12:覚悟のゆくえ
室内にいる全員の視線がジルコニアに向けられる。
大勢から注目されることに慣れていたが、こんなにも冷たく居心地の悪い視線に囲まれるのは初めてだった。
(ひとつも間違えてはいけない)
「私は……」
極度の緊張で心臓が痛いほど脈打つ。思考がまとまらない。
何か言わなければ、という焦りだけが先走り、うわごとのように呟く。
「私は、聖女様と……お友達になりたくて……」
一瞬の間のあと、令嬢たちが大声で笑いだした。
「ずいぶんと正直なお答えですわね」
「聖女様のお優しさに付け込もうなんて、恥知らずにもほどがあるわ」
「レンダー家は神事には無関心ではなくって?」
「聖女様が降臨した途端にすり寄るなんて、はしたないですわ!」
手に持っていたバケットが床に落ちた。転がって椅子の下の暗がりに消えていく。
いいえ私は聖女様と純粋になかよくなりたいのですレンダー家は関係なく、私は聖女伝説が好きですから皆様も同じように思って聖女様とお会いしたときに私は私が聖女様と、だって、いいえ、聖女様は、聖女様が、私の、私も、私なんて。
ジルコニアは言葉を探すが、ぐるぐると考えが上滑りして口が動かない。
頭が真っ白になり、黙って立ち上がる。
「……用事を思い出しましたので、失礼いたしますわ。皆さま、どうぞこの後も楽しんでくださいませ」
ひどい言い訳だが、これしか出てこなかった。
一礼し、客間を後にする。
背中に投げられた忍び笑いの声を振り切るように、ひとりきりで王城の廊下を歩いていく。
歩く速度はどんどん早くなる。玄関ホールに着く頃には走っていた。
壁に手をついて、上がった息を整える。
近くにいた使用人を呼び止め、自分の馬車を正門に回すよう手配してもらう。
ジルコニアは壁から離れ、胸に手を当てて深呼吸を繰り返す。軽く巻いていた髪は乱れ、顔は真っ青になっていた。
膝が震えだす。
「ああ、私は……私は……だめね……」
誰にも聞こえないように弱音を漏らした。
自分を捨てる覚悟もなく、最後まで戦い抜く勇気もない。
彼に大見得を切って王城へとやって来たのに、何もできず逃げてきてしまった。
「クロヴァ様が、あんなにも弱り切るほど、私を助け続けてくださったのに。私はたった一度のこともできずに……」
声が震え、言葉が喉に詰まる。
自分が情けなくて涙がにじんでくる。
そのとき、後ろからバタバタと足音が近づいてきた。
振り返ると、ダイヤが手を振ってこちらへと走ってきている。その後ろに護衛やらメイドやらが続いていた。
「ジルコニア様!」
ダイヤはジルコニアの目の前に飛び込み、その手を掴んだ。
肩で息をしながら、泣きそうな表情で言う。
「ごめんなさい! あの子たちが意地悪を言っちゃって、怒ったんですよね。私、ジルコニア様から『会いたい』っていう手紙もらって、嬉しくて、あの子たちにも紹介したいと思って……。いつもはあんな意地悪言わないんです。本当はいい子たちなんです」
ダイヤは続きを言い
「私、このままジルコニア様とも気まずくなるのは、嫌なんです! ジルコニア様は私の推しで、でもこんなイベントはゲームになくって、まさか推しの方から来ると思わずテンパっちゃって……。えっと、つまり……」
ダイヤは短く息を吸い、真剣な表情で言った。
「私もジルコニア様とお友達になりたいんです!」
素直な言葉と感情を向けられる。
ジルコニアは感情が追いつかず、驚いた顔でダイヤを見つめ続けた。
黙ったままのジルコニアに、ダイヤは言葉が足りなかったと思い、たどたどしく説明する。
「みんな、私のこと聖女だからって甘やかしてくれてて、私もそれに甘えてたんです。でも今日、ジルコニア様の立ち振る舞いを見て、なんて美しいんだろうって感動しました。私、ジルコニア様みたいにキレイで格好いい人になりたいって、前からずっと思ってて……」
ジルコニアは呆然としながらも、疲弊して乾ききった心に、ダイヤの純粋な優しさが染み渡るのを感じていた。
鼻の奥がツンとして、温かな涙が出そうになる。
(彼女の無邪気さに嫌悪感があったけれど、それにいま救われている)
ジルコニアは、ダイヤが掴んでいる手をそっと握り返した。
「聖女様、あなたは本当に、尊い方ですね」
「とっ、えっ、とっ、どこがですか!」
「それは――」
ジルコニアはダイヤ越しに玄関ホールの奥を見た。
いつの間にか、4人の令嬢が集まっていた。
令嬢たちは、ダイヤと手を取り合っているジルコニアを睨みつけている。
ジルコニアは直感した。この4人はダイヤを言いくるめ、ジルコニアとの仲を裂こうとしている。
4人で均衡している力関係を、ジルコニアが崩してしまうのを恐れている。
ジルコニアの予想は当たっていた。
4人のうちの1人が口を開く。
「聖女様、レンダー伯爵家は神に背いた一族です。関わりを持つのはお考えになった方がいいですわ」
棘のように鋭く、氷のように冷たい声だった。
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