特訓

 朝9時に起きる。顔を洗い、頭には整髪料を塗ってジーンズをはく。そして昨日、なけなしの貯金を下ろして買った黒い革ジャンに袖を通した。178センチとたっぱがあるので、似合うと言えば似合う。どこかのメーカーのバッタもんであろうが気にしない。そして鏡の中の自分に向かってこう言った。

「今日からおれはパチプロだ。もう絶対に負けねー」


 地下鉄に乗って扇町駅で降り、いつもの店にいく。出している店とあって、朝はいつも混んでいる。

 そのなかにカズがスポーツ新聞を片手に立っていた。

「カズさん、おはようございます!」

「なんだ、今日はキメて来てるな。形から入るタイプはあまり上達しないぞ」

 カズが笑いながら言うと、聡は真面目な顔をして答えた。

「今日からはもうパチプロですから。貯金も少ないし負けられないんです!」

 

 扉が開きみながどっとなだれ込む。カズがいつも打っているマックス機のシマに足を運ぶ。

 カズが二人分の席を確保してくれた。聡はまだ釘が読めない。弟子にパチンコを教える時、まず最初は師匠が台を選んでやる。最初から勝たせてやって、種銭を早く膨らませてやるためだ。

「それよりお前さん、約束した5万円は持ってきているんだろうな」

「バッチリです。捨てる覚悟で来ました」

「パチンコに投資の上限はない。しばらくは見習いみたいなもんだし、5万円突っ込む覚悟でいてくれ」

「5万円ですか、デカいですね。……大丈夫です。パチプロですから」 

さっそく二人は別れて打ち始める。

 少ししてカズが見に来る。

「3千円で何回だったんだ」

「72回でした」

「十分だよ。あとはぶれずに打つだけだ」

 それだけ言うとカズは自分の台にもどっていった。

 

 カズは5杯ほど出して休憩を取った。聡もそれに続いた。いろいろ聞きたいことが山ほどある。いつもの食堂へ行き、二人は並んで焼うどんをたのんだ。

「やっと1箱出ましたよ」

「確変はなしか」

「単発でした」

「玉で打つことになったら迷わず最後まで打ち込むんだぞ」

「んー。投資金額を上回ったら引き上げる方がいいんじゃないでしょうか」

「あーもう、素人考えだな。この店は3円交換だ。玉で打つと3円の賭け金で打ち込むことになる。玉を残して換金すると、次の日はまた現金投資になって4円の賭け金で打たなくちゃならなくなるだろ。どちらが得かよく考えるんだな」

 聡はカズが言うことをノートに書き記す。うどんをすすりながらカズが続ける。

「とにかく理屈はまだ分からなくても言うとおりにするんだ。玉でいる間はやめちゃいけない。分かったか」

 「分かりました。確実にやりますよ」


 店に戻ると一箱だけ残った自分の席につき、また打ち始めた。一箱などすぐにのまれる。ここからは追加投資になる。

 5万円のまれてしまうのが現実的になっていく。

 しかし3千円使ったところでまた大当たりだ。こんどは確変。しかもこれが伸びる。時短引き戻しもあって、8連チャンした。いつもの聡ならここで流すところだが、カズの言いつけ通りに玉で打ち込んでいく。こんどは6箱のまれてまた単発だ。げんなりするが仕方がない。

 1箱のまれて3連チャン。2箱のまれてまた3連チャン。展開は行ったり来たりを繰り返す。

 こんどは7連チャンがきた。ようやく投資金額を上回った。


 夜10時がきた。タイムアップだ。12時間労働である。聡はかなり疲れていた。パチンコで疲労を覚えるのは初めてだ。仕事となると、こうもきつくなるのか。


「なんとか勝ちました。8千円ですけど」

「上等じゃないか」

 カズがビールと定食を食べながら言う。

「あの台がくるのは分かってたんですか」

「あの台が出る出ないという予想で台を選んでるんじゃない。よく回るかどうかだけが、台の判断基準なんだよ。そのあとの出る出ないは神のみぞ知るだ」

 聡は少し納得いかない顔をしている。それを横目で見ているカズ。

「お前さん、そもそもよく回る台を打つとなぜ勝てるのかちゃんと理解してるのか」

「いやーそれは。まだ教えてもらってないですし」

「まあ、そんなことだろうと思ったよ。回る台を打つとなぜ勝てるのか、これからじっくり説明するからノートをとるんだぞ」

 カズが、少し緊張感を漂わせる。


「パチンコ台はいわゆる甘海というものを想定する。確率は100分の1で一回『単発』大当たり。出玉は1000発。連チャンはなしだ。店のルールは等価交換1玉4円で買って、流す時も1玉4円だ。ここまではいいか」

「はい」

 聡はカズの言うことをノートに取っていく。

「千円で25回転回る台を選んで打ち始める。4千円で確率分の100回回せるだろう。4千円使ってなんとか当たった。出玉は1000発だから、等価で流すと1玉4円なので4千円戻ってくる。つまりプラスマイナスゼロ。これが『ボーダーライン』と呼ばれているものだ」

「はい、はい」

「それじゃあ同じ機種で千円で33回転回る台を打てばどうなると思う?」

「千円で33回転か。それはすごく勝ちそうな気がしますね」

「そうだろう。3千円使えば確率分の100回回せる。出玉は1000発変わらず。1玉4円で流せば4千円戻ってくる。つまり3千円使って4千円戻ってくるんだから千円の儲けだ。この超簡単な原理でパチンコというものは勝ち負けを繰り返し、回る台を打ち続けている人間は勝ち続け、回らない台を打ち続けている人間は負け続けるというわけさ」

 聡は難しい顔をしてノートを見ている。

「本当にこんなに簡単なことなんですか」

「そこに確変の要素や換金額差などが絡み合って複雑怪奇になっているだけだ。しかし基本の考え方は変わらない。とにかく回る台を打つこと。そして出た玉で打ち込む。これに限る」

 カズが聡のコップにビールをついでやる。

「明日から釘読みについて教えてやる。釘読みといっても、コンマ0.5ミリの差を見分けなくてもいいんだよ。店が出したい台はけっこうガバッと開けるしな。それを一瞬で見分けることの方が大事なんだ。いわばその台がなぜ開け返されたのかを考える力の方を鍛えなくちゃならない。つまるところその釘を叩いた人間の心を読むんだよ」

「叩いた人間の心を読む」

「ともあれ明日も忙しくなるぞ。早く寝ることだな」

 カズと聡は勘定を割勘ですませ、家路についた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る