22:2回目の初めまして

 聖女降臨の歓迎のパーティである『聖女礼拝の儀』が迎賓館で開催され、多くの貴族が集まった。

 国王スペイドが開催を宣言し、聖女ダイヤがグラスを掲げると、会場は歓声に包まれた。


 ジルコニアは前回と同じ光景に戸惑いながらも、すぐに慣れ、父であるレンダー伯爵と挨拶回りを始めた。


 頃合いを見て、伯爵はジルコニアを連れて、スペイドとダイヤのいる輪の中へ滑り込んだ。


「このたびはおめでとうございます」

「レンダー伯爵、あなたの尽力があってこそだ。感謝する」


 スペイドは堂々とした態度で、倍以上年の離れた伯爵をねぎらう。

 そして仕事の話が始まった。ジルコニアは失礼にならない程度の視線で、スペイドのかたわらに立つダイヤの様子を見た。


 ダイヤは目を輝かせてジルコニアの方を見ていた。国王と伯爵の会話が終わるのを、今か今かと待っている。

 その様子に伯爵が気付き、その気配でスペイドもダイヤの方を見た。


「ダイヤ、どうした?」

「ジっジルコニア様に感動してッ! ガチのマジで美人ですね!」


(ああ、この感じ……)


 ジルコニアはきゅっと胸が痛くなる。

 出会ったばかりの、まだこちらの世界の常識に慣れていない頃のダイヤだった。


 前回は何度も会ううちに、ダイヤは淑女のふるまいを身につけ、最後にはジルコニアからみて違和感がないほどになった。

 最初はダイヤもうまく行かず、弱音を吐くこともあった。それを何度も励まし、共に過ごすことで、2人の絆は深まっていった。


 2人で過ごした時間も、彼女の努力も、思い出も、……凄まじい剣幕で怒った彼女も、すべて消えてしまっている。


 ここにいるのは前回のダイヤではない。

 再び2人で新たな関係を築かなければならない。


 喪失感と虚脱感が心を包み込み、目の前が少し暗くなっていく。


(クロヴァ様は、これを何度も……)


「ジルコニア様! 私、ホント会いたくて! そのっ推しっ、あっあっ、すみません。ちょっと興奮しちゃって」

「……私も聖女様とは仲良くしたいと思っていましたから、光栄ですわ。近いうちにお茶会などさせていただきたいですわね」

「お、お茶会! あのお茶会! ぜひぜひ、私からもお願いします!」


 聖女はパッと顔を輝かせ、胸の前で両手をぐっと握る。

 その無邪気な様子を、スペイドと伯爵は微笑ましそうに見守る。


「早速、友達ができてよかったな」

「ジルコニア、聖女様にくれぐれも失礼のないように」


 二人の優しい言葉に、ジルコニアは微笑んで頷いた。


 挨拶を終えた伯爵とジルコニアは、輪から離れて一息つく。

 伯爵はジルコニアに微笑みかけた。


「聖女様からあれだけの好意を向けられているのは望外の幸運だな。そういえば午前中に城へ行っていたようだが、そこで聖女と?」

「いいえ、お会いしていませんわ」

「神秘の記憶、というやつかな。これをきっかけに、レンダー家と神官たちとの確執が和らぐといいが。ジルコニア、頼んだぞ」

「はい、お父様」


 父親の期待の声掛けに、ジルコニアはしっかりと頷いた。生き残るためにも聖女と親交を深めることは必須だ。クロヴァのため、家のために、聖女と全力で仲良くならなければならない。


 そのとき、主催者用の出入口が大きく開いた。見ると、スペイドが手を振って退場していく。


(そういえば、陛下はこのあと控室を抜け出して、旧神殿の方へ休みに行くのね)


 ジルコニアは、ふと、疑問に思う。

 旧神殿はこの会場の控室とは全く反対側に位置しており、行くには迎賓館の壁を半周しなければならない。

 なぜ、わざわざ遠い場所にある旧神殿へ行ったのか。


(ハルト様は旧神殿を締め切ると言っていたから、中に入れないはず。陛下はそれを知らずに行くのかしら? それとも、陛下も鍵を持っている?)


 たしかに旧神殿は静かで、休むにはちょうどいい場所だった。

 しかし、控室でも人払いをすれば十分に休めるだろう。


(陛下は旧神殿に用事があった? 人目を忍ばなければならないような……?)


 ジルコニアの頭に恐ろしい考えがよぎり、心がざわめき立つ。息が浅くなり、胸を押さえた。


「お父様、疲れたので少し休みますわ」


 ジルコニアは会場を離れて玄関から外へと出た。足が自然と動き、旧神殿の方へ向かっていく。


(勘違いよ。そんなわけないわ)


 ジルコニアは自分自身に言い聞かせる。だが内心、彼女はその疑惑がほぼ確信に変わっていることを感じていた。


 王族の管理する守護樹の葉を持ち、旧神殿に置ける人物。

 国家機密である禁忌魔法を知ることのできる人物。

 ジルコニアの中で、あるひとりの顔が浮かび上がっていた。


 中庭を駆け抜け、篝火の明かりを目指して走る。

 旧神殿の入り口に着いたが、炎に照らされるそこには人のいる気配はなかった。


 彼が本当にここへ来るのか、いつ来るのか、わからない。

 ジルコニアはあたりを見渡す。その顔がさっと青ざめた。


(入り口が少し開いてる……)


 重い扉がわずかに開いており、中から漏れる光が大理石の床に細い線を描いていた。


 今朝、ハルトはこの扉を締め切ると言っていた。神座のないただの建物となった旧神殿に用事のある人はいない。


 彼女は震える足を前に進め、扉の片側に体重をかけてゆっくりと押し開けた。そして、隙間から体をねじ込むようにして、内部へと入り込んだ。


 中は驚くほど明るく、昼間のような光が満ちていた。これは特別な場所でのみ使われる光魔法によるものだった。


 目が光に慣れてくると、そこには予想していた通り、スペイドの姿があった。


「やあ、ジルコニア」


 スペイドは肩越しに彼女を振り返り、軽く挨拶をした。

 彼の右手は、ハルトの法衣の胸倉を掴んでいる。ハルトは苦しそうに顔をゆがめたまま、ジルコニアを睨んだ。


「来るなって言ったのに……!」


 スペイドが彼の服をより強く掴むと、ハルトはぐっと呻いて黙った。


 真っ白の大理石が輝く旧神殿。

 荘厳な祭壇を背景にして、この国の国王が大神官を締め上げている様子は、あまりにも異様だった。

 ジルコニアはしばらく信じられず、呆然としていた。

 

 ハッと我に返り、震える声で叫ぶ。


「何をしているのですか!」

「気にしなくていいよ。ハルトとは親しい友人なんだ」


 スペイドは無機質な笑みを浮かべたまま、何の説明にもなっていない説明をする。

 その間もハルトは苦しんでおり、スペイドの手から逃れようともがいていたが、スペイドの力には太刀打ちできない様子だった。


 ハルトは苦痛に耐えながら口元を笑みの形にして、かすれた声でスペイドに言う。


「なあスペイド、もう逃げないから放してよ」

「鍛錬不足だな。同じくらいの体格だ、自力で逃げたらどうだ」

「同じなのは身長と年齢だけでしょ。神官にはそういう筋肉は求められてないの」


 穏やかな口調の会話だが、二人の間には張り詰めた緊迫感があった。

 スペイドはしばらくハルトを見ていたが、突き飛ばすように手を離した。


 ジルコニアは心臓の音が早くなるのを感じていた。

 確かめたくない、という思いと、確かめなければならない、という思いで心が潰れそうになる。


「陛下、ここで何をされていたんですか」

「気にしないで」

「キミを殺そうとしてるんだよ。禁忌魔法をかけたのはスペイドだ」


 ハルトの言葉に、スペイドは表情を変えない。彼はおもむろに懐から薄い木箱を取り出し、そばの祭壇の上に静かに置いた。


 薬と木の混じったような匂いがほのかにかおる。

 何も言わなくとも中身はわかった。守護樹の葉だ。


 ハルトは苦虫を嚙み潰したような顔でその箱を見て、吐き捨てるように言う。


「考え直せ、スペイド」

「いやだね」


 スペイドは不敵に笑った。ハルトは射殺さんばかりに睨みつける。


「今朝、この葉っぱを見つけて、すぐにあんたの仕業だってわかったよ。この禁忌魔法は聖女の降臨と共に発動するから、あんたは事前にかけた魔法がちゃんと動いてるか確かめに来たんだろう? 今夜、絶対来ると思ったから、僕はここで待ってたんだよ」

「何のために?」

「バカなことしてるバカを、怒るためだよ! 何の罪もない彼女を、よりによって守護樹の葉の力で殺すなんて……お前、おかしいよ!」


 ハルトは叫ぶが、スペイドは眉ひとつ動かさない。言葉が届いていないことにハルトは失望の表情を浮かべる。


 ジルコニアは勇気を振り絞り、スペイドに聞いた。


「陛下は、私が殺したいほど憎いのですか? 話し合いも放棄するほど、嫌になったのですか? どうして……?」

「俺はジルコニアを愛している」


 どんな罵倒がくるかと身構えていたが、返ってきたのは正反対の言葉だった。

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