第11話 だいひょう曲ってなに?

①マリティーポップのにちじょう


▽夕日の神戸港▽にて


イヤホンに塞がれては鳥の鳴き声も聴こえない、

木板を敷きグレードアップしたいつものビールケースから──迷わず釣り糸は垂らされた。


パーカー姿の少女がみつめる、オレンジの水面はやがて赤く燃え上がっていき、キラリと輝きワラった。


「魔法ソード少女なんてさ、グレちゃわないとさ」


「あんまり普通の子がなるべきじゃないってのは同意かな」


「いやアレふつうだった?」


「まぉもしかりにあんなあんぽんたんな妹がいたらさ、私もすこしはグレずにいたかもねー? なーんて! 私より背の高い妹なんて! おっことわりー! げぇ!? 釣れてるうううう!?」


「別に釣れなくていいってのよーー! ははははは愛のぼむええええんんはっはーーー」


やはりマリティーポップはニッと笑う。

音楽再生プレイヤーに入れたお気に入りの曲を聴きながら、竿は元気にしなり引き上げられていく。





②マリティーブランのにちじょう



彼女が訪れたのはデータゾーンではなく現世と区分される堺市民病院であった。

病院内の特別個室に入院することになったちょっとした知り合いの見舞いにきていた。


ドアがしずかに音を立てて、


知らない客人にベッドに横たわり夕空をぼーっとみていた栗毛は──首を向けた。


礼も挨拶もなしに歩みを止めた、変哲のない黒いセーラー服を着た少女は開口一番、


「今回はその程度で助かったけどあなたやめたほうがいいわ、魔法ソード少女」


「え? ──あはは…そうかい? エンディングではなくエピローグ…そこまで踏まえての覚悟はしていなかったな? はは許してくれ、ここにこうしてぼーっと夕空を拝めているのも結構不思議なものだからね」


四角い枠の夕空をもう一度みて、マリティーシルブは微笑んだ。木陰で優雅に眠っていたギンギラ銀色のドレス姿ではなく、憑き物が落ちたようなずいぶんと落ち着いた衣装に変わっていた。


「──あの子は助かった」


「そうか!! ありがとう、君が? ──あ痛たた……」


マリティーシルブはコロッと表情をおどろき笑わせて変えた、勢いよく黒髪少女の方に体を起こしたが……全身の痛みに顔をしかめた。


マリティーブランは手伝わず、またつづけて口を開いた。


「私は何もしていない。ボロついたMT4規格の剣──あの子がやったこと」


「あの子が? MT4…あー…ふれいさんはやはりまりょくが? そういえば石ころがストロー相手のダメージになるものなのかな、はははそうだとしたら最初から剣を貸すべきだったねははは…キミはどうおもう?」


「まりょく…。そんなものはなかったわ」


「ん?──そうかい、魔法ソード少女向きの性格ではない?」


「そんなにポンポンなるものじゃないことはたしか、少なくとも──目の前はそのように見えるわ。それにデータゾーンのストローを殲滅し現世の治安を守ること、さらに民間人が民間人のままでいれるなら、魔法ソード少女の仕事をひとつ果たしたといえる」


「なるほど……ごもっともだね」


マリティーシルブは己のカラダの痛みと黒セーラーの少女が淡々と述べた言動に改めて納得した。




「実力がないなら、たすけてはいけないとおもう」


「え?」


束の間できていた静寂に淡々と同じトーンでぶち込まれた。

黒セーラー服の彼女は随分と辛口であると、シルブは改めて尽きないこき下ろしにおどろいた。


「運がよかっただけ、魔法ソード少女は運じゃない」


まだまだ尽きない。

あくまで淡々と正しい魔法ソード少女がなんであるかを彼女は説いている。


やがて病人はあんぐりと開けた口元をワラわせた。


「すまない私からもひとついいかい」


「? いいわ」


「きっと失礼なことを今から言うよ?」


「はやくしなさい、構わないわ」


念入りな確認をしてくる栗毛の病人に首を3度ほどごく僅かに傾げつつも、マリティーブランは病人にその失礼な言動とやらを発するのを許可した。



「じゃあ──キミはひょっとして嫉妬してたり? たしかに……ふふふ魔法ソード少女には美味しい場面ではあったかな?」


マリティーブランは崩さない。

そのクールな表情を崩さない。


たとえ不意打ちを受け笑われようと、返す言葉を探して──今みつかった。


「……。魔法ソード少女なら、もっと強く。嫉妬されるぐらいにね──まぁひと月は大人しくそこで寝ていることね」


それだけ言うと黒髪を手ですばやくあそばせ跳ねさせながら、爽やかに個室のドアの方へと歩き出した。


「あはははは、なるほど。参考にさせてもらうよ。うーんこれは……フタツキコースかなぁ? あ──見舞いどうも助かったよ、そのヘアピン似合ってるね。ははは」


びくりと一瞬止まった──マリティーブランは振り返らずにマリティーシルブの病室を後にした。









③─────



▽東京都古井戸町▽にて



夕暮れのさんかく公園、ペンキのはげた青いベンチでぐっすり寝ていた──少女は起き上がり、寝ぼけ眼で公園の時計をかくにんし──帰り道をすこし急いだ。



▽真田家▽にて



チャイムを鳴らし、持っていたことに気付いたポケットの鍵を使った。


ガチャリ、


「ただいまぁー」


「おかえりーおそかったじゃないふれい」


玄関で変にじめる気持ちの悪い靴を脱ごうとしたところ、お母さんは夕飯の支度を中断しかのじょの迎えにきていた。


「あー、──なんかぼうけんした?」


「えぇ? それってへんなぼうけんじゃないでしょう?」


首をこてっとかしげる可愛い娘といっしょにエプロン姿のお母さんは首をかしげた。


「んーー、あーみかねこっ、黒猫がいた」


「みかね…あーーっ服も黒猫よ! ふれい! ぜったいすぐ風呂にいかないとダメよそれっ、フロっ直行!」


服は汗まみれ、汗服に吸い付いた砂まみれ、そして泥んこの黒に彩られている。目も当てられない状況。



「わーー……これわぁ……隕石でも落ちた?」


「もうっ! インセキは……おちるっ!」


「「──あははは」」


「あ、お母さん【ソぴーず】のだいひょう曲ってなに?」


「いきなり?? んーんー、──【愛のぼむ・えんど】! ──!」


「やっぱり愛のぼ……──」


「どうしたのふれい? あ、ながす? じゃなくてまずは黒猫ながして白猫にしないとねっ」




「そ、それだあーーーー!!!」




「あコラっ!! そんな泥んこではし────」


いきなり脈絡のない変なことを聞いてきた娘ふれいに、シャキーンと…お母さんは親指をおちゃめにサムズアップして答えた──ソぴーずの代表曲は【愛のぼむ・えんど】。


脳天に電撃がくだり、循環した電撃がとてつもない大爆発を引き起こした────


真田ふれいはお母さんの左側を抜け、泥んこ足でそのまま2階へと駆けのぼっていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る