第六章 少年期 一年半前の出会い編。

第179話 異世界には無い習慣を持ち出そうとすると色々と苦労をする物。



只今絶賛書き直したい病が発病中。これ掛かると時間が凄い掛かるんですよねぇ……



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 翌日。クリンは予定に無かったがブロランスの街に出ていた。棟上げ式をすると決めていたので足りない物を手に入れる為だ。


「粗塩か加工していない岩塩が欲しい? またけったいな物を指定するねぇ」


 この街で判らない事はテオドラに聞くのが一番早いと、開門直後に訪れたクリンに嫌そうな顔をしながらも家にあげちゃんと話を聞く辺り、この老婆も大概人が良い。


「粗塩って事は海水塩が欲しいって事なんだろうけど、この辺りだとちょっと手に入らないんじゃないかね。岩塩なら市場でも売っているけれど……固まりが欲しいってんなら薬問屋か錬金道具屋に行くしかないね」


 テオドラが言うには通常は粉砕されてから売られるので、調味料として市場でも売られているが固まりで使うのは薬品としてか錬金の材料として使うのが相場との事で、それらの店でしか手に入らないそうだ。


 海水塩の方は、海まで少し距離がある事と岩塩の産出地の方が近くにある為、そちらの方が運ばれやすく主流になっているそうだ。


 海水塩は海水塩で海の成分の関係で錬金道具屋なら仕入れている事もあるが、錬金用なので高い上に大体買い手が付いていて飛び込みには売ってくれないとの事。


「後、ワインも買いたいのですが。多少値が張ってもいいので、できれば白が欲しいのですが無理な様なら赤でも構いません。品質にはそこまでこだわりません」

「ワインだぁ? 小僧、その歳でもう飲むつもりかい? ドワーフの子供なら五歳位で飲む所か作り出す剛の者が居るって聞くけど、それは種族的な物で人間のアンタが真似しても良い事は無いよ?」


「いやいや、流石に飲まないですよ? 単にお供えするのにお酒が必要になりまして。少量買えるならそれでいいのですが……」

「ああ、そう言うヤツかい。それなら露店とかでもコップ売りしている所がある筈だからそう言う所で買う方が良いんじゃないかね。瓶買いだと持て余すだろうさ」


「そう言えばそんな売り方をしているのを見た覚えがありますね。成程、コップで買って別の容器に入れ替えればそれで十分ですから、ちょっと探してみます」


 そう言って手習い所を辞そうとするクリンであったが——


「待ちな小僧。言う事はそれだけかい?」


 じっとりとした目でテオドラにそんな事を言われ、クリンは意味が分からず首を傾げる。


「最初は気のせいだと思っていたんだけどねぇ。何日か前からやたらとベッドの寝心地が良くなっているんだよ。具体的には前回お前さんが来てから何だけどね」

「……そうですか、それは良かったですね。快適な睡眠は長生きの秘訣と言いますから。では僕はコレで」


「そう慌てなくてもまだ市場は開いちゃいないよ。で? 他に何か言う事はないかい?」


 立ち上がろうとした腕をガッチリと掴まれ、動けなくされたクリンは暫く押し黙る。やがてニコリと笑い、


「良い寝心地でしょ?」

「……ああ、最高だね。知らない間に勝手に藁ベットから交換されていなかったら尚更良かったんだけどね! シレっと開き直りやがったね小僧!」


 本人に気が付かれない様に少しずつベッドを組み換え、前回の時に一気に藁を取り払い、手製の布を詰めた敷布団を敷いた物と交換しておいたのだが、流石に気が付かれた様だ。


 開き直って全く悪びれた様子を見せない少年に、テオドラの文句が降り注いだ。のだが、全く気にした様子が無くスルーし続ける少年の様子に、文句を言い続けるのもバカバカしくなって来た老婆は、ため息交じりに、


「まぁ、有難いのは確かさ。それは認めるよ。でもね、勝手に作り替えるのは止めな。せめて一言言ってからにしな」

「あ、それは無理です。僕は割と思いつきで生きていますので、自分ですら事前に何か断ってから作業出来る自信なんて、全くありません!」


「……偉そうに胸を張って言う事じゃないよこのおバカ……」


 堂々と言い切る六歳児に、ヤレヤレと溜息を吐く事しか出来ないテオドラであった。






 その様な一幕がありつつも、クリンは露店で白ワインをコップ買いし、次いで薬問屋で岩塩を一塊購入した。白ワインも岩塩の塊もそこそこの値段が取られたのだが、これらは棟上げ式の供え物なのでケチらずお金を払った。


 そして、ついでとばかりに露店でこの時期に良く出回る山羊のチーズ(この辺りでは春から初夏にかけて良く出回る)を購入した。


 山羊のチーズはやや癖があるがこの辺りではこの時期に良く食べられている物で、値段も手頃だった。時期的にはそろそろ終わりの時期で、夏の盛りからは水牛のチーズが秋の中頃まで出回り、そこから冬の間は牛と羊のチーズが出回る様になる。


 時期で作られるチーズが異なり、それぞれ独特の特徴があるのだが、実の所この世界のチーズはあまり口にした事の無いクリンだった。


 こちらの世界では肉と並んでチーズは供え物の定番だと聞いていたので購入してみた。それに前世ではチーズは好物の一つだったので、これを機にこちらの世界のチーズを食べてみようと思ったのも買った理由の一つだ。


 一通り必要な物を買った後は例によって屑鉄等を見て廻って買いあさり、この日は昼の鐘(十二時)が鳴る前には街を出て拠点にしている森へと帰って行った。





 小屋に戻り着いたクリンは早速棟上げ式の為のお供えの準備をする。とは言ってもこちらの様式を全く知らない上に、前世の様式でも足りない物だらけなのでかなりザックリとした物になるのだが。


 先ず準備したのはライ麦。普段は精麦しないでそのまま供えているのだが、今回は棟上げ式の供え物と言う事で精麦を行う。


 やり方は難しくはない。適当な大きさの壷にライ麦を入れて、上から適当な太さの木の棒を突っ込んでザクザクと上下させるだけだ。


 本当は自分で精麦すると税金が掛かる(精麦する為には水車や風車などの施設を利用させられるのでその利用料で税が取られる)のだが、ココはクリン以外に人間はいない森の中。心置きなくゴリゴリと精麦してしまう。


 本来の供え物は白米なのだが、この世界ではまだ見ていないのでライ麦はその代わりだ。白米の代わりと言う事でライ麦も精麦して使う事にしたのだ。


 岩塩は石で砕いてすり潰して粉にする。コレには薬草を薬にする為の自作の薬研や乳鉢を利用している。これも国から石臼の所有を禁止されているので薬研で粉にしている所を見られたら税金が取られるのだが、この場にそんな事をする者は居ない。


 岩塩にしろ海水塩にしろ、街に運び込まれる時は塊で運ばれ粉曳屋(水車や風車を利用して製粉する施設)で粉末になった物が市場に出る。この際に施設の使用料が税として加算されているので街中で買うと割高である。


 クリンがやっている様に塊で買って粉にする分には税金がかからないが、肝心の粉にする道具の所有が限定されている上に、塊で買える機会自体が少ない。


 前世の様式では粗塩が良いとされているのだが、この世界では市場で買うとほぼ粉末塩しか手に入らないので、クリンは岩塩を自分で砕いて削って代用にしていると言う訳だ。


 他にも乾燥スルメや乾燥ホタテなどの魚介の乾物を供えたりするのだが、そもそもこの世界には存在しない様だし、他の海産物の乾物で代用するにしても内陸に位置するブロランスでは簡単に手に入らない。仕方なくこちらは自作の干し肉で代用する。


「はっはっはっ! 代用代用で申し訳ないですねぇ! ですがそもそも棟上げ式からして此方の様式では無いでしょうから、ココは『供える気持ちが大事』と言う事でご容赦願いたい所ですよセルヴァン様!」


 クリンは言い訳じみた事を誰に言うでもなく独り呟き、自作の陶器皿に塩を盛って建築中の家の四隅にそれぞれ置く。基本的な盛り塩の設置の仕方である。


 そして丸木を並べただけの床の中央に、以前試作として作った神棚を手直しした物を簡易社として設置し、中には念のためにと練習で彫った中では一番出来の良いセルヴァン像を設置し、その前に突貫で作った三方(神道の儀式で神饌しんせんを乗せるための台)に用意した供え物を乗せて行く。


 因みに、三宝と呼んでしまうと此方は仏教の道具(仏、法、僧が仏教においては宝)になってしまうので、そこは注意が必要だ。


 そして容器に移した白ワインと、コレだけでは少し寂しいと最近露店で出している干し肉のスープも併せて供えてある。


「うん、どう見ても適当過ぎるね。HTWならマイナス補正掛けられて運営のMZSからGMが飛んできて懇々と『手順はちゃんと守れ』と諭されているだろうね」


 実際、HTWのサービス初期に「建物立てる途中で一々面倒くせえよ」とその辺で引っこ抜いて来た雑草をゴミ箱に指して、落ちていた木箱をお社に見立てたプレーヤーが居て、三回システム警告を送っても無視して儀式をした為、問答無用で建築中の建物を倒壊させ、茫然としているプレーヤーをゲームマスターを名乗る運営に拘束され、別室にご招待を受けて大説教を受けたと言う事例がある。


 ゲームでもこの手の儀式を疎かにする事を許さないのがミゾグチでありMZSだった。利用規約にもキッチリと「ゲーム内での儀式関係にご理解を頂けない場合は注意の後にサービスを停止させて頂く場合があります」と書かれていたりする。


「ホント、あの会社は何処目指しているんだろうねぇ……そこまで再現しなくてもいいんじゃないかと思うんだけど」


 そこは本当に謎である。しかし、口ではそう言いつつもHTWのヘビーユーザーだったクリン君。MZSの薫陶はしっかりと身に沁みついてしまっており、社に向けて二礼二拍手一礼をし、


「掛けまくもあやに畏き手置帆負命、彦佐知命、屋船豊受比賣命の大神等の御前に畏みも白さく 白さく」


 と、すらすらと祝詞を上げてしまう程度には習慣となってしまっている。六歳児に条件反射でコレが出来る様にするなよ変態企業、と思わなくもない。


 この後も長々と祝詞は続くのだが、流石に途中で気が付いたクリンは、


「ええぃ、ついつい前世の神様に祈っちゃうよねぇ……MZSに染まり過ぎだろう僕! ゴホンッ! ええと……セルヴァン様、その他の神様、並びに……この世界に居るのか知りませんが大工の神様。お陰様を持ちまして自作では在りますが家の棟上げまで滞りなく完成させる事が出来ました。厚く御礼申し上げますと共に、この先の作業も安全に進めたく思います。つきましてはこれより先も長く住めて安心して住める家が完成する事を、ぶしつけでは在りますがお祈りさせて頂きたいと思います」


 かなり端折って大雑把に翻訳してこちらの世界の言葉で祈りの言葉に替える。そして一つ大きく柏手を打ち深々と頭を社に向けて下げる。と——


「もし。異形なれども拝礼の最中に、誠にぶしつけと存じますが、話を聞いていただけないでしょうか」


 と、クリンの背後から誰も居ない筈なのにそんな言葉が投げかけられた。





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何とか本日中に上がりましたが、どうもテオドラとのベッドのやり取りに不満が残るんですよねぇ。もしかしたら予告なしに書き換えるかも知れません(笑)


後、酒の話になるとどうしても五歳で酒作るドワーフの子供思い出しちゃうんですよねぇ……できれば見逃して欲しいなぁ(笑)

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