11:聖女と友達に

 聖女の茶会に招かれたジルコニアは、案内された客間へ足を踏み入れた。


 そこにはジルコニアの他に、聖女――ダイヤと、色とりどりのドレスを着た令嬢たち4人がソファに座っていた。壁側には10人以上のメイドが控えている。

 テーブルには人数分の紅茶と、お菓子やフルーツが所狭しと並んでいた。


 パーティでよく固まっている4人だな、とジルコニアはすぐに思い出した。

 どういう手を使ったのか、ダイヤの『お気に入り』の令嬢となっていたようだった。


 令嬢たちは冷ややかな目でジルコニアを見る。

 歓迎されていないことは明らかだった。


 ジルコニアはその視線を受け流し、ダイヤに近付いた。

 刺繍入りのハンカチを入れた箱を渡しながら、声をかける。


「お招きありがとうございます、聖女様。こちら、ささやかですがお礼の気持ちですわ。ぜひ受け取ってください」

「わあっ、ありがとうございます! お土産なんていいのに!」


 ダイヤは無邪気に笑い、箱を開けることなく近くのメイドに渡した。

 ジルコニアはその失礼さに驚くが、ぐっと我慢して微笑みを維持した。

 ダイヤは人差し指でテーブル越しのソファを指さす。ダイヤとは正面で向き合い、左右に令嬢たちが連なる並びだった。


「ジルコニアさんはそこに座ってください! じゃあ、お茶会初めましょう!」


 ダイヤの宣言により、茶会が開始された。

 さっそく、4人の令嬢が一斉に口を開いてお喋りを開始する。


「ねえ聞いて、この前のお話にあった伯爵様、やはり不倫されてるみたいよ……」

「そういえば、あのときの彼の失敗談には続きがあって……」


 その内容はジルコニアにはわからない話題ばかりだった。

 視線を向けて会話に入るタイミングをうかがっても、一切の隙が無い。新参者のジルコニアを会話に入れないよう結託していることが丸わかりだった。


 ダイヤと仲良くなる前に、目の前の4人が大きな壁となって立ちふさがる。


(お招きいただくチャンスは今日が最後かもしれない。絶対、ダイヤ様に気に入られないと……)


 焦るばかりで、ダイヤと話すタイミングがなかなか掴めない。

 ジルコニアは落ち着くため、出された紅茶を手に取った。ティーカップから口を離すと、4人の令嬢からクスクスと忍び笑いが起こった。


「ジルコニア様はほんとうに所作が綺麗ですわね」

「ええ本当、見とれてしまうわ。でもここは聖女様がくつろぐ場ですから、もう少し崩していただいてもいいんですのよ」

「日々お勉強に励んでいる聖女様に気を抜いていただきたいのに、それでは緊張させてしまいますわ」

「ねえ聖女様、気にせず飲んだり食べたり、おしゃべりして楽しみましょうね」

「う、うん……」


 話を振られたダイヤは雰囲気の異様さに圧倒されている。

 しかし4人の令嬢が口々に美辞麗句を並び立てると、すすめられるがままにクッキーを口に頬張って食べ、喉を鳴らして紅茶を飲んだ。


「おいしー!」

「聖女様のその幸せそうな顔を見ると、我々も嬉しくなりますわ」

「えへへ」


 場の空気は表面上穏やかなものになった。

 令嬢たちも、口をあけて笑いながら、お菓子の粉をポロポロと落とし、楽しそうに飲み食いをする。


 ダイヤは口についたクッキーの粉を手で払い、笑顔で言う。


「はぁー幸せ! ジルコニア様もどんどん食べてくださいね!」

「……ええ」


 ダイヤが自由奔放に振舞う姿を、令嬢やメイドたちは微笑ましそうに見守っていた。ダイヤが何もはばかることなく天真爛漫に過ごす姿こそ正しいと信じて疑っていない。


 ジルコニアはそろえた両手を膝に置いたまま、静かに笑みをたたえる。


(これでは聖女様が可哀想だわ)


 ダイヤは聖女の能力開発の他に、この社会に馴染んでもらえるよう、貴族の娘が習うべき礼節や教養をひと通り学ぶことになっている。


(てっきりその淑女教育を怠っていると思ったけれど、周りにいる付き添い人がでは、教育は意味を成さないわね……)


 周囲がダイヤを甘やかし、彼女は流されるがままになっている。

 これでは早晩、無作法な振る舞いこそ正しいと思いこむようになるだろう。


 聖女とは国を救うかなめの存在だ。聖女に気に入られればその家の影響力が高まる。聖女に少しでも取り入ろうと、誰も彼もが聖女のご機嫌取りに終始する。

 聖女伝説による聖女人気に加え、各家の思惑も乗っかり、もはや無法地帯となっている。


「わっ、これおいしー!」


 ダイヤはスライスされたバケットを食べながら、目を輝かせて大声を上げた。

 4人の令嬢は我も我もと奪い合う。


「ほんとう、おいしいわね!」

「わたしもいただくわ」

「今日の一番はこれで決まりね」

「こっちのジャムも合うわ!」


 令嬢たちはバケットをひと口大にちぎることもせず、ジャムをたっぷりのせてかぶりつき、頬についたジャムの模様に笑い転げている。

 ダイヤも大声で笑っている。


(私もこの雰囲気に迎合すれば、聖女様と仲良くなれるのかしら)


 令嬢たちもメイドたちも、目の端でジルコニアの出方をうかがっている。社交界で高い評価を得ている彼女が、果たしてこの場でどう振舞うのか。

 その冷徹な視線を感じながら、ジルコニアはテーブルの上のバケットをじっと見つめる。


(これに歯を立てて噛み千切れば、聖女と仲良くなることができる)


 クロヴァがここまで繋いでくれた命。自分が道化になって笑われるくらい、些末な代償だ。

 彼のいままでの苦労に報いるには、心を殺してすべてを捨てなければならない。


 ジルコニアはバケットを両手で持つ。

 そして、ゆっくりと口元へと持ち上げていく。


 脳裏に記憶が浮かんだ――。

 礼儀を根気強く教えてくれた家庭教師、夕食の席で食べ方を褒めてくれた両親、社交界での振る舞いが完璧だと評価してくれた親戚。

 大勢の人がジルコニアに期待し、彼女はその期待に応え、評価と信頼を積み上げてきた。


(でも、それも、すべて生きていてこそよ)


 バケットを持つ手に力が入る。手が震えそうになるのを必死でとめる。


 心にヒビが入っていく。大切な何かが暴れそうになるのを、踏みにじって抑えつける。


 覚悟を決めて目を閉じた、そのときだった。


「あのっ、ジルコニア様に、ちょっと聞きたいことがあって」


 ハッとして目を開けると、ダイヤの大きな瞳と視線が合った。

 ダイヤは純真な表情で、少し首をかしげて聞く。


「今日はジルコニア様から会いたいって言ってくれたので、こうやってお招きしたんですが、どうして参加しようって思ってくれたんですか?」


 令嬢たちが冷笑を浮かべてジルコニアを盗み見る。

 その顔にはくっきりと『聖女に取り入るためでしょう』と書かれている。

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