第34話 本物のおもいで

▽ばつまる公園▽にて



またふらっとやってきたのは、なんとなく気になってしまうから。釣られたほうに、導くほうに、カラダはしぜんと動き出した。


昼の公園にひとり、ふらっとやってきては──ただ其処にすわる。


汚れのついたエプロン姿で抜け出して、道中はお気楽……あまり記憶になく、長い金髪を吹く風のままに揺らしている。


そしてそこから見えるいつものへいわな景色に、ひとりの人間を置き去りにして忘れてしまう。


このままかんぺきな心地よさに目を閉じようとも──だが、すこしちがった。


閉じかけていた瞼にまた光は差し込み、


ふと、ポッケから取り出したよごれた四角のメモに目をやる。


同じ筆跡で書かれている洒落たミステリーと、そこには書かれていない言葉を耳におもいだした。



『……あなたはそこで見ていればいい。──あなたが始めた───────、─────を』



そして脳裏にぼやっと浮かぶ、黒いセーラー服に白いちいさな羽飾りがイチマイ────。



「あの子の目に映るわたしと、わたしの目に映る…………ふぅーー、────きょうなにしよ」



なんとなく掻き上げた左髪にはなにもなく、またおだやかなかのじょの一日が過ぎてゆく。









▼ブラックカフェ▼にて


店を閉めていても来る客がいる。

金払いのいい上客であるが、恐い声の持ち主で平手打ちのとんでくるクレーマー気質。

ブラックカフェのマスター、デザート料理本を読み込んでいたカラムシは妖しい緑髪が見えるとすこし姿勢を正した。


「おい不味いプリン屋、お前のコレクションにはナマクラしかないのか」


「は? ──あー。これはまた派手に折れましたね…」


黒いカウンターに置かれた、痛々しく折れた剣をカラムシは手に取った。


「腕がナマっているんだろう、鍛冶屋が戦場にでている剣士の足を引っ張るのか」


緑髪の女はあいかわらず格好つけた眼帯をする女をかるく睨みつけた。


「これでも徹底的に頑丈に作ったんですけど……。MT10規格これ以上重くするとさすがにネタの域で使っている人をあまり聞いたことがないし、ふれいちゃん真田の血統の熱さに剣が耐えられないんですね。いい大人が少女の足を引っ張りたくないんですけどねぇ」


「ならとっとと代わりをよこせ」


「そうだと思ってまた作っておきました。コーヒーの腕よりこっちの方が最近は鍛えてるんですけど、むしろそっちの方がナマってるんで昔の習慣ってのもおそろしいものだと思いました」


「同じもの…馬鹿か貴様?」


眼帯のカラムシに新たに渡された剣は、前のものと変わり映えのないように一見し手に取ったメリーガンには見えていた。


「こう何度も壊れてはくださった予算ではこれが限界ですので…原因治療をしない限り多少材質をグレードアップし飾り立てたところで剣がまりょくに耐えられない根本は変わりませんなので壊れる前提で手は抜いてないです、それに同じものじゃなくてナカは微妙に違いますよ。剣に流れるふれいちゃんのまりょくの流れと剣に施した〝葉脈〟の相性をどれが合うか試してる段階なだけです。毎度貰えるこのスクラップもエラーの原因を探るのに役に立ちます。そこまで色々話す子ではないですし、ふれいちゃんは素直でいい子ですけど、誰かと同じくコロコロとふらっと変わる感覚派な部分があるんでこっちで調整して提示してあげるのがいいんでしょうね」


〝葉脈〟:

刀身全体へと施す、まりょくを伝導させやすくするための特殊魔加工。

その特殊機器をもちい施した内部彫刻は葉っぱの葉脈のように見えると例えられ千差万別であり、個人にあったカスタマイズが可能である。

魔法ソード少女ひとりひとりに合った葉脈を調整することは刀鍛冶の腕の見せ所であり、お金の稼ぎどころでもある。上のレベルを目指す魔法ソード少女たちも、微調整したり試したり大いに気にする要素である。


「フン、言い訳は認めてやる、だがもっと手っ取り早い方法があるはずだ」


注文の剣を手に取りまりょくを軽く流したメリーガンは、細々と枝分かれし透けて見える自分色のまりょくに嘘でないことに気付き、カラムシの言っていることを認めた。


だが、またカウンターごしのカラムシの方を釈然としない目で見つめた。


「長い目では見れないと?」


「ソレは勝手にしろ。私はこう言っている、魔法ソード少女の武器はこんなにやわじゃないはずだ。おい、白鞘だ」


「────はい?」


カラムシは目の前のオンナの顔をみながら固まった。最後に言った言葉が聞こえたが予期できず、よく聞こえなかったのだ。


「きこえなかったか? 白鞘だ、隠しても無駄だ。アレならこんな風に脆くは砕けん。そこらのカスじゃなく本物のための剣があるだろう」


メリーガンは黄色い眼で眼帯を睨みつけて視線を離さない、外さない。


「…………何故それを?」


このクレーマー女からは出てくるはずのない言葉に、カラムシは開いた口のまま固まり、ただ者でない視線を浴び、──外せない。




「──えっ?」



投げ捨てられた黒スーツの上、


しゅるりと……ボタンを開けた白衣が床に落ちていく。


「そこらのナマクラでこうさらに邪悪にしあがるとお前は言うか?」



突然ぬぎすてて、明かす、オンナは邪悪にワラう。



「……あなたは…いったい?」



どんな斬り結び、どんなたたかいがあったのだろう……。


カラムシはその生々しい刀傷を見たときにそう思わざるをえなかった。


丁重に仕舞っていた眼帯の裏側が、ゾクゾクと疼きだした────────。

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