第132話 都会で暮らすのも中々大変。暮らしただけで住んではいないが。
すんなりと話が進まないのはこの世界のデフォルトです。
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大分薄汚れたクリンが荷物の中から取り出したトマソンの紹介状を、嫌そうな顔をしながらテオドラが受け取り、中身を確認した事でどうにか追い出されるのを免れたクリンは、
「まぁトマソンの小僧は知らない訳じゃないから、教えるのもヤブサカじゃないね。でもアタシゃ慈善でやっている訳じゃないからね。ちゃんと金払えるのかい?」
と、ジロジロと胡散臭そうな物を見る顔でクリンに言って来る。今の恰好ではそれも仕方がない、とクリンは思い「それなら最初に半年分の謝礼を先払いしますよ」と言って、月銀貨一枚と半銅貨(大体千五百円)と言うので銀貨九枚を懐から取り出しテオドラに差し出して見せた。
「……何でそんなに金持っているのにこんな小汚いナリしてんだい。まさか何処かから盗んだんじゃないだろうね?」
あくまでも不審人物を見る目を辞めないテオドラに、少し面倒になったクリンは、
「あのトマソンさんがそんな相手に紹介状書くと思います? この格好は単に隣の領から旅してきて、そのままここを訪ねて来ただけです」
「……成程、この紹介状とやらに良く口が回る小僧だと書いてあるけれど、その通りみたいだね。確かにあの堅物が盗みをする様な小僧を紹介して来る訳は無いね」
「……中身を確認しないで渡したのは失敗だったかもですね。多分そこに書かれている事は大体嘘ですのでお気になさらず。そして、やはりトマソンさんは昔から堅物だったんですかね? 今は超堅物なんですが」
「ああ、昔も超堅物だったね。ふむ。お前さん位にユーモアのセンスがあればあの堅物も衛兵として出世で来ただろうに。教えても無駄だったから諦めていたけどねぇ」
「……何ででしょう。僕はとても貴女に親近感が湧いています。貴女に付いて学ぶのが吉だと僕のゴーストが囁いている様だ……」
「一人身の婆ぁの家で聞こえる
少年のヨタ話にも動じずにあっさりと返して来るテオドラに、クリンは一瞬驚愕の顔を浮かべ直ぐに頭を下げる。
「参りました! ぜひ貴女の元で学ばせて下さいっ!!」
「……変な小僧だねぇ。まぁ払うモン払ったんだからこちらに否やは無いさね」
こうしてクリンはこの老婆、テオドラの元で初歩的な文字と計算を学ぶ事となった。
尚、余りにもの少年の汚さに老婆が中庭の井戸で体を洗えと言い、それを有難く受けて、村から出る時に持ち込んでいた石鹸を使って体どころか服まで洗濯し、荷物として持ち込んだリュックから手製の紐で服を乾かし、乾く間に庭の木に別の紐を括り付けて簡易紐ベッドを作って優雅に乾くのを寝そべりながら待つ姿に、
「ちったぁ遠慮しなっ!? 何人ん家で素っ裸でくつろいでんだ小僧!?」
と、老婆が怒鳴っていたとかいなかったとかしたそうだ。
そんなこんなでクリンはテオドラの元で文字の読み書きを習い始めた訳だが、手習い所は別に孤児院では無い。
あくまでも勉強を教わるだけの場所なので、クリンは住居を別途求める必要があった。例によって六歳の年齢で泊まれる様な宿も無く、また借りれる賃貸住居もある訳が無く。
初日こそ服を洗ってしまった為にテオドラが泊めてくれたが翌日からはそう言う訳にもいかず、当初は街の外壁沿いに、街の中に入る程の金も出せない連中が外壁沿いに勝手に作った集落、所謂棄民街に潜り込んで生活していた。
前世で言う所の難民キャンプの様な所で、他所の場所で食い詰めて街に出てきたは良いが移民街にすら入り込めない様な貧乏人達が、街の外で勝手に暮らしている地域だ。
その為クリンの様な孤児でも紛れる事が出来たのだが、少年はお金自体は結構持っているし、こういう貧民街のバラックの様な家でも所有者がおり家賃が取られる為、それならばと自力で廃材を集めて簡易テントを建ててそこで暮らしていた。
ただそれだと収入が無く、テオドラに払う授業料で蓄えが減って行くだけだし、この世界の手習い所は前世の様に毎日通う訳でも無い。週(十日)の間に四から五回ほど出向いて、半日程度教わると言う感じの物だったので、割と暇がある。
なので何とか子供でも稼げる方法は無いかとそれとなく調べた結果、露店市で物を売るのが手っ取り早いと言う事が分かった。
この集落の貧民達は、街の中から出されるゴミ拾いや汚物処理などの日雇い仕事で小銭を稼いだり、近隣の農村の繁忙期の手伝いとかで小銭を稼いでいるのだが、それらは既に競合相手が沢山いて、新参のクリンが入り込む余地が無かったし、何よりもやはり六歳の子供では相手にされない。
貧民の子供達は近くの原っぱなどに生えている野草やら小動物を捕まえたりして、街に出入りする商人に売ったりして小銭を得ていたので、当初はそれを真似たのだが五歳から自作の弓で狩りが出来ちゃう変態少年の場合、普通に獲物が狩れたので直接入場料を払って市場で買い取ってもらう方が金になった。
そして市場に行くようになれば、どういう物が取引されているのかを目の当たりにする事になり、簡単なクラフト品、例えば陶器製品や木工品などを売れば露天商として子供でも店が出せて十分生活が出来る事が見て取れた。
そうなると、この貧民街で暮らすのは少々都合が悪い。商品に出来そうな材料を持ち込んだら、あっという間に奪われるか盗まれるかする未来しか見えない。
何より、ここ最近は少年が入場料を払って頻繁に町に出入りしている事も見られていて、少年が金を持っているのでは、と集って来たり留守中に簡易テントを漁られたり夜に襲撃されたりするようになっていた所だ。
まぁ、金を解る様に保管するようなヘマをクリンがする訳が無いし、大事な物は全て手製リュックにコンパクトに収納して常に持ち歩いているし、食い詰めた貧民の夜襲など最初の村の性格のねじくれ曲がっていた村長や村民の襲撃に比べたら、気配察知のある今は子供の鬼ごっこよりも回避しやすいと言う物だ。
それに毎回入場料を払って街に入るのなら、別に街の近くに居る必要もない。テオドラの所に習いに行く時と物を売りに行く時に街に来ればいいだけだ。
商品の材料集めもあるので寧ろ街よりも離れた場所の方が良い。となると、少年の特技であるクラフトを考えたら森の中や山の中が望ましい。近くに川でも池でもあれば最高、更には露天掘りが出来る鉱山でもあれば言う事は無し。
まぁ、流石に鉱山はそんなのがあるのなら既に村や町が出来ている筈なのでアテにはしていない。
ブロランスの街は巨大で近隣の商業の中心でもあるので、勿論近くには幾つも村や小さな集落が存在している。それらの集落村落に世話になる事も一瞬頭に過ったのだが、流石に二度の村の生活で懲りた。
自分がそれなりにこの世界の住人とはズレている事は自覚しているし、何より親が居ない現状ではもう少し大きくなるまで、せめて十歳にならないとそれらの場所で生活するのは面倒しかない事は解り切っていた。
その様な経緯でクリンは街で生活が出来ない場合は、資源の多そうな場所に拠点を作って、街には行商みたいな形で食料や金銭を得る為だけのスタイルにしようと、割と早い段階で考えていたのだった。
「まぁ、僕の場合住む所も含めて大体の物は自作出来るから、その強みは利用しないと勿体ない、だよね」
普通の六歳児は出来ない、クラフト狂ならではの発想である。そうなると、何処に拠点を設けるかだ。クリンはこの辺りの地理に疎い。なので元から選択肢は少なく、ブロランスの街に来る途中、徒歩一時間位離れた場所で見かけた大きな森を、先ずは拠点にしてみようと考えた。
結構濃い森だったので危険生物とかも多そうだったが、このまま貧民街に留まっても危険度はそんなに変わりそうもない。
そうと決まれば、とクリンは一週間(十日)程過ごした貧民街からサッサと旅立ち、森へと向かったのであった。
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次回からは森の開拓辺。になると良いなぁ……
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