第201話 転生少年の見つけた場所。
お待たせしました。書くのに時間が掛かる様になった代りに文字数は増えています(笑)
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手続きの関係で出遅れたが、場所は開いていたので市場に参加する事は出来た。都合の良い事にいつもクリンが露店を開く区画が空いていたのでそこを借りる。
尚、薬を塗ったとは言え依然クリンの顔は虫刺されでボコボコだったので受付してくれた役人がビクッとしていたりした。
受付で貰った鑑札をレッド・アイの首に括り付け、市場を進んでいく。メイン通りは既に市が開いているので裏通りを通って何時もの区画に向かう。
裏通りはやはり曰く有り気な連中が居るのだが、隣を大型犬サイズのレッド・アイが付添っているお陰かちょっかいを出そうとする者は居ない。
「うん、一人でやりたいのも山々ですが、こう言う光景をみるとやはり君が付いて来てくれるのは非常に有難いですねぇ」
「バフッ!」
クリンの言葉にレッド・アイが「任せてくれ!」とばかりに吠え、その頭を撫でながら何時もの通りに到着する。と、
「んぉ!? 来たっ!? やっと来たかボーズ!! ……ボーズだよな?」
ボロアパートの前でやる気の無さそうな恰好で壁に寄りかかっていた女性、リッテルがクリンの姿を見留め声を掛けて来るが——虫刺されでパンパンに顔を腫らした六歳児の姿にギョッとした顔をする。
「おや、おはようございますリッテルさん。はい僕ですが何か?」
「何かって……暫く姿くらませて、ようやく出て来たと思えば、そんな赤ムクレの顔を見たら見間違えもするってもんだろうよ……って、なんだその犬? 顔と言い連れといい、どんどんケッタイになっていくねぇ……」
リッテルは呆れた顔で言うが、ハッとした顔になり、
「ってそんな事はどうでもいーんだよっ、ボーズ、今日来たって事は露店するんだよなっ! な? そうだよなっ?」
「はい……? はい、そのつもりです。丁度この場所が空いていたので受け付けてきました。これから準備しますので……」
「せ、セーロン・ガーンは!? 持って来ているよな、今日売るよな、なっ!?」
「は、え? 何でそんな必死に……って、え?」
「だからセイロン・ガーンだよっ! ウチの連中がまたアタリ引きやがった! 前に買った分があるから全員治ったけどよ、もうストックがねえのよっ! ったく、中々来ないからこっちは何かあったのかとヒヤヒヤ物だったんだぜ、ホント!」
壁にもたれていたかと思えば飛びつくような勢いでクリンに近寄り、肩を掴んでガクガクと揺する。隣にいるレッド・アイが一瞬警戒するような様子を見せるが、悪意を感じないのか戸惑った様に「バフッ?」と小さく吠える。
「ちょ、在りますから! 持って来ていますから落ち着いてください!」
この勢いで揺らされたら流石に髪の毛の中のロティが飛び出しそうなので、慌てて髪を押さえつつリッテルを落ち着かせる。
「あ、ああ悪いねボーズ。でも中々来ないボーズも悪いんだよ? 今日の夜からまた商会連中の夜会にウチの連中が何人も招待されてんのよ。知っているかいボーズ? 商会の奴らは見栄張る為に豪勢な飯食わしてくれるんだけどさ、その飯の為の食材集めるのに時間が掛かるから肝心の飯は傷んでいる事が多いんだよ! こちとら商売だから全く食わねえわけにもいかねえんだよっ! なのに頼みの綱のセイロン・ガーンの予備はもう無いわ、なのにボーズはもう十日も顔出さないわ、どうしようかと思ってたんだよっ!」
「そ、それは申し訳ありません……? ですが、腹下す位に傷んでいる事が分かっているのなら食べなければ良いのでは? と言うかそんなに酷いのなら商会も仕事にならないのではないんです?」
「アイツらはよ、招く側だからロクに食わねぇんだよっ! そして大体はある程度食ったら酒に行くんだ。だからあまり腹ぁ下さねえんだ。だけどよ、ワタシら女は違う。酒カパカパ飲むわけにもいかねえから、飯食って『まぁ凄い』とおだて褒めるのも仕事の内なんだよっ! 傷んで臭ぇのを香辛料で誤魔化しているだけだと分かっていても食わなけりゃならねえんだよっ! 宴席の花も楽じゃねえんだよボーズ!?」
実に切実な顔で言われるが、まだ六歳のクリン君(中身はもう二十二歳だが)には良く解らなかったので「はぁ」と気の抜けた返事をしただけで軽くスルーした。
「まぁ、商品の数合わせもありますから、今日も持ち込んでいますが……ただこのペースで薬が足りなくなるというのは良い傾向では無いですね。なんちゃって正露丸は確かに良く効きますが、良く効く薬はそれだけ体に負担がかかる物です。短期間の間にこのペースで使用していけば体を壊したり、効き目が出なくなったりしますよ?」
商品が売れるのは有難い事だが、薬の類いがこんな頻度で売れるのは薬師としては余り宜しい事では無い。直ぐに治るからと毎回腹を下す様な生活が健康にいい訳が無い筈だ。
「うっ、その通りなんだけどね……しかし、ワタシらにも付き合いって物があってね。仕事上どうしても避けられないってのがあるんだよ」
「だとしても、です。体を壊してまでする仕事とは思えませんね。そもそも、僕が薬を売る前までこんな頻度で下痢していましたか? 買って頂けるのは有難いですが薬なんて本来売れない方が良い物なんです。どうしてもと言う時なら喜んで売りますが、薬有りきで調子に乗って体壊す位なら売らない方が余程その人の健康の為だと思いません?」
「テオドラのバーサンみたいなこと言うねボーズ……ガキでもやっぱ薬師って事なんだろうね。でも確かにボーズの薬で下痢がすぐ直るってんで、ウチのがやたらと接待仕事押し付けて来る様になったのは事実だね……薬有りきで仕事考えるのは確かに危険かねぇ」
言われて思い当たる節があったのか、考え込みだしたリッテルにクリンは、
「ちゃんと考えた方が良いですよ。余り頻度が高いようだとかえって薬が毒になる事もありますから、最悪はリッテルさん達には購入制限を付ける必要が在るかも知れませんし」
と、言いつつ自分で背負っていた背負子とレッド・アイに背負わせていたリュックを地面に降ろすと「まぁ今回分だけは売りますが次からは頻度落としてくださいね」と言いつつ露店の準備を始める。
と、それを見つけたのか隣で既に露店を開いていた野菜売りのオヤジがギョッとした顔をして、直ぐにクリンの方に飛んで来る。
「あれ、ボウズ!? ようやく来たと思ったら今日はそこで露店なのかい!?」
「あ、オヤジさん、お久しぶりです。ええ、ちょっと間が空きましたがその分商品も溜まったのでこちらで……」
「し、汁物は!? 何時ものスープは!? この区画は火気厳禁だろう!?」
「え? はい、火は使えませんね。ですから今日はありませんね」
「そ、そんなっ! 十日もお預け食らったのに無いなんて! ここ最近のオレの楽しみだったのにっ! 何で売らないんだい!?」
再び肩を掴まれそうだったので——流石にオッサンに肩を掴まれたくは無かった——サッと身をひるがえして避けたクリンはアッサリとした口調で、
「何でって……元々食材が揃わないと売っていませんでしたし、それにもう結構暑くなって来たじゃないですか。夏も目の前のこの季節に熱々の汁物も無いでしょ。ですから暫くは、と言うか涼しくなるまでは終了ですよ」
と言うと、オヤジはこの世の終わりの様な顔をする。
「そ、そんな……この辺りでオレの野菜を使ってあんな旨い物を作ってくれる店なんて無いのに……ここ最近の楽しみだったのに……」
「そう言ってくれるのは有難いのですが、実際にここ最近は売り上げが落ちていましたからね。流石にこの陽気で暖かい物は売らないですよ」
「オレなら暑くても気にしない! とは言え、流石に売り上げが掛かっているから無理強いも出来ないか……」
と、落ち込んでいたが、やがてある事に気が付きハッとする。
「ま、まさか食べ物の販売自体涼しくなるまでしないつもりかい!?」
「勿論。夏場は食べ物関係が傷みやすいですから売らないつもりです。衛生的に不安ですからね。合わせて火も使わなくなりますから鐵具の修理もしばらく休みですね。夏場の鋳掛なんてぶっちゃけやりたく無いですし」
クリンがそう言うと、目の前のオヤジだけでなく、周囲の露天商達も驚いたように声を上げる。
「な、なんだって!?」「え、汁物は確かに夏場には要らないけど、食べ物自体売らないの!?」「え、修理も無いの!?」「ええ。最近漏れる鍋があるから頼みたかったのに!?」
などと声があがり、クリンは思わずビックリしてしまう。
「あれ!? 何か意外と僕の商売需要があります?」
「当たり前だろボウズ! ここ最近のオレ達の飯のお供だったんだぞあの汁物!」
「そうだ! それに商売道具を多少手荒に扱ってもボウズが直ぐに修理してくれるから安心して商売できたんだぞっ!」
「そうそう、汁物も毎回同じじゃなくて色々種類があったから楽しみだったんだ!」
「落として凹ませた鍋も直ぐに直してくれたしなっ!」
と、口々に言われ、半ば揉みくちゃ状態になる。中々カオスな状態だが初めてこの場に来たレッド・アイはどうした物かと困り顔で少し離れた場所で座っていて、溜まらずクリンの頭から逃れたロティが姿隠しを使ったまま、精霊獣の尻尾の陰に隠れていたりする。
そんな騒ぎを止めたのは、
「おいテメぇら騒いでんじゃねえよ! ボーズが商売始めらんねぇだろうが! ワタシぁボーズからセイロン・ガーンを買いてぇんだよ、とっとと自分の店に戻りな!」
と、先程から蚊帳の外にされていたリッテルの怒鳴り声だった。彼女の剣幕に押されて騒いでいた露天商達も一瞬で黙る。が、
「うるせぇよ、こちとら商売の話をしてんだっ!」
「そうだ、飯と飯の種の修理が掛かってんだっ!」
「年中下痢しているアバズレはすっこんでなっ!」
静かになったのは一瞬の事。あっという間に怒声が浴びせられる。流石市場の中で一番荒っぽい連中が集まる区画。一般……では無いが客であっても平気で怒鳴る。
しかし、怒鳴られた相手は女性の身でありながら、そんな連中が目の前で店を開いている場所のど真ん中にあるボロアパートで寝泊まりする剛の者。しかもお子様には言えない商売であると公言している女性だ。
「あンだとジジィ! こちとらテメエらの露店から買い物もしているお客様だぞボケ! 誰が年中下痢だコラ、キン○マ潰すぞおぉん?」
「ああん!? 客だろうが商売の邪魔するなら叩き出すぞ!?」
「オレのタ○はテメエみてえな小娘に潰せる程小さくねえよ、すっこんでろ!」
ギャァギャァと言い合い余計に人が集まり、余計にカオスな状況になっていた。
「……アバズレの方はスルーなんですね。と言うか、何でこの人達勝手に喧嘩始めているんだろうね?」
「バフン?」
ちゃっかりと喧騒の輪から逃げ出したクリンが、同じくボロアパートの壁際に退避していたレッド・アイに声を掛けるが、当の精霊獣様は状況が理解出来ていないらしく、小さく吠え声をあげて首を傾げるだけだった。
「でもまぁ……こう言うの見ると、いつの間にかココは僕の居場所ってヤツになっていたみたいですねぇ」
取っ組み合いになりそうな、露天商達の様子を眺めながら何となくクリンが呟く。先程テオドラの所で感じた小さな棘は、今自分の事で騒いでいる彼らの姿を見ていると消えて行くような感覚を覚える。
良くも悪くもこのカオスな状況は、少年の様な異物でもこの世界に馴染んでいけると教えてくれているようで、不思議と心が落ち着いて行くのを感じていた。
「とは言え、この騒ぎは少しマズいかな。このままだと僕が追い出されかねないね」
もう少しこの喧騒を楽しんでもいいのだが、衛兵とかに来られたら流石にマズいので、クリンは騒ぎを納める事にする。
「はいはい、そろそろ落ち着いてください! これ以上騒ぐ様でしたら今日の商売は取りやめて帰りますよっ! それに騒ぎが大きくなったら僕がこの市場から追い出されますからね? そうしたらもうここで商売はできなくなるんですよ?」
パンパンと手を叩き、大きな声でそう言うとピタリと騒ぎが止む。気性の荒い連中であっても損得勘定は素早い様で、これ以上騒いで少年が露店をしなくなる事の方が不都合があると判断し、瞬時に騒ぎは収まるのであった。
「……こんな所だけ無駄に統率が取れ過ぎでしょう、この人達」
あっという間にそれぞれの店に戻り出した露天商達と、行儀よく店が開くのを待ちだしたリッテルの様子に、クリンは苦笑を浮かべるのであった。
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調教された商人は厄介だ。統率された商人はもっと厄介だ。なんてな!
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