2ページ目 彼との出会い

 ガキンッ!!

 甲高い金属音が木霊する。



「さて‥‥‥アタシばかりに名乗らせといて、そっちはだんまりかい? せめて名乗るくらいはしてくれてもいいんでないかい?」


 オランジェは得物の湾曲刀サイフ二振りをX字に交差させ、男が降り降ろしたバスタードソードを受け止めながら問い掛ける。


「このラクバ車の護衛かい?」

「‥‥‥そんなような物だ。」

「ハッキリしない‥‥‥‥‥ねえ!!」


 その台詞と蹴りが飛び出したのは同時だった。

 鍔迫り合いから均衡を破るべく、オランジェは刃を受け止めながら男の腹めがけ蹴りを繰り出した。


 ──のだが、男は後ろに跳躍しその蹴りを逃れる。


 狭い足場。そこからのジャンプは地面に投げ出されても不思議ではない。が、そんな戦線離脱‥‥‥という結末は見物してる助手席の男の脳裏にしか存在しなかった。


 男は上手く軌道を取り、先程まで自身が腰を降ろしていた荷台のスペースに着地してみせる。


「荷の護衛は物のついでだ。目的は‥‥‥お前だ。」


 男は剣の切っ先をオランジェに向けながらそう告げる。

 

「どっかから捕獲の命令でも出たかい?」

「そんな物は出てないし、誰からも指示はされていない。これは俺の意思だ。」

「アタシはどっかでアンタの恨みでも買ったかい?」

「復讐や私怨晴らしでもない。」

「じゃあますます解らないねえ。アンタはなんでアタシを狙う?」


 運転席の屋根と荷台の上。高低差がある。

 オランジェは自身を剣で指し示す男を見下ろしながら、

 男は自身を見下ろす彼女を見上げながら言葉を交わす。


 端から見れば、或いはその光景は男女の口説き口説かれの様相になっていたのかもしれない。

 但し場所がバルコニーと庭園、その手にあるのが花束であればの話だが。


 生憎とこの場は走るラクバ車の上で、男の手には花束ではなく剣がひと振り。

 女は令嬢ではなく盗賊である。

 





「お前と話がしてみたかった。」


 まさかの理由が男の口から飛び出した。







「‥‥確認するけど、これアタシ口説かれてるのかい?」


 さっきまで『プロポーズの場面みたいだな』、なんて自分の思考を自嘲していたため、一番出てこないであろう理由が飛び出してきたせいでオランジェは混乱してしまった。


「口説いて欲しいのか?」

「そんなワケないだろ。」

 変わらぬテンションの男のマイペース振りにオランジェは呆れてしまった。



「さっきの台詞はそう聴こえるよ‥‥‥‥」

 と、口にするや否や、オランジェは爪先に力を入れる。

「‥‥‥‥って話さっ!!」

 そして叫びながら跳躍、荷台の男に目掛け飛び掛かる。


「うおっ!!」

 そう驚いた声を上げるのは見物していた助手席の男。

 オランジェの跳躍に驚くも、次の瞬間彼はその姿に見惚れていた。

 オランジェはただ飛び掛かるのではなく、空中で横回転しながら荷台の男へ迫っていた。


 その模様はさながら何かの演舞や劇の一場面を彷彿とさせる姿だった。


 が、実際は観客へのサービスなどではなく、アクセルジャンプするコトによる遠心力を斬撃に加える意図があったワケだが‥‥‥


 妙に様になっているその姿に、助手席の男の視線は釘付けになっていたのだ。


 そしてそれは荷台の男も例外ではなかった。


 「おぉ‥‥‥‥。」


 思わず声が漏れたのは、男も素直にオランジェの姿に見惚れていたからだ。

 が、心を奪われたのは数瞬。男は自身に迫る刃を危なげなく自らの得物で受け止める。


「どうせ口説かれるなら、心が燃え上がるような熱い言葉でないとごめんだねっ。」


 軽口を叩きながら、オランジェは剣を振るう手を止めない。

 右手の刃を止められれば左手の刃を、左手の剣撃をかわされれば右手の剣撃を男に振るう。二撃、三撃、四撃と刃を振るう。



 が、その全てを男はかわしてみせた。

 身体を反らし、剣で受け───── 、

 至近距離からの斬撃であるにも関わらず、一太刀も浴びるコトなくその素早い刃の雨を全てかわしてみせるのだった。




「何故、盗賊行為をする? それも一度や二度ではなく何回もだ。」


 オランジェの斬撃の嵐を事もなくかわし続けながら男は問い掛けてきた。

 それはまるで仲間内での組手の時間のような感覚で。

 否、或いは食後のコーヒーを飲みながらする雑談のようなテンションで。

 そう、男は全く息を切らしていなかった。スポーツの試合をしながら質問をするような感覚で話し掛けている。


「何決まりきったコト聞いてるんだいっ。奪わなきゃ生きていけないからだろうがっ!」


 余裕を持って尋ねてくる男のテンションにオランジェは怒りを覚える。

 ましてや尋ねてきた内容が癪に障った。




「王族が水を独占してるからっ! 力尽くでもないと皆に水が行き届かないんだろうがっっ!!」




 


 ザシュッ!!



 肉を斬る音が響いた。

 一太刀が入った。


 オランジェの一撃が通ったのだ。

 それまで決して通らなかった斬撃が突如として入った。


 それは幸いにしてかすり傷、傷口は浅かったため、無惨な惨劇にはなっていない。

 男の左肩、服が裂け、うっすら血がにじむ。


 それまで鉄壁と化し、決してオランジェの剣撃を通さなかった男の挙動が狂ったのだ。



 男は動揺したのだった。



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