第4話 別れと出逢いと嘘

仕事を休職中、お世話になった店長から連絡があった。

「どうしたの?なんかあった?大丈夫?」


気を病むと、連絡が返せなくなるというけれど、本当に返せなくなるもんなのか、と薬を飲んでぼーっと考えていた。


毎日、薬を飲んで、ベッドで横になり、夜になると彼が帰ってくる。

ある日、酒を飲んで帰ってきた彼は、私を罵倒した。


「薬飲んで寝てるだけで、そんな病まれても気分が悪くなるだけ。

死ぬ気もないのに、死にたいとか言うな!

死にたいなら今すぐここから飛び降りてみろよ!」


マンションは9階だった。

飛べば確実に死ねるのに、飛べなかった。

いや、飛ぼうと思ったが彼に止められた。


泣き縋って、謝ってきたのだ。


世間で言うDV男というものなのか。

目の前で人が死ぬのは、心のない男でも、トラウマになるものなのか。


ご飯も食べられなくなっていた私は、このままだと死んでしまうと思った。死にたいと毎日思っていたのに、藁にもすがる思いで、店長に電話した。


「このままだと死んでしまいます。助けてください。渡井さんに殺されます。助けてください。」


話を全てし終わると、2人で彼を訴える算段を立てた。


まずは、本人を呼び出し、事実を確認、認めたところを録音し、次に弁護士に委託する。

貸した金を全て返してもらう計画が始まった。




当日、営業終わりの店長の店に呼び出し、話し合いをしたが、彼は一向に事実を認めなかった。


-借りた覚えはない。貰ったものだと思っていた。


-暴力なんて振っていない。酒を飲んでいたので、記憶はない。


確かに証拠なんかなかった。

私は、払ってあげていた彼の家の光熱費の領収書を握りしめていた。


「鬱病って、そういう妄想もするんですね」


悔しくてたまらなかった。

彼は人間ではなかった。嘘つきの私が、愛していたのは、嘘つきの化け物だった。



弁護士は証拠がないと動けないというので、行政書士の方に何度か書類を送ってもらったが、彼から返答はなかった。



彼は次の標的を求めて、会社を退職した。




私は、数週間休み、化け物が居なくなった職場に復帰した。

働くしかない、返済しなければ、母に連絡がいってしまうかもしれないと思ったからだ。


その年の夏、弱いままの自分が嫌で、強くなりたいと思い、桜のタトゥーを右肩に入れた。

なんで桜なの?

「桜が好きだから」

よく聞かれるから、よくそう答えた。


嘘。

私は自分の名前が嫌いだった。

嫌いな花を入れて、嘘が一生消えないよう身体に刻んだ。嘘が私から逃げないように。



病院に通い、薬に頼りながら、毎日遅くまで仕事をした。

復帰してから半年、気づけば私は店長になっていた。朝から晩まで金のことだけを考えて、仕事をしてきて、会社から認められたのだ。



仲の良いアルバイトの子と、ご飯に行っていたある日、

「春桜さん、そろそろ出会いほしくないですかあ?」

「うーん、そうだね、彼氏は欲しいけど。まだいいかなあ」

「一緒にマッチングアプリ、やりません?」


周りの友達もみんなマッチングアプリをやっていたし、抵抗はなかったが、病気や借金のことが頭をよぎり、中々踏み出せないでいたところだった。



ご飯を食べながら、一緒にマッチングアプリを始め、こういう男がいい、こういうのはダメなんて話ながら、2人で語り合った。



マッチングアプリというのは、どうやら男性側はお金がかかるらしく、真剣に恋人を求めている人が多い印象だった。


1日経つと、アプリのいいね欄は+99件と表示されていた。

若い女性が始めるとだいたいそうなるらしい。


私は、こんな私に彼氏ができるはずがないと、面白半分で、アルバイトの子との話のネタにでもなればと思いながら、メッセージを返していた。



それから、数人とメッセージが続くようになり、3人と会うことになった。


1人目は、28歳、黒髪、犬顔、高身長イケメン。

好みではなかったが、相手がまずは会って話がしたいというので、会うことにした。


第一印象は、そこらへんにいそうなモテ男。

車で迎えに来てくれ、2人で海を見に行った。

趣味や、仕事の話をして、映画が共通の趣味だったこともあり、映画を見に行くことになった。

着いたのはラブホテルだった。

よくいるヤリモク男だった。

イケメンだったので記念に寝たが、その後返信は返ってこなかった。



2人目は、一つ年下の24歳、年上好きな私からしたら惹かれるポイントはなかったが、何度かメッセージを交わし、会うことになった。

仕事終わりだったので、ドライブしてラーメンを食べるだけだったが、1人目に比べると好印象だったので、また会う約束をした。

だが、2度目のドライブで、ネックレスをプレゼントされ、猛アプローチにドン引きしてしまった。連絡はもう返さなかった。



3人目は、一つ年上の26歳。話をするのが好きらしく、メッセージを交わしてすぐに電話をすることになった。

今までの彼らとは違い、とても話しやすく、共通点も多かった。毎週末電話をして、気づけば5時間以上電話をすることが増えた。

こんなに話が弾むなら、会って話そうということになり、居酒屋に行くことにした。


彼の最寄り駅の近くで呑んでいたので、終電で帰らなければならなかったが、終電に気づかないフリをした。

酒に酔った私は、彼の家に泊めてもらうことにした。


「ねえ、一緒に寝よう」


と誘ったが、彼は


「ダメだよ、おれソファで寝るね」


と言った。


寂しくて仕方がなかったその頃の私は、また嘘をついた。


「なんか物音がした!1人じゃ寝られない!」

「じゃあ横で子守唄うたってあげる」


と言って、ベッドの中に入ってきてくれた。

襲われ待ちだったのだが、彼は私よりも先に、いびきをかいて大の字で寝ていた。



今まで、一緒にベッドにいるのに襲ってこなかった人はいなかったので、刺激的だった。素敵だと思った。


この人は絶対に私を幸せにしてくれる。

この人にだけは、過去を知られなくない。

嘘をつき続けなければならないと思った。



一生、バレない嘘をつこうと決めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る