第7話 鍵の行方

「まずは順当に、考えられる可能性から聞いていこうか」

「はいなー」


 やけに陽気な返答を受けて、こちらも気分よく尋ねていく。


「君の持ってた鍵を、友人の誰かに手渡したりは?」

「しなかったよ」

「それじゃあ逆に、君が誰かから鍵を預かったり?」

「まったくだね」

「誤って落としてしまったり、どこかに置き忘れてしまったりは?」

「ぜーんぜん、心当たりがないですねー」

「ふむぅ……」


 やり取りこそ流暢りゅうちょうに交わされたが、中身はまったく実のない会話であった。


「君は鍵をどこにしまっていたんだい?」

「ズボンのポケット」


 言いながら彼女は、ショートパンツの後ろ部分を見せてくる。そこには確かに、大きめの収納袋が備えられていた。鍵の一本ぐらいで動きを阻害そがいされることもないだろう。


かばんとかポーチだとかは持ってなかったの?」

「今日は遊園地中を駆け回る気でいたからさー、余分な荷物は全部おいて出かけたんだ」


 聞けば彼女は、ポケットに家の鍵とスマートフォンのみを入れて外出したらしい。


「花も恥じらう女子大生が、まさかそんな小学生男子みたいなことを……」

「あーお兄さん、それ偏見偏見ー」

「……ってか財布さいふは!?」

今日日きょうび、なくても困んなくない?」


 決済はすべてスマートフォンで済ませていたらしい。

 なんだろう。遠出する際は念のために健康保険証を持ち歩こうとする俺はもう、おじさんの部類に入ってきているのかもしれない。

 そんなふうに黄昏たそがれていたのなら、ギャルがかすように尋ねてくる。


「それでお兄さん、なんか分かった?」

「いやなんも分からんよ」

「えー」


 そう申されましても。

 今のところ分かっていることといえば、彼女のポケットに収められていた鍵が、いつの間にかに友人の誰かのモノと取り替えられてしまった、それだけである。まだ何も分かっていないと言って差し支えはない。


「けど、な」


 ポケットの中の鍵が、誰の手にもよらずにすり替わることなんてありえない。

 世の中には不思議なことだってあるとは理解しているが、まさかこんな鍵の行方ゆくえなんかに人智を超えた奇跡が発生したとは、とてもではないが考えにくい。必ず見落としていることがあるはずだった。


「それがいったい、なんなのか……」


 俺は深く深く考えていく。


 ──ポケットに入れていたままの鍵が魔法のように消えてなくなるなんてことは、起こるはずがない。つまりは外出先のどこかにて、彼女は自室の鍵を取り出したはずなのだ。それも友人たちのものと混同してしまうような状況で。それがいったい何なのか?


 チビチビと麦酒へと口をつけていた。すると、ふと、彼女の外出先が『遊園地』であるということを強く意識してしまう。


 ──何かがひっかかる……考えろ、遊園地には何がある?


「遊園地ではどんなアトラクションに乗ったの?」


 俺は直感のおもむくままにそう質問する。

 すると彼女は、今日の出来事を振り返るように上を向いて、答えた。


「えーとね、観覧車に乗ったでしょ、それから──」


 観覧車。

 コーヒーカップ。

 回転木馬メリーゴーラウンド

 ジェットコースター。


 おおよそ遊園地であれば一般的に設置されているアトラクションがあげられていくなか、ひとつ『ジェットコースター』という単語を聞いて飛びついた。


「それだ」

「え、なになに?」


 何か分かったのかといわんばかりに、彼女からキラキラとした好奇の視線を受ける。それを受けて俺は、確認するかのように彼女に問うた。


「ジェットコースターにってなかった?」


 それはジェットコースターに代表されるような絶叫系アトラクションには必ずと言っていいほどに備え付けられる設備である。もしコースターに乗車中、客の手荷物が空中に放り出されてしまったら大惨事になるからだ。安全のために、落失の可能性がある物品はそちらに収める決まりになっているはずだ。


「そういうロッカーってのは大体、グループで一つを使うもんだからな」


 そのロッカーに友人一同の荷物をまとめて収納したりはしなかったかと、彼女にそう尋ねる。すると彼女は「ああー……」と、どこか煮え切らない態度をもって答えた。


「確かにあったよ、貴重品ロッカー。お兄さんの言う通り、みんなで共有して使った」

「だろう? 君たちはそのロッカーに鍵やスマホを乱雑に収納して、ごっちゃになったんじゃあないかい?」

「いや……確かに、私も鍵をその中に入れたんだけど……」


 彼女はそこで、申し訳なさそうな顔をして言う。


「でもね。そのロッカーで取り間違えが起こるはずはないんだよ」

「そうなの?」


 どうやらまだ、事件の解明には程遠ほどとおい状況であるらしい。

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