第25話 水玉夏館②

▽水玉夏館、大庭▽にて


何処をみつめる金髪の背がひとり、夜風と庭石、静寂の景観のなかに佇む。


石灯篭のオレンジに照らされながら、黒セーラー服姿はゆっくりと歩み、その背からはなれたところで立ち止まった。



「それは何?」


夕食後の自由な時間、マリティーブランが誘われたのは金髪に緑のブレザー姿の同世代らしき彼女というよりはその腰に携えた、緑鞘。


しずかな涼しい声に呼びかけられた緑ブレザーの背は、


振り返る─腰の鞘に目をやる─みつめる。


「──欲しいか?」


肩ほどの長さの金髪からのぞいた青い瞳はつくったような真顔でそう言った。


「……何かを聞いているのだけど」


「あー、なんかねぇ。珍しい刀らしいぞ? あ、これ苔──はは、苔っぽくてどう? 似合ってる? 緑コーデ」


真顔タイムは終わったのか、カタナはいつものようにニヤつきながらブランの質問にカタナ節で答えた。


「そうね色合いはきっと悪くはないわ。それより、珍しい──それは分かるわ、あの炎魔法の中でも傷ひとつなしなのだから。とても普通の…魔法ソード少女が持てるような刀剣ではないわ、マリティー本部で購入できるMTシリーズにもないけどたしかオーデオの魔法ソード少女なのよなあなたは」


「そっオーデオのカタナってんだ、覚えやすくない? ──おー頷いた、だよな。そうねそうねーんー、と言われてもなぁ。コイツぁ……まぁ言うなれば勝手に懐かれたペットみたいなもんだからなー、ほらいたじゃん! 子供んときに家までついてくる野良猫、アレだアレそそ! んな感じ私カタナ!」


「そう。(勝手に懐かれたペット……どういうことかしら。のらねこ…)」


「で、欲しい?」


「ふざけているの」


「いんや真剣。ちょっとさぁ、チャンバラ──コイツを賭けてさ、──うけとれぇい!」


「……」


ひょいと元気に投げられた木刀をひとつブランは受け取った。


先程旅館の売店で購入していた、土産の定番を、二刀。こうなる状況を想定でもしていたのか…いつの間にかカタナは用意していた。


「ルールは」


「割ったら勝ち割れたら負けッ」


ブランとおそろいの木刀を左手にし、賭けの品の緑鞘を右手にし、カタナは両腕を前に見せつけた。


「変わっているけど単純ね、いいわそれで。でも──あなたはそれでいいの?」


「いや、もちろんこっちにも条件がある、ペットのコイツを賭けるからには」


「飲むわ。ハンデでも、交換条件でも」


「あぁたすかる、ノリが良いな。そう言うと思ったぜマリティーの魔法ソード少女。じゃぁ────負けたらオーデオ、ウチのアイドル部に入ってもらうぜぇ!」


「あなた、ナニを言ってるの」


「いくぞ!!」


「──!?」


「勝てねぇこうでもしないとなあああ! 黒髪クール兵庫の女神、ウチのアイドル部にげとおおお!!!」


しゅるしゅると回転する木刀は庭の池になげ捨て、割るのは至難。


緑鞘からいきおいよく滑らせて抜いた、カタナはその真剣でおどろくブランへと斬りかかった。



ルールに則り、示していた曖昧なルールを強引に解釈し乗っ取った。


カタナは真剣でブランの持つ木刀へと電光石火の奇襲でその刃をとどける。まりょくもチャッカリと刃に纏わせ抜け目はない。


そのまま受ければ木刀の強度ではひとたまりもない、まりょくを纏えど名のある秘刀名刀に対して売店の木刀では剣としての差は歴然。天と地よりも隔たりがある歴然。


襲いくるカタナと秘刀名刀の鉄とまりょくの一閃、


ルール破りにみえる一瞬の奇行奇襲に面を食らったブランは、──棒切れにまりょくを纏った。


(もらった! バターのように斬り寸止めッ)


(青いまりょく…まりょく──全力)



やがてかち合う、ルールに則った一合────




「──……うっそだろおい!」


「──あなた、魔法ソード少女じゃないみたいね」


「はは、もしかして怒らせちゃったかんじ…」


黒いオーラが木刀を覆い、青い真剣のその一閃した斬れ味を到達させることなく受け止めている。


あり得ない考えられない芸当に、威勢をノセた刃はどこへやらカタナは目を見開き驚いた。


「怒らないわ。木刀は好きよ、魔法ソード少女に必要なものをゼロから教えてくれるから。まりょくをうまく纏わせるトレーニングになる、あなたはわたしのいつもの延長線上──」


ポーカーフェイスは怒っているのか怒っていないのか、刃を交え眼前に相対するカタナには分からない読み取れない、だが本人は怒っていないと言っている。


「いやぁ…光栄だねぇ、ははは……ここまでしておなじ〝せんじょう〟でぇ!」


まりょく刀同士が衝突しあった鍔迫り合いは両者離れ────今度向かい仕掛けたのはブラン。


黒い木刀は空を鋭く斬り避けた金髪を揺らした、ひらひらと踊りなびく黒いスカートは同じく逃げ誘いなびく灰色のスカートを追っていく。


「ハンデならさいしょから言えばいい、恥ずかしかったのならヤラなければいい、池に投棄は──ダメッ」


「げぇっ!? たしかにぃッッ!! あとで拾ってくるから女将カンベン勘弁女将!! ははは、でもこれで割れないっ負けないっ欲張らないっ──!!」


「仕留められないばあいの作戦、邪にかんがえたものね。魔法ソード少女──魔法ソード少女じゃなければ割ってもいいものかしら」


「よ、よくないとおもうううう!!」


追う黒と必死の青の剣筋が衝突する、二合、三合、四合────打ち合う度に削られていくブレていくお互いのまりょくや体力。


奇策にも負けないクールな黒髪黒目が割るのは、魔法ソード少女らしくない…チャラけた金髪青目の魔法ソード少女?


マリティー所属のマリティーブランと、オーデオ所属のカタナ。


価値ある緑鞘の刀と、謎のアイドル部入部newメンバーを賭けた……夜のチャンバラは始まってしまった。







▽自販機前▽にて


豪勢な蟹料理をお腹いっぱい堪能したあとに、安っぽい自動販売機の缶ジュースを飲むのはあまりおかしくはない。


ただの日常。


吸い寄せられた自販機の明かりに照らされた、水色と金髪メガネ、見知っていてしらない……ラフな服装にきがえた2人が並び立つ────シチュエーションなどただの日常。



ピッ──がしゃこん。


ピッ──どしゃこん。



静けさに継続的に響く自販機の唸り声と、おちていく缶缶の掛け声。


隣り合う自販機でおのおの拾い上げて同じタイミング、横目にちらり…ちらり──



「なによ?」 「なんもねぇ…」


「──なによ?」 「なんもねぇっての」



「……なんか言いなさいよ!」 「なんでだよ!」


「…つかえないわねぇ」 「だからなんでだよ!」



選んだのはコーンポタージュ、選んだのは微糖ブラック。


(コーンポタージュはツッコめるでしょ? ふぅん──いつものコーヒーにすればよかった)


(こいつコーンポタージュはツッコめるとかおもってねぇよな…? そんなんで私を威圧してたとかねぇよな…?)


かぷしゃっ、────ふたつ鳴ったその音が2人の終わりをつげた。



そうただのあったかい日常。

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