第8話 アドレッセンス 4
さて、と榊はおもむろに女のスーツを脱がし始めた。
手を後ろ手に縛ったまま、スーツを肩から袖にまくり上げる。
そして何の躊躇もなくブラウスのボタンに手をかけた。
「ちょ、ちょっと!」
さすがに女が抗議するが、頓着せず流れるようにブラウスをはだけさせた。
「身体検査だ。この会社の連中はどこに何を隠しているか分からんからな。もう一回言うが、疑わしい動きはするなよ。命術使いは触れるだけでやばいからな。かと言って検査しないわけにもいかない。うん、上着にはこれといって危ないものは入ってないな。携帯に、ハンカチに、ふっ、ソーイングセットなんか持ってるのか。おっと、危ないもん、見つけた。デリンジャーか。普通にこんなもの持ちあるいてんなよ、まったく」
「あんたに言われたくないわよっ」
ユウはぼさっと突っ立っている。榊を手伝う気にはなれなかった。
榊はブラウスもスーツと同様、袖までまくった。
下着におおわれた双つの盛り上がりがライトに照らし出される。
榊は容赦しなかった。背中に手を入れてブラジャーの連結部(ホック)を外した。
「あ、あんた、どこまでする気!」
「別にいいじゃねえか。俺たちの仲だろ? なんてな、はは」
調子が出てきたのか、榊の顔には再びいつものへらへらとした締まりのない笑みが生じていた。
なんとなく、そんな気がしていたが、どうも榊のおにいちゃんは世間で言うところの『S』、つまりサディストの気がある。
ブラが外されて、すとっと落ちた。下着で抑えつけられていたものが解放されて、弾けるように飛び出す。
ライトの光が放射状にCAを照らしている。
何も隠すものがなくなった白い胸が、露わになっていた。
ライトに照らされ、谷間に影が降りている。それがまたエロティックに感じる。スーツの上から見たときよりも大きく見えた。かなりのボリュームだ。
ユウは思春期になってから初めて、生で女性の胸を見た。
ライトに照らされ、白く輝くようだった。周囲の闇のなかに、ぼおっと真っ白な胸が浮かんで見える。幻想的ですらあった。
「なに見てるのよっ、このマセガキ!」
激昂して、女は耳まで赤くなっていた。
さっきまでの冷静さを失っている。身をよじると二つの膨らみが波打った。そのうち、肌にも赤みが差してきた。
女はユウが胸を凝視していることを怒っている。
だが、いけないとは思いつつも、女の胸から目が離れなかった。釘付けになっていた。
「ユウ、口、口が開いてるぞ」
榊がたしなめたが、女の体を眺めていることを咎めるふうには聞こえなかった。
ライトの光を受け、女の胸に何かがきらりと光った。
ユウはあっ、と声を上げそうになった。
乳房の先端、桃色に色づいた乳首に金属が嵌まっている。ピアスだった。
左胸の乳首にだけ、ピアッシングがなされている。
ごくり、と、喉が鳴ってしまい、またもや女に物凄い目つきで睨まれた。
しかし、よくよく見れば変わったピアスだった。
よくあるリング状のものではなく、装飾の施された小さなプレートに安全ピンのような針が付いている。紡錘状に飛び出た乳首に、そのピンが真横に刺さっている。
プレートの中央には刻印がなされており、中世の貴族の紋章を彷彿とさせた。
ユウが胸に見蕩れている間に、榊の身体検査はどんどん進行していった。
丈の短いスカートのファスナーを下ろし、足首までずり下げた。黒いストッキングもまたライトに照らされ、細かい線維がてらてらとした銀の反射光を返す。
同じ黒の闇のなかで、輪郭が溶けて見えなくなっている。
榊はそのストッキングまでめくり始めた。
ここでようやくユウも我に返った。
「おにいちゃん、どこまでやるの?」
「あ? 全部に決まってるだろ。こいつらは油断ならねえんだ。武器や連絡用の機械は全て没収しないといけない。ああ、でもこっからはお前に見えないとこでやるから安心しろ。あっちに連れて行って俺一人でやる。さすがにお前には刺激が強すぎるもんなあ」
こっから? あっちに?
何を言っているのだろうか。まさか、まさかとは思うが。
「あ、あの、おにいちゃん? パンツも脱がすつもりじゃない……よね」
榊はユウの質問を聞いて、心底幻滅した様子だった。
「油断すると、死ぬ。これ、ホントだぜ。いいか、嘘のような本当の話、教えてやるよ。人間はな、肛門からかなりの分量の物を入れることが出来るんだよ。柔らかいものなら相当量、固いものでも携帯くらいなら入る。しかも女はもう一個穴があるだろ? 女はソッチにも物が隠せるんだよ。ペン一本くらいは余裕だから、ペンシル型の爆弾や単発銃なんかが入っている可能性がある。身体検査するって言ったら、全身くまなく調べるんだよ。相手の気持ちをおもんばかったりしたら、馬鹿を見るぜ」
ぐっ、とCAは詰まった。
悔しさと、恥ずかしさと、怒りが綯い交ぜになっているようだった。
二の句が継げないでいるユウを尻目に、榊はCAの縛られた足首を持って暗がりへ引き摺っていった。狩りで獲った獲物と同じ扱いだった。
ライトの光が届く範囲から出てから、二人はしばらくの間、戻って来なかった。
検査にかこつけてそれ以上の傍若無人な振る舞いはしてないだろうかとユウは心配になる。
いくら尊敬する榊のおにいちゃんでも、それはちょっと受け入れられない。
遠い声が聞こえる。何を言っているのかまでは分からないが、女の強い口調と、男の囁くような口調が交互に流れてくる。
二人が去った闇に目を凝らしていると、闇が煙のようにたゆたい、渦巻いているような錯覚に陥ってきた。
そこにぼんやりと小さな人影が浮かび上がる。
人影は五、六才の女の子の姿をとり、こちらを手招きしている。両手を別々の方向へ向けて、指を差し、何か言っている。
目をしばたたかせると、女の子の影は消えた。
闇から再び榊が現れた。
CAの肘をつかんでいる。CAはきっちりと服を着せられていた。
両手は後ろ手で縛られたままだったが、足首の拘束は解かれていた。自分の足で立って歩き、榊に連行されている。
「待たせたな、面倒だから足は自由にしてやった」
CAは真っ赤な唇を歪め、横から榊を睨んでいる。
「ユウ、それでな、ここから少し行ったところに細い道がある。隠し通路ってやつだな。分岐点はもうとっくに通り越しちまって戻るのも面倒だ。その別れ道から入れば反対側の分岐路に合流できる。あらためてそこで二手に分かれようか。うん、そうしよう」
ユウは女の顔が、一瞬怪訝そうに片目を引きつらせるのを見た。
なんだろう。どうしてそんな顔を……。
「おにいちゃん、わざわざ二手に分かれなきゃいけないの?」
「入ったすぐのときに話したろ。仕掛け扉があるんだって」
「もしかして、だけど、その扉を通らなくても最深部へ行けるような、そんな隠し通路もあるんじゃないの」
大仰な仕掛け扉なんて、あるだけ邪魔だと思う。
その扉はもちろん異文明の遺産の一つだろう。なのに、さんざん盗掘にあったこの遺跡でそれがそのまま残っているのには理由があるはずだ。
簡単には外せないか、もしくはあっても探索者には意味がないか。そのどちらかではないだろうか。
女がユウのことを見ている。推し量るような目で。
「あると思うぜ、いや、多分ある」
だけどな、と榊は間髪入れず続ける。
「正規のルートじゃないから余計に危ない。さっき言った隠し通路だってそうだ。足場は悪いし、あちこち崩れてもろくなってるし、崩れて塞がっていることもあり得る。何より道順が分かりづらい。迷ったらお終いだ。俺一人なら問題ないが、おまえが一緒だとそうはいかない」
榊の言葉に、何となくユウの脳裏をよぎるものがあった。
こっち、こっち~。と、また幻聴がする。女の子の声。
なんだ、なんなんだ。
かぶりを振ると声は聞こえなくなった。
そんなユウを見て榊が首を傾げる。
「じゃあ、おにいちゃんが先に最深部へ行けば」
「そうだな、あの扉は向こう側、つまり最深部からは一人でも開けられるようになってる。最深部に先に着いて、おまえが来るのを待ってるのもいいかも知れん。けどな、どちらにしても二手に分かれることに変わりないんだ」
榊のおにいちゃんの言うとおりだった。
「第一、この付近から最深部までのダイレクトルートは残念ながら俺の持っているマップには載っていない。多分あるだろうってだけだ。結局、俺たちは二手に分かれて、仕掛け扉を通る以外にはないんだよ。それに計画をあんまりコロコロ変えるべきじゃない。まあ、あの扉の開く様子は面白いから、見ておいても損はないと思うぜ」
たしかにそれはちょっと興味があった。ユウは遺跡の遺物を、青い壁石と榊の持つ刀以外は知らない。
どんなものなんだろう。やはり生き物のような特徴を持っているのだろうか。
ユウはしかし、そんな扉など記憶にないことに疑問を感じていた。
以前迷い込んだときの自分は幼すぎて、この遺跡のことを明確に覚えているわけではない。
だがもしその仕掛け扉を見たのなら、少しくらい覚えていてもいいのではと思う。
そんな印象的なものを果たして忘れるだろうか。
あの子と自分が最深部まで行っていたかどうかは分からない。
普通に考えれば、途中までしか行けなかったはずだ。
しかし榊は当初から最深部まで行くことを予定していた。
それはすなわち、その場所にこそ手がかりがあることを意味しているのではないだろうか。
あの子の、手がかりが。
僕とあの子は、最深部まで辿り着いていた……?
いや、そうなると、また色々とおかしいことが出てくる。
昔、自分とあの子は本当にその扉を通っただろうか?
その前に二手に分かれたのか?
偶然迷い込んだ遺跡で?
当時、三才と五才の子供たちが?
扉の開け方までも知っていたと?
まさか、そんなわけないだろう。
ずっと女の視線が刺さっていたのには気付いていたが、ユウは気にならなかった。
榊がユウの肩をぽんっと叩いた。
「おまえはこのまま道なりに進め。大丈夫だ、迷う心配はない。俺は隠し通路のほうへ行く。そこで、だ」
榊はCAの首に片腕を回した。
蛇のように首に巻き付けて、整った顎先に指をかける。
CAの顎は簡単に持ち上がって、白い首が伸ばされた。顎の蝶番から鎖骨にかけて、腱が引っ張られる。
さらにもう一本、別の腱が胸骨の上端に着いている。その二本の腱で囲まれた三角形の中に、うっすらと青い血管が透けている。
ごくり、と喉がつばを飲むのが見えた。それに合わせて青い血管が膨む。
「そこでだ。ユウ、お前、こいつと一緒に行け」
「え」
「こいつも、お前とだったら仲良く一緒に行くだろ。ただし不用意に触れるなよ。特に手には気をつけろ」
榊がCAの顎にかけた手を軽く捻った。CAの顔が強引に横を向かされる形になる。
首がさらに伸ばされて、腱がより突っ張った。
ライトに照らされて、きれいな顎のラインと首筋が白く光っている。彼女は忌々しそうな表情で、なされるがままになっている。
「お、おにいちゃんが……その人を、連れてってよ」
「俺はいやだね」
「どうして」
「どうしても、だ。とにかく、ユウはこいつと行くんだ」
「ぼく、お、おにいちゃんと一緒がいい」
「バカ言え。じゃあ、この女に一人で行かせるってのか? 協力してくれるわけないだろ。甘えてないで、おねえちゃんと行け」
榊はCAの顎から手を離し、どんっと背中を乱暴に跳ね飛ばした。
たたらを踏み、CAはユウの体にぶつかる。ユウは思わず、彼女を抱き止めた。
「まあでも……万が一ってことも、あるかな。じゃあ、ユウ、これをお前に渡しとこう。もし何かされそうになったら使え」
榊は持っていた刀をユウに差し出した。
ユウはためらいがちに、その刀をCAの背中ごしに受け取った。
黒い、長い刀だ。さっきも借りたが、持つと意外や軽い。プラスティックかと思うほど軽い刀だった。
「あとで合流したら、返してくれればいい」
「ま、待って、そんなぼく……」
「だめだ。待たない」
「私だっていやだわ。こんなガキと。あんたが私を連れていけばいいじゃない」
榊は頭をがしがし掻いた。
首までかかる長髪が所々跳ねる。一回ため息を吐いた。
「うるせーなー。どいつもこいつも。もういい、俺は先に行く。お前ら、ちゃんとそのまんま道なりに行けよ。扉の向こう側で待ってるからな」
「ちょ、ちょっとおにいちゃん! そう言われても、一人でどう行けば……」
「ネットで検索しろよ。ここ、電波入るぜ」
「そ、そうなの?」
「この遺跡の八割は踏破されてマップがネットにあがってる。パスワードは今朝、メールで教えといたろ? それでも迷ってどうしようもなくなったら、その女に聞けばいい。刀で乳でもつついてやれ」
話しながらそのまま榊は闇の中へと消えていった。
あとにはユウとCAだけが残されてしまった。
しばし、暗闇のなか二人、無言のまま過ごした。
CAは自分からは話しかけないつもりのようだ。ユウは仕方なくスマホを手にしてマップを検索し始めた。
『遺跡攻略』というそのまんまの名前のサイトに入る。一見するとゲームの攻略サイトに思えてしまう。ここに来る直前に榊からもらったIDとパスワードを入力し、ログインする。
所在地から詳細検索すると、今自分たちがいる遺跡のマップが表示された。
三次元の画像を用いて描かれており、角度を自由に変えて見ることができる。
かつてあった仕掛けやその解き方、どこの部屋がどんな役割をなしていたかという推測、見つかったアイテム(遺物)とその機能、さらに未確認の雑多な情報までがマップの横に付け加えられている。
どこの誰が運営しているか不明だが、親切極まりない内容だ。
これから進む道筋を確認して画面を閉じようとすると、女が腰を折ってユウのスマホを覗き込んでいた。無表情に、冷たい目をしている。
ユウが見つめても、女は無視していた。
スマホの画面に映るマップに見入っているが、それはそういう振りをしているようにも見える。スマホから漏れる淡い光に当たって、女の瞳が照っている。画面の彩りが入って、赤や緑、青に染まっている。
ユウは女の顔をじっと見つめた。
ボブカットの黒い髪、長い睫毛、白い頬、赤い唇。
見慣れた顔が、こんな場所ではまるで違うものに見えた。
「もう行くよ……」
ユウは画面を閉じた。
途端に女の目からも光が消える。
恐くなってライトで彼女の顔を照らした。眩しいのか、彼女は目を逸らした。
スーツの袖をつかんで引っ張ると、彼女は素直に前へ歩き出した。両手は後ろ手に拘束されたままだ。
足だけ動かして進むのは意外と歩きにくそうだった。
ユウと女はどちらが前でも後ろでもなく、並んで歩いた。
歩いている間も、ずっと女は無言のままだった。
暗闇の中、古代の遺跡という環境で、無言を貫き通されるのは殊の外ストレスが溜まった。
彼女に対する恐怖はあったが、沈黙に耐えきれず、ユウは話しかけていた。
「ねえ……」
話しかけられても、女はユウのほうを見もしない。返事もない。嫌な表情すらしない。
榊に対する対応とは全く違っている。
「ねえって」
刀を持っているせいで、少し気が大きくなっていたのかも知れない。語気を強めて、もう一度呼びかけた。
普段では考えられないことだった。
「なによ」
それで彼女はようやく短い返事をしてくれた。見ればひどい仏頂面だ。
「CAって、何?」
「ふん、知らないの? キャビンアテンダントのことよ」
「OLじゃなかったの?」
ふぅ~っと、細い溜息を聞こえよがしに吐くのが聞こえてきた。
ユウはライトに手を半分だけ覆い、今度は真っ直ぐ当てないようにして女に光を当ててみた。
女の顔が、不機嫌そうな表情から、じきに皮肉めいたいやらしい笑顔に変わっていった。
いつの間にか、榊に殴られた顔の腫れは引いている。
「なにから話そうかしらねえ」
女は拘束された手を腰に当てて、ぐっと仰け反って一回伸びをした。
胸が持ち上がり、思わずユウはそこへ目が行ってしまう。ついさっきの光景が瞼に蘇る。
ぶんぶんっと頭を左右に揺すって打ち消そうと努めた。
女はボブカットの髪を頬で払うようにして、首を傾けた。
「CAはコードネームって言うか、ニックネームみたいなものよ。最初は飛行機で働いていたからね。本物のキャビンアテンダントってわけじゃないわよ」
「飛行機? そんなとこで働いてたなんて知らなかった」
「バイトよ、バイト。金持ちのプライベートジェットでコンパニオンしてたのよ。高校生のときにね。きわどい水着を着て、金持ちのおっさんたち相手にお酒注ぐだけで日給二十万。ボロかったわあ」
「それって、あからさまに怪しいバイトじゃん」
ユウが咎めるように言うと、彼女は鼻で笑って目を細めた。
「まあね。枕芸者みたいなこともさせられるかなあって、ちょっぴり期待してたけど、胸とか尻を触られるだけで別にそれ以上はなかったわ。それで安心していたら、ある日突然バイト仲間が消えたのよ」
「消えた?」
「そ、消えた。消えた、消されたっていうか、燃やされた」
燃やす。
似た言葉を榊から聞いた気がする。
「あれは、若い生気に満ちた女を集めるためのバイトだったのね。私も危うく命を燃料にされそうになったけど」
そうだ、燃料、命を火にくべる、そんなことを榊のおにいちゃんは喋っていた。
「それで、だ、大丈夫だったの?」
「ええ、私の体は特別性だから。一緒に働いていた女の子は十人くらいいたけど、みんな命を吸い出されて燃料にされたわ。同じことされて生き残ったのは私だけ。雇い主たちはそれでようやく私が普通じゃないって気付いたみたい。そのことがきっかけで働くことになったのよ。ジェット機のオーナーが経営する会社に」
会社……、榊はこの女を会社員と言っていた。
それに、たしか途中の会話で『利潤を追求する会社』がどうとか言っていなかっただろうか。
あれは、ひょっとしてこの会社を指していたのではないのか?
「どういう会社なの、それ」
「精密機械を製作している会社よ、表向きはね。並列して、この遺跡と同系列の古代文明を世界中で探してる。それらを研究してロストテクノロジーを復活させているの。そこで私は営業職という名の探索係になったってわけ」
榊のおにいちゃんも説明してくれたが、こことおんなじのが世界中にあるのだと聞き、その凄さ、不気味さに今さら恐くなる。
そして、それを利用しようとする企業が存在することにも。
命をエネルギーに変換する文明を利用して、一体何をしようと言うのか。想像するだにゾッとすることだった。
「ロストテクノロジーって……、どんなのがあるの」
「そんなことまで喋る必要はないわね。企業秘密だから」
冷たくあしらわれてしまう。ユウは質問の角度を変えてみた。
「命術、っていうのもそう?」
ぴくりと女の片眉が動いた。「あいつ、そんなことまで」と低い声で呟く。
ユウは女の態度が少し硬くなったのを感じた。これ以上、会社関連のことは聞かないほうが無難かも知れない。
二人が進む道は足元もおぼつかないほど暗かった。
ユウはライトがなければ一歩進むのも恐かった。
一方で女は足を進めることに何ら躊躇いがない。命術とやらが関係あるのだろうか。
榊と言い、この女と言い、いったいどうゆう目をしているのか。ライトの光などあってもなくても同じようだった。
ユウは興が乗ってきたこともあり、もう少し、彼女に質問してみたくなった。会社のこと以外なら答えてくれるかも知れない。
「おにいちゃんとは、どこで知り合ったの」
「前に言ったと思うけど。遺跡巡りよ」
「なんか、二人を見てるとそれ以前にも何かあったって感じがするんだけど。それ、僕の気のせいかな」
女が口の端を上げて気味悪く微笑む。
「ふうん。いい読みしてるわよ、あんた。でも、ま、きっかけはやっぱり遺跡巡り、それもここの遺跡ね」
「ここ? ほかの所じゃなくて、ここの遺跡が二人の出会いの場なの?」
「あはは、そうそう、そうなの。ここは、私とあいつの、思い出の場所よ」
その言い方には、明らかな含みがあった。良い思い出なんかではないのかも知れない。
「……ねえ、これからおにいちゃんとはどうなるの」
「どうって、何が」
「だって、仲間の人を二人も殺しちゃったじゃない」
「ああそうね。もちろん、なかったことにはできないわね。私は責任を取る必要がある。あいつは殺さないといけない」
「そんな……、あんなに仲よさそうだったのに」
「まあねえ。でも最初っから、遺跡の『中』で会ったら殺す予定だったし」
「最初から?」
「そう。最初から」
「なんで……」
言いかけて、ユウはやめた。
相手から一瞬、殺気が膨らみ、すぐにしぼんで消えた。
調子に乗って質問を続け過ぎたことを、ユウは後悔し始めた。
「うーん、そういうつもりでいたから、としか言えないわねえ」
「おにいちゃんを、殺さないで欲しいんだけど」
「何言ってるのよ、あいつだって私に対して殺気剥き出しだったじゃない。お互いさまだわ。あいつが私と一緒に行かなかったのはね、二人だけになるとどうしたって殺し合いになるからよ」
「どういうこと……? 二人は付き合ってるんでしょ?」
責めるような声で質問した。確認のような質問だった。
くっ、と白い喉が鳴った。
女が笑いを堪えたようだ。
「ええ、ええ、付き合ってるわよ、あははっ。でもそれとこれとは関係ないわ。あいつと私には事情ってものがあるの。あんたは口挟まなくていい」
命のやり取りをする事情とは何なのだろうかと思う。このカップルは普通じゃない。
「おにいちゃんのこと、大事じゃないの?」
「べっつに。まあ、そこそこの男だとは思うけどさ。あの程度の男は、掃いて捨てるほどいる。それにあいつだって私のことを大事にしてないわよ。だってさあ、これは私の勘だけど……」
女は言葉を切った。
眉を歪め、赤い唇を曲げている。怒気が表に出ていた。
「あいつ、多分、浮気してるわよ」
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