激闘

 次の日から激闘が始まった。朝10時からラストの夜11時まで13時間労働である。着替えを一週間分用意しておけという意味も分かった。洗濯する時間などないのだ。週に1回月曜日に店が休む時しかゆっくり出来ない。目一杯睡眠を取りたいのだが、朝8時にはいつものように箒を持ったおばさんに叩き起こされる。

 あれから聡は順調に勝っている。というか順調過ぎると言っていい。いまのところ3回の10万超えで、計算すると平均日当6万円である。本来の28回転の台の期待金額は4万円なので、計算値を大きく上回っている。

 ある夜、不思議な夢を見た。目の前に大きな岩があった。横にはカズもいる。この岩をどけろと言っているようだ。確か、昔はそういう能力があった気がする。聡が集中すると、少しづつ岩が上へ上がり始める。カズは平気でその岩に登っていき、上から手招きをしている。聡も必死で後を追うと、カズの姿はそこにはなかった。

 夢の続きを見てるように打ちながらうとうとしていた。昨日は寝つきが悪く、睡眠不足だった。

 気がつけば台の前にいる。聡はもうこの店に住んでいるような錯覚におちいっていた。一日の大半をここで過ごしているからだ。

 当たりはゆうに25回も出ていても何ら不思議ではない。よく回る台を打っている上にツキも味方にしている。最終的には計算値通りになるとはいえ……


 その時、聡の中で何かが拓いた!計算値通りになるのは当たり前ではないか!

 聡はコインの賭けを思い出していた。8連チャン勝っても三日連続で負けても、それは一時の偏りでしかない。大数の視点から見れば、試行回数が多くなるほど分母がどんどん大きくなっていくのである。この原理は初当たり確率だけではなく、連チャン回数や各モデルケースにまで影響を与えていき、最終的には陰の勝負と陽の勝負が一致していく。それをあの十円玉の勝負の映像化とともに理解したのだ!聡は目から鱗が落ちるような感覚を覚えた。

 頭の中が冴えて暗闇も去り、分からないところが何もない境地。陰と陽が混じりあい最終的には一つになる道理……


 カズのいる世界についに足を踏み入れたのだ!


 回転数は300回ほど。持ち玉でハマればハマるほど嬉しくなる意味も心境も、いまでは理解ができる。3円で突っ込んだ分投資額が少なくて済む。この簡単な原理がなぜ今まで理解できなかったのか。


(ついに……1番難しい難問を突破したぞ!)


 旅打ちに出てからもう一ヶ月が経っていた。今日10万円ならこの一ヶ月で100万円オーバーとなる。

 カズが隣に座り、聡の台を見ている。

「そろそろラストだ。取りきったところで終わりにしよう」

「カズさんがいままで教えてくれたこと、いまでは全部分かるような気がします」

「そうか、パチンコの太極が理解できたか」

 三人は24時間やっているファミレスに入った。カズがさっそくビールをたのむ。

「そろそろひと月だ。目に見えない疲労がたまっているはずだ。お前さんも今日も10万円勝ちしたことだし、これで終わりにしよう」

 金井も賛成のようだ。腰が悪いと言っている。職業病のようなものだ。

 聡も同じことを考えていた。朝起きると体のあちこちが痛い。そろそろ限界が近いとは思っていたのだ。

「カズさんありがとうございました。あのまま大阪で打ってたら20万円いかなかったところでしたよ。ひと月100万越えは初めてです。正確には108万円でした」

「いいんだよ。おれも久しぶりに3桁いったしな」

「おれだけかー100万オーバーしてないのは!」

金井が叫ぶと全員で笑った。

 今晩は三人ともステーキだ。普段より1000円ほど高い食事だ。

 今日は珍しくカズのおごりである。

「これでお前さんに教えることはもう何もない。あとは自分で腕を磨くんだ」


 これで終わりかと思うとなんだか寂しい気もした。しかし物事にはいつか必ず終わりがくるものだ。カズに会えなくなるわけじゃなし、とりあえずの休暇である。

 レストランの駐車場に出ると、雪が舞っている。岐阜にほど近いこの辺りはまだまだ冬が続いているのだ。聡が電灯の下で大きく息を吐くと真っ白な結晶となって消えてゆく。

 サウナへの帰り道でカズがビールを買ってくる。車に乗ると一本金井に渡し、自分もまた飲み始める。

「そのくらいにしてないと明日きついですよ」

「今日オーラスのお祝いだよ。お前さんも太極の謎を突破したみたいだし」

 雪の中をそろそろ走っていく。カズが口を開く。

「お前さんと出会ってからもう1年ちょっとか。早いもんだな」

「そうですね。あっという間でしたよ」

「これを取りきったらな、和歌山かな、故郷に帰るんだな。お前さんに大阪は似合わない。お前さんは人の中にいて、人のために生きることができる人間だ。そこで就職して真面目に働くんだ。本当はそれがいちばんいいんだよ。おれみたいに薄汚れちゃだめだ」

 聡もうっすらと思っていたことを、カズがはっきりと言った。

 サウナに帰り寝床についた。いろんなことが頭の中を去来する。もっとも大きな収穫は太極を体で理解出来たということだろう。

 朝8時、出立の準備をする。

 昨日はよく寝た。外は晴れている。これから家路につくのだ。コインロッカーから荷物を出し、番号札を受付に渡す。


 このまま帰るのかと思いきやカズが切り出した。

「カニ食べて帰ろう。カニ」

 旅の最後にふさわしいと思った聡と金井は二つ返事でオーケーした。高速に乗る前にコンビニに立ちよる。聡が走り出すと、カズがさっそくウイスキーを取り出す。

「フォアローゼスだ。おれはこの甘ったるいやつが大好きでな」

 割もせずにストレートで口に含み、チェイサーにジュースをのむ。後ろで寝っ転がっている金井も一口飲む。

 車は名神高速に向かって走る。

「サラリーマン?上司のご機嫌伺いだけして一生を終える。スポーツ選手、10年でほとんど駄目になる。弁護士、歯科医、いまでは年収300万円の奴もいる」


 カズの目がらんらんと輝き出す。

「わはははは。逆走だよ、逆走するんだ!おれはひとりで獲物がとれる。他の奴らは群れないと何も出来ないだろうよ!」


 車は名神高速に吸い込まれていった。



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