第437話 極限Dreamer



偶には新しいネタでも……と思ったけれど、コレも考えてみたらもう10年経ったんだよなぁ……




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「まぁ、それは仕方ありませんね。では早速……いただきます」


 クリンはパンッと音を立てて手を合わせると、何時も懐に忍ばせている二本の棒――箸を取り出し、早速とばかりに麺を持ち上げる。


 通は先ずはスープ、とか言われるが『麺料理なら先ずは麺だろ』と言うポリシーだけは譲れない少年は、勢いよく麺を啜り込む。


「ズゾゾゾゾゾゾッ!」

「う、うわなんだよキッタねぇ!?」

「うは、相変わらずその音立てるのよな!」


「ああ、やっぱりラン麺はそう言う風に食べた方が美味いっすよね! 自分も最近は坊ちゃんの影響でどうしても音を立てるっす!」


 遠慮なく日本人の本能を解き放って豪快に麺を啜れば、その音に慣れていないカルロは眉を顰め、前の村で散々聞かされた音にマクエルは苦笑いし、ハーゲンはもう慣れたのかニコニコとした顔で見ている。


 だが豪快に麺を啜ったクリンの方はカルロと同じく眉を顰めてしまう。


「むっ……コレは大麦主体の麺ですが……麦の風味が強い。そして強い弾力がありながらも歯切れがいい……もしかしてこの麺、寝かせています?」

「ええ……何で解るっすか!? 確かにそれは三日前に打った麺っす。 どうも打って直ぐ茹でるよりも、何日か寝かせてから麺にする方が麺のコシってやつが落ち着く感じがするんでそうしているんですが……まさか坊ちゃん、この方法知っていたんすか!?」


「ええまぁ……ちきゅ……ボッター村でも流儀が幾つかあって、その中の一つに麺は数日置いて発酵させて使う方が味がこなれてコシも強すぎずに丁度いい加減になるとして好む人もいます。ただ大麦でも出来るとは知りませんでした……」


 前世地球での麺作りは沼である。麺を作るだけの製麺所がある事から解る様に、使う麦の種類、粉の荒さ、組み合わせ、加水率、捏ね加減。それらが複雑に絡み、更にはクリンが言った様に発酵させたりする場合もある。


 その為、そこに注力してしまえば他に何も出来なくなる程に深い世界だ。鍛冶をメインに据える気でいた当時のクリンは流石にそこまで研究する気は無く、その関係で麺を寝かせて打つ技法はハーゲンに伝えて居なかった。


 それを自力でそこに思い至って改良を加えている。その試行錯誤こそ職人である。その思いが――チクリ――と再びクリンの心に棘を刺す。


「……ぼっちゃん?」

「ん? ああスミマセン、別に何でもないですよ」


 動きの止まったクリンを不思議そうな顔で見て来るハーゲンに、クリンは笑って誤魔化す様にすると、横に置かれた匙を使ってスープを掬う。本当は丼を持ち上げて啜りたい所だが、深い作りとは言え皿なので安定感が悪く、クリンも前の村では匙を用意している。


「む……微かにトロリと舌に絡む様な感じがしますね……コレが蛇骨の特徴でしょうか……コラーゲン質がおおいのかな? そして……ああ、ちゃんと香味野菜も入れている。ちょっと覚えのない物が多いから、コレは向うの町で手に入る香草類が主体ですかね」


 クリンが汁を一口啜ってから言うと、先に食べていたカルロとマクエル、そして様子を見ていたハーゲンが驚いた顔をする。


「何でそれしか食ってねえのに解るんだお前!? やっぱりアンタらの村、ちょっとおかしいだろう!?」

「おかしいのはコイツだけなのよ。でも……言われてみれば確かにそう感じて来るから不思議なのよな……」


「まさか一口ずつ口にしただけでそこまで見抜かれるとは……流石っす、坊ちゃん! もう坊ちゃんの作るラン麵に並んだと思っていましたが、そんな事は全然なかったっす……まさか全部掌の上だったとは……」


 三者三様の言葉で驚いているのを尻目に、クリンはハーゲン製ラン麺を啜って行く。再び麺を啜り汁を飲む。やや麺の味に飽きてきたら具を少しずつ口に入れる。


 先ずはメンマ。もっともモドキであるが、茎のシャキシャキ感と芋科の植物特有のモタッとした食感が確かにメンマを思わせて来る。


 青い葉は少しだけ特有の臭みはある。だが汁やリーキと一緒に口にすればその臭みも気にならず、舌のリセットに丁度いい。


 そしてチャーシューモドキ。かなり淡泊な身質だが、代用醤油を塗って焼いただけあって香ばしさが溜まらない。そして。


「この香り……代用醤油に使ったお酒はワインじゃなくて別の物ですか? それに、なんか僕の知らない材料も使われている様な……」


 チャーシューモドキと汁を合わせて飲めば代用醤油の輪郭がはっきりと解り、クリンは自分が教えた物と違う作り方がなされていると感じる。


「脱帽っす。コレは気が付かれないと思ったんすけどね……一応ワインの一種なんですが、南の方に梨でワインを作る地域があるっす。こっちでも少量ですが流通しているっす。その梨ワインは渋みが少なくて白ワインに近いっすけど香りが弱くて甘味が強いっす。そして、その梨ワインに同じ地域の梨の塩漬けをつけ込んだ物を使ったんすよ!」


 ハーゲンの話では、梨ワインに塩漬け梨を浸した物はこのワインの生産地ではポピュラーな調味料で、塩漬けにされた梨は一年以上寝かされ発酵しており、それを梨ワインに漬け込むと、魚醤に近い調味料になるそうだ。原料が梨であるので魚醤の様に魚臭さは無いので使い勝手がいい調味料として輸入されているらしい。


「成程……香りと風味の弱い、薄い醤油に近いけど……いや、やはりどちらかと言えば消毒薬臭い塩水みたいな感じですね……」


 実物を見せて貰って軽く味見したクリンがそんな感想を持つ。


「ええ。ですが坊ちゃんのダイヨーショユーとか言う物と同じレベルに作るのは無理なんで、自分なりに試してみたら風味がこなれるのか、いい味になったっすよ!」


 と、自慢気に胸を張る。


「成程……僕と同じ事が出来ないからと諦める訳ではなく、独自路線で改良しましたか」


 改めて匙でスープを掬い、代用醤油が利いたスープを啜る。クリンの作った物だとややみたらし感が出てしまっているのだが、こちらはみたらし感はない代わりに薄口醤油の更に風味が弱いバージョンに感じる。


「ただ塩味は尖っていますね。これ、もう少し骨を強めに焦がして香ばしさを出すか、代用醤油を作る時に砂糖か蜂蜜を使って焦がした香りをプラス出来ればもう少しコクが出て塩味に負けないと思います」


 クリンの代用醤油程に醤油感が無いので物足りなさはある。だが醤油その物を知らない筈のハーゲンがココまで出来るというのも驚きだ。


「おお……成程っ! 言われてみれば、坊ちゃんの作るラン麺のショユーは、香ばしさも有ったっすね! そうか、アレがコクってのに繋がるのか……」

「もしくは、このチャーシューモドキを、代用醤油で焼いた後にそのまま醤油に漬けこんで一日とか置けば、焼いた香りが移って強くなるかもしれませんね。肉に味がしみ込むし、醤油には肉の味が移るので一挙両得かと」


「ああ……そうか、その手がありましたか! 流石坊ちゃん! 次々と改良点が出て来て実に助かるっす!!」


 クリンの意見を聞いたハーゲンは飛び上がらんばかりに喜ぶ。既にクリンのラーメンに並んだのではないか、と考えていたがまだまだ改良点があり、この先があるという事が知れただけで、この男には得難い財産として受け入れられている。


 普通ならダメ出しされたら凹む物だろうが、あくまでも先を見て、さらなる改良を求めるその姿勢は、物作りをしている時の自分の姿と重なり……クリンはまたチクリと胸に棘が刺さった感覚が拭えないのであった。


「ええ、お前こんなに旨い……ラン麺だったっけ? パスタ料理にダメ出しとかスゲエな!? 俺なんか旨い以外何も感じねえぞ!?」


 少年の言葉に、一足先に汁まで飲み干していたカルロが慄いた様にクリンを見やる。彼にとっては未知の料理であり、これ以上旨く出来るなんて全く信じられなかった。


「ま、元々ラン麺はコイツが教えてくれた料理なんだわ。勿論オレの作るドン・カッツェやテンプルーンとかの揚げ物料理もな」

「そうっす。自分が無理言って坊ちゃんに作り方を教わったっす! そのままだとどうやっても坊ちゃんのレベルに追いつかないから自分なりに考えて改良して追いついたと思って商売を始めたんすが……やはりまだまだだった様子っす!」


「……あんでアンタらが嬉しそうに言うんだよ。でもまぁ……言われてみればコイツの屋台料理はどれも美味かったしなぁ……そうか、コレももっと旨くなるのか……トンデモねえなぁ、クリンはよ……」


 剣鉈からラン麺まで、何でも作って見せるクリンにカルロは改めて舌を巻く思いだ。しかも作った物のどれもが今まで見た事も無い水準の物と来れば尚更だ。


 しかし。


 現在はそれを行う事が出来ないクリンは、羨望とも取れる眼差しを向けて来るカルロの視線を受け止める事が出来ずに視線を深皿に盛られたラン麺に落し、後は黙って全てを平らげるだけだった。


「ご馳走様でした。いやぁ、不満点は幾つかありますが、それは元々僕の作るラーメン自体が完全に再現出来ていない物ですからね。しかも商売として考えたら、僕の物よりも遥かに完成度は高いと思いますよ。自分一人でここまで改良出来たのは素晴らしいです」


 汁までキッチリ飲み干したクリンがそう言うと、


「ぼ、坊ちゃんに褒められた!?」

「おお、クリンが及第点を出したのなら自信を持っていいのよな!」


 ハーゲンは感極まった様に涙目になり、マクエルは青頭の青年の肩を叩いて褒める。


 マクエルも前の村で何度もラン麺を食べていたのでハーゲンの腕が向上している事は認めていたが、独自改良にまで手を出していた彼のラン麺がクリンに褒められた事で、まるで自分が褒められた様に嬉しく感じていたのだ。


「ううっ……グスッ……待っていてください、ぼっぢゃん゛……必ずぼっぢゃんをごえるようなラン麺をづぐって見せるっズ……」

「ばっか、何を泣いているのよな……ううっ……こ、ココまで作れたんだ! 直ぐにクリンのラン麺よりも美味いのが作れるのよなっ! グッスン……」

「何だコイツ等!? そんな泣くような事か!?」


 経緯を知らないカルロが眉を顰めて引いているのを、クリンは「アハハハハハ」と笑いながら眺めている。























 

 ああ、悔しい。こんな旨い物を、自分が考えつかないでハーゲンに考えられてしかも改良までされてしまった。


 こんな面白そうな事を、他人がやっているのを、ただ完成された物を食べて評価するだけとか、こんな屈辱は無い。


 ああ、妬ましい。足りない物を創意工夫で元の物よりも良い物に少しでも近づき、追い越していくまで手を加えて行くなんて、それこそクラフターの最大の楽しみじゃないか。何でそれをしているのが僕じゃなくて青剃りハゲなんだろう。


 ああ、羨ましい。自分ならもっと別のアプローチでこれよりも美味いラーメンに仕上げられるだろうに。


 梨のワインに梨の塩漬け? そんな楽しそうな食材を何で僕では無くハゲが見つけているんだ。ああ悔しい、妬ましい、羨ましい。


 何で今の僕はこの改良が思いつかないんだろう。何で今の僕はラーメンを作ろうと思わないのか。目の前で他人に楽しそうに作られる事程、クラフターとして腹の立つ事など無いというのに。ああ羨ましい腹が立つムカつく。





















 結局クリンはカルロをなだめながらも、二人の様子をニコニコとしながら見つめるだけであった。




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少なくとも、この回のドリーマーはクリンでは無いです。(´_ゝ`)


そして、お忘れかも知れませんが……クリン君は結構負けず嫌いです(*‘∀‘)

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