第19話 事件の翌日

 白衣を着たジジイの日本史の教師が教卓に手をついて、妃奈子の死に関して、何やら、般若心経の様な説教をたれていた。

「全てのものは、ただひたすら空でなんだね。君たちの身体も心も、空でなんだね。だから、真偽、善悪、美醜などもない。空でもぐーっと圧縮すると、冷蔵庫の氷みたいに、物質の様になって、それが、意識の正体で、それは色々悩むのだが。

だから、意識も悩みも実在するんじゃないかと思うが、それもやがて空気のようにふわーんとして、なんでもなくなってしまう。

だから、あんまりこだわりをもたず、全ては流れていくと考えるのが良いのです」

(あんなに残酷な死に方をしたのに、あんまりこだわるな、だって)

と海里は思う。

(もっともリエラは、浄土教的で、この世の貧富の差とか老病死みたいなものも浄土に行けばリセット、みたいな感じだが、妃奈子には、そもそも全ては空、空即是色、般若心経的なのが似合いかも。

それに、世間の葬式でも坊主はこんなの唱えているんだなあ。)


 部室に、海里、亜蘭、伊地家、郁恵、剛田剛、3階の三羽烏、そして自宅待機から復活した犬山が集まった。

 みんなでスマホをみている。

 なんと、絶体に破れない筈の裏サイトを、犬山がハッキングして容疑者の手記を見られる様になったのだ。

 しばし、全員で、ふがふがいいながら黙読。

 読み終わると、剛田がまず

「こんな条件付け、うまく行くのか」

 と言った。

「でもここに、猿を椅子に座らせて、スピーカーから音を出して、エアノズルから空気を目にあてると、音を聞いただけで瞬きする、って書いてある。

 ググってみると、これはちゃんとした心理学的な実験みたいよ。

 瞬目反射条件づけ、といって」

 と海里

「そうすると、そういう条件づけをした後に、DAPをつけさせて、スマホから信号を送ってJ-WAVEのジングルを流せば瞬きするのかな」

 と剛田。

「そうなったんでしょう」

「へー、怖いねえ。

 バイクだけじゃなく、車だって怖いんだね」

 とまるで他人事の様に城戸弘。

(妃奈子は城戸の元カノだろう。情が移ったりはしないのかよ)

 と海里は思った。

「そんで、この梵天と、今度の実行犯、大迦葉は誰なんよ」

 と犬山。

「催眠なんだから、小暮君が怪しい」

 と海里。

「催眠なんて誰でも出来るだろう、催眠・瞑想研なんだから」

 と小暮勇。

「望花に聞けば? ずっと一緒にいたんだから」

 と乾明人。

「案の定、自宅待機になったよ。お父さんだかが感染して、自分はPCR陰性でも自宅待機だってさ」

 と郁恵。

「連絡してみれば?」

 と亜蘭。

「チャットで呼びかけても応答しないのよ」

 と郁恵。

「ふーん」

「都合よく、いや、都合悪く感染するんだなあ」

 と乾明人。

「お線香あげる?」

 と郁恵が言った。

「ああ、やってよ」

 と亜蘭。

「じゃあ、ロッカー開けるよ」

 と線香だのが入っている共用のロッカーに手を伸ばす。

 そして扉を開けると、裏に貼ってある胎蔵界曼荼羅の×が一つ、

「増えている」

 と剛田が言った。

 3×3段の仏像の上の段と真ん中の段の全部に×印が。

「上の段の×3つがバイク事故の3人、中段の左側がリエラ、真ん中がX、

そして右側が妃奈子」

 と海里。

「バイク事故の3人も2中、リエラも妃奈子も2中、その胎蔵界曼荼羅が2中というのは疑い入れないな」

 と剛田。

「何で私らが狙われるのよ」

 と郁恵。

「“なまぐさ”を増やしている、から」

 と剛田。

「そりゃあ、エラはいじけ虫で、社会不適合者だとしても、妃奈子は違うでしょう」

 と郁恵。

「妃奈子は“なまぐさ”を増やさなくても望花が嫉妬して増やす、とこの手記にある」

 と剛田。

「そんな事言ったら誰だって“なまぐさ”を増やしてしまう」

 と海里。

「絶望して“なまぐさ”を増やすリエラ。

 絶望に気が付かなくて、嫉妬されて“なまぐさ”を増やす妃奈子」

 と剛田。

「その事と2中となんの関係があるのよ」

 と郁恵が、可愛い顔をゆがめる。

「2中って多摩平の森のど真ん中にあるじゃん。

 クラスの半分ぐらいが団地から通っているんだよなあ」

 と剛田。

「あの団地って、みんな3DKで、それなりにお洒落らしいけれども、

超画一的で、旦那はみんなJRで都内に通勤するサラリーマン、子供は一人、

母親は教育ママゴンだろう。

 そんなんだから、同調圧力というか、嫉妬心がすごいと思うんだよねえ。

 だから、金持ちなお寺なんていうのは嫉妬されていたかもな。

 だから、そういうのの一人が、妃奈子を狙ったのかも知れない」

「つまり、団地の居住者がみんな望花の様に“なまぐさ”をためていたと?」

 と海里。

「じゃあリエラは? リエラなんて豊田の分譲マンションだよ」

 と郁恵。

「それだって、UR賃貸に比べれば嫉妬の対象になったかも知れない。

 とにかくだな、この胎蔵界曼荼羅の上の2段は、2中のバイク事故の3人と

リエラと妃奈子とあとX君に決定。

 とにかく2中だわ。」

 と剛田は決めつけた。

「そうすると下段の3体は、私、亜蘭、郁恵。

 逃げた方がいい」

 と海里。

「どこに逃げるんだよ」

 と剛田。

「うちの実家の寺はボヤで修理中だし…。

 郁恵の家がいいんじゃないか? 

 毎年、体験座禅みたいなのやっているけど、このご時勢、体験座禅は

中止だろう、だから、みんなでお寺に行けば。

 道場もあるし」

 と亜蘭。

「おお、じゃあ俺らも行くよ」

 と3組三羽烏の小暮勇、乾明人あたりが言った。

「みんなが行くんじゃあ逃げる意味がないじゃん」

 と海里。

「なんだよ、俺らを疑っているのかよ。逆に守ってやるよ」

「誰が来るのよ」

 と郁恵。

「俺は行きたい」

 と小暮勇。

「俺も」

 と乾明人。

「俺も」

 と城戸弘。

「俺も」

 と剛田。

「僕も」

 と犬山。

「亜蘭君は勿論行くんでしょう」

 と伊地家が言った。

「ああ」

「私も行っていい?」

「じゃあ、催眠・瞑想研究会全員ね。

 望花を除いて」

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