第3話:三騎士と最後の言葉(後半)
「トリスタン卿よ。おお、なんとお労しいお姿になられて・・・・・・」
大樹が枯れたような声で、王が嘆きの言葉を発する。そばの少年は、そんな王の姿を心配の表情で見つめながら、その大きな手を握りしめていた。
少し経ってから12の一族が王と少年の下に辿りつく。
12の一族・スペードマークの男が、しばらくその様子を見守った後、「さあ、こちらへ」と王と少年を一列目の席へと案内する。
残ったダイヤマークの男と仮面の人物は、トリスタン卿の棺の中を覗き込んだ。
「なるほど。話には聞いていましたが、たしかにトリスタン卿の数字の刻まれたその手に、剣で突き刺されたような跡があるようですね」
ダイヤマークの男が声を発する。その声は静まり返った聖堂の中に広く響き渡った。
手の甲に剣で突き刺されたような跡。
それについては、俺も気が付いていた。それはまるで怨念のこもったような刺し方だった。だが、俺の知る限りトリスタン卿に恨みを持つような人物は思い当たらない。
ふと、仮面の人物がその口を開く。ここで俺はようやく仮面の人物が男であることを認識することができた。
「僕はこれを見て確信したよ。おそらくこれは絵札の一族に恨みを持つ者の仕業だ。そして絵札の一族への叛逆でもある。僕は司法の番人として犯人を見つけ出し、必ずや断頭台へと首をかけ、民衆への見せしめにしてみせる。僕ら絵札の一族に逆らうとどうなるか犯人に分からせてやる――」
「やれやれ。ハートの代行として就いているだけだというのに、一丁前に司法の番人気取りですか。これはまことに面白い」
ダイヤの男が、嘲笑いながら遮る。
「貴様。僕を愚弄するつもりか?」
「事実を言っただけですよ。そもそも司法の役割も、私の助言なしではまともにこなすことができないというのに。そんな愚弟が犯人を捕まえて断頭台にかけると言うのだから、笑わずにはいられないでしょう」
「それは貴様が勝手に口を挟んでくるだけだろう。それに僕を愚弟と呼んだな。少し僕より早く生まれたからって調子に乗るなよ。たかだか双子の兄の存在で」
「妹にさえ劣る愚弟が、私と肩を並べているつもりでいることが驚きです。同じなのは生まれた日と顔だけだというのに」
「まったく貴様と同じ顔という事実には反吐がでる。そういえば貴様は以前トリスタン卿とは馬が合わないと言っていたな。もしかしてトリスタン卿を殺したのは貴様じゃないだろうな」
「まさかまさか、何を戯言を。その短絡的な思考こそが、愚弟が犯人を捕まえられないという何よりの根拠。まったく、政治の知識も経済の知識も、法学の知識でさえないのに、ただ12の一族の後継者というだけで――」
「貴様・・・・・・!」
「お前たち、兄弟喧嘩なら外でやれ。ここは亡きトリスタン卿を天国へと送り出す場所だ。場を弁えろ」
仮面の男がその胸倉を掴もうとした時、スペードの男が二人を制した。
12の一族の中でも序列があるのだろうか。先ほどまでいがみ合っていた二人はスペードの男が制した途端、まるで先ほどまでのことがなかったかのようにトリスタン卿の棺の前から離れ、それぞれの席についた。
スペードの男は王と少年を席に座らせた後、トリスタン卿の娘であるルアールとその婚約者マルク卿に深々と頭を下げて謝罪する。それから彼もまた着席をした。
王の一族と12の一族が席に着いたのを確認すると、大司教はほっと胸を撫でおろしてから、ミサ・言葉の典礼を始めた。
ここでようやく聖歌隊による鎮魂歌も再開をした。
言葉の典礼と呼ばれる聖書の朗読が終わると、ミサ・感謝の典礼に入る。
トリスタン卿の遺族であるルアールからワインとパンが捧げられ、神父達を介して参列者へと配布される。
さすがは11の貴族といったところで、ワインもパンも異国から輸入された高級品だった。
まあこれは儀式であるわけだから味わうものではないのだけれど。そう思いながら、俺はゆっくりとそれらを口に含んだ。
各々がパンとワインを口にした後、神父達によって一凛の白百合が参列者達に手渡される。
残るは送別式か。
「アルバート、私たちも行きましょう」
アリサに促され、俺は席を立ちあがる。
これがトリスタン卿との最後の別れか。
俺は屋敷での楽しかった日々に思いを馳せながらアリサに続く。トリスタン卿に拾われてから18年もの間、俺はずっとあの屋敷で育ってきた。ルアールとの仲も良好で、よく
トリスタン卿は時に厳しい時もあったが、いつも優しく朗らかとした笑みを浮かべていた。それは自身の娘に向けるものと変わらなかった。
それにしても、トリスタン卿は何故俺をこんなにも良くしてくれたのだろうか。俺はふと、一つの疑念を抱く。
たしかにトリスタン卿が貧民への慈善活動に勤しんでいたというのもある。だが、それでも自身の屋敷に子供を引き取ったのは俺くらいのものだ。
まあ今さら何を考えても仕方がないか。俺がトリスタン家と関わるのも今日限りで終わりなのだから。
そんなことを考えながら順番を待ち、そしてようやくトリスタン卿の棺の前に到着する。
棺の中は、トリスタン卿を包み込むように白百合の花が献花されていた。トリスタン卿は非業の死を遂げたというのに、いつものような優しい笑みを浮かべながら眠りについていた。
それを見た瞬間、俺の気持ちが溢れ出る。
「トリスタン卿、俺は何も守れませんでした。トリスタン卿も、幸せだった日々も。俺は誓いを守れなかった・・・・・・」
気が付くと涙が頬を伝っていた。拭っても拭っても涙は止まらない。
俺はなんとか棺に白百合を添えると、絞り出すような声でトリスタン卿に別れを告げた。
「さよなら、トリスタン卿」
席に戻った俺は、ぼんやりと前を見つめていた。
皆の献花が終わりに差し掛かった頃、ルアールがそばの大司教に話しかける。
「大司教様。もし可能であればこの手記も一緒に棺の中に入れては頂けないでしょうか」
「ええ、構いませんが。これは?」
「お父様がいつも肌身離さずもっていたものなのです。あいにくこの手記には鍵がかかっており中を見ることはできませんが、お父様がとても大切にしていたものです」
その鍵のかかった手記には俺も見覚えがあった。手記は数百年前に作られたものなのか、いくつかの箇所に痛みがあったが、それでも代々大切にされてきたものなのか、綺麗に手入れがされていた。
中は俺も見たことがなかったが、その手記を読んだり、何かを書き込んだりしているトリスタン卿の姿はどこか寂しげな表情だったのを覚えている。
「お父様――」
大司教の許可を受けたルアールはそれを棺の中に入れると、まるで崩れ落ちたようにその場にしゃがみ込み、泣き声を上げた。
マルク卿がルアールのもとまで駆け寄り、彼女の背中をさすりながらゆっくりと棺から離れる。しばらくの間、ルアールの泣き声が聖堂の中に響き渡っていた。
送別式も終わり、トリスタン卿の棺が閉じられる。
本来であれば遺族であるルアールから最後の挨拶があるはずなのだが、彼女はまだ喋れるような状態ではなく、代わりにマルク卿が参列者に対して感謝の言葉を述べた。
「ではこれより出棺し、絵札の一族の方々と共に埋葬へと向かいます。皆さん亡きトリスタンを送り出すため、神、そしてトリスタン卿への祈りを」
大司教の声に呼応するように、棺が聖職者達によって担ぎ上られる。
ルアール、マルク卿、そして王族や12の一族が棺の後に続く。代々絵札の一族の埋葬を我々庶民達は見届けることができない。だからトリスタン卿に関わりがある俺たちでもその埋葬に立ち会えないのだ。
ルアールが俺の横を通った際、ふと目と目が合う。
この時、ルアールが俺に対して何かを言ったのに気付く。はっきりとは聞き取れなかったが、その口の動きを見るに、何を言われたかは明らかだった。
「ルアール! それは言ってはいけない言葉だ!」
隣にいたマルク卿が声をあげる。
ルアールは涙混じりの声で「ごめんなさい」と言い残し、退場の扉の向こうへと姿を消した。
――なぜお父様ではなく、あなたが生きているのかしら。
その言葉は俺の心に深く突き刺さった。
次回:事件当日と探偵との邂
されど少女は死者の墓を暴く @togakusiky725
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