第12話:決着

 隕石が降り、全てを壊した。皆が魔法で作った様々な防御を、あっという間にだ。


「……っ」


 辺りには悲痛な雰囲気が流れている。しかしそれは諦観ではない。

 たとえここで、一切の抵抗もできずに死のうとも、戦うことはやめない――そんな強い意志だ。


『ねぇ、なぜそんな顔をするんだい。まだ終わりじゃないのに』

「皆、まだ動けるか!」

「あぁ!」

「いけるわよ!」

「問題ないわ!」

「もちろんじゃ!」

「当然です!」


 キンドラーの声に呼応し、それぞれが叫ぶ。


 まだ、戦う力は残っている。


『まぁいっか。死なない程度には痛めつけるから』


 それを合図に、さきほどの隕石の残骸が黒い泥のように溶け始めた。それらはゆっくりと隆起し、何かの形をとっていく。

 特に匂いはしない。強いて言うならば、血の匂いが漂ってくるくらいだろう。さして香りがないのか、鼻がやられているのかはわからないがな。


 警戒して待つこと十秒かそこら。

 残骸は、無数の――ざっと数百体くらいだろう――魔物へと変化していた。

 

[うげぇ……]

[なんだよこれやばくね!?]

[魔物を生み出した?こいつ何者だ]

[今度こそ死んじゃうよ……]

[これのどこがB級だよ!]

[もしや俺らは歴史を目撃してるんじゃ……]


 見たことあるようなものから、見たことのない異形まで千差万別。動物っぽいものもいれば、ファンタジーなものもいる。とにかく魔物がたくさんだ。とんでもないね。

 ははは……高鳴る心臓が嘘のように気分は最悪だよ……


「動き出した……」


 まずはオオカミのような魔物がやってきた。

 

 剣を構え――斬る!


「案外柔らかいんだな――」


 オレの言葉が止まったのは、それはもう単純明快な理由である。


 泥からできた魔物を斬ったらどうなるか。

 答えはもちろん、散らばる、となるだろう。


 だが相手は魔物。となれば「復活する」が答えとなる。


「おいおいマジかよ……」


 いくら戦いで高揚しようと、こうなってしまっては笑みも引きつる。


「ワンワンッ!」

「ちっ!」


 反転して再び向かってくるオオカミを斬る。


「今度こそ……頼むよ」


 オオカミの死体を見れば、今度は沈黙を保ったままだった。


「これでいいのか……二度手間とか骨が折れるぜ」


 ――そこからは、作業と言って差し支えない。


 魔物が来る。噛まれる。魔物がたじろぐ。斬る。もう一度斬る。

 魔物が来る。殴られる。魔物がたじろぐ。斬る。もう一度斬る。

 魔物が来る。叩き潰される。魔物がたじろぐ。斬る。もう一度斬る。

 魔物が来る。首をはねる。もう一度斬る。

 魔物が来る。燃やされる。魔物が暴れる。斬る。もう一度斬る。

 魔物が来る。凍らされる。魔物が止まる。斬る。もう一度斬る。

 魔物が来る。刺される。魔物がたじろぐ。斬る。もう一度斬る。

 

 来る。どうにかする。魔物が苦しむ。斬る。もう一度斬る。


 斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬って斬って、斬る。


[うええぇ……]

[まさに狂乱、って感じだなw]

[こっわ……!最高かよ!]


 その間、オレは自分に来る魔物で手一杯だった。だから、皆がどうなっているかなんて気にする余裕はなかった。よそ見をするより、一刻でも早くやつらを駆逐するほうが先だと思ったからだ。体感500匹ほどか。本当に息つく暇もなかった。


「死ね」


 剣を振る。魔物が泥になる。


「……これで終わりか?」


 前方には敵がいない。それを確認して一息つく。

 そして剣に少しだけついた泥を振り落としたところで、辺りが妙に静かな事に気がついた。

 

 それの途端、背後に何かがいるような、そんな類の恐怖で身がすくむ。しかしなんとか堪え、後ろを振り返った。


 ――そこには、まさに「死屍累々」というべき光景があった。


 いや、実際には死んでいない。だがそう表現したくなるもの仕方がないのだ。

 血をダラダラと流し倒れ、中には腕や足が取れそうになっている者もいる。まさに凄惨の域を上回っているしか言えない。


「な、なんだよこれ……」


 搾り取ったような声だった。

 皆息をしているし、決して死んではいない。あくまで死に体だ。しかしこのままでは危ういだろう。


「――おい! なぜここまでするんだ!」


 その声は憎しみと怒りに震える。

 オレ一人だけがここに立っている。なぜだ?

 彼らは指折りの実力者。オレなんかよりよっぽど強いのに……!


『簡単さ。こうでもしないと話を聞いてもらえなさそうだったからね。力なき者の戯言は聞かずとも、力ある者の戯言は冗談か、あるいは事実になる。違うかい?』

「だからって……!」


 オレは反論しようと息巻いていた。が、わりと正論を言われてしまっては尻込みする他無い。悔しくてたまらないよ。


『まぁ、君を倒せなかったのは残念だ。このままじゃあ話を聞いてくなさそうだもん。そうだなぁ、どうすれば話を聞いてくれるのかな?』

「なら、この場の全員を完全に治癒してお前は無条件降伏して死ね。抵抗は許さん」

『前半はいいけど後半は無理だね。そんなことしたら君が困る』


 はは、確かにそうだ。

 相手が力なき者なら、戯言を——! と切り伏せていたに違いない。この面々を容易く倒す力の持ち主。例え嘘でもオレは信じざるを得ない。


「お前がこうしてるほうがオレを困らせるんだが」

「はぁ……とりあえず分かった。〈癒えよ〉」

 

 たった一言。上から目線で命令するかのように溢れた言葉で、辺りに転がっていた仲間たちが元の状態へと変わって――戻っていった。それはまさしく「癒えて」いる。


「さすがだな。お前のそれはどういうカラクリだ?」

『それを答えるのは後だ。まずは自己紹介をさせてもらおう――』


 眠りから覚めたように立ち上がった皆は、まだ状況がつかめていないようだった。それを無視して闇は力強く宣う。


『我が名は摂理外の神々エンプティアル。貴様らの言う、神だ』

 

 尊大に腕を広げ、堂々と言い放つ。その瞬間、カメラドローンは闇色の鎖で覆われてしまう。


『一般人が知っていていいのはここまでだ。さて、本題を――真実を話すとしよう』


 そこから語られたのは、理解しがたい言葉の数々だった。



「……つまり、お前らは世界を支配する悪しき存在、世界の支配者ワルドールスからこの世界を守ろうとしていると」

『あぁ。そのためにダンジョンやスキルに干渉し、我々の力を持つ者を増やしている。いざというときのための配下とするためにな』

「本当に、信じられない話だ」


 俺やキンドラ―、ストークラにブレスト。皆は摂理外の神々エンプティアルのスキルなのだそうだ。

 それに対し、アルマは世界の支配者ワルドールスのスキルだった。

 

 そのことを告げられた瞬間、アルマは涙を浮かべながらオレに抱きついてきた。


「ヴェイン……! わ、私……死んじゃうの? 殺されちゃうの?」


 いつも勇猛果敢に戦うアルマが、今はか弱い女の子に見えた。

 オレの名を呼ぶ声は、不安と絶望が押し込まれたかのようだった。


 そんなアルマに、オレは優しく語りかける。


「大丈夫だ。オレが絶対に殺させない。世界の支配者ワルドールスなんかに、アルマは渡したりしないさ」

「ヴェイン……っ!」


 再び名前を呼ぶ声には、不安ではなく希望を感じた。

 オレの言葉は嘘ではないが、根拠はない。だがそれでもいいのだろう。一言、大丈夫と言うだけで良かったのだ。それでアルマが元気に生きてくれるならば、オレは何回でも慰めるし、何回でも頭を撫でてやる。


『その強力な力の使い方も、みっちりと教えてやる』

「それはありがたいが……どうやって?」

『左手を掲げよ』

「こう、か?」


 指示に従い、闇――改め摂理外の神々エンプティアルの顔へまっすぐ左腕を伸ばす。


『それでよい』


 だんだんと声が遠のく――いや近づく。その方向は、と言うとオレの左手だった。


『これから頼むぞ――身体の借り主マスター


 手の甲に浮かぶ、どこか既視感のある紋章。アルマとケーナ以外はそのようで、オレと同じように「どこで見たっけ?」と首を傾げていた。


「な、なんか予定は狂いまくったが……帰るか」


 本来のリーダーを無視してオレが音頭をとっているが、誰も文句は言わない。最後まで生き残ったのがオレだから、闇との交渉役だった――というのもあるだろうが、そもそも文句を癒えるほど皆の体力があるわけではなかった。

 身体こそ元に戻ったが、気力までは魔法で復活させられない。おそらくそれと関係があるのだろう。


 ちゃっかりと出現していた帰還用のワープゲートへと向かい、ちゃっかりと復活していたカメラドローンと共に外へ出た。


 もちろん、その後の説明に忙殺されたのは言うまでもないだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る