第15話 『大迦葉の手記』の続き アルファロメオを見に行く

 翌日、誰にも言わないという約束で、妃奈子と腰巾着の望花を、乗っけて世田谷

に行った。

 軽バンで府中街道を、ひたすら聖蹟~稲田堤~登戸と、二子玉川方向に走る。

「お尻が痛い」

 だのの文句を言われつつ。

「おめーらのケツが重いんじゃないの」

 二子玉の橋を渡って環八に入ると、カーナビにディラーがちかちかと表示された。

 YanaseBM、フォルクスワーゲン、メルセデスベンツ世田谷、フィアット。

 世田谷通りに入ると、アルファロメオはすぐにあった。

 壁面から突出したAlfa Romeoのロゴ。

 十字と蛇のエンブレムはファラオの王冠を連想させる。

 中に入ると、御影石や大理石の床に、3台も赤や白のアルファロメオが置いてあった。

 一番目につくガラス張りの道路側にジュリエッタはあった。

「あれだ、あれ、あれでいいと思ってんだ」

 と妃奈子。

「どうもいらっしゃいませ」

 と高校生に揉み手をしながらにこーっと笑みを浮かべて迫ってくる店員に、

「あの中を見てみたい」

 と妃奈子は言う。

 ドアを開けさせて平気で乗り込んで行くと、あそこちさわる妃奈子。

 車に近寄ってみると、ボンネットに通りの街路樹がうつっている。

「ピカピカだなあ」

 と望花に言った。

「お前も助手席に乗ってみれば?」

「いいよ、手の油がつくから」

 と望花。

 厭離穢土的なんだなあ。

 そんなにビビるほどの車じゃないよ。

 こんなのあのファラオのエンブレムがなければ、マツダの5ドアと変わらない

「じゃあ俺が乗ってみる」

 と、助手席に乗ると、ぷ~んと、総革張りのレザーのにおいが鼻を衝く。

「なんじゃ、こりゃ、おい、妃奈子、こんなの、“なまぐさ”の極みじゃないか。

 こんなのポールマッカートニーやステラマッカートニーだったら卒倒するぞ。

 こんなのお寺にもっていって檀家になんか言われないのかよ。

 お前のお父さんの袈裟だって絹は使っていないんだぞ、蚕が死ぬからって。

 こんなレザーのにおいがする車をお寺に持って行く気か」

「平気だよ。

 檀家の前では乗らないから」

「かーっ」

 と俺は頭を振った。

 望花はその“なまぐさ”レザーに手の油がつくというので、外でポツンと立っていた。

 乗って手油をつけてもいいんじゃないの? こんな“なまぐさ”レザー。

 そう思ったが。

 俺は助手席から片足を出すと望花に言った。

「このシートに手油がつくというんだったら、お前は、オートバックスに行けばいいんだよ」

「えぇ?」

「いいか、あのピカピカのボンネットやこのつやつやのレザーのシートにありがたみがあるとして、それは、お前が、手油をつけちゃうかも知れないという、汚しちゃうかも知れないという禁止が、このアルファロメオを近寄りがたいものにしているんだよ。

 ところがオートバックスにはそういう禁止がない、神がいない。

 だから気楽だよ。

 タイヤやカーステがばらばらにおいてあって。

 あのゴムの匂いと芳香剤の匂いがいいんだよなあ」

「だって、オートバックスには車は売っていないじゃない」

「車だったら町田のケーユー本店に行けばいいよ。

 5階建ての立体駐車場でふきっ晒しだし、なんの禁止もないよ。

 セコハンだから既に人の手油はついているけどな」

「ふーん」

 と不満そうにかすかに、アトピーのりんごほっぺを膨らました

 俺は、“なまぐさ”がたまっていると思ったんだが。


 その日の晩、俺は家から、裏snsで梵天とチャットした。

大迦葉:いる?

梵天:いるよ

大迦葉:やっぱ、あの女はやるっきゃないよ

梵天:ふむ

大迦葉:高校生の分際でアルファロメオに乗って、フェラガモの靴で

アクセル踏んで、カーラジオからはジェジェジェJ-WAVE、みたいな感じでさ

本人は、あっけらかんとしているが、それを見て嫉妬を燃やす腰巾着がいるからなぁ、

結局“なまぐさ”はたまる

梵天:JJJ、J-WAVEというジングルを聞いた瞬間にフェラガモでアクセルを

思いっきり踏む、とかいう条件づけを何気思い付いたが、無理だな

大迦葉:いや、まって

そういえば、コンタクトを作るんで検眼に行ったのだが、

その時に、眼圧を計るのに空気を目に吹き付けられて、

その時ちょうどJ-WAVEのジングルが流れていたんだが、

後でジングルを聞くと、目がこちょばゆくなるとか言っていたなあ

梵天:だったら、ジングル→まばたき、という条件反射が思い付くがね

サルを椅子に座らせて、スピーカーから音を出すと同時に、エアノズルから目に

空気刺激をあたえて瞬きさせると、やがて音だけで瞬きをする様になる、

という実験があるんだが

同じ方法で、J-WAVEのジングル→瞬きという条件づけが思い付くのだが

しかし、どうやって目に空気刺激を与えるかだよな

何回も眼圧の検査をさせるなんて出来ないから

大迦葉:それには俺にアイディアがあるから

梵天:ほお、そうかい

大迦葉:詳細は割愛するがね

梵天:まあ、想像はつくが

ただ君のアイディアで、条件づけをするとしても、変性意識状態の時にやならないと、

なかなかうまくいかない

ドラッグでらりっている時とか

大迦葉:クラブで知り合った奴からドラッグを仕入れてくるよ

梵天:J-WAVE→瞬き、という条件づけが出来たとして、

そこから先はどうするの?

大迦葉:それにもアイディアがあるよ

でも今は言わない

仕上げは見てを御覧じろ

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