4ページ目 自問自答

 ラクバ車から撤退したオランジェは追手の可能性に配慮し、ノーヴァにやや遠回りのルートを通らせながら自身の拠点に戻ってきた。


 砂漠を抜け、ゴロゴロと岩礁が目立つ地帯に入る。空を泳ぐノーヴァとオランジェの視界に、高くそびえ立つ岩壁が見えてくる。


 数十メートルはあろう岩の壁に向かい飛び続けるノーヴァ。かの黒褐色の身体は決してスピードを緩めるコトなく飛び続け、ある一点を目指す。


 ある程度の高度を保っていた翼竜は、岩壁に近づくと高度を下げ始める。

 この岩壁、実は洞窟があり、ノーヴァはスピードをそのままにその穴に飛び込んだのだ。


 十メートルほどの高さの入り口から内部に突入するノーヴァ。入ってしばらくはその狭い通路を突き進む。人にとっては十分な広さの通路でも翼を広げた翼竜には少々手狭なその通り道をこのドラゴンは危なげなく器用に翔んでみせる。


 ある程度進むとふいに空間が広くなる。元々高々とそびえ立つ岩壁だ。掘ろうと思えばかような‥‥そう、翼竜がアクロバティックに旋回出来るくらいの空間は確保出来る。


 ノーヴァは着陸に必要な飛距離を旋回するコトで確保し、勢いが落ちたところで地面に着地した。


「ほい。到着、っと。」


 オランジェはそう呟くと、ノーヴァの背から飛び降りる。


「お疲れさまノーヴァ。今日は本当に助かったよ、ありがとうね。」

 オランジェは頭を下げてきたノーヴァの頬を手で擦りながら礼を告げる。

 彼は眼を細め、『クルル‥‥‥』と喉を鳴らす。


 今回の襲撃は際どかった。ノーヴァがいなかったら自分は大怪我を負ってたところだ。いや、下手をすれば命を落としていた可能性も‥‥‥


「‥‥‥に、しても。」


 結果を見れば今回は『失敗』だ。

 ノーヴァと組んで国王軍や貴族連中から水を奪うのは今回が初めてではない。更に言えば一回や二回ではすまないのだ。言い換えれば、人々の間で噂になるほどの回数のヤマをふたりでこなしてきた。そしてその襲撃の回数だけ水の奪取に『成功』してきたのだ。


 オランジェは視線をノーヴァの顔からズラす。

 見たのは地面に置かれた樽。

 いつもなら戦利品はもっと大量な数のはずなのに、今回はほんの数樽のみ。

 それもノーヴァが咄嗟の判断で抱えてくれたから得られた戦利品なのであって、彼の機転がなければコレすら得られなかったのだ。


『失敗』は初めてだった。


 原因は解っている。


「‥‥‥あの護衛男だよ。」


 ハア、と溜め息をつくオランジェ。

 あの男の存在が、今回の襲撃の『失敗』の原因だ。

 これまで数多くこなしてきた襲撃の中でも、護衛を伴っていた輸送は多々あった。いや、自身の襲撃が噂になってきたここ最近はほぼ毎回だ。

 まあ中には護衛への報酬を嫌がり、ケチって護衛なしの輸送をしていたマヌケな貴族もいたりはしたが‥‥‥

 

 それでも、あそこまでの実力者と対峙したのはオランジェにとって初めての経験だった。


「いったい何者なんだろうな。」


 オランジェはふと男の容姿を思い返す。

 男は自分が他所の国から来た、と口にしていた。なるほど、この辺りの男の容姿と言えば黒髪に褐色の肌なのがセオリーだ。だが、あの男は違った。 

 あの男は金色の髪に白い肌だった。白と言っても真っ白な青っちろい肌というワケではなく、日に焼けほどほどに黒くなった鍛えられた肌だったのを覚えていた。


 そして最も印象的だったのが、あの眼──── 


「そうだ。あの眼だ‥‥‥」


 キラキラした金色だったのが印象深かった。

 オランジェはあの眼に見つめられたコトで落ち着かなくなったのだ。



 最初に剣を突きつけられたあの瞬間。

 それを弾いたあと、剣を構えて相対したあの瞬間。

 口説いてるのかと問い掛けたあの瞬間。

 自身の一太刀が肩に入ったあの瞬間。



 ───────そして、


 ”いったいどういうコトだ? 何がどうなっている。”


 動揺して、アタシを真っ直ぐ見つめてきた、あの瞬間──────── 





 あの男がアタシを見る度に、あの男の眼がアタシを見つめる度に、


 アタシがあの男の眼を見る度に、そわそわと心が落ち着かない物になっていた。

 

「(そうだよ。いつもなら何言われたって流してきたじゃん。‥‥‥なんで今日のアタシは、あんな突っ掛かって行っちまったんだい。)」


 と、困惑するオランジェだった。



「‥‥‥いったい何者なんだろうねえ。」



 同じ台詞を再び口にしたのは無意識にだった。



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