第29話 強烈な光──やわらかな光

マリティーブランはこのときのために。


目標へとたどりついたのは、忘却の時を超えてかぞえてもう何年。


魔法ソード少女マリティーを正す、ひとりの少女がそのたしかな理念をかかげていたのも、かかげて迷わず進んでいけたのも……このときのため。


今おもえば、思い返すとそうであった。


いつも心の中にあった──強烈な光。



良い秋の背景に、イマ、目の前にあるのは────




「なんだか詩的な…素敵なお手紙をポッケにもらったのだけど、黒いセーラー服…あなたかな?」


かのじょの金色の髪は夢でみたものより長く、


かのじょのエメラルドの瞳はどことなくマイルドな輝きを放ち穏やか。


公園のベンチにはそんな綺麗な容姿のエプロン姿がいた。綺麗さと輝きににあわない、ごく当たり前の日常生活家事途中から飛び出してきたそんな……服装をした。


剣を持っていない彼女を生で見るのは少女にとってはじめてのことであった。

とてもとても、その鼻先、さらさらとした金毛、ながいまつ毛の数まで、どこに目を置いても見てしまう。


日常のなかでも〝くすんではいなかった〟。


少女はそんなことに失礼ながらも安堵する。



やがておもむろに立ち上がったその人は、イチマイのちいさなメモ用紙を黒セーラーの少女へと手渡した。



⬜︎

今日11:55

ばつまる公園のベンチで


あなたは味のしなくなった紅茶


黒いセーラー服

⬜︎



(指定された時刻…私のこと)



「そう、です」


ブランはこくりと頷いた、ごくふつうの当たり障りのない言葉を添えて。


「ははやっぱり? となりどうぞ」


「…いえ、このままでかまいません…」


「ん? そう?」


どことなくかしこまる少女へと、ぱちりと瞬きをする、微笑みかしげるエメラルドの瞳。


立たせたままにしてしまった……。

ブランは言葉をまちがえてしまったと思いながらも、唾をしずかに飲み込みさっそく、目の前の彼女に、会えば問おうと用意していただいじな言葉をおもいだし…問うた。



「もうマリティーにはならないのですか」



「──まりてぃー?」



「……」



少女は問うた。

問いたいことききたいことを、──ききたかったことを。


ふるえた唇に、吐き出した緊張の言葉は、


そのままやわらかな疑問符をそえられて返された。


邪気のないエメラルドと、いたずらなそよ風にゆれた──記憶よりながい金髪。



道に落ちた枯葉はかしゃかしゃとざわめき、ふたりの静寂を秋の気配で飾った。



少女は目を見開いた。

そこだけはくずれないと

祈るだけではたりなく…手を伸ばしつづけていた──強烈な光。


今、黒いセーラー服が照らされたやわらかな光。


寸秒前まで眩しいものだったはずが、たった今おだやかな…たりない、


焦がれおもいえがいていたものは、



たった一言で、




「おーい、いたいた! さがしたよ。ふらっと急にいなくなるから、また公園で読書か? 子猫でも追いかけていたか?」



公園をいろどる枯葉が急ぐ足に踏み潰されていく。



「え? あー、ごめんごめん。あははは。あぁ──んーと、なにか? 〝ソレ〟よかったら教えてくれるとうれしいのだけど? ふふわたし気になるとふらっとしちゃうらしいんだ。味のしなくなった紅茶って? ふふ」


メガネの男がとつぜんかけてきた。

文豪のような雰囲気のする、男が。


かのじょの隣にかけつけて立っている。


男の姿に手を振り、男と話し、たのしげなかのじょは、やがて手をやりうながす。

右手をてのひらをやわらかに差し出して、踊ろうとは言っていない。



(なにをみせられているんだろう──いったい──)



緊張で火照っていた体は、ふたたび寒い風にさらされていることに気づいた。


──昼の静かな公園に何をしにきた。

──ここに来るために来たのではない。

そんな思いがふと、おおくを冷たい風に流された心の端っこによぎった。



「……あなたはそこで見ていればいい。──あなたが始めた魔法ソード少女、マリティーを」



ちらっと目に入った左髪の白羽の飾り、ソレは丁寧に一礼した。


黒いセーラー服は横顔と背を見せ去ってゆく。来た道、またしかれたあらたな秋道をまた踏み鳴らしながら────



「ん…知り合いのこかい? あちゃぁ…邪魔しちゃったか真里? なんだか絵になるミステリアスな雰囲気の少女のようだったけど?」


「ミステリアスな少女…いやっ。たぶんべつに…見知らぬがばったり? どこかでぶつかってしまったのかな? ふふ、ふらっとね────」



さがしものは見つかりさがされた者といっしょに、ふらっと立ち寄った昼の公園から去って行く。



絡まり合っていた時はするりと過ぎてゆく、重なり合った公園の時計の針は何も鳴らさない。


ただ


汗に滲んだ白い紙がイチマイ。


みちばたの枯葉にうもれて、ささやいた。

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