第74話 失敗がバレると途端に下っ端口調になる奴が多い件。


 猫バンバンはやらないと時々酷い事になります。と、言いつつ私はバイク乗りなので猫バンバンはした事無いのですけれどもねっ!


  

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 麺の目途が付いたので、大鍋の様子を覗き灰汁を取ったり煮詰まった分を足したりとしながら、味付けをどうしようかと考える。塩しかないが、それではやはりちょっと寂しい。もう少ししっかりとした味付けに出来る物は無いかな、とクリンが考えていると——


「バンバンバンバン!」と勢いよく扉が叩かれ、次いで「お~い、クリンよぅ! 居るんだろ? 開けとくれ!」と言う聞きなれた声が聞こえ、思わずため息を吐いた。


 こんな事をする心当たりは当然一人しかいない。


「はいはい、今開けますよ。ったく……僕を動物や何かと勘違いしてんじゃねえの? 猫バンバンはボンネットにやれよっての」


 ぶつくさと文句を言いつつ、つっかえ棒を外して小屋の扉を開けると、そこに立っていたのは当たり前の様に門番二号ことマクエルだ。


「こんにちは、マクエルさん。昨日来るかと思っていたんですが今日にしたんですね?」

「おう。本当は昨日来たかったんだけど色々立て込んでよ。まぁ、ぶっちゃけお前に貰った物を先に家に持って帰ったらよ、嫁さんから『お裾分け貰った直後に手ぶらで行くのは有り得ない』と怒られてな。で、手土産を用意してたら今日になったのよ」


 出来た奥さんだろ? と満足そうな顔でのろけて来る。そして後ろに顔を向けると「おう」と偉そうに言って顎をクイッとさせてしゃくる。


 すると「へい」と答えて、背後から何やら籠に白い物を一杯詰めた物を抱えた男性が入って来た。クリンには見覚えの無い男性で、この辺りでは珍しくツルリと頭を反り上げ、剃り跡も青々と眩しく輝かせながら重そうに籠を抱えている。


 多分マクエルの知り合いの村人かなんかだろうと思い、クリンは軽く頭を下げる。


「あ、どうも初めまして、ご苦労様です。それがマクエルさんのいう手土産です? 態々運んでいただいてありがとうございます」


 クリン自身は丁寧に挨拶したつもりだったが——頭を反り上げた男性は情けない顔をして、困った様にマクエルを見やり、そのマクエルは腹を抱えて大笑いした。


「な? 言ったろ、こいつは気にも留めてねえって。プククク、しかしクリンよぅ……お前、頭良いのに興味が無ければ本当に憶える気サラサラないのなぁ」

「はい?」


「コイツだよコイツ、昨日お前からアホな税の取り方した自警団員!」

「はぁ。でもあの人は毛が生えていたと思いますが……まぁ、目と鼻と口もあったとは思いますが……」


「毛しか覚えてねえじゃん! そして目と鼻と口は誰にでもついているよっ! ったく……あの後一番旨い足肉が貰えなかったってんでトマソンとロッゾの奴がコイツを締め上げてな。勿論、肉じゃなくて頭と虫と草だけになった俺もシメたんだが、村長にも話が行ってな。激怒されて罰としてボウズになったんだ」


 クリンはこちらの世界でも罰としてボウズにするなんて習慣有るんだな、と思っただけで、昨日の男自信には特に興味がなかったので「はぁ」と気の無い返事をする。


「それはもう凄い怒りっぷりでな。『あんな無駄に弁の経つ子供に何をしてくれるんだ! 何時までもしつこくネチネチと文句を言うぞ、絶対! そしてそれを聞かされるのは私だぞっ!』ってな。相当最初に来た時の事が印象的だったらしいな」

「それはそれは……時々遠くから見張っているだけあって過分な評価ですね」


 クリンとしては弁が立つとは思っていないが、相当煙たがられているようである。


「それにトマソンにも言われていたぞ?『あの子供の事だ、次からは森の外で目ぼしい物は食べてどうでもいい部位だけ持ってくるか、リットンやフラ鳥を捕まえてきて、下半分でいいんですよね、とかシレっと言って渡してくるぞ!』ってな」

「これはまた……この村で付き合いが一番長いだけあって僕の性格良くお分かりで」


 リットンはこの辺りに広く生息する哺乳動物で、体の半分以上の太く長い尻尾を持つのが特徴で、フラ鳥も突き出たお尻と長い尾羽を持つ鳥だ。どちらも上下で取り分けたら下半分はほぼ尻尾か羽しか残らない。


 見透かされたような様子で頭を描いているが、実の所クリンはそれやるつもりだったが、次に何か獲物が取れたらその日は野営して、全部解体して干し肉やら塩漬け肉やらに加工してしまうつもりでいた。何せ夜になれば門が閉められ「村からも」人が来ない事が確定している。やりたい放題である。


 そして、マクエル達から持ち込みに税が掛かるのは「拾得物」のみで、その場で加工してしまえばそれは「加工品」にあたり保存食とでも言い張れば通じる事は確認済みである。


 もっとろくでもない事をしようとしていたとは露とも知らず、ツルピカ頭になりたての男は憔悴した顔で、


「へい、マクエルさんにも言われました。『ツリーフットは罠にかからない。かかっても奴らはその足で罠を蹴り壊して逃げる』と。それくらい覚えておけ、と怒られました」


 相当搾られたらしく、そう言って青く輝く頭を少年に向かって深く下げて来た。


「お前の事だからコイツがガキだからって軽く考えたんだろ。狩りなんて出来る訳ないから、他の狩人の罠から盗んだんだ、とかなんとかな。しかし解体された物見りゃコイツの腕前は判るだろう。帰りに弓を持っていなかったからと言って手ぶらと決めつけるのもダメよなぁ。だってこいつ、帰りに背板自作して帰って来ただろうよ。そんな器用なガキを他のガキと同じに考えるのは、自警団員としては無しなんだわ、これが」


 思い込みで決めつけずちゃんと人を見て仕事しろ、と青光りする男の頭を割と容赦なく叩く。結構いい音がして頭に手形も残っていたが、見ないふりをする。


「まぁ、そんな訳で、昨日コイツは遅くまで俺らや村長にコッテリ絞られてよ。んで、減給三ケ月と丸刈り半年の刑って訳よ」

「ああ、マクエルさんと同じく減給仲間ですか。ついでに丸刈りもしてみたらどうです?」


「俺は一カ月でもう終わったよっ! そして丸刈りされる程の事はしてねえよっ!」

「まぁ、それは解りましたけれども……で? ぶっちゃけて言えばそれはそちらの都合で勝手に身内シバいただけで、僕には何の関係も無い様に思いますが?」


 謝罪の意味も込めて罰を受けたと言うことなのだろうが、それで特にクリンに何か補填されている訳では無いので、報告を受けた所で「あっそ」で終わる話である。


「まぁそう言うなって。お前の事だから、税を多く取ったからって返す訳にはいかない事位は解ってんだろ?」

「ええまぁ。多く取られたとは言え『違反者相手への適正額』なんでしょ、どうせ。今回違反している訳でもないから問題になっただけで、着服した訳ではなさそうですからね。道に落ちているウ〇チ踏んだと思って諦めますよ」


 状況的には「仕事上のミス」と言うだけであり、違法な額の税を掛けた訳では無いので、下手に補填だの保証だの返還をしてしまうと「ならうち等も返還しろよ」と、関係無いのに言い出す輩が出かねない。なので、違法行為が伴わなければ補填されないのがこの世界での一般的な対応なのである。


「……な? 普通の五歳児にゃこんな考え出来ねえのよ。世の中にはこう言う変わり者も居る。お前さんも次から見た目で判断して適当な事をせず、ちゃんと確認するこった」


「へい。まさかこんな幼い子供でこんな気遣いが出来るなんて思いもよりませんでした」


 苦笑しながら言って来るマクエルに、へこへこと頭を下げながら男は言うと、クリンに向き直って深々と頭を下げた。


「申し訳なかった、坊ちゃん! ここまでしっかりした考えが出来る事をあの時に気が付かなかった自分が迂闊だったっス! 同じ事を二度としない様にしますんで、許してくだし! 本当に申し訳ねっす!」

「ぼ、坊ちゃん!?」


 言われた事の無い呼び方に、クリンは思わず目を白黒させる。正直顔は全く覚えていなかったが、門の時はもっとぞんざいな口調だった筈。こんな手下っぽい口調では無かったはずだ、と少年が驚いていると、


「これはお詫びというか、せめてもの謝意というか……本当はもっと別の物にしようかと思ったのですが、マクエル班長から坊ちゃんにはこっちの方が絶対に喜ばれると言われまして」


 そう言い、手に持った白い物がタップリと詰まった籠を差し出して来る。


「そ、それは態々有り難うございます? と言うか班長って?」

「そんなに大きかぁ無いけど自警団にも幾つか班がってな。その中の一つの班長が俺ってだけなのよ。因みにトマソンとロッゾも別の班長な?」


「はぁ……衛兵とかの隊長みたいな物かな……で、これは何です?」

「昨日、村の肉屋の奴がワイルドホーンボア仕入れていたと聞いていてなぁ。解体して脂身が出たのを貰って来たのよ。お前さんは肉よりもこっちの方が喜ぶよな? コイツで、今回コイツがやらかしたポカの謝罪って事にしちゃくれんかなぁ?」


 ワイルドホーンボアはファングボアよりも更に一回り大きく牙の代わりに大きい角を持つ猪型の、こちらは魔石を持つ魔獣である。この世界では一部の魔獣も食用として食べられ、同型の動物よりも魔石を持つ分旨いとされてる。

 

 普通の動物でも魔力を持つのだが魔石を持つ生き物の方が魔力が高く、魔力が高い方が味が良くなる傾向にあるらしい。流石にクリンはまだ口にした事は無い。


「おおおおお、丁度ストックが切れた所なんですよ。しかも魔獣の方の脂身ですか。確かにコッチの方が有難いですね!」


 ワイルドホーンボアは三、四メートル程の大きさの魔獣でファングボアより一回り大きく脂身の量も多い。小躍りしそうな勢いで、脂身の籠を受け取ろうとし……重そうだったので速攻で諦めて、丸刈りの男に運んでもらう事にする。


「すみませんがそこの竈の側においていただけます? いやぁ、こんな良い物が頂けるなんて、下っ端口調のおじさん有り難うございます。補填なんて必要ない位に十分です」

「下っ端って……いや、確かに団じゃ下っ端すがね。でも自分、まだ二十代なんすが……それに、こんな物でそんなに喜ばれるとは思わなかったす」

「な? 言ったとおりだろ。コイツなら食ったら終わる肉よりも利用できる部分が多い脂身の方が喜ぶって。良かったのよな、一発で許されたぞお前」


「許すも何も、こちらの方が断然お得です! 何なら次も余計に税を納めますから、また叱られて持って来てほしいぐらいですよっ!」

「……いや坊ちゃん、それは流石に勘弁してほしいっす……次やったら頭だけじゃなく下の毛まで剃られて給料無くなるっすよ……」


 大量の脂身の追加に、喜色も顕わにはしゃいでいるクリンに、丸刈り男はゲッソリとした顔で呟き——門番二号は腹を抱えて笑っていたのであった。





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 今回は、頂いた感想から発想を得て書いた話になります。少々話が長くなってしまいましたが、代りに個人的には面白くなったのではないかと思っています。


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