第2話出会い

「...」


目が覚めると、病院だった。


「...」


身体がだるい。


でも、何ともないようだった。


それからまもなく、看護師さんが見回りにきて、ひとおおり、体調をきかれたあと、


お医者さんがやってきた。


...。


皆、

知らない人。


知ってる人にも会いたくもないけど、


退院するまで、どうせまた誰も来ない。


こういうこと、一度ってわけじゃないから。


精神的にも、肉体的にも疲弊しきって、病院に何度か来たことはある。


でも、こんなに大きな病院は、

はじめてかな。


きっと、救急搬送されたんだろうな。


お医者さんによると、駅で倒れてたんだとか。


なんだかいろんなことを言っていたけど、結局は疲れているのが原因なんだそうだ。


なんだ、疲れてたのか。


いつもそう言われるよなぁ…。


窓の外をみると、かすかに雪が積もっているようだった。


白黒はっきりしないいろ。


1にち経てば、もう自由に歩けるようになった。


すぐ退院になりそうだ。


ああ、やだな。


また、嫌なことされるのかな。


ぼやっと頭の中でいろんなことがよみがえる。


でも、それ以上発作とかは何もなかった。


そういう薬とか使われてるのかな。


全部抜け落ちて、だるくて、それしかかんじない、まるで息が止まったような世界。


果てしなく絶望してる。


...。






「...。」


昨日はいない人とすれ違った。


この人もお医者さんのようだ。


水晶みたいな...。


光をよくとおして、奥までみえそうな、

むしろ何でも透かしてしまって、みえなさそうな、この、瞳...。


それが、短い間、私を捉えていた。


ゆっくり、それが流れていく。


「あの...。」


気づいたら声をかけていた。


自分でも驚くぐらいか細い声で。


それでも、その人は振り返ってくれた。


背が高くて、すらっとしてて、でも、顔はちょっと童顔の人。


どこか顔つきが中性的な印象もある。


しばらく自分から話しかけたんだと言うことも忘れて、魅入ってしまっていた。


それでも、その人はずっと待ってくれている。


やがて、その人後ろから、看護師さんが、


「先生はやく来てください。」


というふうに声をかけた。


「ごめん、今行くから、少し待ってて。」


きいたことあるような...。


そういえば...。


意識は朦朧としてたけど、この人の声だけ、はっきりきこえてた。


他の人にどうするか指示したり、わたしに声をかけて励ましてくれたりしていた。


「あの、助けてくれて、ありがとうございました。」


ぴーんと耳がはっているみたいに緊張した。


「真壁さん、だったっけ。」


「...はい。」


「...がんばってね。」


その人は軽く手を振って看護師さんの元へいってしまった。


がんばってね

って言ってたとき、なんだか不思議だなぁと思った。


そんなこと言ってくれる人、誰もいなかったな。


言っちゃダメってことになってるんだっけ。


でも、なんだか、

その無責任な言葉が。


今の私にとって欠けていた重要なものだったのかもしれない。


数日経って、病院を退院した。


これから私はどうすればいいんだろう。


また、父親からの暴力に耐えなければいけないのだろうか。


エスカレートしていくいじめを歯を食いしばって受けなければいけないのだろうか。


私が出来損ないだった。


この世にいてはいけない、ゴミ以下の存在だと、


何度そういう扱いをされたか分からない。


何度、誰に助けを求めたって、

私の被害妄想がすぎるということにされる。


被害妄想。


確かにそうかもしれない。


私がいけないのかもしれない。


これが普通なのかもしれない。


私はまだ恵まれている方なのかもしれない。


ゴミにしては、


いや、


ゴミ以下にしては。





「おはよう沙羅ちゃん。久しぶり。

ほらみて、私たちからのメッセージ。」


机には、ブス、消えろ...、ゴミ、カス...、しね

暴言の数々。


「嬉しいでしょ。私たちが心を込めて書いてあげたんだよ。」


「駅で倒れてたんだってねー。

そのまま電車に轢かれて死ねば良かったのに。」


「やだーっ。でも、死んだら私たちのアイのこもったメッセージ書けなくなっちゃうジャン??」


「会えなくて寂しかったよー?今日も一緒に遊ぼうねー、沙羅ちゃん!」


みんな見て見ぬフリ。


いじめじゃありません、仲が良いだけなんです。


クラス揃ってみんなそう。


先生だって同じ。


多少強引でもクラスの平和のためなら仕方がない、

多少なら問題無い、

無理に処罰できない、

面倒なことに巻き込まれたくない、

私の知ったことではない、

そんな事実はない、

もしあったとしても、

そういう子は無視をすれば解決だろう、

お前にも問題がある、

お前の接し方が悪い、

その表情が悪い、

協調性がないから悪い、

1人だけいい子のフリをするから恨みを買うんだ、

妬みを買うのは仕方がない、

お前が接し方を学びなさい、

それが大人への第一歩なのだから。


信じてたのに…。


散々いじめを受けて、

家に帰れば、

父親に、


成績が悪い、

帰りが遅い、

態度が悪い、

身だしなみが悪い、

汚い、臭い、

椅子に座るな、

顔を見たくもない、

食事はなしだ、

誰が学費や食費を払っていると思ってるんだ、

これ以上迷惑をかけるな、

言うことをきけ、

土下座しろ、

生まれてきたことに、

こんな出来損ないの娘で、

ごめんなさいと、



母親の気持ちは少し分かる。


私が小さい頃は、母が受けていたから。


罪悪感はある顔をしている。


逃げられない、



母さんもう限界なの、


だから、あなた、代わって、ね?


少しだけでいいから。


今までは守ってあげたでしょう?


そう泣きながら言った母の言葉。


酷いけど、それは仕方がないんだ。


私が不祥事を起こしたとか、成績が落ちただとか、


時折、自分を守るために嘘をついていることも知っている。


もっと、可愛くて、成績がよくて、物分かりがいい、


そういう娘が欲しかったんだろうね。


ごめんなさい。


出来損ないで。


ごめんなさい。


生まれてきて。


「...。」


また気づくと病院にいた。


夜のうちに、逃げ出して、そのまま行くあてもなく、朝になったのは覚えてるけど...。


また倒れていたらしい。


今度は道端で。


今度は夢遊病ではないかと疑われた。


これから家から出ることは難しくなるだろうな。


そうとだけ思った。


また迷惑かけたんだ...、


かけたらいけないのに。


また逃げ出したんだ...、


叱られちゃう、な...。


ここは前来た大きな病院ではないらしいから、あのお医者さんはいなかった。


誰も知ってる人なんていない...


向こうが何度も来て面倒な人だと思っていても。


私は、何も知らない。


「いたっ...。」


咄嗟に胸を押さえた。


最近はずっとこうなんだ...。


胸から指のずっと端まで、血が流れていく感覚がたまらない。


「うっ...、

うぅ...。」


でも、


私は、今も生きているんだ。


実感が湧く。


いいことかもしれない、


辛くて苦しいことも、


いいことかもしれない。


そうだ。


乗り越えられる。


それが無理だったら、また、壊れてしまえばいい。


また、駅から身を投げ出したときのような凛とした気持ちになってきた。


そう、あれは今思えば。


楽になろうとしたから、


それだけじゃない、


辛いからじゃないんだ。


ただ、そうしてみたくなったから。


煮え切って熱くなったヤカンが本当に熱いのかどうか。


確かめようとしただけ。


それで、私は本当に熱いんだと確かめて、


また、ここに戻ってきた。


また、忘れたら確かめればいい。


それで二度とここに戻って来れなかったら。


永遠に苦しいなら、


意識すら、


その全てすら、


自分で断つことができるのだから。





「今夜は...、飛べるのかしら。

あの大きな月のお袖に、

抱かれるのかしら。」


まるい夜の赤い月が、


私の狂気を、優しく受け止めた。


頭が、あの紅月のように...。


いえ、柘榴のように、

割れて


割れて、


破れて、



嗚呼。



そうだ...。


こんな感覚だった...。


熱が外へ流れ出して、


寒い。


、、


愛しい。



自分が愛しい。


こうまでしてやっと、


自分が自分にとって大切だと分かる。


また...この子。


私の顔を、涙目で覗き込んでいる。


だれ、なんだろう。


「...せん、せ...?」


「...。」


男の子の顔が、どことなくあの人に似ていた。


「わたし...なに、も...、わるく、ない。」


「...。」


「そうでしょ、せんせい。」


彼は何も言わず、

また、小さな手を伸ばした。


それが、やがて、大きな広い手になって、

私を包み込んだ。


あかいつきの...、


ああ、そうだ。


そういうことなんだ...。

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