第199話 ブッシュ・クラフトナイフの完成とその後。
どうしても長くなるナイフ制作も今回で終わり、日常が戻りつつあります。
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この後の作業はハンドルの加工と取り付けだ。ヤスリでウォールナットのハンドルを持ちやすい形状に削り、それぞれの茎にあてがいながら調整していく。
柄となる茎(正式には茎子と書かれる)の形状は色々とある。日本の小型刃物や包丁に多い差し込み茎、部分的に柄材で挟む背割り、それを長くした貫通背割りなど種類は多い。
クリンが今回作ったのは、前世の現代アウトドアナイフに多い合わせ柄と呼ばれる茎を左右から柄材で挟み込む方式、通称本通しだ。
柄にまでナイフの芯が通っている形なので最も丈夫とされており、カシメ工法(穴をあけてベリットなどで止める工法)の柄の中では強度が一番出るとされている。
しかし、柄の形その物の茎が柄尻まで続いているので重量が重くなり、また柄と同じ形状の茎である為、太さの調節がし難い。ハンドルを大きくしたくても出来ないし、小さくしたいのなら茎の鉄ごと削らないといけない。
それでもこの形状のハンドルが好まれているのはその頑丈さと使う柄材の材質次第での振動吸収能力の高さにあるとされている。
野外での乱雑な使用を前提としているクリンにとっては最も適していると言える。ただ将来を見据えて少し大き目にしないといけないと言う、少し手間がかかる造りでもある。
「まぁ、直ぐに大きくなるだろうし……なるよな? なるよね、セルヴァン様……まぁ大きくなると仮定して、最悪大きくなりすぎてもハンドル材を大きくして背割りとかに改修してもかまわないし、いっその事作り直しても構わないしね」
となかなか抜けない習慣の独り言をつぶやきつつ、苦心して削ったウォールナット材のハンドルの内側にそれぞれに接着剤となる麦糊を塗りつけて行く。
これは前世地球でも西洋圏で古くから木工でよく使われる物で、此方の世界でも似た物が使われている。
大麦の外側を削り中心の部分を取り出して水で溶いて加熱してでんぷん質を取り出した物で、前世では紀元前から使われている接着剤だ。
小麦の方が結着力が強いとされているが、前世の中世やこの世界だと小麦は高級品であり糊にしてしまうような贅沢はそうできないので、大麦が良く使われている。
尚、この糊はHTWでもフレーバーアイテムで出て来るが、作り方自体はトーマスのサバイバル動画からの借用だ。あの裸族ニキが使う位に原始的で古典的な糊だ。
クリンも今の所鉄釘を使わない木工に終始しているが、この麦糊は時折使っている。ただ今の所大麦をそんなに買っていないし、糊が必要な細工は前の村での連結弓位であったので殆ど利用していない。
今回も必要無いと言えば必要無いが、念の為に使う事にしている。因みにライ麦でもこの糊は作れなくはないが、でんぷん質は少ないので結着力が弱くあまり接着剤としては向いていない。
そうして麦糊を塗ったウォールナット材のハンドルで茎を挟み、槌を使って軽く叩き隙間を埋めると蔓草で作った紐でキツく縛りその上から重石を置いて固定する。
そのまま一晩置いて乾燥させた後に錐とタガネを使って穴をあけてリベットを打ち込んで固定すれば、満を持して——
「イヤッフゥー! 僕特製の異世界版かち割る君一号と二号のかんせーだぁっ!」
どどん、と効果音が付いていそうな勢いで二振りのサイズの違うナイフを天に掲げて奇妙な踊りを踊って喜ぶクリン。
そしてそれを生暖かい目で見ながら「おめでとうございます」「「バフッ!!」」と声と吠え声を掛けて来る一人と二匹——一匹は昨日置いて行かれたので無理矢理ついてきた様子だ——が居た。
因みにかち割る君とはクリンがHTWで自作したナイフや鉈などに好んで付けるシリーズの名称であった。最終ナンバリングは九十九号でその後はかち割る君MKⅡ、MKⅢへと続いて居たりするが——閑話休題——。
完成した二振りのナイフは小屋に備え付けてあるなんちゃって神棚に一旦捧げて、セルヴァン神と鍛冶神に感謝の言葉を述べる。
この辺りの習慣もキッチリと熟すあたり、少年が信心深い証左……と言うべきか、偏執的なMZSの技術者の教育の賜物か。
そんな習慣を知らない小人族の少女と二体の精霊獣はクリンの様子を不思議そうな顔で見ていたが、少年がセルヴァン神に感謝の言葉を掛けていると気が付き、殊勝な顔でクリンの真似をして祈りを捧げる。精霊獣様は伏せをしただけだが。
新作のナイフを神棚に捧げている間にそれぞれの鞘を作る。と言っても予め用意してあった木を削っておおよその形にし、麦糊で張り合わせて蔓草でグルグル巻きにして固定するだけなので、小一時間もあれば完成してしまう。
「まぁ、本当は革鞘をつくりたいのですが、まだ皮を加工できるナイフと針と糸がありませんからねぇ。というか皮も加工したいからこのナイフを作った訳ですし」
そう言う事らしい。何れ道具が出来たら革鞘に交換すればいいと、今回は簡素な木鞘で済ませたのだった。
そして鞘の乾燥が済んだ翌日。早速とばかりにブッシュ・クラフトナイフを手に森に採取に向かうクリンである。
「ふはははははははっ! さっすが僕が作ったナイフ! 茂みがバターの様に切り払えてしまうぜぇっ! ヒャッハーッ!」
世紀末の覇者でも出て来そうな奇声と共にバスバスと切り払い、それまで下生えの草や茂みが邪魔で入り込めなかった場所もブッシュ・クラフトナイフのお陰であっという間に刈り取れてずんずん進んで行く。
そうやってその日は景気良く道を切り開き、新たな採集場所を何カ所も確保する事に成功したのだった。
が。
「あれだね。前々から思っていたけれども、小僧。お前さんは頭が良い様で実は結構大馬鹿野郎だね。ちったぁ後先考えて行動したらどうなんだい」
新品ブッシュ・クラフトナイフを駆使して採取をした二日後。いい加減勉強と露店を再開させないと小言を貰いそうだと考え街に顔を出したクリンを待っていたのは、テオドラの呆れた顔とそんな言葉だった。
それもその筈。久しぶりに顔を出したクリンの、その顔はボコボコに腫れ上がっていた。何故そうなっているかと言えば——
「いやぁ、行動範囲が広がったからと、つい調子に乗って藪の中とか茂みの中に突っ込んでしまいました。まさか普段使っている虫除けが虫の本当に多い所だと大して効力が出ないなんて思いもしなかった物でして」
と、言う事らしい。考えても見て欲しい。草や茂みが多い場所というのはつまり人の手が殆ど入っていない原生林に近い場所と言う事。
夏の盛りの近い時期に、そんな所をナイフ一本でろくに虫刺され対策をしないで草を刈りまくって突き進んだらどうなるか。当然こうなる。
今のクリンは良く解らない虫に顔じゅうを刺されて片方の瞼は半分塞がり、もう片方は完全に塞がる程に腫れており、頬や鼻なども団子や饅頭の様に膨れている。口の辺りも見事に刺されているので、実は滑舌も結構悪くなっている。
勿論顔だけではなく手や足も虫に刺されまくって真っ赤に腫れていた。
「森で採取するなら毒虫だのの対策するのは常識だろうに。調子に乗った程度で怠るとか薬師の自覚はあるのかね、この小僧は」
「何度も言っていますが薬師になるつもりは無いです。ですが耳に痛いのは確かです。次からはもっと対策をしていきますよ。しかし、代りにコレまで見つけられなかった物も幾つか手に入りました」
そう言って横に置いておいた荷物の中から新たに採取した薬草類をテオドラに見せる。
「ほう、ラベンダーにテトーラ、ゼラニウムとユーリナじゃないかい。どれも虫除けやかゆみ止めになる薬草だね。それにセントジョーンズワートも持って来ているのかい。なんだ、コレがあるのならさっさと虫刺され薬作ればいいじゃないかい」
「ええ、そうしたいのは山々なのですが……手の方もこうでして」
と言って、虫に刺されてプックリと腫れている手を見せる。
「……呆れた小僧だね、アタシに作らせるつもりで持って来たのかい」
「いやぁ、この街でドーラばぁちゃん以上に腕のいい薬師知りませんので」
テオドラは薬師としては既に引退している身だが、それは薬草集めが困難になった為なのが大きな理由で、薬の調合自体はまだまだ現役で行えている。
「生意気をお言いでないよ、まったく。確かに手の方はまだ元気だけどね、そろそも目も辛くなってきているんだよ小僧。年寄りをこき使おうとするんじゃないよっ! まぁ、でもそろそろガキ共も外遊びで虫に刺される時期だしねぇ……仕方ない。作ってやるから代りに半分はガキ共用に寄こしなっ!」
「勿論構いません。と言うか願ったり叶ったりと言う物です。では僕は露店の準備をしてきますので、よろしくお願いします」
テオドラの腕なら多分十五分程度でクリンが使う分位は作れるだろうと考え、その場を離れようとしたのだが——その前に枯れ枝の様な手でガッシリと頭を掴まれてしまう。
「待ちな小僧。その場の勢いで誤魔化せると思ったかい?」
「……はて、何の事でしょう?」
「すっとぼけるんじゃないよっ! シレっとアタシの手習い所に入り込んで素知らぬ顔をしている、その毛玉の事をまず説明するのが筋じゃないのかねっ!?」
「あだっ!? い、痛いですよっ! 本当に引退した老婆なんですかねっ!意外と力がありまくりじゃないですかねっ!」
額に青筋を浮かべてテオドラが強引にクリンの頭を捻って振り向かせたその先には、
「バフン?」
キョトンとした顔で、さも当然の様にクリンの隣でお座りして尻尾をバッサバッサと振り、舌を出してヘッヘッヘッと息を漏らしている、クリンのリュックを背負って大型犬サイズに姿を変えている精霊獣様の姿があった。
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実はテオドラの登場と次回分は、一度ナイフ制作中に挟んだ話なんですよね。制作話が続くのもアレだと思って差し込んで見た物の、グダグダ感が強かったのでバッサリ切って、書き換えてこちらに移動させてみました(笑)
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