第2話:三騎士と最後の言葉(前編)

「アルバート、あなたは本日限りでクビです」


 曇天の空の下、黒い衣服に身を包んだ少女は、握りしめた拳を震わせながらそう宣告した。

 俺は返す言葉も思いつかず、俯く。視界の先に映ったのは、少女の手の甲に刻まれた『11』という数字。それは先日殺害されたトリスタン卿の手の甲に刻まれていた数字と同じだ。

 しばしの沈黙が流れた。

 その沈黙を破ったのは一人の青年の声だった。


「愛しのマイ・レディ。そろそろ時間だよ。さあ、お義父様を天国へ送り出しに行こう」


 優しい声が少女に対してかけられる。少女は溢れる涙を抑えるためだろうか、一呼吸を置いてから「ええ、行きましょう」と返事をした。

 手と手が重なり合う音が聞こえた。


「アルバート君も行こう。すまない、彼女ルアールを許してやってくれないか。お義父様を殺した犯人が見つかれば、きっと彼女は君を許すだろう。今の彼女は怒りの矛先を誰に向ければいいか分かってないだけなんだ」


 俺はその優しい声につられるように、ゆっくりと視線を前に戻す。そこには少女ルアールとその婚約者マルク卿の姿があった。

 声もそうだが、マルクの顔立ちは相変わらず優しさで満ち溢れていた。

 ルアールとマルク卿が手を取り合いながら大聖堂のほうへと歩いていく。

 マルク卿は普段、白色の手袋をつけているが、今彼女と繋ぐその手に、その手袋はない。誰もが羨ましがる理想のカップル。彼らの後ろ姿を見たものはきっとそう言うに違いない。

 王都を象徴する時計台の鐘の音が響き渡った。その重厚な鐘の音を聞いた者たちが次々に大聖堂へと向かっていく。

 守りたかった者を守れなかった俺はその唇を噛みしめながら、人々の流れの中に入っていった。



 およそ1000年前に建てられたと言われる大聖堂。かつてこの国を建国した三騎士の国葬がここで行われて以来、歴代の名だたる大貴族達はここで葬儀を行う。

 中に入ると、聖歌隊がトリスタン卿に捧げる鎮魂歌を唄っていた。

 すでに多くの人々が席に座っており、トリスタン卿への感謝の言葉を述べていた。


「流石はトリスタン卿の葬儀だ。前方に座るのは貴族ばかりじゃないか」


 俺の後ろに続いてやってきた男がぽつりと呟き、近くにあった後方の席に座った。

 それはあるラインを境に完全に身分を区切っている光景だった。前方には貴族階級が座り、後方では俺のような一般庶民達が座っている。

 ルアールとマルク卿の姿も前方2列目の方にあり、それはもちろん亡きトリスタン卿の身内であるからというのもあるが、やはり彼らもまた貴族であり、その高貴さ漂う雰囲気は完全に他の貴族達の中に溶け込んでいる。

 俺は屋敷で一緒に働いていた者たちの姿を後方で見つけると、そこに並び席についた。


「遅かったわね。アルバート」


 そう声をかけたのはアリサだった。アリサはトリスタン卿の屋敷に住み込みで働いているメイドの一人で、屋敷ではよく会話をする仲だった。


「少しね」

「ルアール様と何かあったのね。あなたが気に病むことはないわ。悪いのは旦那様を殺した犯人よ」

「だが、俺はトリスタン様の護衛として雇われていたわけであって」

「あなたはただの護衛よ。たしかに旦那様を守ることができなかったのは事実。でもあなたが殺したわけではない。亡くなった旦那様があなたを恨むことなんて決してないわ」

「ああ、そうだな・・・・・・」

「そうよ。それに旦那様はお優しい方でしたもの・・・・・・」


 アリサが涙を拭いながら俺を励ます。

 そこでアリサとの会話は途切れたが、きっと彼女は今トリスタン卿との思い出に浸っているのだろう。手を合わせ天に向かって祈っている。俺も彼女に習い、心の中で今は亡きトリスタン卿に謝罪の言葉を告げた。

 ほぼ全員の人が大聖堂の中に集まったかと思われた頃、今回の葬儀を取り仕切る大司教が祭壇についた。

 入場門の扉が閉められ、周りの人々がついに始まるのかと姿勢を正す。だが、しばらく経っても鎮魂歌が次の曲に切り替わらない。

 どうなっているんだ。

 俺がそう疑念に感じていると、真後ろで神父達が慌ただし気に会話をしているのが聞こえた。


「まだはいらっしゃらないのですか」

「じきに到着するとの連絡は入っていますが・・・・・・・」

「さきに始めてしまうというのは」

「いやそれだと、もし葬儀の途中にいらっしゃった場合……」


 どうやら、あの方々と呼ばれている者たちがまだ聖堂に到着していないらしい。

 あの慌てようからして大貴族あるいはそれ以上か。

 俺は恐る恐る貴族達が座る前方を覗き込む。答えはすぐに分かった。

 ルアールとマルク卿が座る二列目のその一個前、一番前の席にはまだ誰一人としてその姿がない。

 なるほど。確かに彼らが到着しないことには、始めたくても始められないだろう。

 そんなことを考えていると、一人の神父が「おいでなさった」という声と発し、それと共に先ほど閉じられた入場門の扉が再び開かれる。

 その瞬間、聖堂の中の雰囲気が一変した。


 一人の老人がカツカツと杖を床につきながらゆっくりと聖堂の中へと入ってくる。だが彼を見て、ただの老人だと思うものはこの中に誰一人としていない。何故なら老人の頭上には黄金に輝くその王冠があるからだ。

 間違いない。この老人こそがこの国の王で、かつてこの国を建国した三騎士のうち一人の末裔だ。

 そして王の後に続くように、その後四人の者達がその姿を現す。

 まず目に飛び込んできたのは、王の真後ろで歩く一人の幼き少年だった。だが、その頭上にもまた黄金に輝く王冠があり、その王冠こそ少年が次期の国王になる人物であるということを周囲に知らしめる。

 聖堂の中にいる人々の多さに驚いたのだろう。少年は老人の背中に隠れるように前へと進む。

 続いて颯爽とやって来たのが、少年と一定の間隔を取りながら歩みを進める二人の青年と仮面を被った一人の人物である。

 彼らの頭上には王冠こそはないが、彼らについても、誰だか分からない者などこの中に決していない。王に次ぐ高名な大貴族。彼らもまた三騎士のうち一人の末裔だ。

 二人の青年の目元にはそれぞれスペード(♠)とダイヤ(◆)のマークがある。どちらもブロンドの美しい髪色だが、その様相はまったく異なる。目元にスペードのマークがある青年は荘厳な顔つきであるのに対し、ダイヤのマークの青年はキツネ目の笑みを浮かべており、その表情からは笑っているのか怒っているのか判別すらすることができない。

 だが、彼らから放たれる圧倒的な威圧感こそ二人が紛れもない兄弟であることを示していた。

 となればあの仮面をつけた人物も三騎士の末裔で、『12』の一族のうちの誰かなのか。

 俺はファラオの黄金マスクを連想させる不気味な仮面をつけた人物に視線を移す。

 仮面に隠れていて分からないが、おそらくあの仮面の下にもまたハート(♥)かクラブ(♣)のマークがあるのだろう。


「他人の葬儀にまで仮面をつけてやってくるなんて12の一族は本当に非常識ね。それに確か12の一族の後継はもう一人いたはずだけど。あとの一人はすっぽかしってことかしら」


 アリサが俺に聞こえる程度の声で言う。俺は「ああ、そうだな」とだけ小さい声で返す。彼女の言い分はもっともだが、それを咎めることができるのは、『13』と『12』の一族以外にはいない。

 俺はここでようやく気付く。彼らがやってきてから今現在に至るまで、先ほどまでトリスタン卿に捧げられていた鎮魂歌が止められていたということに。



 世界地図の北西に位置するこの島国は、かつて大陸をまたぐ巨大な帝国の支配を受けていた。そこにアーサー、ランスロット、トリスタンの三人の騎士達が1000年前、この島を帝国の支配から解放せんと立ち上がった。

 アーサーとランスロットはそれぞれ13と12の町を解放し、トリスタンは10の町の解放と1の功績を得た。やがて彼ら三人の騎士たちは円卓会議にて王国の建国を誓う。国の建国にあたって、アーサーは力の象徴として国の王として君臨し、ランスロットは王の政治を補佐する立場についた。そしてトリスタンは護民官として、民の保護と民を導く担い手となった。後に彼らは三騎士として人々から慕われる存在として名を残し、その後継者達もまた祖先の役割を引き継いだ。

 後継者達は代々、その偉大なる祖先を誇示するかのようにその手の甲にはそれぞれの数字を刻み込む。アーサーの後継者は『13』、ランスロットの後継者は『12』、トリスタンの後継者は『11』を。

 後継者達は『〇〇の一族』と呼ばれ、以来『13』を頂点とした絶対的な階級社会がこの国に定着した。

 この『13』、『12』、『11』については『絵札の一族』とも言われ、この国に限って言えば、絵札の一族の権力は神でさえ凌駕してしまう。




※少し長くなりそうだったので前編と後編で分けました。

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