第9話

 酒席に集まる関東軍の軍人たちと満州国政府の要人。甘粕が酒を浴びるように飲んでいる。


「甘粕理事長。先ほど見せてもらった映画だがな」と、酔いのまわった一人の将校が甘粕にくってかかる。


「実につまらん。中国語ばかりでよく分からんのだよ。だいたいこの非常時にだな、満映は、中国人に監督をやらせて、そして中国人に俳優をやらせて、それでつくっている映画は、なんか恋愛映画みたいなのばかりだ。それでいいと思っているのかね」


「いいんだよ。いいんだ。我々は、満人や漢人といった中国人に喜ばれる映画をつくればいいと思っている。彼らに日本の映画文化に関心を持たせ、日本への理解を深めさせることが大事なんだ」


「そうかな。映画にそんなことができるもんだかな」


「君たちは、芸術というものを理解してないんだな。そんなことでプライドの高い、日本の軍人が務まると思っているのか」


「なにを。ま、まあ、確かに映画芸術とやらには理解は乏しいよ。だがな、科学、医学への理解は造詣が深いと自負しているぞ。なあ、石井君」


 声をかけられ、顔を伏せてしまったのは、満洲第七三一部隊の石井隊長だ。石井部隊は、発足当初は、伝染病対策として、浄化した水を部隊に供給する給水部隊として重宝されていたが、いつしか極秘裏に細菌兵器や毒ガス兵器の研究、そのための人体実験を行っていた。そして、当時の国際法に違反して、研究成果を確かめるために、各地の戦場で隠れて使っていたという。


「どうだね、理事長。君のもう一つのビジネスで、石井君のところの研究に使える、シナ人や満人のマルタを少し提供してやってくれんかね」


 「マルタ?モルモットか」甘粕は、グラスの酒を一気に飲み干し、フッと息をつくが、将校への言葉には無視で応える。それを見ていた別の将校が、


「まあ、まあ。ところで、満映には、李香蘭のようなシャンな女優がいっぱいいるじゃないか。ここへ呼んでもらえんかね。お酌でもしてほしいもんだ」


 それを聞いて、甘粕は激怒する。


「君たち軍人は、人を何だと思っているのだ。女優は、酌婦でもなければ、芸者でもない。立派な芸術家だ」


 そして、何を思ったか、甘粕は、料理がのったテーブルをひっくり返し、そこにビールを注ぎだす。狂ったように何本も何本も。呆気に取られている芸者とその場の要人たち。大杉はその様子をいたく面白がって見ていたが、近くにいた芸者の草履を拝借すると、ビールでたっぷり満たされたテーブルの裏にできた池にそれを浮かべる。そうするとさらに酔いに調子づいた甘粕がそのテーブルをまたひっくり返すのだ。あたり一面ビールだらけになって、甘粕は大いに笑う。それにつられて、周りの者たちも呆気にとられながらも、大声で笑い出す。


 賑やかすぎる酒宴の席。心配そうに窓外から様子を窺っているは、野枝、宗一と満映の映画人たち。やがて、甘粕が音頭をとって歌いだす童謡「ポッポポ、ハトポッポ、豆が欲しいか、そらやるぞ・・・」の合唱が聞こえてくる。

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