第4話

 大杉栄たち三人が上海に現れる。国際的商業の中心地である賑やかで派手な上海の街には、様々な国の様々な人種が集まりうごめいていた。その雑踏の中を日本の僧侶と思しきものたちが托鉢姿で立っているのが見えた。すると突然何処からか出てきたのか、中国人の男たち数十人の集団が彼らを襲った。


「や、やっちまったな」


 大杉はその様子を遠目から見ていた。すると、側にすり寄ってきたひとりの軍服を着たボーイッシュな女性が、 「これで、抗日運動を弾圧できるのよ。見てなさい、日本の軍隊が大手を振ってやってくるから」


「キ、キ、君が仕掛けたのか」


 その女は笑ってどこへともなくいなくなってしまった。


「ナ、ナ、なんとアナーキーな」


 驚愕の大杉を見て、伊藤野枝がクククと笑いながら、


「あなたがアナーキーというのはおかしいわね」


「モ、もちろん我々が唱えているアナキズムとは違うがね。もともと中国という広大で、かつ多くの民族が混在するこの国には、暴力だけを頼りに自分たちの主張を誇示し、生きてきたひとびとの歴史があったんだな。きっとここには、秩序を超えたアナーキーなるものが幅を利かすなにかがあったんだ」


「こんな広いところで生き抜いていくためだもの、ちょっと油断したら何が起こるか分からない。必死なのよ」


「タ、タ、確かに、そうかもしれない。オ、おそらくこの荒涼とした台地には、アナーキーな思想が似合っているのかもしれない。この国では、誰がどんなに強固な体制で民を支配しようが、民は必ずしもそれに素直に従ってはいられない。そこに住む一人一人にとって、自然との闘いの方が大変なのだ。そんな厳しい環境を生きていくためには、自分を、家族を守る、強い自分中心主義的精神が無くてはならないんだ。タ、たとえ体制に対し、その場は従順な姿勢を見せたとしても、根っこには、すべてを自由に都合よく解釈する心がある。時には強く主張し、時には自分たちを押さえつけるものを無視したり、立ち向かっていく。梁山泊なんかいい例ではないか。そして、その、け、結果が各地に馬賊たちを群雄割拠させたのだ。これがアナーキーでなくてどこがアナーキーと言えるのか。自由と自己愛に生き、勝手に喚き散らす、そんなアナーキーな本性が国民性となっているんだ」


「それが、貴方のアナキズムなの?」と、野枝が問う。


「いや、こんなものを理想と考えていたわけではないが。アナキストには、様々な考えを持った連中がいるってことだよ」と、大杉栄。

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