されど少女は死者の墓を暴く

@togakusiky725

ジャック<11>殺人事件

第1話:歴史と少女

 12号室の扉を開くと、そこには無数とも思える本に囲まれた少女が床の上に座っていた。

 まるで人形みたいだ。

 俺は呼吸をするのも忘れ、この独特な風景の中にいる少女につい魅いってしまった。まるで月光を思わせるブロンドの長い髪は、さらさらと少女の腰の辺りまで流れている。肌は透き通るように白く、雪で化粧をしたみたいだ。そして何よりも目を惹くのは、その瞳だ。少女はその大海と同じ紺碧の瞳で、手元の本に視線を落としていた。


「何を突っ立っているのだね。私は観葉植物を購入した覚えはないのだけれども」

 

 少女は一瞥すると、またすぐに本の世界に戻った。

 我に返った俺は、少女のほうに進んでいく。

 王国年代記? こっちはクイテトスの前時代史だ。

 散らばる本に躓かないよう、視線を落としていると、それらの本のタイトルが視界に飛び込んでくる。

 もしかしてここにある本はすべて歴史書なのか。

 何とか躓かず、本の倒壊を起こさなかった俺はようやく少女のところに辿りつく。


「あんたがクロムウェルか?」

「いかにも。君は……、すまない。もう一度名前を伺えるかい?」

「アルバート・クラウン。あんたの依頼主だ」


 少女クロムウェルは、しおりを挟んでから本を閉じると、その紺碧の瞳で俺を見上げた。


「えーっと、ア……、アル。へい、ミスター」

「アルバートだ」

「すまない。歴史上の人物以外の名前を覚えるのは苦手なんだ。まあ、この事件を解決するまでの短い付き合いだ。呼び名なんてどうでもいいだろう、ミスター」


 金を貰う立場の人間が、それはどうかと思うが。まあ、犯人を見つけてくれさえすれば何でもいいか。

 それにしてもこの娘は見つけられるのか? 犯人を。

 俺が一抹の不安を抱えているのを気にする様子もなく、クロムウェルはワンピースの裾をはらいながら床から立ち上がると、背後の窓辺に移動し、そこにあった木製の椅子に座った。

 クロムウェルはそよ風にブロンドの髪をなびかせながら言った。


「王国建国に携わったと言われる三人の騎士。そしてその末裔の一人であるトリスタン卿。君の依頼はそのトリスタン卿を殺した犯人を見つけて欲しいとのことだったね」

「ああ、そうだ。トリスタン卿を殺し、そして俺をこんな目に合わせた憎き犯人を見つけてくれ」


 俺は拳を固く握りしめ、言った。

 自身の不甲斐なさが招いたトリスタン卿の殺害。その雪辱を晴らしたい。その気持ちだけを胸に、俺はここに立っていた。

 クロムウェルはふむふむと、顎に手をやり考え始める。その間、トリスタン卿の娘に言われた最後の言葉が俺の脳裏に浮かぶ。何度もその言葉を振り払おうとするが、やはりそれは木霊する。

 しばらくして、クロムウェルがようやく口を開いた。


「犯人の動機はおそらく検討がつく」

「本当か!?」


 俺は救いの手を求めるように、鼻息を荒くし、その後のクロムウェルの言葉を待つ。


「まあ、犯人が誰なのかまでは分からないがね」

「そこが大事なんだ」

「まあまあ落ちつきたまえ、ミスター。深呼吸だ深呼吸。焦っていては、見えるものも見えなくなってしまうよ。いいかい、犯人が誰なのかまでは分からない。けれど私は犯人の動機が分かると言った」


 俺は深呼吸を4回くらいした。落ち着いた感じはまったくしないが、それを見たクロムウェルはふふ、っと微笑むと言葉を続けた。


「トリスタン卿を殺した犯人は、おそらくこの世にいないはずの人間だ。だから犯人が分からない」

「どういうことだ?」

「ひとつ授業をしようか。歴史は誰が書く?」

「なんで急に歴史の話なんだ」

「いいから、答えてみたまえミスター」

「そりゃ歴史を書くのは歴史家だろ」

「ミスター、もっと大きな視点で見るんだ」


 大きな視点? 犯人と歴史に何の関係があるんだと言うんだ。

 俺は先ほどのやり取りも相まり、このクロムウェルに対しての不信感が頂点に達する。

 やはりこんな奴に頼もうとした俺が馬鹿だった。多分こいつは遊びたいだけだ。

 俺はクロムウェルへの依頼を取り消す決意をする。そして俺が声を発しようとした瞬間、クロムウェルはまるで図ったかのようなタイミングで、ニヤリと笑みを浮かべながら言う。


「歴史とは勝者が記した記録だ。もちろん歴史書は過去を知るという観点でとても有意義だ。だが、そこに敗者の声はない。だから時に人々は敗者の声を聴き逃してしまうのだよ」

「お前さっきから何が言い――」

「トリスタン卿は心優しき人物だ。貴族であるにも関わらず、貧民への慈善活動に勤しみ、かと言って他の貴族との関係にも余念がない。また夫人をなくしてからは、一人で娘の面倒を見て、その娘との関係も良好。彼を一通り調べたけれど、まったくと言って良いほど彼に関する黒い噂はなかったよ。こんな聖人がいるんだと驚いたくらいさ。けれどもそれは彼自身に関する話だ」


 クロムウェルは言葉を続ける。


「実はとある人物が残した手記に、王国の建国には四人の騎士が携わっていたとの記載がある。しかし正史と言われる王国年代記の記述は建国の騎士は三人。手記をただの創作物と見ればそれまでだが、その手記がもし敗者の残した記録であると考えるのであれば、おそらくその手記を書いたのはいないはずの四人目の騎士であろうか」

「もしかしてトリスタン卿を殺した犯人とその四人目の騎士に何か関係があるっていうのか」


 思わず口に出た言葉に、少女が「そう」と言う返事を返す。


「その手記を書いたのはイゾルデ。まあおよそ800年前の人物だがね。そしてそのイゾルデはトリスタン卿の祖先に恨みを持っていたと手記に記載している」

「なんであんたがその手記を知っているんだ? あんた何者だ?」

「私はただの歴史家だよ。ただ、歴史書を買うのにはお金がかかるからね。だから副業で探偵業もしているというわけさ」


 俺はまだクロムウェルに対しての疑念は拭いきれない。だが、藁にでもすがりたい気持ちが、さきほど言いかけた言葉を飲み込ませる。

 探偵は他にもいる。クロムウェルがダメでも次の探偵を見つければいい。


「イゾルデの子孫を探せ。まずは登場人物を整理しよう。トリスタン卿の屋敷には誰がいたのかね。あ、歴史上の人物以外の名前は覚えられないから一般名詞で言ってくれたまえ」


 こうして俺はこのクロムウェルという歴史家兼探偵に出会った。そしてこの出会いこそが俺の今後の運命を大きく変えることになる。

  

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