8.プラネタリウム

「そんなあ…、隊長…」と半泣きでヨシミツ。

「何のためにお前を連れて来たと思ってるんだ!このタコ!」と俺は声を荒げる。

それを聞いたヨシミツは「僕はレーダー要員のつもりで着いて来ただけですよ!」と反撃。

F‐15のパイロットである誇りをすっかり忘れてしまっている。

俺はちょっと言い方を変えて

「お前、爆撃は得意だって、この前自慢してなかったか?」と少しやんわりと聞いてみる。

すると「あれはゲームの話でしょ!」とヨシミツは突っぱねた態度。

俺はこみあげる怒りを抑えながら

「ゲームが上手にできるのなら、きっと本番でも大丈夫だよ!」とあくまでも明るく振る舞ってみせる。

そんな事とも知らずにヨシミツは

「ゲームならやり直しができるけど、これは失敗が許されないんですよ!」

と俺の言う事を全く聞こうとしない。

「じゃあ、お前はここで降りろ!」とついに俺はプッツン状態。

「はい!降りますよ!早くドアを開けて下さい!」と開き直りのヨシミツ。

俺たちのやりとりを聞いていたメンちゃんが

「あのー…、そろそろ時間ですが…」と遠慮がちに話しかけてくる。

結局、ポッドの投下スイッチは後席にしかないと見え透いたウソを言って、強引にヨシミツを納得させてやった。


「目標まで残り50Kmです!」とテックちゃんの声。

遠くの方に街の灯りが見え始める。

テックちゃんの指示どおり高度を500mまで落としたのち、機体に点いている航行灯を全て消し去る。

いよいよシンガポールへの突入開始である。

「我々がアプローチラインまで誘導します!」とテックちゃん。

旋回する2機のあとを追うように俺たちも旋回を開始する。

機体が強風で木の葉のように舞い上がりそうになるのを必死になって押さえ込む。

「ターゲット座標確認!入力開始します!」とヨシミツ。

テックちゃんからもらった目標データをヨシミツがコンピュータにインプットしていく。

「投下地点まで残り30Kmになりました!まもなくアプローチラインに乗ります!」とメンちゃん。

高度を500mに維持したまま、軽く右方向に旋回する。

シンガポールの夜景がだんだん近づいてくる。

「隊長!アプローチラインに乗りました!」とヨシミツ。

「了解!」と俺。

コンピュータの降下率に従って機体の高度を落とし始める。

時折強く吹く突風のため、思うように機体をコントロールできない。

猛烈なブローに悪戦苦闘していると

「我々はそろそろ失礼していいでしょうか?」と前を飛んでいるテックちゃんの声。

「えー!そんなあ!もう行っちゃうの?!」と情けない声でヨシミツ。

ものすごく威張ったおかげで、しっぺ返しを食らったという感じである。

「最初から俺たちだけで全部やる予定だったじゃねえか!これ以上迷惑をかけるな!」とヨシミツに向かって俺。

テックちゃんとメンちゃんに礼を言いながら風防越しに手を振る。

「それじゃあ、お気を付けて!」と二人。

機体をひるがえして俺たちから離れていった。

「あーあ…、行っちゃった…」と名残惜しそうにヨシミツ。

離れていく2機をいつまでも目で追っている。

俺はチラリと後ろを振り返りながら

「センチメンタルな気分も結構だが、目標までの距離はどうなってるんだ!」とヨシミツを叱り飛ばす。

「あっ!あと15Kmです!」とあわてた声でヨシミツ。

こちらは必死になって機体をコントロールしているというのに、その後ろでのんびりと外の景色を眺めていられては腹が立つのも当然である。


ポッドの投下地点まで、いよいよ10Kmとなる。

台風の夜とはいえ、都会の夜景はかなり明るい。

だが、車などの動いてる光は少ないようである。

時刻は午前3時をすでに回っている。

俺たちはゆっくりとした速度で、光の中へと向かっていく。

「現在高度は300m、速度は時速250Km、目標までの距離は6000mです!」と後ろでヨシミツ。

「よし!ポッド投下の準備を始めるぞ!」と俺。

兵装のロックを全て解除して、ポッドの投下に備える。

だが兵装のロックを全て解除すると言っても、武器らしいものは何一つないのだが…。

「目標まであと4000mを切りました」とヨシミツ。

いよいよ林立しているビルの谷間へと突入する。

今回ヨシミツには内緒なのだが、ポッド投下スイッチの設定を、ヨシミツの操作側は全て無効にしてある。

何故かと言うと、この任務を任せる事に対し、今のヨシミツでは少し不安があるというのが本音だ。

人に頼ってばかりのヨシミツを少しでもやる気にさせるために、ヘタな芝居を打ったという訳である。

「目標まで残り3000m、高度は100mです!」とヨシミツは、声のトーンがだんだんと上がっていく。

激しい風に振り回されながら、通りを挟んだビルのすき間へと思いきり機体を飛び込ませる。

いきなりの乱気流。

操縦の難易度がさらに増す。

下に走っている道路は片側2車線のごく平均的な道幅で、中央には分離帯となる植え込みが作られている。

人や車の往来もなく、激しい風の音で、俺たちが発する爆音もかき消されそうな勢いである。

状況は最悪だが、条件は最良のようだ。

「目標まで2000m、高度は50mになりました!」とヨシミツ。

「高度をこのまま維持して下さい!」と声が少し裏返り始めている。

タナカさんに指定された条件は高度50m、速度は時速250Km、ポッド投下のタイミングは目標の手前300mである。

ビルのすき間によって増幅された風が、上下左右あらゆる方向から容赦なく機体に襲いかかる。

「うわっ!危ない!!」とヨシミツがデカイ声。

機体が風にあおられて翼がビルへ接触しそうになる。

まるで両脇が壁になっている幅1mの道路を、時速250Kmのバイクで飛ばしているような感じだ。

と、そこへ一筋の光がこちらに向かって放たれる。

その光源にはうっすらとした白い建物がサーチライトによって浮かび上がっている。

「あれが病院ですよ!」とヨシミツ。

俺たちが向かっている先に4〜5階建てのビルが見える。

通りのちょうど突き当たりに建っているようだ。

そしてそこからスポットライトのようなもので、俺たちの機体を照らし出しているみたいである。

照らされている俺たちは眩しくてたまったものではない。

むこうは親切でやってくれていると思うが、はっきり言ってありがた迷惑である。

夜間に目立たないよう黒く塗装したせっかくの機体も、見事台無しになってしまった。

「目標まで1000m!…800…、600…」とヨシミツは最終のカウントダウンに入る。

思わず操縦桿を強く握り締める。

「500…、400…、」

「投下!…」

ヨシミツの言葉を待たずに投下ボタンを押す。

機体からポッドが投下されたはずである。

無事に着地したかどうか気にする間もなく、急上昇してその場を離脱する。

と、その時「ガツン!」と鈍い音。

風で飛ばされてきた何かが機体の先端部分を直撃したみたいだ。

機首の外板が少しめくれ上がっている。

「隊長!大丈夫ですか!?」とヨシミツ。

「ああ…、大丈夫だ。機体の損傷をチェックしてくれ!」と俺。

市街地から離れるため、急上昇を続ける。

しばらくして「隊長!レーダーが…!」とヨシミツのあわてた声。

レーダー画面を確認する。

見ると、先程まで作動していたはずのレーダーが真っ暗になって、何も見えなくなっている。

後ろでヨシミツがレーダーを直すつもりなのか、計器盤を執拗に叩いているみたいだが、

俺の画面もイカれているので多分レーダー本体がやられたのであろう。

「どうしますか隊長!これでは目が見えなくなったのと同じですよ!」と泣きそうになりながらヨシミツ。

「あわてるな!他の航行装置はどうなっているんだ!」とヨシミツを叱り飛ばす。

ヨシミツは鼻をすすりながらレーダー以外の航行装置をチェックし始める。

「大丈夫です…。レーダー以外は異常ありません…」とヨシミツは気の抜けたような返事。

相変わらず逆境に弱い男である。

「やられたのがレーダーだけなら、さほど問題にはならんだろうが!」と操縦桿を引きながら俺。

ヨシミツをなだめつつ進路を北へと向ける。


20分後、今度は計器盤の中にあるひとつのメーターが突然点滅を始める。

見たところ燃料計のようだ。

計器の針は燃料がほとんどカラである事を示している。

燃料タンクを捨てたのが、今になって響いてきているみたいだ。

また、台風の中を飛んだのも、思わぬ燃費の悪さを招いたようである。

案の定、「隊長…」と蚊の鳴くような声でヨシミツ。

すでに心身共、疲れきっているという感じである。

二人ともポッドの投下に気をとられ、燃料の事などすっかり忘れていた。

俺は後ろを振り返りながら

「お前だけは無事に生還させてやるから何も心配するな!」とただでさえ世話のかかるヨシミツを、なんとか元気づけようとする。

だが、いい考えなど到底思いつきそうもない。

そこへ突然「エンマコオロギ!応答願います!」と無線が入る。

と同時に俺たちの真横に、見覚えのある黒い影がスッと現われた。

「テックちゃんだ!!」とまるで救世主が現われたみたいにヨシミツ。

何の前ぶれもなく、急に現われる様子は、まるで忍者のようである。

だが、よく考えてみれば、テックちゃんを忍者みたいに感じるのは、俺たちのレーダーが壊れている何よりの証拠だ。

「おーい!助けてくれー!」とテックちゃんに向かってヨシミツ。

先程までの態度とは、まるで正反対である。

人間むやみに威張るものではないと、ヨシミツを見ながらつくづくと感じる。

「エンマコオロギ!作戦は大成功です!」とテックちゃん。

「衝撃もほとんどなく、見事ポッドはエアーマットに着地したそうです!」とヨシミツが助けを求めているのをテックちゃんは全く聞いていない。

多分、真面目な性格ゆえ職務に忠実なだけだろう。

「ハワード艦長から噂は聞いていましたが、まさかこれほどとは…」とテックちゃんは感嘆の声。

俺は燃料計を気にしながら

「ポッドは後ろのヨシミツが投下したんだ。俺の部下ながら大したヤツだろ?」とテックちゃんに言ってやる。

それを聞いたヨシミツは、投下が成功したうれしさと、燃料が切れそうな悲しさが入り交じって、

「ウヒャ!ヒャ!ヒャ!」と変な声で笑っている。

俺もヨシミツみたいに感情が丸出しにできれば、どんなに楽であろう。

そんな事も気にかけずにヨシミツは

「テックちゃん!レーダーがぶっ壊れたあげくに、燃料まで切れそうなんだ!何とかしてくれー!」と情けない声を出す。

一緒に乗っている俺までもが恥ずかしくなってくる。

だが、戦闘機乗りのくせに突発的な状況が苦手そうなテックちゃんは、ヨシミツの声を必死になって聞き流そうとしている。

先ほど、彼女との話をしつこく聞かれた事もトラウマになっているかもしれない。

話題を自分のシナリオどおりに進めたいのか、話が脱線しそうになると、すかさず本線へ戻そうとしている。

宴会や会合などの席で、たまにこのような人間を見かけるのは俺だけだろうか?

「以上!報告を終わります!それではお気をつけて!」とテックちゃんは一方的に話を打ち切り、俺たちの機体から離れていく。

「おーい!待ってくれい!」とヨシミツは悲痛な叫び。

そんな事などお構いなしに、テックちゃんは遠くへと飛び去っていった。

「あのヤロー!今度会ったらタダでは済まないからな!」と手のひらを返したようにヨシミツ。

テックちゃんに聞こえない事を確認したあとで急に怒りだす。

この性格だからダメなんだという事を本人がいちばんわかっていない。

ヨシミツのような部下を持つと、いい勉強になる。


いよいよ燃料がいつ切れてもおかしくない状況になってきた。

機体の墜落を覚悟し、機首を海へと向ける。

極秘任務なだけに墜落した機体を発見されにくくするためだ。

物的証拠を完全に消し去らなければならない。

高度を上げ、滞空時間を少しでも長引かせるようにする。

「このお守りも今回の任務には、さすがに効果なかったな」とひとり言のように俺。

ミユキにもらったカエルの袋をポケットから取り出してながめる。

「お守りなら僕も持ってましたけど!」と憮然とした態度でヨシミツ。

後ろから『交通安全』と書かれたお守りを俺に見せる。

多分、おふくろさんからもらった物であろう。

何故かお金が貯まると言われる五円玉まで付いている。

風が幾分弱まってきた。

台風が俺たちから遠ざかっているのだろう。

かすかに見える海面も、かなり穏やかになってきているみたいである。

「ヨシミツ、お前はここで脱出しろ」とカエルのお守りをポケットにしまいながら俺。

安全に脱出できるよう、機体を水平に戻す。

「えっ!隊長はどうするんですか?!」とヨシミツはあわてた声。

一応、俺を気遣ってくれているようである。

俺は方位計を見ながら「機体をギリギリまで沖へ引っ張ってから脱出する。だから心配するな」

とヨシミツを説き伏せる。

「イヤですよ!僕も最後まで隊長に付き合います!」とヨシミツ。

この土壇場になってうれしい事を言ってくれる。

だが俺は「お前の事を、おふくろさんからよろしく頼まれてるんだ!こんな所で死なせたら、顔向けできんだろうが!」と心とは裏腹な言葉でヨシミツを怒鳴る。

「そんな事…」とヨシミツが言いかけた所で再び黒い影が、俺たちの真横にヌッと現われる。

「あっ!テックちゃんが戻ってきてくれたんだ!」と嬉々としてヨシミツ。

先ほど言った捨てゼリフの事など、すっかり忘れている。

だが、何か様子が変である。

テックちゃんにしては妙にデカイ。

「うわ!何だこりゃ!」とヨシミツが驚いた声。

よく見ると俺たちより何倍もの大きさがある。

向こうからは何も言ってこないので、試しにこちらから無線で話しかけてみる。

が、全く返答がない。

そこへ「隊長、あれは…?」と俺に向かってヨシミツ。

黒い影の一点を指さしている。

指のさされた方向を見ると、どこか見覚えのある絵。

デカいくちびるに毛が三本の頭が何となく見て取れる。

そして尾翼にはネコらしき顔の形が…。

「もしかしてアナザースカイじゃないですか?」とヨシミツが嬉しそうな声。

だが、アナザースカイとの合流地点までは、まだ500Km以上も離れている。

それに何の連絡もないのがどうも不可解である。

繰り返しアナザースカイだと思われる航空機に話しかけてみる。

だが、相変わらず返答がない。

しばらくすると無線の奥から何やら雑音が聞こえだす。

そして、その雑音の更に奥から、何か言い争いをしている声。

耳を澄ますと

「これでいいじゃねえか!…」

「そのスイッチは違いますってば!…」と、今まで散々聞いた事のある声が遠くの方から聞こえてくる。

思い余ったのかヨシミツが

「ハギワラさーん!」と無線機に向かって叫ぶ。

すると「おお!通じたぞ!おーい!聞こえるかー!」と何故か陽気なタカシの声。

俺たちの状況とは全く違い、随分楽しそうである。

俺はホッとした気持ちの反面、少しムカついてきたので、

「お前ら何でここにいるんだよ!ヘタに動いて正体がバレたら、どうするつもりなんだ!」と思わず二人に声を荒げる。

「そんなに怒らないでよ!お菓子分けてあげるからさ!」と、ほとんどピクニック気分のシズコ。

それを聞いたヨシミツは

「あの二人、のんきにお菓子なんか食べてたみたいですよ!」とマジ切れ寸前である。

それに追い打ちをかけるかのように

「退屈しのぎに軽く散歩してたら、こんな所まで来ちまったんだよ。まあ許せ」とあくび混じりにタカシ。

全く悪びれた様子もない。

挙げ句の果ては「何かの拍子に無線機のスイッチも間違って切ってたんだよねー」と致命傷にもなりかねなかったミスをシズコが平然と打ち明ける。

「お前らなあ!…」と言いかけた俺にヨシミツが

「隊長、怒るよりもまず、ドッキングする方が先決じゃないですか?」と間に割って入ってくる。

ヨシミツは妙な所で急に冷静になる。

最後に一本とられたといった感じだ。

早速ドッキング準備に取りかかるため、アナザースカイの上へと移動を開始する。

操縦桿を小刻みに動かしながら、タカシに現在の危機的状況を説明する。

たちまち無線の向こうが慌ただしくなる。

楽しかったピクニックが一転して、エベレスト登山に切り替わったという感じだ。

「テツヤ!この高度では空気の密度が薄くて速度か落とせないぞ!」と大慌てのタカシ。

「高度を落としている暇はない!このままの速度でドッキングする!」と俺。

急いでランディングギアレバーを操作し、機体下部に格納されていたロボットアームをすばやく外に出す。

スラストレバーを細かく動かし、速度をアナザースカイに合わせようとするが、機体損傷の影響か、うまくバランスがとれない。

フラフラする機体を必死になって押さえ込んでいると、

「隊長!モニターを見てください!」とヨシミツのあわてた声。

ドッキングの際に機体下部を映し出すモニターに目をやると、なんと真っ暗で何も映っていない。

多分、タナカさんがライトの取り付けを忘れたのだろう。

闇夜のドッキングでライトなしとは、まさしく致命的である。

タナカさんはメカの天才なのだが、このような単純ミスは大して珍しくもない。

以前にもミサイルを前後逆に取り付けられそうになったり、燃料を入れてもいないのに早く発進しろと怒鳴られてみたりと俺たちは結構被害を受けている。

「どうするんですか!隊長!」と、てんやわんやのヨシミツ。

とりあえずノーズギアに付いている着陸灯を点灯させる。

だが、肝心のメインギアは真っ暗なままである。

仕方がないので、ライトが当たっているノーズギアからドッキングする事にする。

通常の着陸では、先にメインギアを接地させるが、今回はその逆をやらなければならない。

当たり前だが、初めての経験である。

「隊長!ビビってないで、もっと高度を落として下さい!」と随分偉そうなヨシミツ。

自分がドッキングさせる訳ではないので、好き勝手な事を言っている。

ヨシミツは更に「ああっ!もっと左!…、おおっ!今度は行き過ぎましたよ!」と、自分は何もしていないくせに、テレビの野球中継で監督気分を味わっている、どこかのオヤジみたいである。

俺はそんなヨシミツにイライラしながらも、再三ドッキングを試みるが何故かうまくいかない。

「隊長!燃料が切れたらおしまいですよ!」とヨシミツ監督は絶好調。

俺のイライラ度も絶好調になってくる。

半分やけっぱちになり強行ドッキングに踏み切る。

だが、あえなく失敗し機体が大きく弾かれる。

「ギエーッ!」とヨシミツの叫び声。

機体が一瞬コントロールを失い、アナザースカイの尾翼と接触しそうになる。

あわやという所で体勢を立て直し、再びアプローチに向かう。

しかしノーズギアがアナザースカイのドッキングステーになかなか近づかない。

「タカシ!少し高度を上げてくれ!」とモニターを見ながら俺。

「わかった!」とタカシ。

アナザースカイが少しずつ頭を上げ始める。

それにつれてドッキングステーがぐんと近づいてくる。

「今だ!」と俺。

ノーズギアに付いているロボットアームでドッキングステーをがっちり掴む。

見事ドッキング成功。

だが、まだ半分しか終わっていない。

真っ暗で何も見えないメインギアは宙ぶらりんのままである。

「隊長!左エンジンが止まりそうです!」とヨシミツ。

計器を見ると燃料切れのためか、左エンジンの出力がどんどん落ちていく。

もう時間がない。

タカシに航行灯を点けるよう指示を出す。

「そんな事したら、それこそ他から丸見えだぞ!」とタカシ。

それを聞いたヨシミツが

「ハギワラさん!燃料がもうありません!早く!」と断末魔のような叫び。

ヨシミツの叫びにタカシがビビったのか、スカイシップの航行灯がパッと灯りだす。

だが、あまり明るくならない。

点滅するストロボライトが発光した瞬間だけ、ロボットアームの位置が確認できる程度である。

「隊長!急いで!急いで!」と後ろからヨシミツ。

俺は人に急かされるのがいちばん嫌いなので、

「さあ…、どうしたものだろう…」とわざと余裕をかましてみせる。

案の定「隊長!こんな所で死にたくありませんよ!」とヨシミツは悲痛な叫び。

それを聞いて俺は

「最後まで俺に付き合うって言ってたのは、どこのどいつだ?」とヨシミツに言ってやる。

ヨシミツは半分ベソをかきながら

「状況が変わったので、気分も変わりました!」ときっぱりとした言い方。

やっぱりな…という感じである。

アナザースカイのストロボライトは1秒間に1回程度、パッと瞬間的に光るだけである。

光った瞬間、いい位置に付いてるなと思っても、次に光った時には全く別の位置に変わっている。

縫い針になかなか糸が通せないみたいに、物凄くイライラする。

ふと、ある事を思い出し、搭載兵器を確認してみる。

ミサイルや機関砲などの攻撃兵器は搭載していないが、チャフやフレアーなどの防御装備は積んでいるかもしれない。

搭載兵器のリスト画面を順次呼び出していく。

すると、フレアー弾が数発残っているのが目に留まる。

「ラッキー!」と俺。

早速タカシに連絡する。

俺の話しを聞いたタカシは「何だって!?」と驚いた声。

タカシが驚くのも無理はない。

アナザースカイに半分ドッキングした状態でフレアー弾を放出すると、俺が急に言い出したからである。

フレアー弾とは敵の赤外線誘導ミサイルに追尾された時、意図的に放出してミサイルから逃れるための閃光弾である。

それを放出すれば、しばらくの間、周りを明るく照らし出す事ができる。

だが、火の玉と同じようなものなので、ヘタをすればアナザースカイ共々燃え上がってしまうかもしれない。

タカシの決断を待つ。

タカシは1〜2秒考えたあと、

「他に方法がないんだろ?時間がないから早く済まそうぜ」と思ったより、あっさりとした言い方。

早速、行動に移す。

まずはエンジンをチェックするが、左のエンジンは既に停止してしまっている。

残りの右エンジンはまだ大丈夫のようだ。

閃光弾が打ち出される方向にも注意を払う。

万が一、アナザースカイのエンジンにでも吸い込まれたら、それこそ大変な事になるからである。

「それじゃあいくぞ!」と俺。

フレアー弾の打ち出しボタンを慎重に押す。

軽い衝撃が機体に走り、火の玉のようなフレアー弾が機体後方に向かって打ち出される。

その瞬間、モニター画面のメインギアがパッと明るくなった。

すかさずドッキング位置を確認し、操縦桿を手前にグッと引き込む。

「ガン!」と強い衝撃。

それと同時にロボットアームのロックレバーを急いで握り締める。

一瞬の沈黙をおいて再びモニター画面に目をやる。

「やったー!」とヨシミツの声。

しばらく静かだったので、てっきり死んでいるのかと思ったが、どうやらまだ生きているみたいである。

ストロボライトに時折照らしだされるロボットアームを注視する。

しっかりとドッキングステーを掴んでいるみたいだ。

放出したフレアー弾も大事には至らなかったようである。

ホッとすると同時に全身の力が一気に抜ける。

俺と同じように力尽きたのか、エンマコオロギのエンジンが止まり始める。

「お疲れさん…」とエンマコオロギに向かって俺。

コクピットの計器盤をそっと撫でてやる。

「それにしても随分早くに燃料がなくなりましたね」とヨシミツ。

ドッキングが完了して安心したのか、「フウーッ」と大きく息を吐く。

俺はふと、機体を身軽にするため、胴体燃料を半分しか入れていなかったのを急に思い出す。

その事を恐る恐るヨシミツに打ち明けると、意外にも高らかな笑い声。

てっきり苦情殺到かと思いきや、意表を突かれた感じである。

俺もヨシミツにつられて笑いがこみあげる。

二人で「ワハハ!…ギャハハ!」と騒いでいると、無線の向こうからタカシの声が入ってくる。

「俺の身勝手な行動も、まんざら捨てたもんじゃないだろ?」と何故か自慢げな言い方でタカシ。

「そのおかげで隊長たちが命拾いできたんだからね!」と、すかさずシズコも続いてくる。

俺は狭いコクピットで軽く伸びをしながら、

「やっぱり俺たちは世界一のチームだよな!」とデカイ声で叫んでやる。

今度は4人揃って大笑い。

エンマコオロギも燃料計を点滅させながら、笑っているように見える。

機体の運航後チェックを終え、メインスイッチを切る。

フッと計器盤の照明が全て消える。

それと同時に天空から、まばゆいばかりの光が降り注ぎ始める。

「うわっ!」と思わず俺。

空にきらめく星の多さにビックリする。

まるで宇宙を飛んでるみたいだ。

まさしく天然のプラネタリウムそのものである。

俺の声に驚いたヨシミツがあわてて何事かと尋ねてくる。

俺は黙ったまま天を指さしてやる。

間髪入れず「うおーっ!」とヨシミツもデカイ声。

あまりの壮大さに驚いたのか「はあー…」と、ため息ばかりついている。

俺たちは夜空を飛ぶことなど日常茶飯事だが、このように見事な星空にはなかなかお目にかかる事はできない。

しかも今回は運転手付きの手ぶら乗りである。

あとはバーカウンターでも付いていれば、それこそVIP待遇そのものであろう。

「嵐去り…、抜ける夜空の…、星明かり」とヨシミツ。

ガラにもなく一句ひねっている。

ヨシミツは学生時代、俳句クラブに所属していたそうだが、その割に詠む句はどれも今いちである。

ポケットからカエルのお守りを再び取出し、しみじみと眺めてみる。

中に入っているキャラメルをひとつ摘んで、酸素マスクの隙間から強引に口へと放り込んでやる。

腹が減っているので、やたらと旨い。

ヨシミツにも1個分けてやる。

「あの子の心臓の手術、うまくいくといいですね」とキャラメルをクチャクチャ食べながらヨシミツ。

「大丈夫だ。きっと良くなるさ」と俺。

再び満天の星空を見上げる。

「国同士の対立でいつも犠牲になるのは、子供などの弱者ばかりですよね」とヨシミツは急に真面目な事を言い出す。

「みんなが安心して暮らせる平和な世界が、早く来るといいですね」とヨシミツにしては珍しく感傷的な気分に浸っているみたいである。

この無限に広がる星空が、ヨシミツの気持ちをそうさせているのかもしれない。

俺は何かを思い出したように、

「心を込めて星に願いをかければ、その願いはきっと叶うだろう…」と、ひとりつぶやいてみる。

「何ですかそれ?」とヨシミツ。

「俳句にしてはムチャクチャですけど…」と結構手厳しい。

俺は笑いながら「ある歌の一節だよ」と照れ隠しをする。

流れ星が天の川を横切り、水平線へ向かって鋭い尾を引いていく。

俺は少年の無事を祈りながら、その流れ星を見送る。

頭の中でディズニーの『星に願いを』が、ゆっくりと流れ始めた。

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