第27話 きりょく
手合わせた刃、一汗かき、夜風に冷え切る前に、湯煙────────
▽水玉夏館、女湯▽にて
タオルを金髪の頭の上に畳んで重ね、湯に浸かる。
ぶくぶくと下から泡立ち、疲れ身に心地のいいマッサージのおもてなしシステムが起動している。
泡立つ湯船から離れた隣には肩まで浸かる黒髪の美少女。
「アレ、うちのソードマスター」
「そうね」
「いい人じゃね? ふんいき」
「そうね」
向き合わずとも話せば返ってくる、
2人だけの温泉のまりょくに、金髪の魔法ソード少女はのほほんとしたトーンで話を続けた。
「なんでそんなにつよいの、マリティーブラン、なんでなんでのなななんで」
「あなたが私をつよいとおもったのなら、それは魔法ソード少女、マリティーを知っているから。本物の魔法ソード少女を。だから」
「んーホンモノねぇ。……会ってみてぇな、そのホンモノのホンモノに」
「そうね…」
「うちのソードマスターはホンモノ?」
「……知らないわ。オーデオのソードマスターのたたかう姿は見たことがないもの」
「そだよねーうちもねぇわ。アレっじゃあホンモノってマリティーのソードマスター?」
「わからない」
「マジかー。なんだろうな、引退しちまったとか? あほらっ変な意味じゃなくめちゃくちゃ好きだったバンドが結局ライブにも行けずに解散しちまったぁとかあるじゃん。──ない? でもさこの世界って引き際あんのかな…あ、なんかオーデオで手がかりがあったらさ、こっそり教えたげる……ぜ…!」
「…あなたは自分のことをやればいい。もっとやるべきことがあるはずよ魔法ソード少女なら」
「はぁ、おっしゃるとおり…ですわ。わたしのこと、やるべきことねぇー。あ、そういや勝負」
魔法ソード少女たちはよくしゃべる、よくきいて。
湯船の広さと静けさとあたたかさに、少女たちの声はよくひびいた。
▼
▽
千円札をいちまい無人のレジへと入れ、銭湯の冷蔵ショーケースから2本選び取り出した。
風呂上がりのフルーツ牛乳を一杯、おごり。
「そういやあの金持ち神社のおデータゾーンでおごってもらったからさ」
「……」
まだ乾かない黒髪に、バスタオルを包み、腰掛けの中央に座る。
カタナにひょいと渡された同じ味の瓶をブランは受け取った。
きんきんとよく冷えた瓶が火照る体に馴染もうとしてくる。
「なれちゃったわたしは運が良かったみたいだからさ、ちょっと頑張るよ、魔法ソード少女」
「──そう、頑張ればいい。魔法ソード少女」
見下ろす青い瞳はすこしワラっている。
見上げる黒い瞳は目にした素直なぶぶんに素直にこたえた。
腰掛けたとなりの席の者と、かんぱい。
くっつき──瓶と瓶がからんと鳴った。
水玉夏館編(終)
時刻通りに──
おそるおそる足を踏み入れた真っ白なデータゾーン。
彼女とおなじ黒いスーツ姿の者たちや、道着を着た者たちが合わせて数十人ぞろぞろと集まっていた。
「やぁようこそマリティーと対をなす巨大魔法ソード少女組織ミスティラへ」
「よし全部かな。といってもここは変哲のない秘密のデータゾーン。よく来てくれた、さて集められたエリートの君たちには少し頑張ってもらおうと思ってね」
真っ白な景色に集まり立つ集団、その前で宣っている。
ハンチング帽をかぶりサングラスを掛けた、緑髪。
異色の雰囲気のただよう女であった。
その女の後ろに控えているのは、何やらがっしりとした体格をした男や、引き締まった女。
いかめしい背景が控えていた。
「少女たちに任せるべきではないと思うんだよ。もちろんそんなものあり得ない。でも大人はともかく子供たちが苦しむ姿、いい大人が指を咥えて見たくはないよね」
「さっきから話がとっ散らかっていてまったく見えてこないんだが。何が言いたい」
集められた中のひとり、黒スーツに帯剣した眼帯の女は緑髪を訝しみ見た。
「魔法ソード少女たちを支える懸隊…そのまた支えるイレギュラー、懸の精鋭部隊をここにつくる。と言えばわかる?」
「精鋭部隊……だと?」
緑髪は集めた懸のひとりである眼帯女の要望通りに回り道をせずに単刀直入に答えた。
集められた者たちはざわざわと、周囲の顔ぶれに目を配った。
「君たち懸隊はまりょくをあまり持たない、魔法ソード少女たちとは比較するまでもないぐらいのカラッと乾いたまりょく量だ。そう、そもそもまりょくがないと満足に魔法を扱えない、データゾーンの雑魚ストロー1体を倒すのにも骨が折れるくらいだ。しかしおもった、まりょくを持たないからこそできることを考える必要があると思ってね」
「魔法などいらん。斬ればいい」
「はい、そう言って勇敢に死んだものたちだよ。この墓は。剣は。愛剣は。君たちの同僚だったものだ」
「なんだと…?」
集団をすり抜けるような緑髪の視線に皆が振り返ると、
後ろには、たくさんの剣が突き刺さっていた。
古く、錆びつき、欠け、新しいものもある。
見かけないものや見かけたもの……業物も。
ハッタリか用意された演出か、それを剣士たち懸隊たち…自分たちの墓場だとでもいいたげだ。
ざわめく背を見ながら、帽を脱いだ緑髪の女は口角を少しあげた。
「二種類いると思ってね。まりょくのあるものとないもの。仮に剣の腕をただその剣を振るうという行為だけをおのおのの範囲で存分に極めても限界がある。知ってのとおり、はたまたすでに挑んだものもいるかな? 魔法ソード少女たちの強さは単純な剣の腕だけではない。やはりまりょく、まりょくを用いた戦闘は君たちがいくら端々に魅せる技量で勝ろうと測れないモノがある。踊るステージ、履く靴が違うといったところかな、もっと言えば幕間に出てくるような黒子が無理に目立とうとするようなものだ」
「ここまで一般的普遍的な事実を並べたところで厳しい言い方になったが、落胆することはない、もっともここにはするものもあまりいないと思う。むしろ虚仮にする私に対して反感や怒りをおぼえる者が多数だろう、ほらそこにもネムっていてまだ怒っていそうだ。しかし死人に口なし私はしゃべりつづけているね。そこでだ、なにも説教説法するために君たちを仰々しくここに呼んだわけじゃない──まりょくのあるものとないもの、二種類いるといったがさらに詳しく種類分けると二種類ではないことが最近の魔学の研究で分かってきてね。まりょくに変わるもの、今より莫大に進歩した〝きりょく〟。これを君たちにはぜひとも手に入れていただきたい」
「気力、だと?」
「事前に調べた結果ここにいる者は皆、まりょくには劣るきりょくを持っている」
「何を言うかと期待して思えば根性論か」
「あぁやることはそれに近い、最終的な目標は〝魔法ソード少女主義からの脱却〟今まであまり目を向けていなかった君たちのことを定期的にデータ化していく手探りだ」
「…ふざけている」
先程から偉そうな緑髪の女に食ってかかる眼帯の女剣士は呆れた様子で聴衆のあいだをゆっくりとすり抜けていった。
「まぁ待て早まったところで時間を損しただけだ。まりょくが外部から呼吸し取り入れ獲得する特殊なエネルギーのようなものだとすれば、きりょくは魂、人に元々備わっているもの。自分の中にある山積みの缶詰のフタを手に触れず念力気合いで開けるような作業」
「手探りだといったが何もゼロではない。不思議なエネルギーまりょくで培った技術と魔法をスライドし、今はまだ馬力の劣る新たなエネルギーをもっと上手くなるたけ早く使おうということですよ」
「それがきりょく、あなたたち剣を携えた大人たちに与えられた使命だ」
ながながと話し目配せをすると、
背景はずらりと、緑髪の女の前に動き出し止まった。
「ここに各々スペシャリストを用意した。さっきから気になっていたかな? いずれも私のあつめ雇ったきりょくの数値の高いものたちだ。諸君らには選択してほしい。きりょくを上げるのはひとつの道ではないと思われる、では未開の領域へと旅立ってくれ。以上、あそうそう帰ってもいいけどここでの講義内容は外部には漏らさないでねいらない仕事が増えると面倒臭いから」
語るだけ語り語り終え、ハンチング帽をかぶりながらサングラスごしにウインク。緑髪の女は白く広がる景色にぽつんと存在していたドアのひとつへと帰っていった。
▼
▽
「選択えっと? じゆう? んんーー悩みますが、やはり私は剣でしょうかァ?」
不満か関心か感心か、全ての説明を聞き終え、残された者たちは選択をする。
ひとつ背の高い黒髪ショートの御子柴神子もまた、
「マリティーから連れられて一時はどうなるかと思いましたが、これはなんというか修学旅行みたいですねー」
ざわざわと、動き出した群衆をひとつ高い塔から御子柴神子はキョロキョロと見渡した。
『馬鹿馬鹿しい学ぶことなどない』
『拙者らと一緒に剣術同盟を、』
『おーかの有名な鮫肌流道場の者でしたかぜひぜひ』
すでに始まっていた、ここに集められたのは緑髪の女が言うにはエリート集団。
名のある道場の数々から集められた者も多い、同盟を組み他の剣への見聞を広めることもまたひとつの道。
「なるほど…やはり修学旅行ですかねぇ。よし──そこの人たち、混ぜてくださぁーーい」
御子柴神子も名のある道場の出身。元気よく手を振りながらスーツと道着姿の剣士たちの集まりへと駆けて行った。
⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎
じんがりゅう? 聞いたことない
じんがりゅうだと?
栃木あおつきしのじんがりゅう? 田舎もんかよ
拙者らの
⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎
地元では有名であったが、突っぱねられてしまった────栃木県蒼月市
訝しむさっぱりな目を向けられ、迎え入れてはもらえず、とぼとぼと帰りスーツ姿のノッポは首をコテっと傾けた。
「んーー。おかしいですね…師匠……」
ひとり困り佇んでいる間にも、続々と周りは決まっていく。
用意されたあの背景にいたスペシャリストなるものたちの用意したドアの中へと、並び進入していく者たちもいる。
何が行われているのかは分からないが御子柴も止まっていては仕方ないと頷いたそのとき────
『おおー、背が高いな。鍛え方は──ふむ、怠惰。まだまだ足りていないゾ。精進精進』
「ちょ、どぅえええ!? あのっあのあのののの」
「ってナニやってんですかー師匠!」
弟子は女に密着していた師匠の頭をフライパンで殴りつけた。
弟子に止められ師匠だという男は彼女から離れた。
「ふむ、すまぬ」
「いえ…大丈夫ですっが…」
身体中をいきなりいつの間にか接近されまさぐられた。御子柴はぼさついた髪としわついた服で、首をじりじりとじょじょに傾けた。
困惑した目に映るのは、
赤い民族衣装の女の子と青い民族衣装の男。女はほそりとしており凹んだフライパンを拳を叩き込み直した、男は御子柴よりも背が高くひじょうに筋骨たくましい感じであった。どちらもどことなくアジア系の顔立ちをしていた。
「そなた混じり気がなく美しいな。今はまだか細いが、我と
少し離れたはずがまた近くなっていた、濃い顔をした男らしい男が分かりやすく顎に手をやり、今一度御子柴神子のことを…吟味している。
「きりょく? あー、たしかさっき言っていた? ────…なんでしたっけ?」
どてっ!?
コテっと傾げた首にどてっ!? とシュファはすっ転んだ。フライパンを下敷きにお尻がすっぽりとその中に収まるほどに。
師匠の男は直立しながら、不動、だが口を丸く開けて御子柴神子のぬけさくっぷりに驚いた。
「どてっ!? ──ええええええ、聞いてなかったのですかあ!」
「話を聞いていないのはいただけないな、そなた。先程の者の演説はハッタリとはいえ懇切丁寧だったと思ったが」
「あははは…ながいもんでわすれちゃいました。あははは…」
魔法ソード少女組織ミスティラ、そのまた秘密のゾーンへと集められたとくべつな懸隊の者たち。
魔法ソード少女組織主義からの脱却、そのためのまりょくに代わる新たなチカラ、きりょく。
まりょくには劣るが確かに存在すると言うきりょく。魔法ソード少女ではない……集められたイレギュラーたちは今よりもきりょくを増やすために、各々の選んだ道で剣の研鑽を重ねていく、はたまた新たなドアを開き挑んでいく、あるいは偶然とそれを見抜く偶然の引き起こす化学反応……信ずる何かをめざしてきっと台本通りではない道を進んでいくのであった。
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