第3話







 沈んでいく


 ゆっくりと


 全てを吞み込むかのように



 水に濡れた着物が纏わりついて動けず、瞳に絶望の色を浮かべている桜子の小さな身体は仄暗い湖の底へと沈んでいく。


(パパ・・・ママ・・・)


 両親と祖父母、一緒に遊んだ近所の子供達に幼稚園の友達の顔が桜子の脳裡に浮かぶ。


『我が贄よ・・・』


 息が出来なくなり意識を失ってしまった桜子を巨大な白い蛇───否、水の神にして村の守り神である龍神が静かに受け止める。



(あれ?何か涼しい・・・)


 冷房とは異なる冷気を含んだ風を肌に感じた桜子は目を覚ます。


『気が付いた?』


 うわ~っ・・・


(凄く綺麗なお兄ちゃん・・・)


 年の頃は小学生の低学年くらいだろうか。


 桜子の瞳に映るのは、近所のお姉さんがプレイしている乙女ゲームに出てきそうな男性をそのまま小さくしたような銀髪の綺麗な男の子なのだが、何かのイベントがあるからなのか源氏物語に出てくる装束に身を包んでいる。


 尚、二人が居る部屋の片隅には少年と同じように源氏物語に出てきそうな女房装束に身を包んだ女性達、狩衣に身を包んだ男性達が控えていたりする。


『こ、ここは、どこ、なの・・・?』


『ここは〇〇〇村の〇〇〇(村と湖の名前が桜子には聞き取れない)湖の底。でもって僕の御殿・・・お家だよ』


 異界と言えばいいのかな?


 パラレルワールドと言えばいいのかな?


 何かの拍子でここと桜子が住む次元が繋がってしまった結果、異世界の人間が迷い込んでしまうのだと銀髪の男の子が教える。


 異界、パラレルワールド、異世界


 だから村の人達だけではなく少年も時代劇のような恰好をしているのかと、彼の話を聞いた事で桜子は得心がいった。


『ところで君は何て名前なの?』


『あたしは斉藤 桜子。お兄ちゃんは?』


『僕は〇〇〇』


 村と湖の名前のように少年の名前が聞き取れない桜子は困ったように眉を顰める。


『僕の名前が聞き取れないって事は、桜子はこの世界に馴染んでいないんだね』


 そりゃそうだよね~と呟いた少年は部屋の片隅に控えていた女性達に自分と桜子の食事を用意するようにと命じると、彼女達は厨房へと向かう。


 暫くすると少年に仕えている侍女と思われる女性達が二人分の食事を運んできた。


『食べようか?』


 いただきますと手を合わせた後、少年と桜子は料理を食べ始める。







 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆







あおいお兄ちゃんは何時もあんなに美味しくて豪華な料理を食べているの?』


『まさか!今日は桜子が来たからね。普段|はご飯と味噌汁と主菜と副菜と香の物という風に質素だよ』


 豪邸といってもいいレベルの家に住んでいるお坊ちゃまだから、毎日おせち料理のように豪華な料理を食べていると思っていた桜子は意外だと相槌を打った。


『ところで桜子は向こうの世界では何をしていたの?』


『幼稚園に行って友達と一緒におままごとやお勉強をしたり、お菓子工場の見学をしたり・・・色々かな?蒼お兄ちゃんは?』


『僕の仕事はこの世界のバランスの調整が主だね』


『世界の調整が何なのか分からないけど、蒼お兄ちゃんのお仕事って物凄く難しそうだね』


『僕にとっては簡単な事だけどね。ところで桜子、僕の家の庭ってちょっとした自慢なんだ。一緒に散歩しない?』


『いいの?じゃあ行く!』



『主様が誰かとあのように楽しそうに話す姿を目にするのは初めてですわね』


『姫様がこのまま御殿に留まって下されば我等白の龍神族も安泰というもの』


『御子様の誕生もそう遠くありませんわね』



 蒼と桜子が庭を散策している姿に側近らしき男性達に、侍女だと思われる女性達が扇で口元を隠しながらそんな会話をしていた。






 ※桜子は料理を食べた事でお兄ちゃんの名前とかが聞き取れるようになりました。








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