夏海との再会
カズと別れ電車で家路につく。その中で見たことがある女性がいた。上はグレーのジャケット、下は濃紺のスカート。学生時代に付き合っていた夏海である!聡は思わず声をかけた。
「夏海……だよね」
夏海は驚いたような顔をしてこちらを振り向いた。連絡がつかなくなってからもう3年以上経つ。聡と分かると少し泣き顔になる。
「突然いなくなってごめんなさい!」
「かまわないさ。あの頃のおれは頼りないだけの男だったからね」
「いまは何をしてるの?」
聡は返答に困った。しかし企業の内定を取れなくておろおろしていた昔とは違う。
「パチプロだよ。いい師匠について修行中だ」
夏海はさらに驚いたような顔をしている。パチプロという特殊な仕事と聡の人となりをくらべて面食らっているようだった。
「パチプロなんて……食べていけるの」
「いまでは月50万円あるよ。フリーター時代の5倍だよ。それよりそっちは会社の方はどうなんだい上手くやっているのかい」
「入った会社が残業続きで、夜10時を過ぎることもあるの。しかも残業代は出ないし、ブラック企業もいいところよ」
「そうなのか、それはつらいな」
「内定取った時は大喜びしたんだけれどね。世の中そう甘くはないわ」
しばし沈黙が続く。
「君と突然連絡が取れなくなってから立ち直るのにかなりの時間がかかったよ。あの頃は地に足がついてなかったからな。いまは違う。特殊な仕事だけれど頑張れば頑張るほど収入が増える。なにより楽しいんだよ。いままで勝てなかったパチンコで生活が出来ている。これほど痛快なことはないよ。やりがいのある仕事だ」
「そうなんだ。聡君、なんか変わったものね。うらやましいわ」
夏海はかなり憔悴している様子だ。
「これからどこか飲みに行かないか」
「いいわよ。一人の部屋に帰るのもつらいし」
「じゃあどこかの居酒屋に入ろう」
聡と夏海は途中下車し、繁華街にあるチェーン店に入っていく。カウンター席に陣取るととりあえずビールを注文した。
「じゃあ、思わぬ再会に乾杯ー!」
聡はごくごくビールを飲むと「あー!」っと一息つく。ビールが腹に染みていく。そんな聡を夏海は笑って見ている。夏海も少しだけビールをすする。
「何でも食べたいものを注文しなよ。金の心配はしなくていいからさ」
「じゃあ手羽先!」
「手羽先2つちょうだい!」
聡が元気よく注文する。
「付き合っていた頃、居酒屋で手羽先ばっかり食べてたもんね。昔を思い出すわ」
「そやったな。昨日のようや」
「お師匠さんがいるの?」
「ああ、恐ろしく強い人だよ。最初は取っつきにくい人やったんやけれど、慣れてくればよく話すいい人だよ」
「パチンコって毎日勝てるものなの」
「いや、勝率は7割ぐらいや。それでも負けた時いい勝負をしていると、結果は後からついてくる。この後からついてくるっていう感覚が難しいんだが、どう打てばいいかそれだけは身につけたつもりだ。ただなぜ勝てるのかいまだにはっきり理解している訳じゃないんだ。それはこれからじっくり研究していくつもりや」
聡は手羽先を食べながら尋ねる。
「そっちはどんな仕事をしてるんだ?」
「総務課よ。いまは社史の編集をしているの。私はパソコンが苦手だから5時までに仕事を終わらせることが出来なくていつも残業なのよ。しかも残業代も出ないの」
「社史の編集か。あまり面白そうな仕事じゃなさそうだな」
聡がそう言うと、夏海はわっと泣き出した。
「そうなの。最初は商品企画課に希望を出していたけれど総務課にまわされてしまって……このご時世じゃ転職は自殺行為だし、完全に行き詰っているの!」
聡は夏海が憐れに思えてきた。就職活動の時最初に内定を取ったのは夏海だった。聡はどの会社にいってもどこか二の足を踏んで、どうしてもこの会社に入りたいという根性がなかったのだ。いま振り返るとはっきりとうなづける。
何か言葉をかけようとするも、どう言っていいか分からない。とりあえず連絡だけは取れるようにと、メルアドの交換をした。
また電車に乗り込む。夏海とは2駅過ぎたところで別れた。さっそくメールが届く。
「今日はありがとう。また会おうね。聡君なんだかカッコよくなってたよ」
そう書くのが精一杯のようだった。
追い詰められている。聡は直感的にそう感じた。
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