの前に、小ざっぱりとしたシズコが姿を現わす。
一緒に現われた医師にシズコの具合を聞いてみる。
医師は笑いながら「何の心配もいりません。至って健康そのものです」と俺に向かって太鼓判。
足に若干、打撲がある程度で、脳波や内蔵にも全く異常がないらしい。
酸素マスクを装着していたおかげで煙を吸わずに済んだのも、不幸中の幸いだったようだ。
医師や看護士にお礼を言ったあと、病院の建物から外へ出る。
するといきなり大勢の人波に取り囲まれてしまった。
見たところ報道関係者とやじ馬のようである。
中にはシズコのファンクラブまでいるようで、このような騒ぎを起こせば当然の事だろう。
一人だけインタビューに答えているバカなヨシミツを張り倒し、逃げるように車へと乗り込む。
やじ馬を車で押し退けながら、大急ぎで病院を後にした。
帰りの車中、何故そんなに病院を嫌がるのかシズコにそれとなく聞いてみる。
シズコはしばらくモジモジしていたが、あまりにもヨシミツがしつこいのでやっと口を開き始める。
車の騒音とラジオの音にかき消されそうなくらいの小さな声で
「注射…」と一言シズコ。
俺たちは「へっ?」と一瞬固まった後、思わず大爆笑してしまった。
シズコはそんな俺たちに向かってふくれっ面で対抗する。
俺は「ゴメン、ゴメン」と謝りながらも笑いが止まらない。
まさか注射一本で、あれ程嫌がっているとは、想像もしなかったからである。
基地に帰りつき、ハンガーの脇に車を停める。
店はそろそろ閉店時間のようだ。
タカシが仕入れ過ぎたアジの開きを心配している。
俺は品薄だったキャベツの欠品が気になったが、シズコが無事だった事を思えば小さな事である。
置きっぱなしにしてある荷物を取りに休憩室へと向かう。
通路を歩きドアを開けるといきなり「ワーッ!」と言う歓声。
ビックリして2‐3歩後ずさりする。
見ると大して広くもない休憩室は整備隊や管理隊の連中であふれんばかりになっている。
壁には『シズコちゃん生還おめでとう!』と、手書きポスターが掲げられ、
テーブルの上には所狭しとビールや料理などが並べられている。
もうすっかり出来上がっているタナカさんが、俺たちを中へと招き入れる。
今回の主役であるシズコが、上座へと座らされた。
俺たちも空いているテーブルへと座らされる。
目の前のグラスにビールが注がれ、勝手に宴会の渦へと巻き込まれてしまった。
俺たちの基地では何か事が起こるたびに、すぐ宴会となってしまう。
誰かの誕生日はもちろん、結婚や出産祝いなどは問答無用の当たり前だ。
しばらくイベントに事欠くと、床屋へ行ったからめでたいとか、洗車をしたからおめでとうなど、もうほとんど病気の世界である。
喉が乾いていたので目の前のビールを一気に飲み干す。
クーッと喉にくる爽快感。
俺の心はすっかり宴会モードへと切り替わった。
注がれるビールを片っ端から片付けながら、テーブルの料理を口へと運ぶ。
料理の中にはタカシが仕入れ過ぎたアジの開きも混じっている。
タカシがそれを見て何か文句を言っているが、誰も気に留めようとはしていない。
宴会の料理は店の残り物でまかなう事になっているからだ。
閉店間際に安くなった物だけを買いあさるので、店としても廃棄ロスが減り、
宴会も安く楽しめるとあって、それこそ一石二鳥である。
タカシがアジの開きの値段を聞いてビックリしている。
どうやら思ったより相当安く販売されていたらしい。
「ゴキの仕業だなー!」とタカシは怒っているが、売り残す事を考えれば、その方がマシであったように思う。
電卓片手に損を計算しているのか、タカシが必死になってキーを叩いている。
結局、宴会は勤務を終えたスーパー従業員もなだれ込み、騒然となってしまった。
みんな主役がシズコである事などすっかり忘れ、夜遅くまでドンチャン騒ぎは続いた。
あくる朝、気が付くと自宅のベッドで俺は寝ていた。
「ハッ!」と思い時計を見る。
時刻は午前9時を指している。
「うわっ!」と思わずデカイ声。
慌ててベッドから飛び起きた後、大急ぎで1階のリビングへと駈け降りていく。
「何でそんなに慌ててるのよ?」とリビングでビックリしたようにミユキ。
今日は店が休みなのか、義母もせんべいを食わえたまま、俺を見て固まっている。
俺は速攻で着替えながら
「どうして早く起こさなかったんだよ!今、何時だと思ってるんだ!」とミユキに向かって八つ当りする。
ミユキは驚いた顔をしながら
「だって、あんた今日は休みなんでしょ?」とあきれた声。
俺はズボンを履きかけたまま、義母と同じように固まってしまった。
一斉に爆笑の渦。
ガバチョも外から俺を見て、笑っているように見える。
俺は笑ってごまかしながら履きかけたズボンを脱ぎ、大急ぎでパジャマ代わりのスエットに着替え直した。
ミユキの作った朝食を摂りながら新聞を読む。
新聞の一面には昨日の事故が大きく掲載されている。
『事故の原因はバードストライク』と言う見出しで、飛行中に鳥をエンジンに吸い込んだ事がトラブルの元になっと書かれている。
「鳥だからといってバカにできないのねえ」と新聞を覗き見ながらミユキ。
俺の読んでいる新聞をどんどん自分の方に引き寄せていく。
俺も負けじと引っ張り直したら「ビリッ!」と音をたて、見事新聞は二つに破れてしまった。
その後、喧嘩になったのは言うまでもない。
せんべいを食べながら義母が「またか…」と言うような顔をして俺たちを見ている。
朝食を終え、休みの日課であるガバチョの散歩へと出かける。
ガバチョが街灯の柱にオシッコをかけていると、突然ポケットにあるスマホが着メロを奏で始める。
着メロの曲はアルプスの少女ハイジ。
タカシからである。
電話に出ると「おーい、泥酔野郎。もう起きたかー?」と半分笑いながらタカシ。
俺は「こんな時間に何の用だよ」と、ぶっきら棒に答える。
それを聞いたタカシは
「おいおい!随分な挨拶だな…」とあきれたような言い方。
昨日は無事に帰れたのかと俺に聞き返す。
タカシの話によると、昨夜の宴会で俺はかなり酔っ払い、ワインを一気飲みするわ、途中で寝てしまうわと、かなりみんなに迷惑をかけたようである。
挙げ句の果ては、タカシに家まで送ってもらうのを拒否し、歩いて家まで帰ったとの事だ。
基地から家までは車で10分程の距離だが、歩くとなるとかなりの道のりである。
普通に歩いても1時間半くらいかかると思うが、俺は歩いた記憶が全くない。
恐るべき帰巣本能である。
タカシに昨夜の失態を詫び、迷惑をかけた事の穴埋めに昼飯をおごる約束をする。
タカシは今日仕事なので、昼に店の食堂で落ち合う約束をし、とりあえず電話を切る。
「おーい。店まで乗せていってくれい!」と俺。
散歩から帰ってガバチョに朝飯をやりながらミユキに声をかける。
昨日は歩いて帰ってきたみたいなので、当然車庫にスズキアルトはなく、恐らく店の駐車場に置きっぱなしになっているはずである。
ミユキは「この格好のままでよかったら乗せていってあげるけど…」と俺に向かって返事。
見ると、ジャージの上にエプロンを付けた姿で、見るからにオバサンみたいな格好をしている。
結婚した当初は、どこへ行くにもきちんと化粧をし、服装もそれなりの物を身につけていたが、5年も経つとすっかりこの有様である。
俺もミユキの事をとやかく言える格好ではないので、黙ってそれに従う。
我が家でいちばんの高級車であるトヨタパッソにミユキと乗り込み、ミユキの運転でスーパーダイジュへと走り始めた。
運転しながらミユキが
「このままついでに買い物していくからね」とジャージ&エプロン姿で平然とした顔。
以前はそんなミユキを叱っていたが、最近は慣れてしまったのか、もう何も言わなくなった。
店の駐車場に到着し、ミユキは店の入り口へと歩いていく。
俺は正反対の基地へと向かってデコボコ道を歩き始める。
タカシとの約束にはまだ時間があるし、それよりも昨日の事故の残処理が気がかりだからである。
基地のゲートを通り滑走路へと足を向ける。
着陸用滑走路は今だ火災で焦げた後を残し、事故の凄まじさを物語っている。
ハンガーには黒く焦げたシズコの機体が収められ、そのそばでタナカさんたちが何やら怪しい相談をしていた。
俺を見つけたタナカさんが「おう!テツヤ!」と俺に声をかける。
「ちょうどいい所に来たな。ちょっとこちらへ来い!」とハンガーからタナカさん。
俺に向かって手招きをする。
俺は何やら悪い予感がしたが、渋々タナカさんの元へと歩き始める。
何故なら、タナカさんが手招きする時に限って、ろくな事を考えていないからだ。
以前にも、垂直離陸可能な装置を開発したと言うので見てみたら、機体をスペースシャトルのように真上に向けるだけの装置だったり、画期的な燃料節約の話では、2機編隊の場合に1機を故障車のように空中牽引する単純な事だったりと、いつも短絡的な事ばかりやっている。
おまけにそんな装置のテストを俺に押しつけるものだから、命がいくつあっても足りそうにない。
今回も多分、そのような事だと思いながらも、タナカさんのそばに歩み寄る。
「これをどうするか今、話し合っていたんだがな…」とタナカさん。
黒焦げになったシズコの機体を指さす。
俺は「どうするって…、まさか、直すつもりじゃ…」と少し困惑気味。
誰がどう考えても直せるような代物には到底見えない。
エンジンは完全にイカれて機体の損傷も激しく、スクラップにするのが当然といった感じだ。
シズコの新しい機体も来週には届く予定になっている。
「この程度で廃棄してたら金がいくらあっても足らんぞ!」とタナカさん。
「金はもっと有効に使わんとな…」とクラブやスナックで金を湯水のように使う割りには随分偉そうな事を言っている。
俺は「じゃあ、この機体を一体どうすると…?」とタナカさんに聞き返してみる。
タナカさんはニヤリと笑いながら
「マッハ15で飛べる超高速戦闘機に作り替えるつもりだ」と平然と答えた。
「マッハ15?!」とビックリして俺。
何のためにそのようなものが必要なのかタナカさんに問い詰める。
そのような代物のテストパイロットに指名されたら、それこそたまったものではないからだ。
だがタナカさんは
「そのうち必要になる時もあるだろう」といい加減な返事。
持病の気まぐれ病が、またもや発症したらしい。
俺は「超高速戦闘機のテストパイロットなんか絶対にやりませんから…!」とタナカさんに断言。
タナカさんは「航空技術の進歩に貢献するのも、お前らパイロットの役目だろ!」と怒っている。
俺はそんな事などお構いなしに、さっさとハンガーを後にした。
基地のゲートを出て、再びデコボコ道を店へと向かって歩き始める。
店舗裏のスイングドアを通り抜け、バックヤードへと入っていく。
そこへ弁当のパックとカップラーメンを抱えたヨシミツが偶然通りかかる。
「あれ?隊長、今日休みじゃなかったんですか?」とヨシミツ。
俺は「ちょっと忘れ物をしてな…」と苦笑い。
ヨシミツがこれから昼飯だと言うので、とりあえず一緒に食堂へと向かう。
食堂のドアを開ける。
いきなり「ウヒャヒャヒャ!」とオバサンたちの高らかな笑い声。
テレビの音やオバサンたちのおしゃべりで、食堂の中は随分と賑わしい。
そこへ「よお!」と言う声。
見るとタカシが、少し離れた4人掛けのテーブルから俺たちを手招きしている。
テーブルの上には既に昼食であろう弁当やお茶のペットボトルなどが並べられている。
俺はオバサンたちが座っているテーブルの間を縫うように歩きながら
「今日の昼飯、俺がおごるって約束なのにもう買ったのかよ」とタカシに文句をつける。
タカシは笑いながら
「借りは今度、まとめて返してもらうからよ」と俺に向かって答え、同じテーブルの椅子を俺たちに勧める。
俺とヨシミツはタカシを挟むように向かい合って座り、タカシの弁当を何気なく覗き込む。
さすがタカシは酒を飲まないせいか、食事は相変わらず豪華である。
店でいちばん高い特上幕の内とマグロの刺身盛り合わせの豪華2点セットである。
ヨシミツは自分のメニューと見比べて目をパチクリさせ、恥ずかしそうに海苔弁当のふたを開けている。
まだ何も買っていない俺はタカシのメニューに挑発され、特上幕の内を買う事にする。
一旦、食堂を出て店内へと入る。
惣菜売場は昼時のせいか、近所の主婦やパート勤めのオバサン、そして昼休みのサラリーマンなどで随分と賑わっている。
人混みをかき分けるように弁当売場に辿り着き、目当ての特上幕の内を手に取る。
さすが値段も張るとあって特上幕の内を買おうとする客は俺以外、誰一人としていない。
売場にも数パック並んでいるだけだ。
ちょっと優越感に浸っていると、突然後ろから背中をど突かれる。
ビックリして振り向くと、そこにはミユキの怒った顔。
慌てて特上幕の内を売場に戻す。
「何一人で贅沢しようとしてるのよ」と不気味に笑いながらミユキ。
口元は笑っているのだが、目は完全に怒っている。
ミユキが買い物していた事など、すっかり忘れていた。
俺は少しオロオロしながら
「ちょっと見てただけだよ…」と笑ってごまかす。
ミユキは「ふーん…」と言いながら「お昼はこれにしよっ!」と特上幕の内を手に取る。
カゴにポンと放り込み「じゃあね!」と精肉売場の方へ歩いていった。
俺は呆気に取られ、惣菜売場で一人目をパチクリさせる。
気がつけば特上幕の内は珍しく、全て売り切れてしまった。
しょんぼりしながら食堂へと戻る。
手にはヨシミツと同じ海苔弁当とペットボトルのお茶だけである。
タカシたちのテーブルにはゴキとシズコが陣取り、俺の座る場所がなくなっている。
弁当片手にキョロキョロしていると
「シマタニチーフ!ここが空いてるよ!」と俺を呼ぶ声。
見るとパートのイシヅカさんが、少し離れたテーブルから俺を手招きしている。
イシヅカさんのテーブルには他に青果部門のパートさんが二人座って、みんなで手作り弁当を広げている。
俺は空いている席に座り、海苔弁当のパックを開ける。
「何だか味気ないお昼ねえ。それだけで足りるの?」と俺に向かってイシヅカさん。
俺は苦笑いしながら「今、ダイエット中だから…」と適当に答える。
「まだ若いんだから、しっかり食べなきゃ…」とイシヅカさんは自分のオカズを俺に勧める。
俺は遠慮しながらも無理には断らず、イシヅカさんの作った煮物を口に放り込んだ。
ダシが利いて濃厚な味。
ご飯のオカズにぴったりである。
「これ、おいしいね!」とイシヅカさんに向かって俺。
だがイシヅカさんは俺の言葉には全く反応せず、視線をある一点に集中させている。
イシヅカさんの視線を目で追う。
視線の先には食堂のテレビ。
昼のニュースをやっているようだ。
ニュースの内容は近々、太陽風観測衛星のスピンネーカーが、地表に落下するという事を女性アナウンサーが伝えている。
「まあ、恐いわねえ…」とイシヅカさん。
ご飯を箸でモリモリに掴み、大口を開けて無理矢理口に押し込んでいる。
俺は「宝くじに当たるより衛星に当たる方が、確率は低いと思うよ」と笑いながら海苔弁当のチクワをひと口かじる。
他のパートさんも「そりゃそうだ!」と大笑いしている。
その時、背中の方でドアを乱暴に開ける音。
ざわついていた食堂が一瞬にして静まり返る。
大して気にも留めぬまま食事を続けるが、何故か食堂は静まり返ったままである。
不振に思い周りを見渡す。
みんなドアの方を向いたまま、写真の中みたいに動きが止まっている。
タカシも刺身を口にくわえたまま凍結状態だ。
体を捻って後ろを振り向く。
ドアの所には見慣れない金髪の女性。
綺麗な青い目にブロンドの長い髪が、蛍光灯の光を反射してキラキラと輝いている。
スレンダーな体に端正な顔立ち。
まるで雑誌のグラビアから抜け出てきたような美女である。
「こんな所に何で綺麗な外人さんが?」と小声でイシヅカさん。
金髪美女はあたりを見回し、誰かを捜しているようである。
ふと俺と目が合う。
その途端、「テツヤー!」とデカイ声で金髪美女。
テーブルを縫うように俺の方へ小走りで向かってくる。
今度はみんなの視線が一斉に、俺の方へ集中する。
中には怪しい目つきで俺を睨んでいるオバサンまでいる。
俺はうろたえながら椅子ごと後ろへ後ずさり。
勢い余って後ろへひっくり返りそうになる。
「何で逃げるのよ…」と怪しい金髪美女。
「私の事忘れたの?」と俺の手を握る。
俺は「えっ!…あのー…」としか声に出せない。
周りの俺を見る目がどんどん冷たくなる。
その時「もしかしてナタリーじゃない?」とシズコの声。
俺は「えっ!」と思い金髪美女の顔を、まじまじと覗き込む。
髪をアップにした姿でしか見たことがなかったが、よく見ると確かにナタリーの顔である。
髪を下ろして、Tシャツにジーンズ姿のラフな格好なので、今まで全くわからなかった。
「冷たいのね、相変わらずあなたって人は…」と更に誤解を助長するような言葉を残し、
ナタリーは「久しぶりー!」と言いながらシズコの方へと走っていった。
周りの人間は何が起きたのかさっぱりわからないといった表情で、ポカンと口を開けてシズコとナタリーを見ている。
タカシとヨシミツも周りと同じようなバカ面をして、ナタリーを見つめている。
シズコとナタリーはそんな事などお構いなしに、二人で「キャーキャー」言いながら、うれしそうに飛び跳ねている。
そこに「こんちわー」と再びドアに人影が現われる。
ヒョロリとした体に金髪の短い髪。
白いTシャツにカーキ色の綿パンを履いている。
目には黒い色のサングラス。
その男は白い歯をみせながら無造作にサングラスを外し「どうも!お久しぶり!」と俺に声をかける。
「もしかして!バージルか!?」とビックリして俺。
あまりの急な展開に頭の中が混乱している。
周りの人間はもっと混乱しているだろう。
一体、何事があったのか、ナタリーとバージルに尋ねてみる。
ナタリーは髪を手でかき上げながら「あら?何も聞いてないの?」とキョトンとした顔。
バージルはドアの脇で「俺たち助っ人で派遣されてきたんですけど…」と何故か一人でモジモジしている。
「えー!そうなの?!」と急にシズコのうれしそうな声。
「なんかワクワクしてきたーキャハハッ!」と一人で妙にはしゃいでいる。
俺は「アメリカ軍から助っ人が来るとは聞いていたが、一週間後じゃなかったのか?」と二人に尋ねてみる。
それを聞いたバージルは「新しい土地に体を順応させるためですよ」と俺に説明。
「正式配属までに色々知っておきたい事もあるしね!」とそれにナタリーがそれに続ける。
そこへ「ウォッホン!」と、わざとらしいせき払い。
見るとゴキが偉そうに仁王立ちしている。
ゴキがここにいた事などすっかり忘れていた。
俺は慌てて二人にゴキを紹介する。
「どうも初めまして!」とナタリーとバージル。
お互い順番にゴキと軽く握手を交わす。
ゴキは一見、何気ない表情を装っているが、ナタリーを見る目は完全にハートマークになっている。
タカシとヨシミツにも二人を紹介する。
バージルとは二人共笑顔でガッチリ握手。
ナタリーにはデレデレの表情である。
「とりあえずこちらで詳しい話しを…」とゴキ。
ナタリーとバージルを食堂奥にある会議室へと案内する。
俺たちも、食べかけの昼飯を持って会議室へと入っていく。
ゴキが「会議室へ食べ物を持ち込むなと、あれほど言っているだろう!」と怒っているが、
俺たちは「ハイハイ」と言うだけでそんな事は全く無視する。
長方形の会議用テーブルをみんなで囲むように座る。
「ずいぶんと急な訪問なんでビックリしたよ」と急な事がすこぶる苦手なゴキ。
額の汗をハンカチで拭っている。
「すいません。急におじゃまして…」とそれに答えてナタリー。
ゴキに向かって少し、はにかんだ笑顔を返す。
ゴキは「あっ…まあ…そんなに気にする事はないが…」と妙に照れた様子。
平静さを保とうと思っても自然と顔がゆるんでしまい、自分でも制御不能といった感じだ。
シズコが「いつまでもニヤけてないで、早く話しを始めたら?」とゴキにチクリ。
ゴキは慌てて「なっ!何を言ってるんだ。言ってる意味がさっぱりわからんな…!」と心の内がバレバレである。
俺は何故、うちの航空団に志願したのかバージルとナタリーに聞いてみる。
バージルは「テツヤさんみたいなパイロットになりたいからであります!」と教科書どおりの返事。
ナタリーは「知り合いがいるし、他にいい所がなかったから…」と、こちらは正直な返答である。
俺はひとつ疑問に思い、ナタリーにF‐15の操縦ができるのか尋ねてみる。
何故ならナタリーは俺が以前会ったとき、確かジャックのレーダー要員をやっていたからである。
ナタリーは少しムッとした顔で
「テツヤ、私をバカにしているの?」と俺を睨み付ける。
そこへタカシが「俺たちの命がかかっているんだ。聞くのは当然の事だろう!」とナタリーに逆ギレ。
ナタリーは床に目を落とす。
どうやらタカシはゴキと違って少しはナタリーを冷静に見ているようである。
ナタリーは目を伏せたまま
「ジャックが異動してからはずっと、F/A-18のパイロットをしていたわ。F‐15はここへ来る前に、空軍で二週間程訓練を受けただけよ」と淡々と説明。
それを聞いてタカシは
「お引き取り願った方がいいんじゃねえか?」と俺に耳打ちする。
俺はそんなタカシをなだめながら
「とりあえずは一人で飛ばせるわけだな?」とナタリーに確認をとる。
ナタリーはコクンとうなずきながら「はい…」と短い返事。
急におとなしくなり、少し可哀想になってきた。
バージルにもナタリー同様、確認をとる。
こちらもパイロット経験が長いだけで、F‐15の訓練期間はナタリーと同じ二週間程度である。
タカシは複雑なため息。
俺はその場を取り繕うように
「少し落ち着いたら二人の腕を拝見させてもらう事にして、とりあえず今夜の歓迎会はどこにしますか?」とゴキに聞いてみる。
急に場がなごみ、それまで静かだったヨシミツとシズコが、
「あそこがいい、ここがいい」とおもむろに騒ぎだす。
みんなが騒いでいる間ナタリーに
「ところでジャックが異動したって言ってたけど、どこへ行ったんだ?」と、それとなく聞いてみる。
何故ならジャックからは未だ、何の連絡もないからである。
全く他人行儀で、アイツのニヤけた顔を思い出したらだんだん腹が立ってきた。
ナタリーは小声で「ネバダ州のファロン基地へ、教官として赴任しているはずよ」と俺に耳打ちする。
「ファロン基地って…」と何か思い出そうとして俺。
急にハッとして「もしかしてトップガンの教官!?」と大声を出す。
「トップガンって何?」と俺に向かってシズコ。
「いったい何がトップガンなんだ。急にデカイ声出すんじゃねえ。ビックリするじゃねえか」と怒った顔でタカシ。
俺は口をパクパクさせながら
「あっ…あの、お調子者のジャックが、トッ…トップガンの教官になったらしいぞ!」とタカシたちに打ち明ける。
「何ぃー!」とタカシとヨシミツ、そしてゴキ。
一斉に立ち上がる。
シズコだけは何でみんなが驚いているのか、さっぱりわからないという様な顔をして、ポカンと口を開けて俺たちを見ている。
「トップガンって、海軍のエリートパイロットたちが集まって、ド派手なパーティーで盛り上がる、あの飛行学校の事ですか?」と興奮しながらヨシミツ。
「どうせ金髪女とイチャついているだけじゃねえか?」と皮肉混じりにタカシ。
当たり前だが、みんなのトップガンに対するイメージは、映画の中そのままである。
シズコは「エリートって何?金髪女って誰?」と一人だけ、みんなの話題から置いていかれている。
何故ならシズコは戦闘機パイロットの割りには、その手の映画は全く観ないらしい。
一番のお気に入りはスタジオジブリの魔女の宅急便なのだそうだ。
そんなシズコを無視して話はどんどんエスカレートしていく。
結局、歓迎会の場所が決まったのは、それから1時間後の事だった。
「早く!早くー!」とシズコの叫び声。
その声に引きずられるように俺とタカシ、ヨシミツにゴキ。
それにバージルとナタリーがそれぞれついていく。
何故か呼んでもいないのに整備隊のタナカさんと、ナタリー目当てに鼻の下を長く伸ばした若い連中たちもゾンビのようにぞろぞろとついてきた。
店のドアを開ける。
「いらっしゃあーい」と色っぽくしゃべる男の声。
バージルとナタリーがその男を見て一瞬後退りする。
何故ならここは、シズコ行きつけのゲイバーである。
俺も過去に2‐3度連れて来られた事がある。
ゲイといっても色々なタイプがいるが、ここにいるスタッフは全員、一目で男だとわかる人たちばかりである。
ママさんに至っては丸刈りに厚化粧で小太り、フリフリのブラウスにミニスカートという何とも言えない、いでたちである。
「あらあー、テツヤさん、お久しぶりねえー。会いたかったわあー」とそのママさん。
俺は思わず愛想笑い。
横からタカシが
「お前、あのママさんと何かあったのか?」と、うすら笑い。
俺は「そっ!そんな訳、ないだろ!」と思わずデカい声。
店内が一瞬、静まり返る。
「あらあー、テツヤさん、今日は穏やかじゃないわねえー」と丸刈りママさん。
「あたしのそばにいらっしゃいよ。話を聞いてあげるからさあー」と俺を手招きする。
俺はママさんの気分を害さないように丁寧に断り、足早に奥のテーブルへと足を進める。
店の奥には20人程が座れるデカいテーブルが、狭い所に無理矢理押し込まれている。
壁ぎわをカニ歩きで奥へと進み、遊びのスペースが全くない椅子へ強引に体をねじ込む。
一度奥に座ったら全員に席を立ってもらわない限り、トイレにさえ行けそうにもない狭さだ。
ナタリーの周りにはデレデレしてダラしない顔をした若い連中たちが陣取っている。
彼らにしてみれば金髪美女を目のあたりにするのは生まれて初めてなのだろう。
俺も含め田舎者丸出しで、全く恥ずかしい限りである。
ナタリーはそんな田舎者たちに必死に笑顔を振りまいてはいるが、眉毛は完全に困っている。
見兼ねた俺はシズコに席を立たせ、ゴキとの間にナタリーを座らせるよう席を詰めさせる。
ゴキは隣に来たナタリーにチラリと目をやり、何とも言えないうれしそうな表情をしている。
俺はなんて上司思いなんだろうと思いながらメニューを手にとる。
席順は入り口に近い方からヨシミツ、タカシ、俺にバージル。
そしてゴキにナタリー、シズコの順に座っている。
俺の真向いに座っているタナカさんが
「おい、丸刈りねーちゃん。チーズの盛り合わせたのむわ!」とママさんに対して随分、失礼な言い方をしているので気が気でない。
言われたママさんも心得たもので
「はーい、かしこまりましたー」と笑顔で答えている。
人間がみんな、これくらい広い心を持っていれば、戦争は決して起こらないと思う。
どこかの国家元首に教えてやりたいくらいだ。
と、そこへカメラを抱えたヒゲ面の中年男と、銀行員みたいに七三分けをした実直そうな若い男が、店内へズカズカと入ってきた。
俺たちのテーブルに近付き、
「中野新報の者ですが取材をお願いします!」と物凄く張り切った声で七三分け男。
そこへ「ナカノシンポーだとー?」とタナカさん。
生まれつきの恐い顔で二人を睨みつける。
一瞬、二人は後ずさり。
みるみるうちにテンションが落ちていくのが、こちらからも見てとれる。
「酒の席の挨拶ではまず、ビール3杯一気飲みが礼儀だろうが!」
とタナカさんは無茶苦茶な理屈を言いながら丸刈りママさんにビールを頼み、二人に手渡したグラスに、たっぷりのビールを注ぐ。
二人はしばらく躊躇していたが、タナカさんの「早く飲まんか!」の一言にビビり、一気にグラスを飲み干した。
「いい飲みっぷりじゃねえか」とごきげんな顔でタナカさん。
二人に再びビールを勧める。
半分涙目になっている二人を見るに見兼ねて俺は、
「タナカさん、もうその辺で勘弁してやりなよ」と七三分け男とヒゲ面カメラマンに助け舟を出す。
「俺は今、礼儀作法というものを教えてやっているんだ。お前は黙ってろ!」と怒り口調でタナカさん。
こちらから挨拶しても気分が悪かったりすると返事を返してこなかったり、葬式の席に作業着で出席したりと礼儀作法を全くわきまえていない割りには随分、偉そうな事を言っている。
俺はそんなタナカさんを何とか押し黙らせ、七三分け男に何の取材に来たのか聞いてみる。
七三分け男の話によると、どうやら目的はナタリーらしい。
『中野市に突如現われた金髪美人パイロット』という見出しで特集を組みたいという。
俺たちもまだナタリー達と再会して半日しかたっていないというのに、田舎だからか情報の広がるスピードが物凄く早い。
「ついでに俺たちも取材していけよ」とタナカさん。
少し困惑している七三分け男に向かって、早く何か質問しろと急き立てている。
七三分け男はビビリながら
「パ、パイロットにとって、いちばん大切な事とは何ですか?」とタナカさんに質問。
それを聞いたタナカさんは
「俺はパイロットなんかじゃねえ!整備士だ!」と大激怒。
何も悪い事をしていない七三分け男を思いきり叱りとばす。
七三分け男は「ヒエー!」と言いながら後ずさり。
そばにあった椅子に足をひっかけて転びそうになる。
店内にいる他の客もしんと静まり返って、ビックリしたような顔をしてこちらを見ている。
七三分け男は取り乱しながらも
「でっ…では、せっ…整備士にとっていちばん大切な事とは、なっ…何ですか?」と果敢にもタナカさんに再アタック。
タナカさんは偉そうに腕組みしながら
「そうだなあ…、機体を完璧に仕上げてパイロットを空へ送り出す事かな」と何一つ面白みのない答え。
それを聞いたシズコが
「でも、この前離陸したあとギアが格納できなくて、引き返した事があったじゃない?」と事を荒立てるコメントを発表する。
「それに計器盤の照明がショートして切れて、夜間に苦労した事が2、3度あったわよ」と更に追い打ちをかける。
それを聞いた七三分け男は持っていた手帳に盛んにペンを走らせる。
ヒゲ面カメラマンもタナカさんに向かって、しきりにシャッターを押している。
「これはいい記事が書けそうだ」と七三分け男。
「何ていう記事だ?」と不信そうにタナカさん。
七三分け男の手帳を覗き込む。
七三分け男は「あっ!ちょっ!ちょっとそれは…!」と言いながら後退り。
タナカさんに手帳を見られまいとあわててポケットにしまう。
七三分け男の怪しい動きにタナカさんの顔色が変わる。
七三分け男に掴みかかり、ポケットから強引に手帳を奪い取った。
「なんだ!これは!!」と手帳を見ながらタナカさん。
七三分け男の胸ぐらをグイとねじ上げる。
そこへシズコ、タナカさんの手からヒョイと手帳を取り上げる。
「ギャハハハー!」と大笑いのシズコ。
見ると手帳には「パイロットを危険に追いやる困った整備士の実態」と書かれていた。
中野新報の取材が終わり七三分け男とヒゲ面カメラマンがそそくさと帰っていった。
タナカさんは取材に協力してくれたお礼にと中野新報のボールペンをもらい超ごきげんである。
あんなに怒っていたにも関わらず、安物ボールペンで満面の笑顔である。
この前ヨシミツが着陸の際に主脚を損傷しタナカさんから大目玉を食らったが、何とクッピーラムネひと袋でいとも簡単に折り合いがついた。
何を隠そうタナカさんは超安上がりな男なのである。
結局タナカさんの記事は、面白くないと言う簡単な理由で却下されたと後になって聞いた。
翌日午前、スーパーダイジュの店内はいつにも増して大盛況である。
中野新報がナタリーの記事を大々的に報道した為だ。
それを見越してかナタリーを販売促進に活用しようと店も作戦を立て、ナタリーをマネキンに仕立て上げた。
マネキンと言ってもショーウィンドウなどに飾られている人形ではなく、業界用語で店頭で実演販売をする販売員の事である。
果物売り場ではカウボーイハットにウェスタンシャツを着込み、足元はウェスタンブーツできめたナタリーがフロリダ産グレープフルーツの試食販売を行っていた。
腰にはおもちゃのピストルまでぶら下げている。
「ハーイ、買ってくれなきゃこれで撃っちゃうわよ」とおもちゃのピストルを片手にナタリー。
なかなか実演販売が様になっている。
「ああ・・・あなたにハートを撃たれてしまいました・・・」
とか言っているおじさんまでいて、グレープフルーツ売り場は男衆で大盛り上がりだ。
対して精肉売り場ではバージルがコック帽とコックコートに身を包みオージービーフステーキ肉の試食販売だ。
オージービーフはオーストラリア産だがバージルはアメリカ人である。
見た目はオーストラリア人と見分けがつかないので
「おいらの国のお肉は最高ね!」とこちらも板に付いている。
バージルもなかなかのイケメンなので女性客を中心に「キャーキャー」と黄色い声援が飛び交っている。
パイロットの助っ人に来ただけなのにこのような待遇では不満が出て当然かと思ったが、ふたりは大いに楽しんでいる様子である。
午後6時
店内のお客も幾分落ち着いてきたので店の食堂にて伝票整理を始める。
ナタリーとバージルも食堂に呼び寄せ、実演販売のねぎらいにコーヒーをごちそうする。
「ああ・・・疲れたわ」とカウボーイハットをテーブルに置きながらナタリー。
バージルはコック帽を被ったままコーヒーをすすっている。
そこへ「甘いもんでもどうだ!」とエプロン姿のタカシ。
徳用袋に入った大福もちをドンとテーブルに置く。
「おお!いいねー」と俺。
早速、袋を破り大福もちを頬張る。
「何ですか?それ・・・。粉まみれでまずそうですね」とバージル。
大福もちを見るのは初めてらしい。
ナタリーも「小麦粉をそのまま口に入れて何が楽しいの?」と不愉快極まりない顔つきをしている。
「試しに少しかじってみろよ」と唇を粉まみれにしてタカシ。
ふたりに大福もちを勧める。
バージルとナタリーは用心しながら指先で大福もちを小さくちぎり口へと放り込む。
「おっ!ウマッ!」とバージル。
「へえー、割と美味しいじゃない!」とナタリー。
ふたりとも気に入ったのか唇を粉まみれにして大福もちにかぶりつき始めた。
「これはミソシルのお供に最高ですね!」とバージル。
アメリカ人の感覚はよくわからない。
「ところで明日から訓練に参加してもらうが準備はいいか?」と俺。
「えーっ!正式配属はまだですが・・・」と驚いた顔でバージル。
「とりあえずの肩慣らしさ。気軽に参加すればいい」と大福もちを口へ放り込みながら俺。
それを聞いた粉まみれのナタリーが
「私達の機体がまだ届いてないようだけどどうするの?」と俺に問いかける。
俺は明日、シズコが非番でヨシミツは店待機予定なので、空いたそれぞれの機体を使用する旨を二人に伝える。
伝票整理を終えた俺は大福もちをもう一個口にくわえながらバージルの肩をたたいて食堂を後にした。
翌日午前10時
基地のハンガーに俺とタカシ、そしてナタリーとバージル。
そして呼んでもいないのに何故か非番のシズコ。
フリフリのブラウスに白いフレアスカートとピンクのパンプスは、いつものオフスタイルである。
まずはバージルとナタリーがタカシから、簡単なレクチャーと適性診断を受ける。
機体割り振りは3番機ヨシミツ号にバージル、4番機シズコ号はスクラップ状態になったので、予備機をナタリーにあてがう。
ふたりがタカシから適性診断を受けている間、俺はシズコにアイスクリームをせがまれて仕方なく休憩室でアイスブレーク。
「ナタリー大丈夫かなあ?」とチョコミントアイスを食べながらシズコ。
「何が?」とあずきモナカアイスを食べながら俺。
「あの予備機だけど何か反応がおかしいのよねー」とシズコ。
指に垂れてきたアイスを舌で舐めている。
「反応って何が?」と俺。
モナカの皮が口の中の上側に貼り付いて何だかしゃべりにくい。
「何が悪いって訳じゃないけど何か変なのよねー」と言いながらシズコは指をしゃぶり続けている。
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