味噌汁と生活
海湖水
味噌汁
アラームがベッドの近くで鳴り響く。
私は手を伸ばして、少し離れたところにあるスマートフォンを手繰り寄せた。
スマホの画面をタップし、鳴っているアラームを止めて、また布団をかぶった。
今日はなぜか体がだるい。私は朝が弱い方だが、今日は一段と体に不調が……。
「うッ……ハイハイ、起きますよ……」
そうだった。起きれないから、何度もアラームが鳴るようにしていたんだった。
私は布団から這い出た後、昨日コンビニで買っていた総菜パンをかじった。賞味期限は昨日で切れていたが、まあ、あくまで「賞味」期限だ。腹を壊すことは……多分ないだろう。
パンを二つ食べきると私は服を着替えた。
今日はバイトがあるんだった。ギターを練習する時間は……まあ、流石にないことはないだろう。
ドアを開けるために大きな力を入れる。ギィ、と耳障りな音がしてドアはゆっくりと開いた。
私は、ポケットから鍵を取り出すと、鍵穴に差し込んでゆっくりと回した。
「
「え、どうしたんですか急に」
バイト先のコンビニで、先輩が話しかけてきた。
先輩、今日は来るの早いな。髪の手入れなんて時間がかかるだろうに。
後ろで纏められているツヤのある髪は、私としては羨ましいものだ。ガサツな私には手入れなんてまず無理だが、綺麗な髪の毛は憧れてしまう。
「だってさ、鞍前ちゃんって、大学生なのに結構お金持ってるじゃん。結構良い服買ってたりするし」
「いや、別に私、お金持ってるわけじゃ…、間違ってはないですけど。ああいう服は実家が送ってくるんですよ。私は趣味じゃないんですけど、家じゃああいう可愛らしい服を着させられてたもんでして。どっちかっていうと、自分の趣味のためですね。あっ、いらっしゃいませー‼︎」
先輩はそれ以上は聞いてこなかった。まあ、特に面白い話でもないし、当然と言えば当然だろう。
質問されて思い出したけど、バイト終わりには何をしよう。
とりあえずギターの練習をして、そのあと久しぶりに歌詞を考えてみたり……。
「そんな時間、ないよね……」
ベッドの中、私は1人呟いた。
私が寝返りを打つと、目の前にベッドの横に立てかけていたギターが現れた。大学に入る時に、大学で何かを変えたいと思って、音楽をやってみようと思ったんだっけ。
音楽の才能は私にはなかった。少なくとも、そう思えた。
まず、ギターの弾き方を覚える、ということが難しかった。
音楽自体は嫌いではなかったものの、特に歌に天性の才能があるだとか、楽器をジャカジャカ弾けるとか、そういうわけでもない。
どちらかといえば、私は聴く方が好きだったし。
「あーあ、ひどい顔。外眩しすぎるんだよね。やんなっちゃう」
ギターに反射した私の顔には隈ができているのが見えた。暗い中わかるわけがないが、顔色も悪い気がする。
栄養バランスが足りていないのだろう。だが、何かを自炊する時間があるなら、その時間を趣味に使いたい。
そんな事を考える、私の疲れた脳は、暗闇に沈んでいった。
「母さん、これ何?」
『何って、野菜よ、や・さ・い‼︎アンタ、どうせちゃんと栄養取れてないでしょ?色々レシピも入れておいたから、なにか作りなさいよ?体が壊れちゃどうしようもないでしょ作ったらLINEで送ってね』
「ねえちょっと……ああ、切っちゃった」
母親恐るべしというべきか、私の栄養状態に気づくなんて。遠く離れていても、性格から生活ってバレるもんなんだな。
とりあえず、今日はバイトも大学もない。
さて、ギターの練習を……。
「でもなあ……野菜使わないのはなぁ。どうせなら新鮮なうちに使っておいた方が……あ、作り方の紙がある。えーっと、味噌汁、野菜炒め、麻婆茄子……まだまだある……これ、毎日作らないとまずいか?」
ちゃんとみてみると57種類も載っていた。なるほど、どうりで量が多いわけだ。
「作り方が簡単そうなやつから……味噌汁でいっか」
私はつい最近入ってくることのなかったキッチンへと足を踏み入れた。鍋を探し出すと、レシピ通りに材料を切っていく。
当初は簡単だと思っていたものの、思っていたよりも難しい。適量って何?ちょっと意味がわからないんだけど。
「とりあえずできたから良いけどさ」
冷凍していたご飯を取り出して温めた後、私は味噌汁を飲んだ。こんなに健康的な朝は初めてな気がする。
「続けられるもんかねえ」
ギターは続いているし何とかなるか。何とかならなかったら、先輩達にお裾分けしよう。
味噌汁からは、昔何度も飲んだ、懐かしい味がした。
味噌汁と生活 海湖水 @1161222
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます