第6話闇

「お母さん...?」


...。


「お父さん...?」


...。


虚ろな目で見下ろしてくる。


でも、何も言ってくれなかった。


「ねえ、ねえ。

どうして...?」


「...。」


「ねえ、ね...皆?」


吊り下げられたロープ。


まだ小さい姉だけ、


ヒクヒクと動いていた。


「い...た...。」


「お姉ちゃん!」


「み、つる...。たすけ...。」


首からはまだ血が流れている。


なぜ、こんなことを。


直後、衝撃がした。


「あ...。」


青い顔の父と母が、落ちてきた。


「...。」


ね、こ...。


「...。」


まだ、生きて...。






「まだ猫ちゃん生きてるよ?

お母さん、どうにか助けてあげられないかな...?」


「可哀想だけど、助けてあげられないわ。

きっと車に轢かれてしまったんでしょうね。」


「でも...。」


道端に駆け寄る。


「触ってはだめ。

病気を持っているかもしれないわ。

役所の人に言って、退けてもらわないと。」


「退けるって...。

そんな、この子苦しんでるのに。」


「仕方がないのよ。

まだみっくんには悲しくてたまらないことでしょうけど。

どんなものでも、いずれ壊れたり、死んだりしてしまうのよ。

生きるってことは、それを受け入れなくてはいけないことなの。」


「受け入れる...?」


「そうよ。

お母さん、大人の人呼んでくるから、それまで、ここで大人しく待っててね。

車の通るところにはみ出しちゃだめよ。」


「うん。」


「...苦しいよね。

辛いよね。」


まだ、お腹の辺りが動いてる。


...。


お腹の辺り、


「大きい...?

赤ちゃん、いるの?」


だから、必死に生きて...。


「あ...あぁ...。」


このまま、


このまま...。


この子にとって、全てが終わってしまう。


この子の赤ちゃんも...。



その、現実は、


まだ幼子には、残酷すぎたのかもしれない。


自分には、何もできない。


受け入れなければならない、運命。


そんなもの、


まだ幼い自分には


到底、胸の底にしまっておけるものではなかった。


「...たすけ、なきゃ。」


思わず、その身体に触ってしまった。


ビクン、


と、そのお腹辺りが跳ねる。


「生きてる...まだ、生きてるんだから。」




あとは、無我夢中だった。




「みつる?

猫は?」


「...。」


「ここにいたでしょ。

どこに行ったか見ていない?」


「持ってっちゃった。」


「誰が?」


...。


「ああ...きっと、狸か何かが猫の遺体を持っていってしまったんでしょうね。

ぼく。怪我はなかったかい?」


「...。」


「え、こら、みつる!?

待ちなさい!!」







「...みつる?」


「...私は、なんでこんなところに倒れて。」


「お父さん、お母さん。

...大丈夫?」


2人が頷くと、姉も起き上がった。


「...夢?」


ぼぅっと、そう、呟いた。


皆で、全く同じような顔をしている。


「ああ、みつる...。」


「そうだ。

やっぱり、夢じゃない。」


「...。」



「確かに、俺たちは、みつるをのこして...。」


「いいえ。

なんだか、もう一度、やり直せる気がするの。」


「...。」


「みつる。

すまなかった。

父さんたちは、みつるを1人にしようとしていたんだ。」


「ええ。

ごめんなさい。

ゆかりも、ごめんね。」


...。


「...みつる?」


「なあんだ。

皆、疲れてお昼寝してたんだね。」


「...。」


「僕、これからまた友達と遊ぶ約束してるんだ。もう行かなきゃ。」


「え、ええ。

気をつけてね。」


「日が暮れるまでには、帰ってくるんだぞ。」


それは、


無理、かもしれないけど。


...。


....。


...........。






「...夢。」


手術が終わって、そのまま寝てしまっていたようだ。


枕元にあるスマホを開き、時刻と日付を確認すると、日にちを丸1日またいでしまっていることが分かった。


また無断欠勤か...。


明日は面倒だな。


でも、まだ1日ならマシか。


身体がまだだるい。


これでも朝にならず、真っ暗だ。


...電気、つけなきゃ。


腹減ったな。


そこに、通知が来た。


「...。」


最近担当した真壁さんからメッセージが送られてきている。


それも、昨日から何件か、自分の容体を気遣う文言が並べられており、


「...。」


内容を咀嚼するのに、かなりの時間を要した。


とりあえず、無難に返答を返した。

が、また、重力に呑まれてしまう。


...。


いつまでこんなことを続けているのだろうか。


一体、いつまで俺は...。


「...っ。」


身体のだるさが、次第に押し潰されるような痛みに変わってきた。


鎮痛剤も、睡眠薬も...だんだんと効かなくなってきている。


また、のむしか...。


...。


...っ、あ、


...、、、...、、、。


___________________。__________________、


...........。


噛みちぎれるくらい、舌や唇で声を抑えても、


悪夢は止まることはない。


もう、こんな...。



...。


通知音だけ、何回かきこえていた。


幸いなことに、意識は闇に落ちた。


でも、さむい、まま...。


誰か...。


だれか。


俺を、


自分を、永遠に。


底知れぬ闇へ、堕としてください。


そう、願うことしかできない。








「暁先生...大丈夫かな?」


大丈夫、心配しないで。


と、返信がきたのが最後。


それから2日も既読がつかない。


もしかして、家で倒れてるんじゃ...。


やっぱり、病院に行ってみよう。


「暁先生...?

今日はお休みなのよ。」


「具合...悪いんでしょうか?」


「私にもよく分からないわ。

詳しいことは知らされてなくて。」


「そうですか...。」


「暁先生のこと、心配だったら、お姉さんにきいてみるのはどうかしら。」


「お姉さん?」


「そこの市役所で事務をやってるのよ。

言えばすぐに出てきてくれると思うわ。」


「ありがとうございます。」


「あなた、光のお知り合い?」





市役所を訪ねて、出てきたのは、綺麗で、気が強そうな女の人だった。


確かに、顔つきが先生に似てる。


「はい。

私の主治医の先生なんです。

この頃、連絡もつかないし、お仕事もおやすみしてるみたいだから心配で...。」


「...なるほどね。

私も、1日1回電話をかけてるけど、出ないわね。今日は仕事もう終わりだから、ちょうど家に訪ねにいこうと思ってたところなの。」


「あの、先生は大丈夫でしょうか...。」


「たまにこんな感じになるのよ。

身体があまり良くないみたいでね。

いつも心配して家に行くと大丈夫そうなんだけど。」


「...。」


「とりあえず、行ってみましょうか。


あなたも、光の患者さまなら、相談したいこともあるんでしょう?」


「はい。」







先生の家に来たけど、本当に来て良かったんだろうか。


インターホンを押すと、しばらくして、ドア開いた。


「光、私よ。」


「...。」


先生は姉よりも私の存在が気になったらしい。


「光の患者さんでしょう?

あなたのこと心配してわざわざ私のところをたずねてくれたのよ。」


「そうなんだ...ごめん。

気づかなくて。」


「いえ...暁先生、大丈夫ですか?」


「うん。」


「どことなく顔色が悪いように見えるけど。

ちゃんと薬飲んだり、ご飯食べたりした?」


「...いまから。」


先生の声がいつもに比べて弱い気がする。


「私、もう今日は仕事終わったから、家に上がってもいいかしら。心配だから。」


「...1人でも大丈夫だけど。」


「本当に?」


「うん。」


「ああ、それと、この子も色々相談したいみたいよ?

体調が悪いなら明日にしてもらう?」


「体調はもう平気だけど、相談なら、メッセージか、明日病院に来てもらったほうがありがたいかな。」


「はい。

分かりました。」


「悪いね。」


「いえ、大丈夫です。」






「全くだめよね。

医者が具合悪くて人に迷惑かけるなんて。」


「いえ...。そんなことは。」


まだお姉さんにはききたいこともあったし、申し訳ないが、ファミレスで奢れって感じになってしまった...。


お金持ってなくて...すみません。


「それで、私にききたいことって何かしら?」


「えっと、暁先生って...小さい頃どんな感じでした?」


「そうね...。

別に普通の子とあまり変わってないと思うけど。

人見知りは激しい方だったわね。」


「そうなんですか。」


「それが...何か?」


「いえ...。

ちょっと気になったもので...。」


「...男の子。」


「へ?」


「噂になってるわ。

男の子を見た重症患者が回復する奇跡が起こるってね。」


「あ...。」


「あなたも気になるのね。」


「はい...実は、私も...。」


「...そうだったの...。

写真あるけど、見る?」


「はい。」


「間違いありません。

この子...です。」


「...。」


彼の姉、ゆかりさんは、

私と目を合わせると、


困ったような笑みを浮かべた。


「そんなこと、あるのね。」


「ゆかりさん...やっぱり、先生は...。」


「今思えば私も見た気がするわ。

まだ私も光も小さかった頃。

夢の中で光が私に手を差し伸べてくれたの。」


「...。」


「あのときは悪い夢だと思っていたの。

でも...。

あれは、光が...。」


ゆかりさんは、確信がついたようだった。


私に、丁寧に過去の出来事を話した。


「両親が詐欺に騙されて、借金を重ねていくうちにもう何も無くなって...光を残して皆で心中しようとしたのよ。」


「...。」


「でも、目が覚めると、皆かすり傷ひとつなく、ただ床に倒れていただけだった。

それを見た光は言ったわ。

なあんだ、みんな疲れてお昼寝してたんだねって...。」


「...。」


「そのあと、光は友達と遊びに行って、行方が分からなくなったの。

家族みんなで探し歩いて、見つからなくて...。

何事もなかったように突然帰ってきたのは、それから3日ほどたってから。」


「それは...。」


「ええ。本当は友達と遊びに行ってたんじゃない。もしかしたら、光には不思議な力があって、それを使ったがために、体調が悪化してたのかもしれないわ。」


「だとしたら...このままじゃ。

先生のところへいかないと。」


「私もいくわ。」






パタン...。


軽くドアが音を立ててしまった。


あっけない。


そりゃあ、もう。


「...バレた...?」


今はそうでないとしても、自分のことが知られてしまうのはもう時間の問題だ。


そう感じた。


スマホが四六時中鳴っている音がする。


電話だ。


また、来いということだろうか。


困っている人が。


苦しんでいる人がいるからどうにかしろと。


「もうたくさんだ。」


着信を...


拒否、しなければ。


「...はい、暁です。」


決まっているかのようなお叱りの文言が流れてくる。


それと決まって、切迫した患者の様子も丁寧にお知らせしてくれる。


今回は、そう...。


工事現場での事故で、瀕死の男性患者が2人。


「今行きます。」


そういうと、音声はぷつりと切れた。


そんなこと、本当はどうでもいいことだっていうのに。


急いで、支度を始めた。


やっていることが、


思っていることと、


大きく外れてしまっていることが、


分かっているのに。


元々、医者になったのだっておかしな話だ。


毎日のようにこうなるであろうことがどうしてあの時は分からなかったのか。


いや、


「分かってた...。」


全部、本当は分かっていた。


それでも、こうするしかなかった。


こうやって、生きていくしか、俺には道がないんだろうな。


いくら患者を捨てようとしたって。


逃げようとしたって、


不幸という苦痛から逃れた彼らの、


幸せそうな笑顔を。


見ることができるのならば。






「留守かしら...。」


「もしかして、病院に行っちゃったんじゃ...。」


「え...。

急に?」


「それで、重症な患者さんを...。」


「そんな...。」


「電話もメールも繋がりませんし...。」


「...。」


「一体...どうすれば...。」


「もう...駄目かもしれないわね。」


「え...。」


「光は、幼い頃から、どこか冷酷なところがあったの。

私や両親に甘えることもなければ、友達と仲良く話しているのも見たことがない。

自分がいじめられていても、悪口を言われても何も臆することもなく、むしろそんな人たちを見下すような目をしてた。

何を考えているのか、兄弟である私でもよくわからなくて。」


「...。」


「そんな光にとって、人に必要とされることが、切っても切り離せない快感なんでしょうね。

たとえそれが、自分にとって苦痛になるとしても。

あの子は、狂っているのよ。」


...助けが必要な人...。


「本当にそうでしょうか。」


「。」


「先生自身も、助けを必要としてるんじゃないかなって...。」


「...。」








先ほどの患者たちは、何とか一命を取り留めた。


これから回復するかどうかは、本人たちの

気力次第、といったところだろう。


「...患者の容体はいかがですか?」


「院長...。」


その様子を的確に伝えるように心がけた。


「なるほど、それはひとまず良かったですね。」


「...。」


「君の力を使うことにならなかったのは、良かったじゃないですか。」


「...やはり、知っていたんですね。」


「ええ、確信はありませんでしたが。

持病とも関係しそうですね。

力を使うと、辛いのですか?」


「...。」


「それはそれは。

当院のために、お力添えいただいてありがとうございます。」


「...。」


「そう沈んだ顔をなさらないでください。君の力は素晴らしい。

その力は、まさに神の救いの手というべきでしょう。」


「もう、勘弁してくれませんか。」


「何故です?

多くの人を救うのは医者の使命でしょう?

その力を使い続ければ、君は本当に神になれる。」


「これは、その神が定めた運命に抗う行為です。代償を...罰を受けなければなりません。」


「代償ですか...。

それが君の持病に関係しているのですか?」


「...。」


「そもそも持病ではないのでしょうね。

患者が受けるべき苦痛を君が代わりに受け持っているのではありませんか?」


「。」


「それならば、容易い話です。

君が、

代償を、その罰を受け続ければいい。」


「...。」


「大丈夫ですよ。

ここには、より良い鎮痛剤がありますから。

数十人の苦痛を君1人で受け持っても、それほど痛みを感じない、麻酔も打ちましょう。

それで、助かる命があるのなら。



君の身体など惜しくはないでしょう...?」



頭に衝撃が走り、意識が薄れていく。


「また1からやり直しです。

今回は手抜きなしでやりますからね。」


...。

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