――おとぎばなし α――

――おとぎばなし α――

 街には、まだ人気がありませんでした。残った四脚の人形たちが忙しなく動き回り、破壊された人形や瓦礫の残骸を黙々と処理しています。


 沈みかけた太陽が、二人の人間の長い影を地面に落としています。


「おー、これはすごい。君の恋人1635号は、精神面だけではなく、どうして中々、強いじゃないか」


 ばらばらになった『恋人』の残骸を見下ろして、モレクは驚いたように目を見開きました。


「そ、そんな。ありえないのです。『恋人1635号』が私を裏切り、あんな糞ビッチを守るなんて。今日は生まれてこのかた、最低最悪チョベリバに不幸なのです」


 ベラドンナは顔を驚愕と恥辱に歪ませて、肩を震わせる。


「それより、壊れた方の恋人10013号くんを心配してあげなよー」


 モレクは蝉の抜け殻を見つけた少年のように、目を輝かせて残骸を突きました。


「ふん、カタログスペックを出せない『恋人』はいらないのです。ゴミクズなのです」


 ベラドンナは転がる恋人10013号の腕を蹴とばします。


「まー、そんなに責めないであげてよ。彼はだまし討ちされたんだ。ほら、背中から一突きされている」


 モレクが胴体をひっくり返し、検分してから言いました。


「ふむー、あのビッチは相当な手練れなのです。その淫猥な口で私の『恋人』をだまくらかしたのです。10013号は不意を突かれたのです。しかし、今回の実験で貴重なデータが得られたのです。やはり、『恋人』にはある程度柔軟に対応できる『心』が必要なのです」


 多少、冷静になった様子で、ベラドンナは顎に指を当てて考え込みます。


「じゃあ、彼を直してあげるのかい?」


「つなぎなのです。身体のパーツは最高級なのですから、捨てるのももったいないしリサイクルするのです」


 ベラドンナは残骸をいじくり回し、ついに頭に手を伸ばしてひっくり返しました。そして、開いた口の中に乱暴に突っ込まれたそれを発見します。


 ベラドンナの目が大きく見開かれました。


「……ふふふ、やっぱりなのです! やっぱり、『恋人1635号』は私を裏切ってなどいなかったのです」


 ベラドンナは突如、不敵な笑みを浮かべ、手にしたリボンを自由の女神のように空高く掲げました。


「何だそれ……リボンかい? ええと、なになに、『幸福を』だって!? はははは! おもしろい。君に最も似合わない言葉だ」


 モレクは手を叩いて笑います。


「うるさいのです! 黙るのです、この薄らハゲモレク! 『恋人1635号』が私に残したメッセージがお前にはわからないのですか!?」


 ベラドンナは珍しく口元を綻ばせると、自分のポニーテールの一房にその夕焼けのようなリボンを結び付けました。『幸福を』という文字は結び目に隠されて、今はもう、外から確認することはできません。


「知らないよ。人形は僕の『人類ハッピー計画』の範囲外だもの」


 モレクは、すぐに興味を失ったように、警備用人形の残骸で山を造って遊び始めました。


「ちょっとは、足りない頭を使って考えるのです。私にとっての『幸福』とはどんなものかを」


 ベラドンナがもったいつけて、指を振りました。


「えー? 君は究極の『恋人』を造って幸せになるんだろ?」


 モレクが投げ遣りに応じます。


「そうなのです! 正確に言えば、究極の恋人を造って世界中の人間を嫉妬させてやるのが私の夢なのです。言い換えれば、世界中の人間が私より不幸になればいいのです」


 ベラドンナは、『太陽は東から昇る』と宣言するような当たり前な調子で言いました。


「だからー?」


 山にトンネルを掘りながら、モレクが相槌を打ちます。


「まだわからないのですか! 私の『恋人1635号』は、人形の身でありながらビッチを籠絡することに成功したのです! あいつは私のために、世界中の女を惚れさせていくに違いないのです。そして、散々惚れさせるだけ惚れさせて、最後に全員を袖にして私の下に帰ってくるのです! そうすればビッチ共は全員、不幸のずんどこ! 私は幸せ、こういう訳です。わかりましたか! 馬鹿モレク」


 ベラドンナは鼻をひくひくさせながら、何度も頷きます。


「はいはい。君の妄想はわかったから、さっさと次行こうよー。どうせ、君のことだ。あいつらを追うんだろ?」


 モレクは飽きたように山を蹴り飛ばして壊しました。


「私の話を聞いていましたか!? 老人耳のモレク! 追う訳ないでしょう。あのビッチは『恋人1635号』に預けておけば安心です。それに、今のままこいつを直してけしかけても負けてしまう確率が高いのです! 逆に出会わないように今来た場所を戻るのです。そして、こいつの『心』を強化してやるのです」


 ベラドンナは壊れた『恋人』の胸に空いた穴に指を突っ込んで、ココノハの具合を確かめながら言いました。


「ま、僕は別にどっちでもいいよ。どこにでも救うべき哀れな子羊たちはたくさんいるから。でも、あてはあるのかい?」


 天を仰ぎ、夕焼け雲が流れていく様子を眺めながら、モレクが問いました。


「確か、1635号を保管していた砂漠の倉庫にスペアが隠してあったはずなのです。上手くいけば見つかるのです!」


 ベラドンナは、髪のリボンに手をやりながら、つられるように茜空を眺めて、力強くそう宣言するのでした。


====       あとがき       ====

 想いはすれ違いがちなもの。三人と一体の旅は続きますが、ひとまず区切りです。ご拝読、感謝致します。もし楽しんで頂けたなら、★★★を頂けますと励みになります。

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