3ページ目 積み荷の中身
砂漠を走る国王軍のラクバ車。その積み荷は”水”だった。
砂漠の国【アランヴィア】。この国はめったに雨が降らず、深刻な水不足に陥っていた。元来ここまで雨が降らなかったコトはなかったのだが、ここ数年降水量が激減し、生きていくのにも差し支えるほどの水不足に陥っていたのだった。
井戸の水は枯れ、貴重な水源であったオアシスも涸れ果て、何よりも雨が降らない。
唯一の例外は王都に住まう王族と、その王都周辺に住む上級の貴族のみ。
彼らは水に困ることなく、この国で唯一贅沢な生活を送っていた。
水不足によって数多くの国民が死に絶えようとも知らない顔をして。
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それまでひと振りとて通さなかった自身の太刀が入った。
その事実に困惑したオランジェは追撃をせず、距離を取った。
が、油断せず剣を構えながら彼女は口を開く。
「守るべき国の民が水が飲めず、生きるのにも大変な中、王族と一部の特権階級だけが贅沢を貪り、果たすべき貧民への救済もせずにいる‥‥‥‥
誰も助けてくれないのなら、力尽くで奪うしかないじゃないかっっ!!」
オランジェは叫ぶ。
彼女の叫びは民の叫び。彼女の怒りは民の怒りだった。
「‥‥‥俺は他所の国から来た。」
男は俯きながら呟いた。
「この国が水不足に陥っているコトは聞いていた。
その原因の究明と今後について考えるためにやってきた。
この国に着いたのはつい昨日のことだが‥‥‥」
男は顔を上げると、真っ直ぐにオランジェを見た。
「‥‥‥いったいどういうコトだ? 何がどうなっている。」
そう口にした男の顔に浮かんでいた表情の色は‥‥‥困惑だった。
「この国には【聖女】がいるだろう。
彼女の力で、この砂漠の国もなんとかやっていけているのではなかったのか?
【聖女】の力で、水の問題はなんとかなっていたはず‥‥‥」
余裕を保っていた男の表情が青ざめたものに変わっていた。
信じていたものに裏切られたような、そんな困惑が浮かび上がっていた。
「【聖女】? ふん、あの名ばかりの悪女か。
アイツの眼に映るのは宝石や金銀財宝ばっかで、民の暮らしなんか欠片も見てなんかないよっ。」
「‥‥何故訴え出なかった?」
「何処に訴え出ればいいんだい? 本来訴え出るべき国の王族が腐ってやがるんだぜ?
誰に? 何処に!? 訴えればいいって言うんだっっ!!」
男の発言が勘に障ったのか、オランジェは再び剣で男に斬りかかる。
男は動揺しながらもオランジェの剣撃を自らのバスタードソードで受け流していく。
「他所の国から来た、って言ってたな。だったら知った風な口を叩くんじゃないよっ!
なんにも知らないくせにっ! この国のコトに口を挟むなっ!!
────アタシらのコト、なんにも知らないのに、偉そうな態度とんなっっ!!」
怒りに任せ、オランジェは右手を大きく振りかぶってサイフを横薙ぎに振るう。
男は身体を後ろに引き、オランジェの一撃をかわす。
が、オランジェはそれを読んでおり左手のサイフを上から振り下ろし、追撃を入れた。
男は咄嗟にバスタードソードを横薙ぎに振るい、頭上から迫るサイフを弾く。
「ぐっ!!」
「っ! しまったっ!!」
振り下ろしの剣撃を捌くのに必死になった男は無意識に力を込めてしまい、体重が載った良い一撃を放ってしまった。加減が出来ず、力強く振るった男の一撃で反撃を想定していなかったオランジェは後ろに吹っ飛ばされる。
ここは走るラクバ車の荷台の上。放り出されれば地面に叩きつけられてしまう。
更に最悪なコトにオランジェは身体を捻った体勢で吹き飛ばされてしまった。不幸中の幸いだが男の剣撃による斬り傷はない。男の一撃はサイフに集中していた。が、そのせいで右半身を傾けた不自然な体勢で空中に浮かび上がってしまった。
このままでは受け身も取れずに地面に激突してしまう。
決して吹き飛ばすのが本意ではなかった男は、「しまった」と呟き焦ったのだ。
咄嗟にオランジェを助けようと男は腕を伸ばす。
「キュィィィッ!」
男が何かを掴んだと思ったのと、男の耳に何かの鳴き声が届いたのは同時だった。
顔を上げると、男の視界に黒いシルエットがあった。
ノーヴァである。
かの竜は主人であるオランジェのピンチに電光石火のスピードで駆けつけ、空中で彼女をその背に受け止めたのだった。
オランジェの姿を視認した彼は、視線を下げ、握りこんだ自らの手を見る。
掴んだ物の正体、それは布切れであった。
それを確認した男は布の正体に思い当たり、慌てて視線を上空に戻す。映すのは翼竜の背に乗る少女の姿。
見れば彼女の口元は素顔が晒されていた。
彼女を吹っ飛ばしたあの剣撃、その見事な一撃はオランジェの得物を弾いただけでなく、彼女の口元を隠していたスカーフも斬っており、それが剥がれ落ちたというワケだったのだ。
「今日はコレで勘弁してやるっ! 次はこうはいかないよっ!!」
オランジェは右腕で口元を隠しながらそう叫ぶと、左手に握った手綱を操り、ノーヴァに撤退の意思を伝える。(※両手に持っていたサイフ=湾曲剣は放り出されても手放しておらず、ノーヴァの背に跨がったときに後ろ腰の鞘に二本とも納めていた。)
「ま、待ってくれっ!!」
男が叫ぶも、ノーヴァはそのままラクバ車に背を向け、飛び去ってしまった。
その両腕にしっかりと水の入った樽を抱えられる分だけ抱えたまま‥‥‥。
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