5 石の恋人
5 石の恋人
エイクの鋏が地獄の口のように開き、三対の人形の首をまとめて地面に転がした。
セールのドリルが的確に急所だけを射抜き、人形の機能を停止させていく。
「……きりがないわね」
肩で息をしながら、エイクが答えた。
「俺はまだ、支障なく戦える。しかし、エイクが戦線離脱した場合、戦況を維持するのは厳しいだろう」
セールは一斉に飛び掛かってくる人形をぎりぎりまで引き付けて、右腕の大砲を放った。敵のパーツがばらばらになって吹っ飛んでいく。それでも、人形は一向に減らない。四方八方、上下左右、敵は波状攻撃をしかけてくる。
唐突に、視界を埋め尽くす人形の群れが割れた。いや、弾き飛ばされた。
「ターゲットを発見。破壊します。破壊します」
空を滑空してきて、地面に降り立ったその豪勢な人形は、壊れたオルゴールのように繰り返す。
新たな、しかも強大な敵だと認識したのか、それまでセールたちに群がっていた敵たちが一斉に眼の前の人形に向かって行く。
「障害は排除します」
人形は金色の眩い光を放った。
エイクが思わず目を閉じて開く頃には、周囲の敵はあらかた消滅していた。
まだ残っている敵たちはそれ以上、すぐに攻撃を仕掛けようとはせず、距離をとって体勢を立て直す。
「あら、この人形、セールのお仲間かしら。友人の窮地を見かねて助けに来たとか」
エイクは彼女自身の発言をこれっぽちも信じてない様子で顔を強張らせて、鋏を構え直す。
「あんたは、まさか……『石の恋人』か?」
セールはエイクの言葉など耳に入らないように驚愕した声で問うた。
セールには一目でそれが、『恋人』の造った人形――自分と同じ存在だとわかった。
予想しないわけではなかった。
すばらしい才能を持った彼女の『恋人』が自分だけだと自惚れられる程、安いココノハはセールにはついていなかった。
それでも、セールは嬉しかった。
『石の恋人』がいるということは近くに愛しい本物の『恋人』がいるということだから。
「ターゲット、巨大な鋏を有するココノテの女。破壊する。破壊する」
「おい! あんた、教えてくれ。『恋人』はどこにいる!」
セールは遮るように人形の前に出た。
「破壊する。破壊する」
人形はセールに視線すら向けることすらなく、相手の実力をはかるようにゆっくりとエイクに近づいていく。
「俺にはわかるんだ。近くにいるんだろ! 教えてくれ!」
「残念ながらお仲間は話が通じないようよ……セール。それじゃあ、約束通りここでお別れね」
エイクが軽い調子で言った。
人形は変形することなく、目にも止まらぬ速さでエイクに蹴りを繰り出した。
エイクは咄嗟に足を上げ、それを受け止める。エイクのガラスの靴が四散し、破片がその白い足を傷つけた。
「『カサノヴァの手管』、心の隙間に入り込み溶かすココノハ。中々、やっかいなものを持っているじゃない。嫌なこと思い出しちゃったわ――さあ、とっとと『恋人』とやらを探しに行きなさいよ。こいつの狙いは私みたいだけれど、いつセールに標的が移るかわからないんだから……『歪んだ鏡を守っている』」
エイクがまた、何か呪文を呟くと少女趣味じみた赤い靴が彼女の足におさまった。
「しかし……」
この『石の恋人』はとてつもなく強い。
おそらく、自分よりも。
自分と同等か、それ以下の力しか持たないエイクでは、この『石の恋人』に勝つことは難しいだろう。
セールはもちろん知っている。
ココノテとはいえ人間で、人間は一度壊れてしまえば人形のように直すことはできないのだと。
本来、エイクを助ける義理はない。だが、セールは感謝していた。
常識の足りない自分では、ここまでたどり着けたかわからないのだから。
「安い同情で目的を諦めるの? あなたの『恋人』への思いはそんな程度のものだったの!?」
セールに向けて言葉を放ちながら、どこか自身に言い聞かせるような響きで、エイクは叫んだ。
そうだ。『恋人』――目の前の人形が『石の恋人』なら、人形は『恋人』の命令で、エイクを殺そうとしていることになる。
だとすればなぜ?
そこで、セールははっとして息を呑んだ。
『恋人』は嫉妬しているのだ。
きっと、セールが浮気したと勘違いして、それでエイクに手を出したのだ。
そうに違いない。
心の奥底から湧きあがる歓喜が、セールを貫いた。
『恋人』は自分を愛してくれている!
愛しているからこそ嫉妬しているのだ!
「そう。俺は恋人を愛している! だから、俺はエイクを守らなければいけない」
「何を言ってるの! 敵にやられて壊れた?」
人形の攻撃を鋏で必死に受け流しながら、エイクが問う。
「勘違いするな! エイクのためではない。『恋人』は俺がエイクとくっついたと思って、嫉妬しているだけだ。俺は勘違いで『恋人』に人殺しをさせたくない」
もし、自分が『恋人』だとして、嫉妬からくる勘違いで無実の人間を殺してしまったなら、きっと後悔する。
それこそ、一生忘れられない程の傷を負ってしまうだろう。
『石の恋人』は彼女の身体を守るだけではいけない、『恋人』の心まで守れる存在でなければ。
「こんな凶悪な物を造りだす人間が、そんな御大層な感傷を持ち合わせているとは思わないけど、セールが後悔しないならいいわ。手伝ってちょうだい。挟み撃ちにするわよ」
相手が繰り出す蹴りの衝撃を利用して、エイクが人形から距離をとる。
「『石の恋人』は彼女の所有物だ。派手に傷つけることは避けなければいけない」
セールが静かに首を振った。
「そんなこと、構っている暇ないわ!」
エイクは苛立たしげに叫んだ。
美しかったエイクのドレスは、今や魔法使いが来る前のシンデレラのようにボロボロになっていた。
「安心しろ。彼も『石の恋人』だ。話せばわかる」
セールは自信ありげに頷いて、人形の肩を叩く。
「障害は排――」
人形は首を360度回して、セールに向き直った。
「俺を見ろ!」
セールは人形の言葉を遮り、自分と左腕に撒きついたリボンを見せつけ、エイクを指差した。
エイクは呆気にとられた表情で、セールを見つめている。
「俺もお前と同じ『石の恋人』、『恋人』の所有物だ。そして、このリボンとそこにいる女は俺が確保した『恋人』へのプレゼント……つまり、『恋人』の所有物だ。私はこれらを『恋人』の下に届けにいきたいと思っている。君はエイクを殺す許可を受けているようだし、邪魔者を排除することも許可されているだろう。しかし、彼女の所有物を破壊する許可は受けていないはずだ」
セールは目の前の人形が理解しやすいように言葉を区切りながら、筋道立てて説明する。人形の思考が、セールには手に取るようにわかった。
「認識――該当データあり。『恋人1635号』、敵意なし。発言の妥当性を判断中、一定の合理性あり、第一級優先事項『恋人の所有物は不可侵であり、何人も侵すべからず』。……優先順位検討中……判断不能」
人形はそう言って、目から黄色の光を放ち、点滅させた。
「ふむ。それでは、同じ『石の恋人』として提案する。我ら『石の恋人』は、共闘し、眼前の脅威を排除、その後、『恋人』と連絡し、判断を仰ぎ、どちらを優先すべきかの決済を受けるべし」
セールは人形の機械的な口調を真似て言う。
「……検討中……妥当性ありと判断」
人形の目が、眩い緑色の光を放つ。
「ならば、迅速に行動しよう」
「了解」
人形が様子見していた四脚の敵たちに向き直った。
危険を察知した人形たちが、全勢力で持って、なりふり構わず突っ込んでくる。
人形の目が発光し、両腕のガトリングが警備用の人形を蜂の巣にしていく。
セールとエイクは人形が撃ち漏らした敵を確実に処理していく。
あらかた片付き、最後の一群が一斉攻撃をしかけてくると同時に、セールはそっと、人形の背後に近づいた。
「すまない」
ザクリ。
鈍い感触。
人形の目が光り、銃を撃ち尽くした瞬間、セールのドリルが人形の胸を刺し貫いた。
合わせるようにエイクが動き、両腕と首を切り落とす。
「……理解不能。理解不能。状況の説明を求める」
徐々に薄くなっていく声で、胴体から切り離された人形の頭が言う。
「すまないな。強いて理由を挙げるなら――」
セールは人形の胸から、ドリルを引き抜く。
「嫉妬だ」
そう。この人形が悪い訳ではない。
それでもやはり、『恋人』の横にずっといたであろう彼を妬ましく思う気持ちは、強くセールの中にある。
「……嫉妬……『恋人』に示すべき、義務的か……ん……じょう」
人形の目からほとばしる赤い光が弱まり、明滅する感覚が長くなっていく。
「違う。俺の言うそれは、もっと、こう、非合理なものだ」
セールの言葉を聞いていたのか、いないのか、壊れた人形はそれ以上声をあげることはなかった。
「やるじゃない。まさか、セールが嘘をつくとは思わなかったわ」
いつものワンピース姿になったエイクが鋏で自分の身体を支えるようにして言った。
苦しげな呼吸音には、どこか愉快な調子が滲んでいる。
「いや、嘘をつくつもりはなかった。最初は本当に彼と一緒に彼女の下に行き、エイクとの関係を説明するつもりだったんだ。だが、自分より強くて、高級なココノハでできた彼を見ているといつの間にか身体が動いていた」
セールは自分でも自分の行動が理解できずに、頭を抱えて身体を揺すった。
「いいんじゃない? それでこそ『一人前』よ」
エイクに悪戯っぽく微笑みかけられて、セールは困ったように頭を掻く。
「……それじゃあ」
セールは戦闘モードを解除して、口の中に手を突っ込むと、自分の両目にガラス玉を突っ込んだ。
「『恋人』の下へ行くのね?」
「ああ」
二人の間に、微妙な空気が流れる。
エイクは『はさみとぎ』を、セールは『恋人』を。
それぞれが求めるものにたどり着くまでの、仮の道連れ。
一人と一体の関係に、それ以上の意味はないはずだった。
はずだったのに……なぜか、セールはもう少し、この女と一緒にいたいと思ってしまっている。
決して愛ではない。
もちろん、恋でもない。
ただ、エイクと一緒にいれば、『恋人』の心を幸せにするために大切な何かを、つかめそうな気がして――。
ウイーン。
その時、今まで閉まっていたシャッターが急に開いた。
「なん……だと?」
中から、先ほどの四脚より一回り巨大で醜悪な人形が、ぞろぞろと這い出して来る。
「あら。予想以上に、『疑念』が強かったみたいね。まさか、二段階で用意しているなんて」
エイクが辺りを見回して、顔をひきつらせる。
「ぐぬぬ……」
セールは慌てて、目玉に突っ込もうと手を伸ばす。
すぐ近くに、『恋人』がいるのに、そう簡単には諦められない。
「私はもう戦えないわ。世界の『境界』はすぐそこだし、これ以上奴らが増える前に逃げさせてもらう。セールは一人で勝てるの?」
エイクは首を振って、鋏をホルダーに差し込んだ。
セールは静止する。今からさらにあの数を相手にするのは不可能だ。
「しかし、『恋人』が……」
セールが未練がましい口調で遠くを見つめる。
「もし、この場で壊されたら、セールは浮気者の汚名をかぶったままよ。『恋人』さんは浮気者を直してくれるのかしら」
思考する。
弁解の機会も与えられず、廃棄されてしまうのだけは絶対に嫌だ。
セールは歯ぎしりの後、大きく一つため息をついた。
「『境界』まで案内してくれ」
「いいわ」
エイクはさっさと踵を返して駆けだそうとする。
「ちょっと、ほんの一瞬待ってくれ」
セールはエイクを呼び止めた。
「あんたにこんなこと頼めた義理じゃないんだが、俺が行くまで『恋人』頼む。それから、これを渡して欲しい」
セールは、何も聞こえていないと知りつつも、眼下の壊れた人形に頭を下げた。腕のリボンを解いて、物言わぬ人形の口に突っ込む。
言葉にしなくても、『恋人』なら自分の思いを理解してくれると信じて。
「早くして!」
「今行く!」
急かす前にもう走り出しているエイクの横に、セールは素早く並んだ。
セールはエイクと並行する。
そして、『恋人』とは平行でないことを祈った。
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