25:スペイドとクロヴァ(選抜試合2)

 副団長は柄を握る手首を腰近くまで引いて足を大きく開き、一部の隙もない構えを見せる。

 一方スペイドは、剣を片手に持ち直し、普段と変わらぬ歩調で歩み寄ってきた。

 副団長はそれで油断するような事はなく、集中してスペイドとの間合いを読む。


 剣の長さも、腕や足の長さにも大きな差があった。剣の届く範囲は2倍近く違う。


 副団長は歩いて近寄るスペイドを十分に引きつける。そして間合いに入った瞬間、弾けるように一歩を踏み出した。地面をえぐるようにして真横からなぎ払う。

 スペイドはそれを後ろに飛んで避けた。期待通りの動きに副団長はほくそ笑み、手首を返して鋭い突きを放つ。スペイドは着地すると同時に半身になって剣先をかわした。それすらも読んでいた副団長は、突き出した剣をさらに横へ振る。巨躯から繰り出されるとは思えない、光の尾を引くほど素早い連続攻撃だった。


 副団長の狙いは「相手が自分の剣を受ける事」だった。剛力を誇る彼は剣身ブレイドごと相手の腕を折り、戦闘不能にしようと考えていた。腕を折りきらずとも剣が折れたら降参するしかない。

 狙い通り、スペイドは剣を縦に持ち斬撃を受ける構えをとる。


「もらった!」


 副団長は目を見開き、歯をむき出しにして、渾身の力を込めて剣を叩きつける。

 スペイドの持つ剣が中ほどから折れ、金属の砕ける硬く澄んだ音が響く。

 しかし腕を折ることはかなわず、剣筋が下にそらされて地面にめり込んだ。副団長は素早く飛びのいて距離を取り、体勢を整える。


 勝利を確信してスペイドの方を見ると、そこに目的の人物はいなかった。悪寒が走り真下を向くと、深い青色の瞳と視線がかち合った。一瞬意識が引き込まれるほど美しい瞳だった。

 反射的にのけぞり、身をよじるようにして後転した。その勢いで立ち上がった後も、後ろ飛びで白線のふちまで逃げていく。


 再び剣を構えると、スペイドは中央付近で立っていた。右手には中ほどで折れた剣が下げられている。

 剣の先に何かついているように見えた。初めは土だと思ったが、血だとすぐに気付いた。

 副団長は震える手で革の胸当てを手のひらでまさぐる。真ん中が縦に引き裂かれ、手のひらには真っ赤な血が付いた。先程の接近時、折れた剣で下から上に切り裂かれたのだ。


 試合は切れ味をわざとなくした、刃引いた剣を使う。つまり殺傷能力はなく、打撲かよくて骨折程度の怪我で済む。

 スペイドの持つ剣は、折れて先が鋭く尖っていた。それで革の防具を切り裂けたのはスペイドの剣技ゆえだが、彼が十分な殺傷能力のある武器を手にした事実は変わらない。


 スペイドは散歩するように副団長の方へと歩いて行った。

 優雅に微笑んで言う。


「次は首を狙うから防ぐように」

「冗談、ですよね」

「試してみようか」


 歩きながら、剣を持つ手を腰から背中側に引いて振りかぶる準備をする。

 前かがみになって重心を低くし、足裏で地面を蹴り一気に距離を詰めた。


 喉に剣先が届く瞬間、鋭い笛の音が鳴り響く。


「勝負あり!」


 スペイドは動きを止めると、つまらなさそうにため息をつき、剣を放り投げた。


 いつの間にかクロヴァがすぐ横に来ていた。

 スペイドと副団長の間に割って入り、冷静に告げる。


「部下を潰されては困ります」

「不幸な事故だ」


 白々しく言い訳をするが、クロヴァも副団長も、わざと剣を折らせて鋭利な武器を作ったのだと気付いていた。


 クロヴァは困惑する。

 普段彼が理性で抑えている激しい感情を、人前でこうもむき出しにしているのを見るのは初めてのことだった。


 数人の騎士が、傷を負った副団長に駆け寄る。副団長は自力で立ち上がり、怪我の程度を確認する。


 クロヴァは浅い切り傷以外の怪我がないと報告を受け、ほっと安堵する。

 スペイドに向き直り、怒りを抑えた声で言った。


「陛下、このような試合は騎士団全体の士気に関わります」

 

 騎士団は国王に忠誠を誓い、国王のために命をかけて戦う。 

 スペイドは王太子の頃から才覚を発揮させ、国王になってからも目覚ましい活躍で国を発展させていった。

 高潔で、賢明で、才気にあふれ、国を正しく導く国王だと信じているからこそ騎士たちは死地でも馬で駆け、剣を振るう。

 我が国の王は理想を体現したような人物であったのに、わずかに見えてしまった残虐性があまりにも相容れない。騎士たちは何を信じたらいいのかわからないという戸惑いの表情を浮かべていた。


 スペイドは返事をせず、去って行こうとする騎士を呼び止めた。怯えながら近付いてきた騎士から、腰の剣を抜き取る。


 反省の色のない行動に、さすがのクロヴァも鋭い声で咎める。


「陛下! もうお下がりください!」

「このままでは士気に関わるのだろう?」

「どうするおつもりですか」

「彼らの戸惑いは『この国王が暴走したらとめられないのでは』という不安からくる。それをお前が晴らせばいい。『騎士団長なら国王に勝てる』という事実は騎士団を一致団結させ士気が向上する。同時に、俺が負けることにより『先ほどの勝利はまぐれだったのでは』と俺への不信感も拭われる」


 前髪を乱暴にかきあげ、スペイドは不敵に笑った。


「本気で来い、クロヴァ。今なら国王おれに圧勝しても全員が納得する」

「そんなにもうまく事が運ぶでしょうか」

「試してみろ。――試合の合図を!」


 スペイドが叫ぶと、気圧けおされた騎士が開始の笛を鳴らす。

 クロヴァは苦い顔で鞘から剣を抜いた。


 しばらくは剣の打ち合いが続いた。

 様子をうかがっているのでなく、お互いに確実に狙った一撃を相手が受けてかわす、それの繰り返しだった。

 周囲で見守る騎士たちは、レベルの高さに圧倒される。


 スペイドは打ち込みながらクロヴァに言う。


「本気を出せ」

「本気ですよ」

「殺す気で来いってことだよ」


 スペイドはわずかな隙を狙い剣を下から振り上げる。クロヴァは踏み込みのタイミングをずらしてそれをギリギリでかわし、相手の足を狙って剣を払う。


 スペイドは迎え打って弾き、突きを顔に向けて放つ。急所への攻撃にクロヴァが驚いて気を取られた直後、剣をひるがえし腕をしならせて胴を真横から狙い、全力で斬撃を放つ。

 打ち合いで刃こぼれし、ノコギリ状になった刃がクロヴァに迫る。


 クロヴァはそれを剣の腹で迎え、衝撃を受けるのではなく、自身の剣を滑らせながら斜め上の方向へと振り払う。

 バランスを崩し隙のできたスペイドの脇腹に、クロヴァは掌底を放つ。

 防具のない彼に斬撃は与えられない。転倒させてからの寸止めで試合終了を狙った。

 しかしスペイドはクロヴァの胸倉を掴み、掌底をそらすと同時に自身の体勢を立て直した。そして避けられない距離で剣を振り下ろす。

 クロヴァは向かってくる剣先を身を引いてかわし、距離を取ろうと下がるが、スペイドは続けて突きを放つ。クロヴァはそれを自身の剣で絡めるようにしてすくい取り、渾身の力で真上に振り抜いた。


 スペイドの手から剣がもぎ取られ、空中に飛ばされる。

 剣は白線の外側の地面に深々と突き刺さった。


 試合終了の笛の音が何度も鳴り響く。


「勝負あり!」


 審判役の声は騎士たちの今日一番の歓声でかきけされる。


 肩で息をする2人。しばらく視線を合わせるが、先にそらしたのはスペイドだった。

 独り言のように言う。


「お前はいつも、俺には本気で向かってこないな」


 乱れた髪を手櫛で整え、服の裾を引いてしわを伸ばす。

 駆け寄って来た側近はマントを素早く取り付け、無言で背中を押し退出をうながす。しかしスペイドは側近を手で払いのけ、歓声を上げる騎士たちを振り返って右手を上げた。

 すぐに歓声がやみ、全員がスペイドに注目した。


 スペイドは手を下ろし、良く通る声で言う。


「国のため、励むように」

「はっ!」


 騎士たちは声を揃えて返事をした。

 先ほどまでの不信感は消えており、国王の剣技の素晴らしさに注目が集まり始めていた。


 スペイドは側近に追い立てられるようにして鍛錬場を後にした。


 鍛錬場近くの出入口から王城内に戻る。

 側近は何か言いたげに口を開くが、色々と悩んだ末に口を閉じた。鍛錬場でのことは何も言わないことに決めたのだった。

 それよりもまずは目先のことだった。


「昼食の時間が無くなりましたので、執務室で仕事をしながらとっていただきます。手配しておきました」

「助かるよ」


 こともなげに言うスペイドに、側近はため息をつきつつも、彼の後ろを一定の距離で追いかけた。

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