孤独

 聡がカズに弟子入りしてから4ヶ月が経とうとしている。勝てなかった昔と決定的に違うのは持ち玉で粘るようになったことであろう。いい台を見つけた日は、カズが帰ろうとも、夜11、店の閉店時間まで粘ることも少なくない。歳が若いということもあるが、勝てる勝負が面白くて仕方がないというのもある。そしてこれまで負け続けていたパチンコで生活できるほどになったのも痛快なことなのだ。

 最近は勝負内容も文句なしで、それは結果にも表れてきている。最初のひと月はまだ10万円そこそこだったものの、あとは35万円、30万円、50万円といっぱしのパチプロなみになってきている。

 50万円を突破した時はさすがに震えがきた。フリーターのころの5倍の収入である。コンビニのバイトは早々に辞めてしまった。

  しかしツキがいい状態というのはそう長くは続かない。聡はいまどつぼにはまっていた。

 おととい1800回ハマりからの単発、昨日は1200回からのダブル。そして今日はまた朝から1300回のハマりである。計13万円の赤字が聡を苦しめる。 1400回、もう台を離れたい。しかし金井は2000回は回すと言った。パチプロとしての根性が試されているようだ。

 1500回、気切りが付いた、さすがに今日は諦めようかと思いながらも台にしがみつく。


そんな聡を見ていたカズがこう言いだした。

「今日はもう終わりにして遊びに行こうか」

「ハマりはハマりきらないと抜け出せないと言ったのはカズさんでしょう」

「まあ、そう言わずに。とっておきの所があるんだよ」

 聡は憮然としたままカズの誘いに乗って地下鉄に乗る。

 動物園前駅で降りると、ある種異様な光景が広がっていた。

 今日の仕事にあぶれた男達が昼間から酒を飲み地面に転がっていた。どこからか拾ってきたものを四角い布の上に並べ、商売をしているものもいる。どうやったらここまで汚くなるんだろうという髭面の男もいる。カオスの世界だ。

 カズがつぶやく。

「おれは仕事が上手くいかない時はここへ来るんだ。そしてこの男達を目に焼き付けてこう念じる『金がほしい金がほしい金がほしい……』ってな。おれらはこの男達と同類だ。おれ達の仕事は気力がつきたらおしまいだ。それを再確認するためにここに来るんだよ」

 トンネルのようなアーケードの中には串カツ屋や将棋場もある。それらさまざまな店を抜けると「新世界」だ。良くも悪くもこの大阪を象徴する街である。

「ここだ」

 カズはこじんまりとしたパチンコ屋に入っていった。なんとそこには往年の羽モノの名機が現役で稼働中である。

「羽モノは打ったことあるのか」

「ないですね」

「なら羽モノの面白さを教えてやる。これはビッグシューターといって、名機中の名機だ。これで遊んでいこう」

 カズが無邪気に笑った。

 

 ひとしきり出入りを繰り返し、二人とも5千円ほど負けてしまったが、羽モノの面白さは満喫できた。こういうように金を投げるように打つのは久しぶりのことだ。

 新世界名物の串カツの店に入る。カズがビールを注文すると、コップ一杯を一気に飲み干した。聡も出された水を飲み干すと、カズがそのコップにビールを注いでくれる。

「ソースは一回しか漬けちゃあいけないからな。二回漬けるとどやされるぞ」

 メニューは20品目ほど。

「じゃあ、豚バラ二つ!」

「あいよ!」

しばらく待っていると揚げたてが皿に置かれる。

「今日はおれが誘ったんだ。勘定を気にせずにじゃんじゃん食えよ」

「それじゃあいただきます」

 ソースが入っている壺に豚バラを漬け込むと、一気にくちに放り込む。ソースのほどよい酸っぱさが鼻に抜ける。脂が最高に旨い。


 店を出るとカズが振り向く。

「登るか、聡!」

 カズが通天閣を見上げながら言った。

「案外おのぼりさんですね。おのぼりさんは高い所好きですもんね」

 聡が笑いながら皮肉る。

 展望台まで登ると四方八方の建物に灯りがともり、いい眺めだ。

 カズは黙って大坂の街並みをのぞいている。その横顔は蒼白く照らされ、まるで黄泉の国の亡者が下界の人間達をうらやまし気に見ているようだった。

 聡はカズのいまの状況を考えると少し戦慄した。己一人で生きるということは、この社会から隔絶しているということだ。それを15年以上も続けていることになる。孤独感や不安感はないのだろうか。

 カズが聡の方を見て問う。

「こんなに、それこそ星の数ほど会社があるのに、そのどこにも入れなかったのか」

「本気で探せばどうにかなるんでしょうけど……自分が何をしたいのか全く分からないんですよね。一生を左右することなんで、どうしても二の足を踏んでしまうんです」

 聡は思いきって聞いてみた。

「カズさんはなんでこの道に入ったんですか」

 カズはしばらく無言でいると、重い口を開く。

「就職はしたんだがな。自分の性に合わないと分かったんでトンズラしたんだよ。こんな一生はまっぴらだと思ってな」

「たまに孤独感を感じることとかないんですか」

「ないな。もう慣れてしまったよ。全くの一人だとそう孤独は感じないもんだ。孤独ってものは人の中にて始めて感じるものなんだよ」

 カズがひと息ついて言う。

「おれは一人が性にあっているんだよ」

 そう言うなり、また街の方を向いた。


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