第20話 日野の寺に逃げるが
日野市の豊田駅北口を出て少し行ったところの交差点を右に行くと多摩平緑地通り、
という通りに入る。
左手に公団住宅やイオンモールのあるエリアが広がっている。
右側に長さ数百メートル、幅百メートル程度の斜面の雑木林がある。
その下に十幾つもの湧き水が出ている黒川公園がある。
郁恵の家の竜泉寺は黒川公園の南側に位置する東豊田3丁目にあった。
海里の尼寺も同系列だったので、5分と離れていなかった。
竜泉寺の配置は、南から門を入って、塔、金堂、講堂、という四天王式の順番で、
北の講堂の裏に、寝泊りの出来る道場と、台所、その裏に墓地、背後には黒川公園の
丘が広がっていた
その道場に催眠・瞑想研究会のみんながおしかけた。
まず、全員で道場備付の作務衣に着替えると、掃き掃除をして、それから雑巾がけ。
郁恵、海里、伊地家ら女性陣は、道場の押し入れの布団を出して外に干す。
「きゃー、ゴキブリ」
と伊地家が尻もちをついた。
犬山がほうきで叩き殺そうとする。
「まて、殺生はいかん」
と剛田。
そして剛田は手のひらを丸めて蓋をする。
そのまま掴んで外に逃がしてやった。
時刻はまだ午前10時だった。
犬山の携帯が鳴った。
「蓮美だ。
はい、はい、うん、えー、市ヶ谷?」
電話を切ると、犬山が言った。
「実は蓮美のおじいさんが田舎から上京して、靖国神社に行きたいんだけれども、
蓮美も中学になってから越してきたばっかりだし、土地勘がないんだって。
だから案内してくれっていうんだよ」
「それだったら海里が詳しい」
と郁恵。
「あの近所に系列のお寺があって、そこに夏休みの間とか研修に行っていたでしょう」
「えー、市ヶ谷から靖国神社なんて誰でも行けるよ」
と海里。
「いやー、東京の人はそういうが、蓮美の様に東北から出てきた人にゃあそうは
いかねーだよ」
と犬山。
「えー」
と海里は難色を示す。
「行ってこいよ」
と亜蘭まで。
という訳で、海里は犬山と市ヶ谷に行く羽目になった。
現地につくと、猿田、雉川も来ていた。
やがて蓮美と、杖をついて眼鏡をかけた枯れ木の様な老人が現れた。
「こんなおじいさんだけれども、特攻隊の生き残りで、本当は玉砕しているところをエンジントラブルで帰還したところで終戦を迎えたのよ」
と蓮美。
蓮美とおじいさん、海里、三銃士で、靖国通りをよろよろと歩く。
蓮美はおじいさんを支えて歩いていたが、それが、枯れ枝の様なじじいの腕を、まるで瑞々しいコラーゲンたっぷりの手で支えてやっていて、
(人間って乾燥していくんだなあ)
と海里には思えた。
靖国神社へは南門から入ると鳥居を右手に見ながら左手の拝殿へ。
「お賽銭はいくら?」
と犬山。
「正式参拝じゃないから気持ちでいいよ。
5円とか50円とか穴があいているのがいいらしい」
と海里。
「じゃあ、50円だな」
と犬山。
「50円じゃあ失礼だよ、500円だよ」
と蓮美。
「じゃあ100円」
チャリーンと賽銭箱に投げ入れると、二礼二拍手一礼。
「あっちに行ってみるか」
とじじいが杖で鳥居の方を指した。
鳥居のところで、ホームレスが軍手で鷲掴みで握り飯を食べていた。
食べ終わると軍手についた米粒をばたばたばたーっとばらまく。
それに鳩が群がった。
そこを通り越して、遊就館へ入る。
入るやいなや、洞窟にでも入ったみたいに背筋がすーっとする。
ゼロ戦や人間魚雷が展示してある。
特攻隊員の遺影、遺書などを見ながら歩いて行く。
「ここにはA級戦犯も祀られているんですよね」
と雉川が言った。
「ばか、余計なことを言うな」
と犬山が言っても、毅然という。
「どうして分祀出来ないんですか、悪い奴と英霊は別々にした方がいいでしょう」
と雉川。
「それは同期の桜だからだよ。
♪貴様と俺とは同期の桜ー、同じ兵学校の庭に咲く、咲いた花ならぁ散るのは
覚悟…、死んで靖国で会いましょう、って約束して突っ込んだんだからねぇ。
でも、ありゃあ、身体があったらびびってできない。
体があって、びびっちゃって虜囚になった人もいたが。
それでも死ねば魂になるから、そこには罪はない。
みんなが一体化して、あの世に行きましょう。
だから、みんなが死ぬまでは、成仏出来ない浮遊霊がそこらへんに漂っているぞ、
みんなそこらへにいるぞ、おーい、みんな待ってろー」
「ひえー」
と猿田、犬山は震えていた。
雉川は聞いた手前じっとしていたが。
遊就館から出てくると、鳥居のところで、さっきのホームレスが、腹をさすりつつ、ため息をついていた。
「お腹が減っているのかなあ」
と海里。
「そうだ、お弁当があったんだ」
と言うと、蓮美はナップから弁当を二つ出した
「牛タン弁当。
これ、仙台駅で買ったんだけれども、新幹線の中でじいちゃんは寝ちゃうし食べなかったんだ。
あのホームレスにあげよ」
言うとホームレスのもとへ。
「これ、あまりものですけれども、どーぞ」
と2個もホームレスに差し出す。
「ありがとう、じゃあ一ついただきます」
「でも、賞味期限は17時なんで、夕食にも食べられますよ」
「いやー、一個でいいよ」
「これ、この紐をひっぱると」
と、蓮美は弁当の隅っこから出ている紐を指で示した
「弁当の底に仕込んである生石灰と水が反応して温まりますから」
「あー、ありがとう」
言うとホームレスは一個受け取った。
「一個余っちゃった」
戻ってくると、蓮美が言った。
「私がもらうよ」
「えー、こんな“なまぐさ”いもの修行僧が食べるの」
「一応もらっておくよ」
海里は言うと受け取って自分のナップに閉まった。
鳥居の外まできたところで、
「もう鳥居は出たな」
おじいさんが言った。
「ところで、田舎の震災で死んだお前の従兄弟らだが、あいつらも浮遊霊になっちゃっているんだよ」
「えっ」
と蓮美。
「お前以外はみんな死んだ。
だからお前も死んで、一緒にならないと成仏出来ないんだよ」
言うとポケットから黄色いカッターナイフを出した。
カチカチカチと刃を出す。
杖を放り出していきなり切りかかってきた。
が、足腰が弱っているので、ふらふら、がくがくしていて、カッターは空を切って、じじいはその場にこけた。
蓮美はさっと、後退りする。
雉、猿、犬がじじいを取り押さえる。
途端に警備員がかけつけてきた。
「どうしたんですか。
大丈夫ですか」
「いや、ちょっとふらついただけです」
と蓮美。
「さあ、行こう行こう」
三銃士がじじいを抱えると、全員で移動する。
「本当に大丈夫ですかー」
「大丈夫でーす」
いぶかる警備員をよそめに、そそくさと全員であとにした。
大鳥居を出ると九段下の出入口のところ。
「じゃあ、東京駅におじいさんを送ってくるからね。
海里、ありがとうね」
「本当にそのおじいさん、大丈夫?」
「大丈夫だよ」
「又襲われたりしない」
「大丈夫、三銃士もいるし」
「そう。じゃあ気を付けてねえ」
「うん、ありがとう」
蓮美と三銃士に抱えられたじじいは地下鉄に降りていった。
海里は、市ヶ谷に向かって踵を返した。
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