第33話 館

未確認ストローシラヒゲとの激闘を制した翌日────


▽マリティーコアの家▽にて


黒くいかめしい門前に佇む2人。


オートマチックで仰々しく開く門をくぐり、先行した銀髪の少女は振り返った。


「何してるの、早く入ってくれない」


「は? ……これってあんた…実はドラキュラだったりする?」


「ハァ? 頭おかしい?」


「でっかい…やしき……──!」


大きな門が開き、家までの距離がやけに遠い。


遠目に聳え立つものはふれいとポップの知っている家ではなく、童話の中の屋敷。


銀髪のお嬢様は険しい顔つきで2人を捨て置きそのまま前へと進んでいった。





とても大きな屋敷中へと先導するマリティーコアに誘われたふれいとポップは、昼食を共にすることになった。


一同囲う食卓、ソレをただ単に食卓と表現するにはいささか不釣り合いな、ながくおおきな20人は余裕をもって座れそうな食卓。


客人のふれい、ポップ、招いたコア、それに見知らぬ大人が2人、何故かとても重苦しい雰囲気の中で──



「髪を染めるのはやめなさい」


ただのランチに、とても豪華なワインレッド色のドレス身なりをした金髪の母親は銀髪の娘へと、しずかだが刺々しい口調で言った。


「親も染めてる」


即、銀髪の娘は母親へと気の利いた返事をした。


「──…影響をうけたのね、友達は選びなさいと言ったはずよ」


母親は対面席にいるポップの方をチラリと睨んだ。


「自毛だけど…これっ。あはは、すんません…」


自慢の水色髪をつまみ、ぴんぴんと伸ばしておどけたポップは、また睨む母親の圧に黙った。


「選ぶほどいないし、そんな怒るほど大したものでもないし」


コアはもくもくと前菜の鯛のカルパッチョをフォークで食していく。


「どなってんのよこれ…(大したものじゃないって友達に言う? てか昨日の感じだとぜったい友達じゃないけど、ま、合わせとこ)」


かるく呟いたもののまた母親に睨まれ、ポップは背筋を正して目の前のしゃれたひと皿に手をつけはじめた。


心安こあ、もう高校2年だ、そろそろ遊びは終わりだ。お前の自由我儘を聞きはしたが、結局お前はそれらしいことを何もできていない。時間を無駄にしたな」


きちんとしたオールバックにフォーマルなスーツ、ただのランチなのに父親の方もえらく気合いが入っているようにポップとふれいには見えた。


何やら家族会議が先程からお構いなしにはじまっており、娘に容赦ない言葉が浴びせられつづけている。


「お金なら稼いでる。時は金なりなら、金は時でしょ。無駄ってたしか頭空っぽで勉強ばっかりすることでしょ、お父さんそんなにいいとこ出てないし」


娘は萎縮するどころか、慣れているのか何を言われても鋭く刺々しく返答する。


「ハハ、この訳の分からない雑誌モデルがか、痴れ者が」


怒る父親の手から黒いテーブルクロスの上にたたきつけられた、薄ーい雑誌。場違いに女の子たちがキャピキャピしている雑誌の表紙が見える。


「え!? 待って待ってこれ、エメラルドマーメイズ。エメマーじゃん!」


「エメマー…なに? なんだそれは? なんだキミ──」


威勢よく怒り叩きつけた形相からきょとんと、父親は変な反応を示しだしたポップの方を見た。


「はぁ知らないの?むかしめっちゃティーンに一時期流行ってたカリスマセレブコンセプトチャレンジガールズ集団のことよ! セレブぶってる女子が漫才やら鉄棒やら格ゲーやらUFOキャッチャーやらビーズデコやらとにかく毎週わきあいあいチャレンジするのがウケてた感じのヤツよ。あの頃とメンツは──変わってるけど。え、私もたまに週チャレ買ってたんだけど、なっつーぅ、へぇーまだ続いてたんだ。グレて…じゃなくて! キャピってるとき!」


「わたしもしってる…お母さんが好きナツとララの漫才と歌、ララナツ──!」


「あんたの母親なんでんなティーン向けの見てんのよ! ってララナツってなかよしコンビまで覚えてて詳しいわねガチじゃないの…あははは(人気で歌も出したんだっけ)」


「──黙れないの?人の家でしゃべりすぎなんだけど、チッ……」


この雑誌の表紙を飾っている女子集団エメマーの話題ではしゃぐふれいとポップに、コアは眉間にシワを寄せて嫌がった。


怒られたポップはさっぱりと首を傾げながら両手を広げた。


「はぁ? 友達のせっていは?」


「ともだち…んー? ともだちっ?」


ふれいも分からず、コアの方を見ながらコテっと首を傾げた。


絡まりに絡まって解けない糸のような状況に、

娘を挟んで座っていた父親と母親はゆっくりとお互いの顔を見合わせた。







お玉で掬い、あたたかな丼の上にかけられる、幾度も、幾度も────大皿のうえにこぼれおちていく赤い宝石たち。


それを単なるいくら丼と呼ぶには、溢れすぎだ。


「ええええうそでしょ!!! ちょっとやりすぎこぼれてるこぼれてる!!! もうこぼれてる方が多いんだけど!!!」


「これがぬえ寿司の新裏メニューよてい、いくらトレジャーチャレンジャー丼。だっ!!!」



「ぬええええええってぬえ寿司?」


もはや白飯が見えないほどに赤く盛られたいくら丼に終始驚いたいいリアクションにふけていたポップは、父親の一言にクエスチョンマークを浮かべた。


「あぁ。ゴホンっ────ぬっえぬっえ寿っ司寿っ司…ぬえええええ全皿3貫300円!!!」


「あっあああああ見たこと聞いたことありまくるうううう。たしか全皿3貫300円の…回転寿司チェーン店が今まで2貫100円が当たり前だった常識と価格と質をぶっ壊した近頃勢いのあるチェーン店じゃないの。えっえっどゆこと? えっその寿司屋っぽい格好…割烹? …その声…?」


「「そういうことよ」」

「そういうことだ」


目を閉じて頷く、親子一同。

それがこの栄華ある屋敷に住まう一族の正体であると余裕気に言いたげだ。


「ええええじゃなくてぬえええええ」


「いくら……だらけ──!」


華麗なる正体を明かされ…また驚くポップ、テレビCMで流れるあのお馴染みの歌とあの声がそこに立っている。ふれいはこぼれしたたる赤い宝石箱におなじ赤目をかがやかせ、夢中だ。




▼▼

▽▽




▽屋敷のクローゼット▽にて


えらく長い、長すぎる。布団を敷いて寝れそうなスペースのあるクローゼットの前で。

ポップは値踏みするような目で、黒いドレス姿のコアを見た。


「まさかあんたが、ぬえ寿司の社長令嬢だったとはね、おまけにエメマーの現メンバーなんて何足の草鞋やってんのよ。はぁー、なんか一気に魔法ソード少女じゃなくて元庶民だって痛感させられたわね、なんでそんな大事なこと黙ってるのよ?」


「チッ…うるさいっ」


「はいはい庶民がうるさくてごめんなさい。ふふっ、ま、いいもん見れたし」


「いいもん食えた──!」


「ねーーあははは」


新鮮な海の幸のどんぶりを思う存分食らい、満腹のふれいとポップは顔を見合わせ、同時に腹太鼓をならし笑った。


「これで貸しはなしだから、さっさと帰れ」


眼前でおふざけする2人に、コアはやはり依然眉間にシワをよせた表情で言い放った。


「は? こわっ、やっぱ令嬢なんて代物じゃないわあんた、全然似合ってないよゼンゼン、おもってるよりまじ」


手を横に扇ぎ、ないないとポップは顰めっ面の目の前にジェスチャーした。


「いちいちムカつかせる水色野郎ね」


「別にそんなつもりもないけどねー、自然体でこれだし。ところでイレブンってなに」


「ハァ? いきなり話を変えて馬鹿丸出し?」


「あんたがイレブンだって偉そう丸出しに言うもんだからね」


「ハァ、下っ端だから知らないのね。イレブンってのは魔法ソード少女、ソードマスター候補にあたるレベルのこと。MS10の上、それがイレブンそのさらに上がトゥエルブ、そしてその上がソードマスターよ。普通のアタマなら想像つくでしょバーカ」


「ふーん…って誰がバカの下っ端!? って? ソードマスター候補? はぁ?」


「何回言わせるのバカなの? イレブン、トゥエルブは特別なチカラを持つものと特別なスコアを上げた魔法ソード少女しかなれないレベル。組織マリティーのソードマスター候補なのよ」


「はぁ? 寿司屋令嬢のあんたが?」


「あの黒いのもね」


「おスカしも!? アイツどんなけ偉くなってくのよ? ふんふーーん…それでアイツあのときぴりぴりしてたのかもねー、上のしがらみってヤツね?」


「いいこれで昨日の貸しはなしだから、あの黒いのも言っていたでしょ、あなたたちとは違うと」


「〝違う〟どころか〝無理〟って言ってたけどね。あはは、だからなんだってのあんたもおスカしもこのマリティーポップ、それにさなだふれい」


「さなだ…ふれい──!」


「この天才&爆弾娘の世話になってないとは言わせないからね、いつものように説教うけてもどんどん実力差迫ってるってのーーあんたらイレブンだかいい気分だかなんだか知らないけど天才マリティーポップの台頭に焦ってんじゃないの?」


「ハ?? 馬鹿になっ」

「ってこの令嬢服もらっていいの」


「勝手にもっていきなさい、それも込みでさっさと帰れって言ってんのよ〝ダサパーカー〟」


「〝ダサパーカー〟!?? はんっ、じゃ貰っとくわ〝ぬえ寿司〟さん。さぁて食ったし着たし喋ったしあとは帰って寝るだけね、帰ろ帰ろ! ほらぼーっとしてないで帰るわよさなだふれいっ!」


「んー、ごちそう──!」


淡い青いドレスと妖しいワインレッドのドレス、令嬢仕様の質の良さそうな衣をまとい、ポップとふれいはこれみよがしに親指を立てて、長いクローゼットの廊下をドタドタと走っていった。




「いちいちムカつくヤツ……ら」



その場に佇む銀髪黒ドレスの本物の令嬢の耳に、


慌ただしい足音が遠くなっていく────ちかくなっていく。


「ちょっと出口どこよ!! 正解はどこから出るのよ!!」


「ぐるっとめいきゅう……ひろびろ…──!」


再びドタバタと目の前に現れた水色と赤のコンビに、マリティーコアは口をぽかんと開けたままイカつい目をすごく細めた。

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