第35話 転生幼児のハートを狙い撃ち。


「お、何だ弓を作っているのか? 本当に自作出来るんだなぁ、ちゃんとそれっぽい形に曲げてるなぁ……って、一体何本の弓作るんだクリン?」


 作業中の少年の背中にそう声を掛けて来たのはトマソンだった。今日は彼一人では無く後ろに二人の子供が着いてきていた。


「おやトマソンさん、こんにちわ。こんな明るい内に出歩いているなんて、今日は非番ですか?」


 声を返しつつ、手を止めて彼が連れて来た子供の方に目を向ける。と、二人はサッとトマソンの後ろに隠れてしまった。暫く見ているとそっと顔を出してこちらを観察するが、視線に気が付くとまた引っ込む。


クリンより少し大きい方が男の子で少し小さいのが女の子の様だった。


「ええと……その子達はもしかしてトマソンさんのお子さんですか?そう言えば結婚して子供がいるような事を言っていましたが……」

「ああ、最初に会った時に話していたか? コレがウチのガキ共、ネルソンとモリーン、七歳と四歳だ。上に後二人いるが、そっちは連れてきていないからまた今度だな。何、今日はちょっと君に用があってな。そうしたらついて来ると言う事を聞かない物でな」


 そう言って後ろに隠れていた二人をクリンの前に押し出してくる。それを見たクリンは流れている汗を拭いつつ、取り敢えず挨拶は大事だよね、と二人に向け、


「そうですか。わざわざ来て頂きありがとうございます。僕はクリ「なぁなぁ、父ちゃん。この小汚いのが前に言ってた『しゅせんど』って奴なのか?」ンといいまし……はぃ?」


 挨拶の最中に男の子、ネルソン唐突にぶち込まれた言葉に思わず目を丸くする。聞き間違いかと思っていると、女の子の方も首をコテンと傾けて、


「シュセンドー? 何かバッチい!!」


 続けざまに全力ストレートで言い放たれ、クリンは悶絶してしまう。


「ぐふっ……ト、トマソンさん……コレは一体……守銭奴? バッチぃ?」

「父ちゃんが家で言ってたぞ。最近村に子供の癖に働いて金をとる『しゅせんど』が住み着いたって。お前の事だろ?」


「うんいってたー。となりのおばちゃんもいってたー、ものごいみたいなシュセンドーだってっ!なんだか分からないけど、なんかきちゃない!!」

「ゴハッ!!」


 連続どストレートパンチにクリンはとうとう膝をついてがっくりと項垂れてしまう。それはもう見事なorzポーズである。


「あ、コラッ! 守銭奴って言っちゃだめだって教えただろ! クリン君は貧乏なだけだ!! 村を焼け出されて無一文で親も居ない、だからお金稼がないと生きていけないと教えたろ!! それにお金がないから服も買えないんだ、汚いとかバッチイとか薄汚れているとか言ったらダメだ!!」

「アンタが一番ひでえよっ!!もうやめて僕のライフはゼロよっ!!」


 思わず絶叫してしまうクリン。心のライフゲージは既にエンプティだ。


 実の所無一文では無いのだが、村から持ち出した金は隠していたし使ってもいないので、周りからはそう思われているだろうとは思っていたが、まさか守銭奴と呼ばれているとは思っても居なかった。


『だって銅貨五枚とか十枚だよ? 貰えるのっ! そんなお駄賃で守銭奴なんて呼ばないでよっ! 普通銀貨とか請求して良い仕事量だよね、あれっ!』


 心の中で叫び、胸を掻き毟りつつ、


「うぐぐぐっ……何てハートにクリティカルな……名前が名前だし守銭奴は兎も角……そんなに汚れているかなっ!? これでも毎日水浴びしているし、服だって村から持ち出せた中では一番上等な物を直して着ている筈なんだけどっ!!」


 まがいなりにも村長と呼ばれている立場の人間が着ていた服だ。粗末な事は無い筈、と少年は思っていたが、トマソンが悲しそうな顔で首を横に振る。


「クリン君。君はもう村の住人を何度も見ている筈だ。ウチの村で——そのボロキレを服だと言い張っている住人は一人もいない。そして、その手入れしていない髪では、言っては悪いが町で見て来たスラムの住人の方が余程身綺麗だ。悪いが……それが現実だ」

「ぐぬぬぬぬぬぬぅ……」


 スラムの住人まで持ち出されてそれ以下だと言われたクリンは正に止めを刺された状態である。しかし門番のターンはまだ終わって居なかった。

「なぁなぁ父ちゃん。すらむってごみためみたいな場所ってまえに言っていたよな。じゃあコイツはごみ以下なのか?」

「ボハッ!?」


「えーシュセンドーはごみなの~? だからさっきからここくしゃいの~?」

「ゲハッ!!」


 幼い子供達最強の暴君に追い打ちされた挙句に死体を踏まれた。クリンのライフはゼロを通り越して既に昇天寸前である。


「グッ……ぐおぉぉぉぉぉぉ……そ、そこまでだとは……だが臭いは僕じゃない……弓曲げた時の皮が焼ける匂いだ……服だって頻繁に洗っている……僕はゴミじゃない……」


 この世界のスラムはまだ見た事が無いが、現代日本人の感覚を持っている身としては、そこの住人よりも酷いと言われたら流石に心に来る物がある。


 そもそも自分は物作りが好きで得意な筈だ。身の回りを豊かにするのが物作りと言う物では無いのか。現代人から見れば千年以上昔の文明レベルの衣服を着た村民に、きちゃないとまで言われてそのままでいいのか。そう自問し始める。


 鍛冶仕事が一番好きであり、道具を作る為の道具を作るのが喫緊であると思っていた。その為にまず鍛冶場を使える様にする事を第一に考えて来た。


 だが本当にそれでいいのか。クリンの中で何かが違うと叫びだして居る。HTWの世界は、クラフターのクリン・ボッターは、単なる鍛冶バカでは無かったはずだ。


 ありとあらゆる、身の回りの物全てを作り出し便利で快適なゲームライフを送る、最高にカッケー武器防具、イカしたデザインのカトラリー、グラフィックデザイナーを泣かせる程にイキな衣類、そういう物を作る事を目的にし喜びにしてきた筈だ。


 それがクラフター、それがクリン・ボッターだった筈だ。飯を食うために仕事と狩りを優先し、転生先の現地民のハナタレ小僧に小汚いと言われ、田舎幼女にくちゃいと言われて、黙って見過ごしていいのか。


 否。断じて否。くちゃいと言われたのだ。否に決まっている!!大事では無いが二度言う。いや、はやり大事な事だ。少年のプライド的に。


 宜しい。現代文明で過ごした日本人男児の底力を見せてくれよう。青っ鼻垂らした小僧に教えてくれよう。コマっしゃくれた幼女に思い知らせてやろうでは無いか。


 そんな思いがクリンの心を埋め尽くす。何気に幼女にくちゃいと言われ事が、思いの外甚大なるダメージを与えた様子であった。


「おーけー、優先順位変更だ。その喧嘩買ってやろうじゃないか現地民……」

「ク、クリン君? 大丈夫か? 何か口調がおかしく成っているぞ?」


 俯きクククククと暗い顔で笑いだしたクリンにドン引きしつつもトマソンが心配そうな声を掛けるが、彼は気にした様子もなくガバッとばかりに顔を上げる。


「大丈夫です。ちょっとやる事を思い出しただけです。で、今日はどうされたんです? 子供達を連れて僕をディスりに来たんですか? それなら効果は十分でした。これから少し忙しくなりますので、他に御用が無ければこれでお暇(いとま)願いたいのですが」

「……チョコチョコと聞いた事のないワードが出て来るのだが……ええとな、今日は非番だったから森に行ったのだが、そこでファングボアに出くわしてね。運よく狩れたので、肉をお裾分けしようと思って持って来たんだ」


「……お肉? ファングボア……狩れたんです?」


 ファングボアはこの世界の猪型の生物で、体長は大体二~二・三メートル程の大型であり、前に突き出た大きな牙を持っている。分類上は獣であるが、ただ気性が大変粗く力も強いために牙を使った攻撃をする、魔獣並みに危険な猪である。


 動物と魔獣の違いは体内に魔石と呼ばれる魔力集積回路を持っているかいないかで別れ、ファングボアにはこの魔石が無いので獣に分類されている。


「ああ。本当は鹿を狙いに行ったんだがな。時々森の奥から畑の作物を狙って出て来るんだが、今回は出てこようとした所に出くわしたみたいでね。前に薪をダメにしたから、そのお詫びと言う訳では無いのだが、腰の良い所の肉を持って来たんだ」


 この世界では血抜きの技術が悪い為、あまりバラや肩と言った部位は好まれない。腰や足の部分が人気で、腰の肉を持ってきたと言うのは最上級の部位を持ってきたと言う事だ。


「へえ、それは態々済みません。そうですか、ボア……と言う事は猪……」


 以前の村の森にも生息していたと聞いているがクリン自身は出くわした事はない。だが猪と聞き、天啓を受けた心持になる。まさに今彼が欲していた物。正確には欲しい物を大量に持っている生き物。コレを逃す手はない。


「肉はいいです。代わりに脂身を下さい。ボアと言う事は脂身沢山ありますよね!? 是非頂きたい!!」


 反射的に早口で言うと、トマソンは目を白黒させる。


「え? あ、ああ。そりゃ脂肪はタップリ付いて居たが……え? 肉要らないの? 脂身の方が欲しいの? え、普通肉の方が子供は喜ぶ物じゃないのか?」

「えーあぶらみなんて食ってもうまくないじゃん。ニクのほうがいいじゃん、変なやつー。父ちゃん、いらないならウチでたべちゃおうぜ~」

「ほんとーシュセンドーってヘン!!」


「持って帰って結構です。肉なんて食ったら終わりでしょう。それよりも脂身をプリーズ! 何なら今から取りに行っても良いですよ。さぁさぁ、ハリーハリー!!」


 今回は子供達に何を言われても聞く耳持たず、謎のハイテンションでトマソンに迫る。本気と書いてマジと読む気迫だ。


「えっ? あ、いや肉も受け取ってくれっ! 脂身なんてどうせ脂を取って蝋にする位しか使い道がないし、量があるから幾らでもやる……だから押すなっ!! 何で急にそんな子供みたいな駄々をこねだした!? いや、子供だけど……分かったから押すなっ!」


 急に豹変して急かすクリンに、困惑しながらも自宅に脂身を取りに戻る。取りに来るより自分達が戻って一旦子供を置いてから来る方が早いから、とクリンをその場に残し、脂身を適当な桶に詰めて再び小屋に戻って来る。


「全く……君の行動は突飛が無さすぎて意味が分からんな。こんな物一体どうするんだ?」


 ホクホク顔で脂身の詰まった桶を受け取ったクリンは、途端に無駄にキリリとした表情を作る。


「トマソンさん。僕は売られた喧嘩は買う主義……では無いのですが、どうしても譲れない物と言うのが有るんです」

「は、はぁ?」


「現代人として、くちゃいと言われたら黙っている訳にはいかないのですよっ!」

「ああ、うん。君が娘の言った事を非常に気にしていた事だけは解ったよ……」


 それが何でファングボアの脂身と繋がるのか分からなかったが、やたらとテンションをぶち上げているクリンにこれ以上何を聞いても無駄だろうと思い、肩を竦めてそのまま帰る事にした。


 尚、腰肉は折角持って来て持って帰るのもアレなので、そのままクリンに渡している。しかし脂の方が断然量があるので、一人分に切り分けた最も良い部分の肉が量的に大分ショボく見えたのは内緒である。

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